第3話


 翌日の朝ーー授業が始まる前に、亘理がオカルト研究部で、未知瑠に次はどうアプローチをかけようかと、副部長の山岸海やまぎしうみと相談していた時だった。


「すみません……」


 張本人ーーなんと未知瑠が来訪した。未知瑠が大改造された部室内に驚愕している間、亘理は彼女を観察していた。白色のフレアスカートを履いていて、昨日より肌や唇の血色が良くなっている。アイメイクは特に施していないようだが、恐らく化粧をしているのだろう。


「わっ、わ、亘理君、突然ごめんなさい……」


 来客用の赤い椅子に座り、対面している亘理に頭を下げる。見た目に加えて、このおどおどとした様子。一体何がーー。


「相談があるの」


 山岸が冷たい麦茶を机に置いた。それに口をつけてから、誰かに体を乗っ取られている気がする、と未知瑠は話し始めた。


 一週間前から、記憶が飛んでいるのだ。普通に学校に来て、授業をしていたようだが、まるで覚えていない。長い間眠っていた気がすると、自身の肩を抱いた。


「今朝起きたら、一週間経っていて驚いたの。主人に聞いたら、私、まるで別人みたいだったって……」


 未知瑠は震えていた。己の身に、恐ろしい事が起きていると。


「それで、どうしてオカルト研究部に?」

「えっ。……言われてみれば、なんでかな。こういう時は普通病院とか?なんだろうけど……亘理君ならどうにかしてくれる気がして。ほとんど話した事ないのにね。この一週間でなにかあった?」


 昨日話した内容が深層心理には刻まれているのか。亘理は美術室での出来事を話した。


「そんな……そんなことを、私が言ってたの?」

「先生の体に何かが取り憑いていたと、ぼくは思っています。もしかしたら、今も」

「何かが……」

「もしまだいたとしたら。祓うためには、その霊の正体を暴いて、先生から出す必要があるんです」


 人に取り憑いた霊を祓うのに、亘理の術は向いていない。人間に向けて術を使えないので、正体を暴くだけではなく、取り憑いた人の肉体から出す方法も考えなければならない。


 しかし、正体が判明すれば、胎内に取り憑いた霊を追い出す方法が見つかる可能性は高い。霊は思念の集まり、つまるところ感情の生き物だ(死んでいるが)。

 正体が分かり、その霊の感情をもっとも揺さぶる何かを用意できれば、感情が暴走し、人の身体では受け止めきれなくなり、身体から出てくると思われる。


「ですが、このやり方には危険も伴います」


 身体の中に入った幽霊を暴走させるということは当然肉体にも負担がかかる。説明すると、未知瑠は力強く頷いた。

 

「それで出ていってくれるなら……。それに、亘理君のやり方なら、霊も未練を晴らせるかもしれないんだよね。頑張るわ」


 先程はおどおどしていたが、今は芯の強さを感じる。普段は見えなかった、彼女の本来の強さかーーそれとも、やはりまだ、霊が彼女の中にいて、影響を及ぼしているのか。今は眠っていて、虎視眈々と体を奪う機会を窺っているのだろうか……?




 未知瑠の中にまだ霊はいるのか。その答えは想像より早く出た。


「ぶ、部長、菅野先生が生徒を殴ったって、さっき……」


 昼休み、山岸が血相を変えて部室に入ってきて言った。相当急いだらしく、息が切れている。亘理は部室を飛び出た。


 後ろについてきている山岸から、彼女は今、校長室にいるらしいと聞き、校長室へと走る。校長室の扉の前では体育教師の財津が目を光らせていた。校長室前に集まった野次馬をちぎっては投げちぎっては投げ、と追い返している。

 野次馬の中にいた東雲と目があった。山岸は頭を下げ、亘理はふんと鼻を鳴らす。東雲は笑いながら近づいて来た。


「手を引くんじゃなかったのかい」

「こうなると事情は別さ。校内の事件だからね、スクープだよ」

「どういう経緯だったんだい?」

「絡まれたらしい。菅野先生は元々くだらない輩に絡まれるタイプだったけど、最近ああだったから、鳴りを潜めてたんだ。それで今日は元に戻っていたようだったから、一人の男子生徒がかなりしつこく絡んだらしい」


 去ろうとした未知瑠の肩を掴んだらしい。その瞬間ーー。


「ガツン!と裏拳だよ。すごいスピードだったらしいね」


 クックック、と笑っている。


「元々素行の良くない生徒だった。かなり先生のことを罵ったみたいだよ。それでも暴力はもちろんよくないけれど。……ああいう弱そうな先生は変なやつのターゲットになりやすいんだろうな」

 すでに東雲は殴られた生徒の情報も掴んでいるらしい。


「ぼくは菅野先生と今朝話してみて、むしろ強そうに感じたけどね」

アタシも同感だよ、亘理と意見が合うなんて嫌だけど。最近の彼女はすっかり強くなったし、今日見かけた時も姿は戻ってたが顔つきから強い意志を感じた。でも馬鹿には今も弱そうに見えるんだろう」


 しかし、いくら強いと言えど、生徒を殴るような人ではないだろう。やはり、彼女の中にはまだ幽霊が眠っている。いや、もしくはーー。

 亘理は思考に耽り黙り込んだ。おーい、と声をかけても返事をしなくなり、東雲は情報集めに戻るべくその場を離れた。


 結局、大事にしたくないという生徒側の親の意向もあり、警察沙汰にはならなかった。しかし、生徒に手を出すことはどんな理由があっても許されない。未知瑠は二週間の間、謹慎処分となった。



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