第2話

 放課後、美術室に向かった。教室内には、同じクラスの数名と、東雲紫しののめゆかりがイーゼルの前に座っていた。新聞部の部長ーー亘理とは犬猿の仲である。未知瑠の姿は見当たらない。


「どうして君がいるんだい?」

 東雲に近づいて問う。

「もちろん、絵の製作が終わってないからだよ」


 東雲は扇子で口元を隠した。扇子の下ではニヤついているに違いない。ピンと来た亘理は、彼女の隣にイーゼルを並べる。


「菅野先生の情報を狙ってるんだね」

「……亘理もかい? 何かオカ研の興味を引くところがあったのか?」

「ぼくはこの世の不思議にはだいたい興味があるよ」


 亘理が座ったところで、扉が開き、未知瑠がやってきた。一言も喋らず教壇の椅子に座った。

 キャンバスに色を塗りながら、未知瑠を見る。相変わらず、無表情である。生徒達には目もくれず窓を眺めている。言われていたように恐らく化粧はしていなさそうだ。元から化粧は薄い方だったよ、と東雲が小声で囁く。


「ぼくの思考を読むな」

「すまんすまん、新聞部として長いとつい、ね。顔を見るだけで思考がある程度わかる」

「なら、彼女は今何を考えている?」

「さあ、読めないね。前は読みやすかったんだが」

「前は何を考えていた?」

「大体……怯えていたね。生徒に。気が弱いようだった。何事もないようにと祈りながら授業をしているみたいだったよ」


 未知瑠の目がこちらに向いた。ヒソヒソと話している二人を睨んでいる。その鋭い眼光は、鷹を思わせる。


「気が弱い……ねえ」

「明らかに別人だろう? 気になるんだよ。記事にするかは別として、事件の匂いがする」

「そこの二人」

 未知瑠が口を開いた。教壇から二人を見下ろしている。


「何を喋っているんですか? 課題が終わらないと帰れませんよ」

「すみません、先生。お願いがあるんですけど……」

 東雲がニッコリと笑顔を浮かべる。営業用スマイルだ。

「課題が終わるまで口を開かないで」

 しかし、お願いをする前にぴしゃりと遮られてしまった。


「女子には結構効くと思ってたんだがね、この笑顔。悔しいなあ」


 東雲はすらっとしたモデル体型で同性に人気があるのだ。二人は仕方なく手を動かし始めた。


 一時間ほどで作業を終えた。他の生徒達はあとは仕上げだけだったらしくとっくの昔に帰っており、教室には亘理、東雲、未知瑠の三人が残っていた。


「先生、さっきの話の続きなんですが。新聞部に取材をさせてもらえませんか?」

「オカルト研究部でも先生の話を聞きたいです」


 二人して教壇に近づいていく。未知瑠が亘理を上目遣いに見た。頬杖をついて、いかにも退屈そうである。


「……オカルト研究部が何の用?」

「最近の先生が気になるんです。オカルト研究部といっても、ただの趣味同好会ではなくて、ぼくは霊を祓うことなんかもできるんですよ」

「除霊……?」


 未知瑠の目の色が変わった。鋭さが増し、怒気を孕んだ目で、亘理を見た。そして、ゆっくりと立ち上がり教壇から降りて、亘理に近づいてくる。

 教室を、野生動物が獲物を見つけた時のようなピリッとした空気感が満たす。


「と言っても、簡単にはできないですよ。今すぐできるわけじゃない。亘理の祓いは特殊なんです。幽霊の正体をまず見破る必要がある」


 隣の東雲が口を挟む。何を、と亘理が見ると挑発しすぎだ、と口パクで伝えてくる。東雲は亘理が祓い屋と知っている、数少ない一人だ。未知瑠の顔色が変わったことに気づき、助け舟を出してくれたらしい。


 未知瑠の指が亘理の首に伸びる。


「それに見破ったとしても……例えば人間に取り憑いたりした霊には使えません」

 細い指が首に触れる直前、亘理は言った。


「そうなのかい?」

 東雲が訊く。純粋に知らなかったという顔をしている。

「ぼくの術は対象の時を戻すものだからね。中の幽霊だけじゃなくて取り憑かれた人間にも効いて、恐らく若返らせてしまうだろう。……それならまだいいが、生まれる前の精子に戻ってしまう可能性もある。幽霊以外に使うのは禁じられているから実際どうなるかしらないけど」


「……その話は本当なんですか? なんだか、七面倒な術ですね。普通に祓った方が早いだろうに」

 未知瑠が手を下ろした。


「はい。ですが何らかの方法で霊を外に出すことができれば、除霊も可能です。そのときは幽霊の時を戻して人間だった時代に戻すので、霊感がない人でもみんな見えるようになるんですよ。肉体までは戻せませんがね。生きている人と話すことができるようになり、霊は未練を晴らして逝くことができる。これはなかなかない術だと思いますが」

「こんな時に負けず嫌いを出すな、亘理」 


 今度は口に出して東雲がツッコんだ。


「……とにかく、今日はもう遅いから、二人とも帰りなさい」


 ふいと、未知瑠が背中を向けた。これ以上の接触は危険だろう。先程彼女は明確な殺意を抱いていた。二人は大人しく美術室を出た。



 美術室を出てから、亘理が満足げに言った。

「彼女に何か取り憑いているのは確実だね」

「あんなに手の内をバラしてどうするつもりだ?」

「どうにでもなるよ。ぼくにかかれば」

「……ふん。まあ、今回はオカ研の領域ってわけだな。せいぜい気をつけな」

 新聞部は手を引くよ、と言って、ひらひらと片手を振って去っていった。

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