第6話
ひとしきり笑った後、いなくなったエルを連れ戻す、と言い、亘理は土の中に手を突っ込んだ。
土にまみれながら、何かを探す。そうだーー幽霊を見るためなら何でもするのがこの亘理という男だったと、山岸は再認識する。
「見つけた」
土の中から一匹のミミズを引っ張り出してきた。
「っ!!」
うら若き二人の女子の目の前に、うねうねと動くミミズがーーいや、詳しい描写はあえて割愛しよう。
とにかくミミズを取り出した亘理は、それをつまみ、動かした。何かを誘うように。
そしてーー。
「エル!?」
どうやらエルが現れたらしい。山岸には見えないが、春子の目線でわかる。エルはミミズの目の前にいるようだった。
「やはり習性は隠せないか」
勝ち誇った笑みを浮かべる。亘理にもエルが見えている。正体を掴んだのだ。亘理はミミズを土に帰してやった。
「エルーーカエル。なんて単純なネーミングなんだ。正体を隠す気があるのかないのかどっちなんだい」
カエル?
山岸は目を丸くする。
「彼の正体はカエルだよ。正しく言うと、何匹ものカエルの魂が集まって、一つの霊魂になった。集まったとてそれほど強い霊魂ではなくーー人の前に姿を見せるにはある条件があったんだったんだ。雨のパワーをもらう必要があった。カエルの魂だからね。だから雨の日しか出られなかったんだ」
この埋め立てられた池にいたカエルだと、立て札を指差す。
「カエルなら、何か覚えがあるんじゃないかい?」
「そういえば……」
春子は数ヶ月前、干からびて死んでいたカエルを埋めてやったらしい。
「でも、私が埋めたのは一匹だけでした」
亘理が微笑む。
「池が埋め立てられ、行き場を失い死んだカエルたちの大量の魂が、この公園で彷徨っていた。そのとき金田くんが一匹のカエルを丁重に葬ったことで、すべてのカエルの霊魂が救われたんだ。人間も捨てたもんじゃないなと思った……のかは知らないけど。
とにかく君への恩返しのために霊魂は団結した。カエル一匹の知性はたかが知れてるが、大量に集まり一つになればーーエルという偽名を使えるぐらいにまでは成長するというわけだ。いやいや褒めてるよ、エルくん。怒らないで」
カエルの魂……。山岸は春子を見る。
「だからエルは、人間っぽくなかったんだ」
春子は、エルに近づいた。山岸の差している傘から離れ、彼女の頭上に雨が降り注ぐ。
「なんでさっき、私の前からいなくなったの?」
山岸には見えないが、春子の目には、エルが映っているのだろう。
ーーーー
春子の瞳にはエルが映っていた。俳優そっくりの顔。少し猫背の姿勢。いつもどこかぎこちない歩き方をする。そして、笑顔は嘘みたいに純粋だった。でも、今は笑っていない。悲しそうな顔をしている。
「もう、そばにはいられない」
と、エルが言った。春子は目に涙を浮かべた。
「なんで?」
震える声で問う。
「ハルを励ますために、出てきたのに……このままじゃ、ハルが人間の中に戻れなくなると思った」
「戻れなくていいよ、人なんていいものじゃないもん。ね? エルが死んだのも人間のせいってことじゃん」
「オレ達も人は嫌いだったけど、ハルのおかげでちょっと好きになった」
どうして?
どうして彼と私は同じ考えじゃないのと、春子は俯く。同じじゃないのが悲しかった。
「……エルが見たことない人間の汚さとかあるんだよ」
「ハルの見たものは知らないけど、人にはいろんな一面があることは知ってる。この体を持ってからたくさんの人を見た。この公園、大人が夜に結構来るから。いろいろ愚痴ったり、励ましたり、励まされたり。一人の中に、意地悪な面も優しい面もあるんだ。人は、いろんな顔がある、ハルにも」
汚くて綺麗なのが人間なのだと、エルは言う。人間に興味がなさそうだと思っていたが、一歩距離を置いて、彼は彼の目線で人を見ていたのだ。
「ハルにもそれを分かってほしい。いろんな人を見てほしい……だからもう、会わない」
「金田くんもだけど、エルくんもなかなか極端だね」
そばで静観していた亘理が口を開いた。
「邪魔して悪いね、つい口を出したくなった。これからも、会うくらい良いんじゃないかとぼくは思うよ。今くらいのめり込んでしまってるのは人間同士でも不健全だけど。ほどよい距離感で付き合うなら、幽霊と友達でも恋人でも、悪いことじゃないだろう。だから、金田くん次第なんじゃないかな?」
「わ、私もそう思います」
山岸が同意する。
「エ、エルさんは……ずっと、金田さんの味方だったと思います。そういう存在がいるのはすごく心強いです。だから、これからも……」
エルが首を傾げる。
「邪魔にならない? オレは、人間の……」
「ならない!」
春子は力強く答えた。
「……私、ちゃんと学校の人達ともう一回話してみる。だから、邪魔になるなんて思わないで」
人間が、彼らの居場所を奪ってしまったことを思った。でもその彼が、人間を庇うなら。人にはいろいろな面があると言うなら。春子も、もう一度人と向き合うべきだと思った。
「そう。じゃあまた、雨の日に」
エルは笑顔を浮かべた。優しい笑顔だった。
「うん、雨の日に」
雨脚は徐々に弱まってきていた。きっともうすぐ、雨が上がる。
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