第4話

 なぜ男は雨の日だけ現れるのだろうか。N公園について、過去に何か事件がなかったか調べながら、山岸は考える。

 十九歳の青年と言っていたか。特に関連していそうな事件は見当たらない。最近起きた出来事だと、子供が落ちて危ないと公園の池が埋め立てられたぐらいだ。亘理にも伝えた。


「本当に晴れの日にはあらわれないのかい?」

「はい。Xさんは一時期毎日公園に行っていて、その時に確信したと話していました。晴れの日に何十回以上も訪れてますが一度も来なかったらしいです」

 春子のことは便宜上Xと呼んでいた。

「Xの幻覚ってこともない?」

「はい、それもないと思います……」


 春子が幻覚を見ているようには思えない。普段そういったそぶりは見せないからだ。それに幻覚なら、隣に山岸がいても見えたのではないだろうか。幽霊だから、正体が判明することを恐れて、山岸がいる時は現れなかったのではないだろうか。

 山岸は己の考えを伝えた。亘理がたしかにそうだね、と頷く。


「いずれにせよ、今のままじゃ情報が足りないね。Xにいろいろ聞いてみてくれよ。ぼくも考えておくよ」

「はい」


 予鈴が鳴り、部室を後にした。教室に着くと、春子が近づいてくる。


「昨日はごめんね、海ちゃん。彼、用事があったんだって」


 春子が頭を下げる。亘理は、幽霊との恋の方が幸せかもしれないと言っていた。そうなのだろうか。春子は彼が幽霊だとは知らない。幽霊との恋の方が幸せで、そして知らないままの方がより幸せなのか?


「海ちゃん?」

 固まってしまった山岸に、春子が心配そうに声をかける。

「あ、……あの、大丈夫です。昨日のことは私気にしてないです。それより、彼のことをもっと知りたいと思って」

「もちろん! なんでも聞いてよ」


 春子がニコニコと笑った。騙しているようで胸が痛むが、やはりどんな幽霊か確認したい。



 昼休み。春子と山岸は教室内で顔を突き合わせていた。山岸の机に集まり、前の席の椅子だけ借りて向かい合っている。春子はパンをかじり、山岸は持参の弁当をつつきながら、彼ーー「エル」について聞いた。


 出会いは前に聞いた通り、二ヶ月前。雨の日の公園だった。

 落ち込んでいた時に声をかけられた。以来、雨の日にしかあらわれない。彼はフリーターらしく、何の仕事をしているかは詳しく聞いていない。エルは本名ではないと思うが、そこも聞いたことがない。


 いつも、ほとんど春子が話している。聞き役に回ることが多い彼女だが、エルの前にいると不思議と言葉があふれてくる。伝えたいことが、たくさんあった。学校であったことや、食べたもの、休日遊びに行った場所……。

そんなに面白い話ではないはずだが、エルは興味深そうに聞いてくれる。


「エルは綺麗なんだ」


 春子が言った。


「綺麗?」

「うん、顔はカッコいいけど。心は綺麗」


 空の色や、雨の音や、土の匂い。エルがたまに話すのは自然についてばかりだ。空の色を見て微笑んだり、雨の音に耳を澄ませたり、土の匂いを嗅いでみたり。

 良い意味で人間に関心がなく、人の悪口を言わない。空気を読んで笑ったりしない。自由に生きているように見える。自然を愛す、美しい心を持っている。春子は頬を紅潮させながら話した。


「エルは違う。クラスや、学校の人達とは違う」


 春子の語気が強くなる。


「金田さん?」

「あ、ごめん。海ちゃんのことを言ってるんじゃなくて……」


「春子!」

 春子の背中が、優しく叩かれる。里帆、由美、真衣。同じクラスの三人組だった。いや、いつもは春子も入っているから四人組だったっけ、と山岸は考える。よく四人でいたような気がする。


「今から食堂に行くんだけど、一緒に行かない?」

 いつもグループの中心にいる里帆が言った。


「ごめん……今、海ちゃんと食べてるから」

「なんで?」

 里帆から笑顔が消える。

「なんで私達のこと避けてんの?」

「避けてないよ……」

「避けてるよ。おかしいよ、最近。部活にも行ってないじゃん」

「えっ」

 思わず山岸が声を上げた。三人が山岸を見る。


「知らなかったの? ずっとサボってるんだよ、部活。六月に入ってから」

 梅雨が始まったあたりからか。部活休みなんだ、と言っていたことを思い出す。あれは、嘘だったのか。部活に行かず、エルに会いに行っているーー。


 里帆が春子に詰め寄り、半笑いで言った。

「山岸さんに、なんか弱味でも握られてんの? 友達になってって」

「やめてよ!」

 春子が声を上げた。昼休みの喧騒を吹き飛ばすくらい大きな声だった。教室が静まり返る。教室中の視線が、春子と里帆に集中する。


 春子は涙目になっていた。そして、胸の内を絞り出すように言った。


「そういうところだよ。そういうとこが、嫌なの」


 席から立ち上がる。そして、教室から走って出て行った。


「意味わかんない……」


 里帆も涙目になっている。このままでは、春子の居場所がなくなってしまう。幽霊に依存してしまったら、現実に戻れなくなる。どうにかしないと。山岸も走り出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る