第3話
翌日、亘理が復活した。朝、授業開始前に山岸が部室に着くと、いつも通りソファーに踏ん反り返っていたが、いつもより覇気がない。
「ぼくも馬鹿に生まれていれば良かったんだよね」
枯れた声で言った。いかにも病み上がりといった風情で、目の下にうっすらクマがある。
「そうですね、部長……」
山岸がテーブルに茶を置いた。そして、ソファーの対面の赤い椅子に座る。亘理はマスクをずらして温かい茶に口をつけ、ほんとに嫌になるよ、と続けた。
「もう六月になるのに部員も増えないしさぁ。
いつもより毒舌に磨きがかかっている。
「校内で探してくださってますが、なかなか、オカルト研究部に入ろうという物好きーー奇特、ええっと、変わった人はいないみたいですね……」
一方の山岸は、皮肉に対し真面目に返した上、言葉を選んだようで選べていなかった。
「みんな、未知への興味がないのかな? 幽霊という存在の儚さと面白さに気付いていないとは。呆れるよね、昨今の高校生は恋だの愛だのと……」
亘理も昨今の高校生だろう、とツッコむ者はこの場にはいない。その代わり、山岸が恋という単語に一瞬ピクっと反応した。
「山岸くん?」
亘理は見逃さなかった。
「まさか君も……彼氏ができたからオカルト研究部を卒業するって言うんじゃ……」
「ち、違います! 違います……」
山岸はしばらく黙り込んでから、意を決したような面持ちで言った。
「部長、幽霊との恋をどう思いますか?」
「n番煎じの陳腐な物語だなと思うけど」
「現実の、話だとしたら……」
ふむ、と亘理が顎に手を当てる。
「ぼくはいいと思うよ」
「そうですか? でも、叶わない恋じゃないですか……」
「何をもって叶ったとするかによるだろう。たとえば、肉体交渉をもって恋が叶ったとみなすなら確かに叶わないけど。肉体関係を伴わない恋というのもこの世にはごまんとあるし。幽霊側には浮気の心配もまあないだろうから、むしろいい恋愛ができるんじゃない。それに恋なんて、人間同士でもほとんど叶わないものだろう? 幽霊は、そもそも自分が見える人間が少ないから、その相手を大事にしようと思うだろうし。恋愛の成就率や思いが通じてからの幸福度を考えると、どちらも幽霊に恋した方が高いかもしれないよね」
病み上がりの割によく喋る。
「たしかに、そうですね……」
そうかもしれない。止めなければ、と思っていたがそれは傲慢な考えだったのだろうか、と山岸は揺れる。
「で、誰が幽霊に恋してるの?」
恋バナには興味はないが、幽霊が関わっているとなれば話は別だと、亘理が身を乗り出す。
「い、言えません……」
「どうして?」
「約束したんです、誰にも言わないって」
「じゃあ質問を変えようか。どんな霊なんだい?」
「それは……」
「ぼくは幽霊が見たいだけだけど、山岸くんが約束した相手が大事なら、悪霊化しないか見極める必要はあると思うよ」
本当に山岸が約束した相手を慮っているのか、それとも幽霊の話を聞くべくうまいこと言ってるだけなのか。どちらか微妙なラインだが、山岸の心にはしっかり響いた。
あの、彼が来なかった時の、春子の顔を思い出す。かなりのめり込んでいる事はたしかだ。幽霊との恋を応援するにしろしないにしろ、一度、どういった幽霊か調べる必要があると思われた。
「公園に、雨の日だけ出る幽霊なんです」
「面白い」
亘理がニヤリと笑った。やはり後者だったかもしれない。
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