第2話


 春子が恋しているのは、十九歳の青年だという。


「塩顔でカッコいいの。俳優の滝涼太たきりょうたにそっくり」


 顔を赤くして話す。翌日の昼休み、山岸と春子は食堂で昼食を食べていた。食堂は騒がしく、二人の話は誰の耳にも入っていないだろう、と思われた。

 最近の俳優などに疎いので、春子が話している内容がわからないこともあったが、同級生に恋愛相談されるという経験は今までになく、山岸のテンションもあがっていた。


 出会いは、二ヶ月前。雨の日の公園だったそうだ。


「ちょっと落ち込むことあって……公園でぼーっとしてたら、声かけてくれたんだ。大丈夫、って」

「ドラマチックですね!」

「でしょお!? そ、それでね、仲良くなっちゃって……何回も会ってる」


 春子は照れ隠しのようにうどんをすすった。


 飲み込んでから、

「でもね、脈はないと思う」


 死んでーーいや、違う。これは恋愛用語の方だ。と、山岸は瞬時に判断して、聞く。


「どうしてですか……?」

「だって、LINEとか聞かれないもん」

「金田さんから、聞かないんですか?」

「そんな勇気ないよぉ、釣り合ってないし。向こうからLINE聞いてこないってことは、脈なしだしさ」


 ふるふると首を振る。


「それに、雨の日しか会えないんだ」

「雨の日だけ?」

「そう。晴れの日に公園に行ってもいないの。だから最近、梅雨でずっと雨だから嬉しい……」


 だから雨が好きになったのか。


「海ちゃんにも会ってほしいな」


 春子は山岸のことを下の名前で呼ぶようになっていた。


「すごくカッコいいんだよ、優しいし」


 二歳差だけど、やっぱり同級生の男子とは違うよね、と悪戯っぽく笑う。


「今日も放課後、空いてますけど……金田さんは部活ですよね?」

「そうなの? ……ううん、私も部活休みだよ」

 亘理は風邪をこじらせたらしく今日も休みだった。


「今日も雨だし、来てくれる? 一緒に」

 山岸は頷いた。



 春子の想い人は、彼女の家近くのN公園に現れる。タコ公園と呼ばれているちいさな公園だそうで、昔は他にも遊具があったらしいが、撤去され、今はタコ型の滑り台一本で勝負している。

 ブランコも鉄棒もないので、子供ウケはあまり良くなく、住宅街の中にあるのにも関わらず、昼間はほぼ無人らしい。


 山岸と春子が到着した時も、やはり公園には誰もいなかった。雨だからという事もあるだろう。


「私が来て、五分後か、十分後か……いつもそれくらいに来てくれるの」

 ハンカチで拭いた後、ベンチに座る。


 しかし、一時間程待っても、彼は現れなかった。


 もう今日は来ないかもしれない、と春子がつぶやいた。


「ごめんね、せっかく来てくれたのに」

「大丈夫です。機会はいつでもあります」

「海ちゃん……」

「もう、帰りましょう……?」

 春子が心配だった。雨のせいで冷えた事もあるだろうが、血の気が引いている。朗らかな笑顔が消え、ひどく落ち込んでいた。


「嫌われたのかな。雨の日は、必ず来たのに」

「金田さん……」

「ごめん、海ちゃん。先に帰ってて。私、もう少し待ちたい……」

「なら、私もーー」

「大丈夫。これ以上迷惑かけられないから」

 春子の意志は固かった。これ以上そばにいても、彼女の負担になるだけだろう。山岸は春子を置いて公園を離れた。


 五分ほど歩いたところで、山岸の足が止まる。やっぱり気になる。あのまま待っていては風邪を引いてしまう。

 ーー今日は帰ろうって、説得しよう。

 山岸は引き返す事にした。公園まで近付くと、可愛らしい笑い声が聞こえてくる。春子の声だった。

 ああ、良かった。来たんだ。頬が緩んだ。


「金……」


 声をかけようとして、言葉を失った。咄嗟に茂みに隠れた。


 春子は笑っていた。

 何もないところを見て。


「ほんとは友達を呼んでて。会ってほしかったのに……」

「え? そうだったの」

「ううん。大丈夫、ありがとう。友達にも言っておくね」


 一人で喋っている。これは、一体。

 山岸は考える。そして、オカルト研究部らしい答えを思いついた。


 ーーもしかして、春子は幽霊に会っているんじゃないか、と。

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