第7話

 ダニーは薬物の後遺症で、時々襲い来る幻覚に苦しんでいた。それを知った石田は美奈子を奪うべく、ある計画を立てた。まず、周囲に花が好きだと話し、会社の屋上の真下に花壇を設置した。誰かが屋上から落下したら、ちょうど鉄製の柵にぶつかると計算した位置だった。

 そして、昼ご飯を一緒に食べるという名目で、ダニーを会社の屋上に毎日誘った。


 幻覚に襲われたダニーは、全力で逃げようとする。周りが見えなくなるので、過去に高所から落ちかけたことがあり、あまり高い場所にはいかないようにしていると、話していたことがあった。その話から着想を得たのだ。

 ダニーを転落死させようと……。


 殺すのではなく、事故に見せかける完璧な方法だ。いや……事故だ。事故ではなくて、何だ? ダニーは自分で落ちて死ぬのだ。石田は指一本触れることはない。


 ダニーは三階くらいの高さなら、そしてそばに石田がいるならと、毎日やってきた。

 石田は昼食中に、幻覚がくるのを待った。しかし、たまに幻覚を見ても、屋上からは落ちずにおさまった。内心舌打ちをしながら、申し訳ないと謝るダニーをフォローした。蜘蛛の巣を張った蜘蛛のように辛抱強く、獲物が罠にかかるのを待った……。


 そしてとうとう、ダニーが結婚した十日後に、その日はやってきた。石田はダニーが何かに襲われ、パニックになり、屋上から飛び降りる様をじっと見守っていた。


 その場にいた石田は疑われたものの、すぐにダニーが自ら転落したことは証明された。慎重な石田は、ダニーが亡くなってからも花が好きだという演技を続けた。あの家のテーブルや植木鉢の花は、石田が育てていたのだった。


「これが事の顛末だ」

 明音はメモに書き記す。記事にはできないしどこにも出さないが、書いておきたかった。あの時流れ込んできたダニーの無念は完全に胸から消えたわけではない。


「でも……石田さんを罪に問うことは難しいですね」

 山岸が言う。月曜日になり、三人はオカルト研究部に集まっていた。

「ああ。……ただ、石田はこの話を認めた。美奈子さんはもう一緒にはいられないと判断した」


 息子には父親が必要だと思っていた。吾連から父親を奪うことになるが、一人で育てる。その分、一人で二人分の愛情を注ぐーーと話し、強い母親の顔をしていたと言う。


「真相を暴けたのはよかったが」


 あの日見た幸せな家はもうない。もう元には戻らないのだろう。


 と、亘理が目を伏せた。彫刻のような整った横顔が寂しそうで、明音は思わず言った。


「誰かを犠牲にした幸せなんて、自分は嫌です」


 亘理は目をしばたたかせた。


「その言い分、君のところの部長にそっくりだよ」



 十日後、記事の締め切りが迫り、やむなく取材を終了した。成果は得られなかった。亘理に質問してもふざけた答えしか返ってこなかった。なぜ祓い屋のようなことができるのか、と聞いても、天才だからだよとしか言ってくれない。


 山岸なら答えてくれたかもしれないが、今や尊敬している山岸を利用するようで嫌で、ほとんどオカルト研究部の謎は解けなかった。そして、山岸もなぜ怖がりなのにオカルト研究部にいるのかは答えてくれなかった。

 いや、正確に言うと、答えようとしたのだが、山岸があまりに辛そうな顔をしていたので「やっぱりいいです」と言ってしまったのだった。


 山岸の好物や趣味などは知れたが……これを記事にするのだろうか。と新聞部の部室で途方に暮れていると、


「どうだった? 取材は」


 東雲が声をかけてきた。


「難しかったです」

「そうだろう、そうだろう」

 何だか嬉しそうだった。


「でも……大事なことを知れた気がします」

「うん?」

「誠意を持って取材をしようと思いました。あの……オカ研みたいに。全力で」


 幽霊も人間も全力で救おうとしていた、亘理や山岸を思い出す。そして弟を思う。彼がひたむきにポールを登っていた姿を思い出す。


 人のためになる記事を書こうと、思った。


「大事なことを学べたようだね。重畳だ。それはそれとして……面白い記事が書けるんだろうな?」

「うっ」


 明音は頭を抱えた。

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