第3話

 お願い。ユウくんを助けて。

 すっかり怯えてるの。幽霊が見えるって。

 でもそれは、幻覚だって言ってるの。ここ最近、疲れ切ってる。眠れてないみたい。

 お願い。元のユウくんに戻してあげて。

 変わり者のあなたなら……助けられるかもしれないから。祓えるのよね?

 亘理くん。





 あんなことがあって、眠れるわけがない。二階の自室のベッドで、遊馬はもう何度目か分からない寝返りを打った。目は閉じたままで。女の顔が見えてしまうのが恐ろしかった。

 女は今、遊馬の隣に横たわっている。気配で分かる。遊馬を見つめている。いったい、どんな顔で?

 昼間のトンネルで見た顔を思い出し、身震いした。


「こえーよ……」


 弱音はけして吐かないつもりだったが、とうとう漏れた。その瞬間。

 額にひんやりとした手が乗った。


「ひっ」


 触られたのははじめてだった。

 情けないことに目を開けられない。金縛りにあったように動かない。いや、実際にあっているのか。

 女の手が、遊馬の額を行ったり来たりした。

 労わるような手つきだった。

 なぜ。なぜ……。


 それから十分経ったか、一時間経ったか。

 インターホンが鳴った。

 遊馬の金縛りが解ける。ベッドから転げ落ちた。


 再度インターホンが鳴り、玄関の扉がどんどんと叩かれる。遊馬は下に降りた。

「おい、遊馬くん!」

 亘理の声だった。扉を開ける。


「なんで家、知って……」

 言い終わる前に、開けた扉の隙間から亘理がにゅっと顔を入れてきた。

「夜分に悪いね。無事かい? 親御さんは寝てる?」

「はあ、今旅行に出かけてて……」

「じゃあ挨拶しなくていいね」

 常識があるんだかないんだか分からない。

 そのまますたすたと家に上がり込み、遊馬の部屋に向かう。


 亘理は勝手にベッドに座り、遊馬は部屋の隅に座った。ベッドに近づく気になれなかった。


「さっき、幽霊に触られました」

 遊馬は俯いたまま言った。


「うん」

「おれの頭、撫でてるみたいだった」

「そうかい。君の事を今も見てるよ」

「えっ」

「視える」

「じゃあ……」


 うん。正体が分かった。


 遊馬は顔を上げた。

 答えに辿り着いたのに、亘理は喜んでいなかった。むしろ、悲しげな顔で遊馬の横を見ていた。

 女がいるところを見ている。


「きみはもっと早く気づいてあげるべきだったね」

 彼女の恋心に。と、亘理が言った。


「なんですか?」

「物事は何でもじっくり観察しないといけないという話だよ。実はもう一人呼んでいる。彼女が、君の家の場所を教えてくれた」


 亘理がどこかに電話をかけた。程なくして、沙希がやって来た。

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