第4話
ユウくんは、彼女の話をよくした。私が心から応援してるふりをしたせいなんだけど。
もう終わらせたかったの。
大きなハート型のチョコを作ったわ。笑えるくらい本命って感じの。
あの日、それをあげた。
私の様子か、滑稽なチョコか……どこでかは分からないけど、ようやくユウくんが気付いたの。
私がずっと好きだったことに。
ユウくんは受け取れないって言った。彼女のことを第一に考えたのよね、ユウくんは優しくてまっすぐだから。私のチョコは受け取れないって。
その代わり、ごめん、ごめんって何度も謝った。残酷なことしてたって。私は……そんな顔をさせると思ってなかった。ただ、自分の気持ちを伝えることしか考えてなかったから。
私は大丈夫って伝えたけど……ユウくんの方が大丈夫じゃなかったみたい。
私は大丈夫だから一人にしてって言ったら、ユウくんはバイクに乗って、どこかに走っていった。そのあと事故に遭ったの。
私が告白したせいだと思ったわ。
受け止め切れない重いものを振り払うためにひたすら走って……遠くまで行っちゃったみたいね。スピードも出してたから危なかったって。
謝りたくて、病院に行ったの。ユウくんに会ったら、事故の前後の記憶がなくなってるって。
私がチョコを渡したことも忘れてるみたいだった。
やった! と思ったわ。だって、またやり直せるんだもん。ユウくんの幼馴染として、またそばにいれるんだって……。
なのに、ねえ、幽霊が見えるようになったなんて。元通りにならなきゃいけないのに。なんで。
なんで、また私のせいなの、ユウくん……。
話し終えて、沙希は床に崩れ落ちた。
「君が見えているのは沙希さんの生霊だ」
「生霊って……」
「生きている人間の思念が形を持ったものだ。沙希さんは君を想うあまり、生霊を飛ばしてしまったんだよ。本人も気づいてなかったけど」
喫茶店を出てから、沙希と連絡をとり、今まで話していたらしい。
あの幽霊が、沙希の生霊。沙希の思念。
信じられない気持ちで、隣の女を見る。真っ黒な顔で遊馬を見て、ぽろぽろと、瞳があるあたりから涙がこぼれていた。
音もなく泣くところが、彼女と同じだ。
肩を震わせて泣く。けど、けして声は出さずに。
沙希だった。ずっと隣にいたのに、気づかなかった。
いや、生霊を飛ばす前も、遊馬はずっと、隣にいた沙希の気持ちを無視していたのだ。
沙希のチョコレート……遊馬は、受け取らなかったらしい。
沙希は彼女のためと言ったが、果たしてそうれだけか。彼女の想いを受け止め切れないという気持ちもゼロではなかったのではないだろうか?
そして、遊馬は、彼女の恋心を忘れた。なかったことにしてしまった。
その方が、都合がいいから?
気付く機会は何度もあったんじゃないか?
長い間ーーずっと見えていないふりをしてきたような気がして、遊馬は顔を伏せている沙希の横に座り肩を叩いた。
「ごめん」
「謝らないで。私が消化できなかったの。自分の気持ちを。だから……」
「沙希くん、君の怨霊はそう思っていないみたいだよ」
亘理が口を挟んだ。
はっとして、生霊を見るとーー先ほどまで泣いていたのに、今はあのトンネルの時と同じ顔をしていた。
ぐにゃりと黒い顔が歪み、歯を剥き出しにして、怒りを露わにしている。
「すごい顔してるね、遊馬くん」
「ね、ねぇ、私には見えないけど……どんな顔なの?」
「えっ。あー、怒ってる、みたいな……」
「昼間、愛梨沙くんが遊馬くんに近寄った時もこんな顔をしてたんだね」
亘理が興味深そうに言った。
幽霊が怒っていたのは、山岸の話にではなかったのか、と合点がいく。
「吐き出さないと、この生霊はいなくならないよ。生霊を強制的に払うのは、君の身体へのダメージがこわいし」
「でも、私はなにもユウくんに不満なんて……」
「そろそろ眠いし、祓っちゃおっかなあ」
「待ってください」
遊馬が声を上げた。
「気づこうと思えば気づけたのに、おれ、自分の都合のいいことしか見てなかったんだ。沙希を利用してた。だから……遠慮しないで言ってほしい」
テスト前でも、彼女との恋愛について相談した。小学生の頃、同級生にいじめられた時も、中学生の頃、売られた喧嘩を買い停学になった時も、沙希に話すと、何時間も付き合ってくれた。いつでも味方だった。
ただの幼馴染でそれだけするのか。
愛梨沙の話をするとき、どこか悲しそうな顔をしていなかったか。
もっとちゃんと考えればわかったはずなのに。
沙希の気持ちをないがしろにしていた。与えられる優しさを当たり前だと思っていた。
「……本当はすごく、愛梨沙ちゃんに嫉妬してた」
小さな声だった。一言も聞き漏らしてはいけないと、遊馬は息を呑んだ。
「ユウくんに似合ってるから、余計……いい子だから。恨みたいのに」
沙希は顔を上げた。
「彼女とのはじめてのバレンタインだったのに、私が壊した。……さっき想いを伝えたかっただけって言ったけど、ほんとは壊れてしまえばいいってどこかで考えてたと思う」
彼女は罪を告白する罪人のように、胸の前で両手を組んでいた。
「ずっと、なんで気づかないのって思ってた。自分から言えばいいのにね」
悪戯っぽい笑みを浮かべ、
「チョコも受け取ってくれないし」
「ほんとにごめん、それは」
沙希が首を振った。
「冗談よ。完全にフラれてよかった。なのに私、諦め切れなかったのよね。生霊まで飛ばすなんて。思った以上にしつこかったな。はあ、ほんと、……ムカつくなあ」
眉間に皺がよる。
「ムカつく。なんで、私のこと見ないの。何も言わなくても察してよ。もっと見てよ。ムカつく、ムカつく」
沙希らしくない言葉遣いだ。いや、ずっとこういう言葉をずっと胸に秘めてきたのだろうか。
「……亘理くん、生霊は消えかけてる?」
沙希が聞く。
「うーん。駄目だね。もっと酷い言葉を言った方がいいんじゃない? スラングとか」
「でも、私普段スラングなんか心の中でも使わないけど……」
「じゃあ何かまだ伝えてない思いがあるのかな」
亘理が遊馬を見た。
「君なら分かるかい?」
ずっとそばにいたんだろう、と、亘理の目が言っていた。
わかるだろうか、ずっと、沙希の気持ちに気付かなかったのに。
沙希なら何を伝える?何を考える?
ずっと俺の隣にいた彼女ならーー。
彼女は。沙希はいつも。
「心配……」
「え?」
「心配してるって、いつも言ってた。沙希は……」
いじめられた時も喧嘩した時も慣れない恋愛で落ち込んだ時も。
沙希はいつも言うのだった。
「心配よ」と。
祈るように握られていた沙希の両手が、ほどけた。
「そう、私……心配、したの。あの時、事故に遭ったって聞いた時、生きた心地がしなかった。もう、バイクに乗らないでほしいって……、気をつけてほしいって、思って……」
ぼたぼたぼた、と幽霊の顔から血が垂れた。いや、違う……血ではなく、チョコレートだった。
チョコレートが溶け、顔が露わになる。
沙希だった。優しい目が、遊馬を見ていた。
バイクに乗るとき、じっと見られていたのは心配していたからだった。
頭を撫でられたのは、遊馬が弱音を吐いたからだった。
この生霊は、遊馬を見守っていたのだ。
「なるほど。心配して、生霊を飛ばしたんだね。ま、愛梨沙くんに嫉妬もしていたけど」
亘理は言った。
「ごめん、沙希……もう心配かけないようにするから」
遊馬は泣き出しそうになりながら、なんとか声を絞り出した。
「うん。私も、もうしない。ユウくんの心配は、愛梨沙ちゃんに任せる」
沙希が微笑んだ。同時に霊は、音もなく消えた。
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