第4話 家出少女

〈星狩り〉による襲撃を受け、試験はその日中止になり、翌日再開された。


あたしは襲撃の日も、宮殿に泊まった。だが、迎える皇帝姉弟たちの反応は前日までと異なり、尊敬と敬愛のまなざしに満ちている。なぜ、兄である皇帝があたしを保護しているのか腑に落ちたようだ。


愛莉亜は、同じベッドに寝ようと客室に来るので、慌てて止める。


皇女の眠る部屋と客室とでは、設備待遇が違う。


それならと愛莉亜の部屋に誘われてしまう。


そもそも、正体と居場所がばれた以上、宮殿に長く留まるのは周りの人間に迷惑をかける。あたしだけならともかく、彼らの命にまで危険が及ぶからだ。だが、零音はそれを笑い飛ばす。


「俺の命なら毎日危険に晒されている、宮仕えの者はみなそうだ。いまさら、敵がひとつ増えたところで大差ない」と。


「でも、ただの暗殺者と〈星狩り〉とを比べたら全然、強さが違う」


「この帝国では俺が一番強い。だから、心配するな」


と、零音は言い、紗梨亜を抱きしめる。


「俺を兄だと思って、頼れ」


紗梨亜は彼の背をぎゅっと抱きしめ返す。


「お兄ちゃん……」


それは、何とも言えない瞬間で。


だからこそ、彼の妹である愛莉亜に誘われたときは断れず、むしろウキウキしてしまう。


家族が増えた、みたいに感じて。


愛莉亜は花の匂いがする。


一緒に毛布をかぶると、彼女が話しかけてくる。


「お兄様の、どこがお好きなの?」


「えぇと……うぅん……」


「わたしは全部好き」


「あ、あたしも……」


「それって男として?」


「えっ」


「だってわたしとお兄様は血がつながってるから恋人にはなれないけど、紗梨亜は違うから」


「……う」


「なら、ライバルだね」


「ライバル?」


「うん。お兄様の寵愛を受けるのがわたしか、紗梨亜ちゃんか」


「そんな……。比べるものじゃ」


「弱気ね? 自信ないの?」


「そんな」


「なら、一生恋人にはなれないよ」


「なるもんっ。いつかは……」


「ばばぁになっても付き合えないよ?」


「ふふっ。そうなる前に『愛してます』ってちゃんというもんっ」


「ならいいけど。お兄様、結婚相手に暗殺されないように、選ぶの慎重だから。早くしないとじじぃになっちゃうの。そうなる前に『好き』ってちゃんと言ってあげるんだよ?」


「わかりましたっ」


「あーぁ。でも紗梨亜ちゃんがわたしの義理のお姉ちゃんになるのか……」


「うん」


「そしたら愛莉亜のことも守ってね? わたしも地味に命を狙われたり政略結婚で嫌な奴に嫁がされたり、したくないの」


「好きな人いるの?」


「いないの。恋がしたい。紗梨亜ちゃんにはイケメンの知り合いはいないの?」


「う~ん。騎士団の人はみんな年上ばかりだし……」


「そりゃ紗梨亜ちゃんの年齢からすればそうでしょうね」


「愛莉亜ちゃんはいくつなの?」


「十一歳。本当に紗梨亜ちゃんの一個下なの」


「そうなんだ~。若いね」


「うん」


あ、若いというより幼い、なのかも。


愛莉亜のぷっくりした頬と愛嬌の眼差しを見つめながらトロン……と、そのうちあたしは眠ってしまった。


お姫様の寝るベッドはすごく寝心地がよくて、話してる間になぜか意識を手放してしまえるほど。


翌朝、目が覚めると身体を動かすのが億劫で。隣の愛莉亜はまだすやすやと寝息を立てている。


ぼーっと天井を見つめている。幾何学模様の不思議な壁紙だ。


鳥の鳴く声が聞こえて、見ると。


さぁーっと、暖かい風が部屋に入ってくる。あたしは目を瞬く。


いつの間にか開いている窓から、橙色の小鳥が迷い込んでくる。ピィーピィー啼く。


思わず起き上がる。急に羽が背中に生えた気がする。


小鳥がまた羽ばたいて窓の外へ飛んでいく。あたしもそれを追って、窓の縁にふわっと飛び上がる。


青空へ飛翔する小鳥のように飛ぶ。


だがあたしは羽がない。人間だから。それで重力に逆らえず落下する。


そんなことも思い巡らさず、飛びたったのに。


あるべき衝撃はなく。むしろ、ふわぁと、抱きとめられる。


「この、おてんば」


優しく、耳元でくすくす笑われる。あたしは顔が熱く、こころも真っ赤になる。


嗅ぎ慣れてはいないけど、知っている、あまい花の香り。


「零音」


「〈加護〉の力で急に呼ばれた。朝から俺が必要なんて、これからずっと一緒の方がいいかな」


「え、えぇと……」


彼は翼の生えた白銀の馬に跨り、あたしは片腕でお姫様抱っこをされているようだ。


「重くない……?」


「そこ? 俺の心臓が恋愛以外で早鐘を打ったんだから、もう少し自重してほしい」


その独特な言い回しが不明で。


「ん?」


「俺の心臓が紗梨亜の前で鳴るときは、ロマンがある方がいいっていう意味」


「ろまん……?」


「そ。心配かけるな」


彼の表現は不明だけど。


「ごめんなさい……」


心配をかけたようなので謝った。


「ふぅ。……なぜ、あんなことを?」


「あんなこと?」


「飛び降りるなんて」


「飛び降りてない。小鳥を追いかけてた。橙色の」


「太陽色の小鳥? 新手の敵?」


「敵? 小鳥さんが?」


小さくて可愛らしい無力な小鳥が、敵なわけない。


「う~ん。もう、紗梨亜は俺から離れるの禁止」


「えっ?」


「フラフラしてると殺される。危なくて見てられない」


「う……。すみません」


「わかったなら、着替えて、朝ごはんを食べて。執務室に来い」


「な何を?」


「俺の目の届く範囲にいるように」


ふっと、銀の馬が消えたと思うと、彼は滑るように窓から寝室に入る。初めて見るので、ここは彼の部屋だ。広くて、豪華。


「城弦。いるか?」


「ここに」


と、彼は扉を開けて入ってくる。あたしを抱く零音に目を瞠る。


「紗梨亜の服を。それから、これからは彼女もここで過ごす」


「どういう判断ですか?」


「今朝、窓から落ちかけた。彼女が死ねば、帝国を覆う障壁も解かれ、多くの民が死ぬ」


「……用意します」


あたしはまた城弦さんに嫌われただろう。最初からあまりよく思われていなかったから。


零音は天蓋付きのベッドに腰かけ、あたしをひざの上に横抱きにする。


「あの……」


そんなにしなくてもあたし、零音から離れないけど。


とは、言わない。それほど心配をかけてたなんて。しばらくは彼の気の済むまで放っておこう。小鳥を追いかけて落ちたあたしがわるいし。


服を持って再入室した城弦さんはやはり一瞬、動作が固まって。


「ありがとうございます」と、あたしはお礼を言ったのに睨まれる。


「どういたしまして」と返す、城弦さんの目が笑っていない。


そんなに嫌われても。……しょうがないじゃない。零音がこうしたままなんだから。


スッと零音が、あたしと城弦さんの視線の間に腕を出し、遮る。


「そんなに見るな。紗梨亜の寝間着姿は可愛いが、俺のものだ」


「ふふっ」


と、思わず笑ってしまう。


零音は天然? それともわかっててやってるのか。知らない。


結果として城弦さんとの小ゲンカは一時中止になる。


バンッと、扉が勢いよく開く。


「お兄様っ」


と、そこへ慌てて入室してきた愛莉亜も寝間着姿で。


「愛莉亜。すまない、紗梨亜は今日から俺の部屋で寝る。小さな鳥に攫われるところだった」


「あぶな……っ。では、わたしの部屋は移動した方が?」


鳥に、しかも小さな鳥に攫われるって。……愛莉亜、しかもそれを素直に信じちゃうの?!


「いや、その必要はない」


と、零音もまじめに答えている。


「危ない紗梨亜は俺が面倒を見るから。愛莉亜にとってはさびしいだろうが、大丈夫だ」


「えっ?」


「俺のベッドが、紗梨亜のベッドだ」


「はぁ……? ん……? んんっ?!」


ボッと、愛莉亜の頬が赤らむ。


「な何で……っ? まさかお兄様、わざと小鳥を用意したのではっ?」


「なぜ?」


と、零音は余裕たっぷりにしれっと返す。


「紗梨亜ちゃんと一緒に過ごしたいからっ!! だから、わざと窮地に陥るように画策して……っ」


ふ、と彼は笑う。


「そんなことしなくても、紗梨亜はいつも窮地に陥っている。理由ならいくらでもつけられる。だからこそ今回は俺の知らぬところで何者かが悪意をもって画策したと、言い切れる」


「お兄様、わかりました。なら、私も一緒に寝ます。みんなで寝た方が紗梨亜ちゃんを守るには好都合です。国賓なのですから」


国賓?! 大げさな……。あたしは騎士団の隠れ家を家出しただけなのに……。













  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る