第3話 入学試験

翌朝、入学試験の会場へ行くために、零音は車と護衛の〈宝石の騎士〉を手配してくれた。


知らない男性騎士と二人きりにならないよう配慮してくれたらしく、女性騎士とあわせて三人で会場まで移動する。


「俺は海武カイム。短い間だがよろしく」


「私は璃々哀リリア。気配察知が得意なの」


試験前に騎士といることにより、問題漏洩の疑惑を持たれるのを避けるため、二人とも私服で教育熱心な紗梨亜の姉兄を演じている。


「じゃ、紗梨亜ちゃん。終わったら連絡して」


と、璃々哀が会場の門の前で、あたしを抱きしめる。


「も、もう。恥ずかしいよ……」


「じゃあ、頑張って」


と、海武も応援してくれる。


試験番号の書かれた教室を探し、入室する。


〈宝石の騎士〉なんて寵愛を受けし者を守って命を落とすこともあるのに、受験者数は予想より大人数で、怯む。それに、女子は少人数で男子の方が多い。


午前中の学科試験が終了し、昼食休憩を挟み、午後の技能試験に移る。


受験生同士で戦い、その様子を試験管が記録する。トーナメント方式だ。


男女差があるとは言え、対戦相手は選べず。


武器は木製の刀や棒、槍を選び打ち合う。


あたしは刀を、対戦相手は長槍を選ぶ。


「始めっ!!」


試合開始の合図と共に、彼は間合いを詰め槍を突き出してくる。それを斜め後ろに退がって避け、槍を叩き返すがびくともせず、むしろ刀を弾いてくる。刀身を斜めにして勢いを反らし、互いに打ち結ぶ。だが、力の差であたしは押し負けた。


刀を飛ばされ、槍を首筋に当てられる。


「そこまで」


と、審判が試合終了の合図を告げる。


あたしは刀を拾う。互いに礼をし、その場を離れる。


トーナメント表を見に行く。彼の名前は一宮 ヤマト。


零音の言う通り、外の世界じゃあたしは弱すぎる。


最強になりたいわけじゃないけど、宝石がなければ何もできない。


試験は続いていき、観客席に座りながら、試合の様子を眺める。


一回戦で負けるなんて、不合格確定みたいなものだ。でもせめて、他の人の試験は目に焼きつけて、学ばなければ。


ふいに、凄く嫌な予感がする。


宝石が教えてくれる勘は百発百中。


あたしは立ち上がり、その場を離れる。


ズドン、と間髪入れずに雷が先程までいた椅子の上に落ちる。


晴天にいきなり雷など、宝石の力としか考えられず。しかも、同じ宝石を狙うなんて。


息も吐かせず連続の落雷を、体捌きで避けるのを止める。


宝石を隠していれば、この試験場が穴だらけになる。それだけでなく、黒焦げの死体が数多くできあがるだけ。


「スファナローリア・リベレーション」


小声で呟き、左の小指の爪に口づける。


ブウアァァァッと溢れる蒼い光が身体中を覆い、溢れて、雷を吞みつくしていく。


キッと見上げると、空中に佇む、烈火のように紅く燃える瞳の少女と目があう。


「何のつもり?」


「殺す」


話がまるで通じない。


〈寵愛を受けし者〉同士で戦う場合、勝つのは受けた寵愛の大きい方だ。先に力尽きてしまえば負け。


あたしは十二歳でファーストキスもまだなのに、こんな所で死ねない。


あたしは試合場を蒼い光で覆い、障壁をつくる。


彼女が絶え間なく落雷を降らせるのを宝石の障壁で耐えながら、観察していると、違和感に気付く。


燃える瞳に生気がない。


宝石の煌めきは真昼に輝く太陽よりまばゆい……それゆえに宝石を星とも言う。


その輝きを力尽くで奪う者たちを〈星狩り〉と言い、彼らは〈寵愛を受けし者〉を捕らえては酷い人体実験や洗脳を繰り返しているらしい。


呪われた宝石〈ダークナイト〉に〈魅入られし者〉たちは〈寵愛を受けし者〉と対等に戦う力を得る。彼らは〈星狩り〉となり、日夜〈寵愛を受けし者〉を探す。


彼女からは〈ダークナイト〉に魅入られているような邪悪さを感じない。


ということは〈星狩り〉たちに捕まり、思いのままに操られているのかもしれない。


どうしたら彼女を元に戻せるかわからない。けれどこのまま長期戦では埒が明かない。そもそもこんなに大規模で〈寵愛を受けし者〉と対峙したことがない。


とりあえず殺すしかないのか?


思考の終着点が、求めてはいない答えを導きだすとき。


ブワッと第三者の気配がし、見遣ると、翼の生えた白銀の馬に騎乗し、空を駆けあがる零音がいる。


「えっ?」


〈加護〉の力なのにここで割って入るとは。


「ラフィア・カタルシス」


キラキラと輝く雪が、烈火の少女に降り注ぐ。


「紗梨亜っ。浄化だっ」


「カタルシスですかっ」


「あぁ」


「スファナローリア・カタルシス」


途端、土砂降りのような雨粒が少女に降り注ぎ、虹をつくる。


虹は、大雨により世界を滅ぼした創造神ロードと人間の和解のあかし。


少女が苦悶の表情を浮かべる。


全身から血が噴き出し、やがて肉体がフッと一抹の塵となり、掻き消える。


「死んだ……の?」


「いや……わからない。だが、ひとまずは難を逃れたようだ」


凄く後味がわるい。


そして、このせいで、あたしが宝石持ちだとバレてしまった。


「浄化なのになぜ……?」


浄化であれば、洗脳は解けるはずなのに。彼女は目を覚まさず、消えてしまった。灰も残さず。


「浄化に耐えられないほど、元の身体が破壊ないし改造されていたんだろう……可哀想に」


「こうなりたくない」


「なら〈ダークナイト〉を壊すしかない。呪われた宝石を破壊し、それに〈魅入られた者〉たちを解放し、〈星狩り〉の組織を解体する」


彼はまっとうな答えを返すが、そんな果てしない計画……。


「宝石を壊す……どうやって?」


「探して、粉々に粉砕する」


「でも〈魅入られし者〉と戦い、人を殺すことになるかも」


そう、さっきのように。いや、彼女を殺したと断定はできないが。その可能性はある。


「やらねば、いいようにされるのは紗梨亜だ」


「わかるけど……できないよっ」


「できないことではない」


「隠れていたかった……」


「……ごめん。俺が見つけたから」


「違う。あたしが迂闊だっただけ……」


人殺しを神は望まない。


だから、あたしがやることは。


宝石帝国中を覆う障壁をつくり、維持し、自分が殺されないように目立たない場所へ隠れること。


そうすればみんなを守ることができ、あたしも戦わないで済む。


息を吐く。


あたしは、スファナローリアに乞う。


帝国を、無辜の人々を守るための障壁がほしいと。


それから、あたしは零音のもとを去り、隠れることを。


蒼い光が天へと飛翔し、青空と一体化し広がってゆく。それは帝国中を駆け巡る。


澄んだ障壁は帝国全土を包み、キラキラと輝きを増す。


「ありがとう」


と、宝石に感謝する。


スファナローリアの寵愛はあたしから溢れて、人々を守る煌めきとなる。


「帝国を守る宝石か……。紗梨亜、ありがとう。紗梨亜のことは俺が守る」


「えっ?」


「俺は皇帝だ。帝国と民を守るのは俺の役目だ」


「うん。じゃお願いします」


「だから、隠れるなら俺のそばに」


差し出された手をあたしは握り返す。


「ラフィア・セイヴ」


白銀の雪花が、繋がれた手を伝い舞う。


「紗梨亜に保護をかけた」


「ありがとう」


「たとえ宝石がなくても……紗梨亜は俺のものだ。帝国の民だから」


「うんっ」


彼は皇帝だから。あたしに宝石がなかったとしても、民である以上、大切にしてくれるのだ。


嬉しかったけど、やっぱりほしいものは神様しか与えてくれない。


いわく、あたしが存在しているだけで、何もできないか弱い存在でも、愛してくれる。あたしを喜んでくれる。


それは創造神ロードがあたしを創ったからで。


あたしを愛しているからなのだ。神は愛なのだ。


あたしはまだまだ、零音のものになんてなれない。……神様のものだから。


それでも彼は。帝国の民である限り、あたしを守ってくれると約束してくれた。

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