ファッジホリデイ

 

 ファッジは、甘い。とても甘い。とてもとても甘い。

 ひとつふたつも食べればもうたくさん、というほどに甘いその菓子を、私たちはそれでもこよなく愛していて、大量に作っては、長いことかけて食べきる。

 私たちは月に一度くらい一緒にキッチンに立ち、二人でいっぺんに馬鹿げた量の砂糖を消費する。700gとか、800gとか。

 私は、しゃりしゃりして甘いのが好きで、千絃ちづるは、やわらかくて甘いのが好きだ。

 レシピは、本に載っているのを探してきた。ほとんど工程が違うので、作業はあまり一緒にはならない。

 千絃のレシピの方には本当はナッツが入るのだけれど、千絃はナッツが嫌いなので、一度も入れたことがない。一度など、間違ってナッツを入れたお菓子を作った私をさんざんなじった挙句に「もう嘉和かななんか知らない」とまで言い放った。アレルギーなどではなく、ただただ嫌いなのだ。

 千絃は、かなりの偏食家だ。

 そうして、けれど、私と同じように甘いものをこよなく愛している。と思う。私の趣味をあれこれ言う割には。

 千絃は私よりもよほど大人びた容姿と考えの持ち主のくせに、味覚は私よりかなり幼い。ピーマンやにんじんはまあ食べるけれど、納豆もオレンジピールも食べられないし、豆乳ものめない。アボカドに至っては「存在意義がわからない」とまで言った。

 それでも、どうにかして食べてもらいたくて私が悪戦苦闘して料理を作ると、千絃はおいしいと言って食べる。……まあ、納豆は未だに食べられないけれど。

 そうして、千絃は、甘いものをほんとうにこよなく愛している。

「嘉和あ、チョコレートって何gだっけ?」

「40gだよう」

「わかったー」

 千絃は時々、鍋を揺すりながら歌を歌う。歌といってもそれは鼻歌やハミングのような感じで、近くによらないと聞こえないくらいのものだけれど。

 今日は、昨日二人でみた「ラブ・アクチュアリー」の中でヒュー・グラントがこれに合わせて踊っていたガールズ・アラウドの「ジャンプ」だった。歌詞を知らないので、ハミングしながら体でリズムを取っている。

「その曲気に入ったねー」

「うん。大好き」

 そう言って笑う千絃は、見慣れている私でも見惚れてしまうほどかわいい。

「そんなに好きなら、今度サントラ買ってこようか。もうすぐ千絃の誕生日だし」

「ほんとに!? そうしたら私、一日中聴く!」

「あ、千絃、お鍋っ!」

「あーっ」


 BGMに「ラブ・アクチュアリー」のレンタルDVDを流しながら、私たちはそれぞれのファッジを作った。


 ふたつ並んだお鍋の前で、私たちはお互いにファッジの味見をした後の唇でキスをした。


 できあがったファッジは、いつものようにとてもとても甘かった。

 私たちの関係がこんなにもずっと甘ったるいのは、もしかするとファッジのせいかもしれない。

 

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