一つ目の星

「話を整理しましょう」

 駅のロータリーに面したチェーンの喫茶店で僕らは作戦会議を始めた。

「さっきの……イヤミセレブペアの態度から、我々も既に次のチェックポイントへのヒントを得ていると思われます」

「ただそれに気づいていない、と」

「はい」

「今、私たちが市から手に入れているもの、と言えば……最初の、スタートミッションの指示メールと……」

「『広報 腰ヶ谷』の19号」

「広報誌の方には……」

 彼女は自分の分の広報誌をぱらぱらと確認する。

「……特に企画参加者向けの暗号みたいなものは無さそうですね」

 僕も自分の分を確認したが、ごく普通の地域の広報誌だった。

「ですね。これは配られたものじゃなくて、普通に市役所で手に取ったものですし、他の一般の方も普通に貰うものです。これに次の行き先が書いてあったりはしないでしょう」

「……ってことは、メール?」

 僕らは互いの携帯電話を取り出す。

 湯気を立てる二つのコーヒーカップの間に並んだ二つのスマートフォンは、同じメーカーの同じ機種で色まで同じだった。

 スマートフォンの中では普及してる機種だから奇跡的とは言えないが、僕らは目を合わせて少し笑った。

「文面は……同じみたいですね」

僕はがっかりして、気まずさをごまかすようにブラックのコーヒーを少し口に含んだ。苦い。

「ちょっと待ってください。確かに文面は同じですけど……ほら」

 僕に向けて二つのスマホが並べられる。全く同じ文面のメール。しかし行を開けてその後に添えられた数字が異なっている。

 僕のメールの数字は「35.957801」。

 彼女のメールの数字は「139.832078」。


「なるほど、パートナーを見つけられないと場所を特定できないヒントか」

「場所を示す二つの数字」

「35と139って数字の大きさから推理するとその意味は」

「「緯度と経度!」」



---------------



「寒い、ですね」

「はい」

 東部線とバスを乗り継いで1時間半。

辿り着いたのは腰ヶ谷市の外れの北の果て、北葛鹿町の「観世音寺」というお寺だった。

 晴れ渡る冬の寒空の下、人っ子ひとりいない山道の、やや荒れたコンクリートの階段を上がって行く。

 たっぷりの移動時間の間、僕らは互いの仕事や、好きな食べ物など、なんとなく当たり障りのないことを話した。

 僕は公務員を名乗り、彼女は研究職だと名乗った。地学関係の研究機関にいるらしい。道理で、十ケタの北緯と東経を地図上の場所にすぐに結び付けたわけだ。お互いに辛いものとパスタが好きで、読書や映画など、どちらかと言うと大人なしい趣味を好んでいることも分かった。

 スマホのマップアプリに二人のメールから得た座標を入れて、得られた目的地を見た時には、その遠さと交通の便の悪さにげんなりしたものだが、男女の仲を深める、と言う意味では上手い設定の仕方かも知れなかった。


「あれじゃないですか?」

 彼女が弾んだ声を上げる。

 さびれたお寺の本堂の入り口に「腰」の一文字の入った星マーク。

「他の参加者がいませんね」

 僕は素朴な感想を口にする。

「参加者同士が重ならないように、三つのポイントを回る順序はペアごとにずらしてあるのかも知れませんね」

「なるほど」

 恐らくそうだろう。研究職とかは関係なく、僕は彼女の頭の回転の速さを会話の中で確かめつつあった。


「すみませーん!」

 開け放たれた本堂の入り口に声をかける。

 奥から出てきたのは煌びやかでこそないものの、重厚な作りの袈裟に身を包んだ壮年の住職だった。

「何用ですかな?」

「こんにちは、御住職。我々、腰ヶ谷市の企画の……」

「三つの星を探す方々ですか。ようこそおいでなさいました。ここに来る参加者は、あなた方が一組目です」

 僕らは顔を見合わせて、軽くハイタッチした。

「えーと、それで『星』と、次のチェックポイントの……」

「そもさん‼︎ 」

 思わず背筋が伸びるような気合いの乗った声で、和尚が叫ぶ。

「せ、せっぱ‼︎ 」

 僕は反射的に同じようなテンションで叫び返した。

 隣で彼女がちょっと笑った。

「私は空にいる。私は海の底にいる。私はステージの上にいる。私はだあれ?」

 簡単ななぞなぞだった。

「……スター?」

 和尚はにこやかに頷く。

「そもさん!」

「せっぱ!」

 続く和尚の問いかけに、そう元気良く答えたのは彼女だった。

「石との戦いに勝利し、ハサミとの戦いに敗れる。私はだあれ?」

「じゃんけんのパー、ですか?」

 彼女も即答した。

 和尚はまた頷く。

「次が最後です。そもさん!」

「「せっぱ! 」」

 僕ら二人は声を揃えて返事した。

「私は13。私は牧師。八つの道を一歩進む私の死は全軍の敗北。私はだあれ? 」

 僕らは小さくせーの、と合図して同時に答えた。

「「キング!」」

 和尚は満足そうに頷くと、懐から錦織のお守り袋のようなものを取り出した。

「ネットの検索に頼らずに、良くぞ自らの知恵だけで謎かけに答えなさった。これを持っておゆきなさい賢き者よ。更に賢き者は二つ目の星を見つけるでしょう。メリークリスマス」

 和尚はそう言うと、合掌してお辞儀をし、本堂の奥へ引っ込んでしまった。


 お守り袋の中身は、小粒ながらきらりと輝く星の形のチャームだった。

 小さなフックの付いたそれは、後から違うチャームを付け足せるようになっている。

 三箇所のチェックポイントをクリアすれば、三つの星をあしらったストラップかアクセサリーか何かが出来る、という趣向らしい。

「綺麗……」

「洒落た計らいですね」

「あ! いけない。和尚さんに次のチェックポイントのヒントを貰ってません」

「いえ、貰ってますよ」

「え? もしかしてそのお守り袋に何かヒントが?」

「違います。僕ら自身が言ったじゃないですか。次の目的地を」

「……」

 彼女は少し考えて、にっこり笑った。

「……ああ!」

「折角だから御賽銭を納めてお参りしてから行きましょう。僕、ここの和尚さんのことを好きになりました」

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