出会い

 34時間前──。



「ガヤンバズーカだ!」

「ガヤンバズーカ! セット!」

 僕の要請に四人の仲間は四つの承認音声コードで答える。

 ヘルメットの内側、右の耳元で認証を示す電子音が鳴る。

 赤、青、黄色、ピンク、黒。

 五つの色のカーボンナノチューブ装甲繊維製のスーツに身を包んだ僕らは、それぞれが持つ合計五つのジオパルスブラスター「ガヤンマグナム」を一つのユニットに合体させる。

 合体した大型ハンドガンの塊は複雑な幾何学模様の光を周囲に描きながら、その姿を五つのグリップを備えた一門の大型バズーカ砲へと変じた。

「ファイナルシュート!」

「「ファイナルシュート!」」

 号令に四つの最終音声承認が返事をした。

 直撃した先にTNT140.21キロ分のエネルギーを叩き込むこの必殺兵器の発射には、特殊な取扱い免許を持つ五人の同意と共同発射作業が条例で義務付けられている。

『最終処理、承認』

 イヤホンから女性の声。

 バズーカが僕達とは別系統の上長からの承認信号を受信し、十一ある全ての安全装置のロックが外れる。

 バイザーに映る緑色「兵装【安】」の表示が赤色の「兵装【火】」の表示に変わる。

 ターゲットスコープに写る奇怪な姿のドラグ怪人・コブラドラグ。

 機械部品と培養された生体部品とで成る身体を、未知のエネルギー「ジオパルス」で動かして、破壊活動をする僕らの敵。

 その背後の組織、科学宗教結社ドラグパルスについては活動目的や組織構成など謎の部分が多いが、浄水施設に毒を入れようという卑劣なテロ行為は、その目的や背景思想が何であれ、到底看過できるものではなかった。


「ファイア!」

 僕の合図で五人が同時にそれぞれのグリップにあるトリガーを引く。

 内蔵された電磁加速円環の中を超電磁誘導で回転させらながらぐんぐん加速を掛けられていたジオパルス粒子はそのループを抜け、破壊活動の為だけに生み出されたコブラ意匠のアンドロイドに向け殺到した。


 ジオパルスで動く機械人形に、通常兵器が発揮する威力は非常に小さい。

 目には目を。歯には歯を。

 ジオパルスにはジオパルスを。

 対ジオパルスのスーツを纏い、ジオパルスを撃ち出す武装を持つ僕たちだけが、奴らと対等以上に戦い、倒すことができるのだ。


 総量五十八万六千キロジュールに及ぶエネルギーの奔流は、目標に到達するやいなやその哀れな機械人形に流れるジオパルスと共振し、文字どおり爆発的な熱と光に変わる。ごく短い時間に圧倒的勢いで生成されるそれらは対象に融解、電気的分解、蒸発し気体化した組成物の急激な体積膨張による破壊、目標自身が所持・内包する火器や薬物への引火・誘爆を引き起こす。即ち──。


【カッ】

【ズドドドドド……】


 閃光。炸裂音。

 噴煙とともにほうぼうに飛び散らかる大小の部品。

 一瞬遅れて僕らの所に到達する衝撃波。

 上手く広い場所に誘き寄せて足止めし最終処理に移れたので、爆炎や余剰エネルギーによる周辺施設の被害は最小限で済んだようだ。

 爆心地のアスファルトは剥がして敷き直しだろうし、一部施設の壁に焦げ跡は残ってしまったが、浄水設備そのものへのダメージはゼロと言って良さそうだった。

 僕はフルフェイスのヘルメットの内側でホッと胸を撫で下ろした。


「よくもやってくれたわねコシガヤン‼︎」


 管理棟の屋上から僕らに悪態を吐く、水着のような露出度の高い鎧を着た仮面の女性。

 第三回目の奴らの犯行──K12003号事件から現れて、ドラグ怪人に犯行の指示を出していると思われる組織の女幹部・アマゾーナだ。


 僕は外部スピーカーの音量を目一杯に上げて、仮面の女幹部に叫ぶ。

「諦めろアマゾーナ! 天網恢恢疎てんもうかいかいそにして漏らさず! 悪の栄えた試しはない!」

「笑止! コブラドラグの後ろにはまだ、何千何百というドラグ怪人が出番を待っている! これで勝ったと思わないことよ‼︎」


 そう捨て台詞を叫ぶと彼女は姿を消した。

 ヘルメットに装備されたインカムの開放チャンネルから、ブルーが現場周辺を封鎖・警備している所轄の警官たちに女幹部逃走を伝え、警戒し検挙するように要請する声が聞こる。


 だが二年間で二十四回に及び似たようなシチュエーションで姿を消した彼女を、我々は何故か捕らえられないでいた。多分、今回も同じだろう。


『よくやった。安心戦隊』

 とても偉そうだが、それが板に付いており嫌味に感じない澄んだ女性の声。

 労いの通信は上長である女性博士、土師部祥子はせべしょうこ部長の声だ。

『回収車を施設に入れる。そこで待て。バズーカは地面に降ろしていいが、そっとだ。赤子をベッドに寝かせるように』

「了解」

 僕は仲間たちに合図して、大柄な大人程もある必殺バズーカ砲を地面に降ろした。赤子をベッドに寝かせるように。


 ヘルメットの耳下の首元にあるロックラッチを左右とも前にずらして後頭部パーツのロックを外す。

 途端に蒸れたヘルメットはその内側に冬の冷たい空気を吸い込んだ。

 パーツを大きく開けてヘルメットを完全に脱ぎ、空を仰いで深く深呼吸をする。

 仲間もみんなヘルメットを脱いで、伸びをしたり軽く身体を動かしたり。


 ふと視線の高さを元に戻せば、沈殿槽の建物の角を曲がったマイクロバスがこちらに近づいて来ていた。

 そのマイクロバスの正面には、控え目にだがはっきりと、腰ヶ谷市の市のマークが描かれていた。



---------------


 「安心戦隊コシガヤン」と言う名称は、一般公募で市民から寄せられた名称案の中から選ばれた。


 イベント活動が主な、見た目だけのご当地ヒーローならいざ知らず、実際に警察活動をする特殊部隊の名称を一般公募で決めた例を、僕は他に知らない。

 もっとも僕自身は「コシガヤン」部分だけが一般公募からの作で、「安心戦隊」は行政がねじ込んだんじゃないかと勘ぐっているのだが。


 なぜか腰ヶ谷市のみを活動地域とする科学宗教結社ドラグパルス。

 対ドラグパルスに特化して組織された対テロ特殊部隊、安心戦隊コシガヤン。

 この冗談のような混乱と秩序との闘争が始まってから二年余り。

 数々のテロ行為を未然に防ぎ、またその被害を最小限に抑えながらも、未だ事態収束の目処は見えないままだった。




 とは言え、ヒーローにも非番はある。




 そして非番の日にまかり間違えば、日本で唯一の──いや、おそらく世界で唯一の実戦型ヒーロー、コシガヤンのレッドであるこの僕も、いわゆる「街コン」って奴に参加する羽目になったりする。


 断っておくが、僕が自ら応募したわけじゃない。

 自慢じゃないが、彼女いない歴イコール年齢の僕は決して女性と関わるのが得意ではない。

 女性が嫌いな訳ではないのだが、意識し過ぎてテンションのコントロールが上手く行かないのだ。


 では何故そんな僕が、男と女の格闘技スタジアムとでも言うべき「街コン」なる戦場に送り込まれることになったのか?


 これは巧妙に仕組まれた罠だった。

 他の四色の仲間達が面白半分にあることないこと書いて応募した企画参加型街コン「三つの星の物語」に、僕は当選し、土師部部長まで結託して僕の給与から参加費三万円が天引きされ、僕がそれを知った時にはキャンセル可能期間を過ぎていた。

 唯一の救いは、企画であるチェックポイントクリア型のゲーム「三つの星の物語」をランダムに組まれたパートナーと二人揃ってクリアすれば、賞金としてそれぞれに腰ヶ谷市プレミアム商品券三万円がキャッシュバックされることだ。


 自分へのクリスマスプレゼントとして、ちょっといいメーカーのマウンテンバイクをネット通販で予約してしまっている僕に許された選択肢は多くない。


 かくてクロゼットにある冬服の殆どを引っ張り出し、男性モデルの画像を映すスマホ片手に、うんうん唸ることになったのだ。



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 「広報 腰ヶ谷」のvol.19を持って駅前をウロウロする不審な若者。


 クリスマスイブの休日の、それが僕の姿だった。


 tales of tristars というドメインから送られて来た「start mission」と言うタイトルのメールには以下のように書かれていた。


「市役所で『広報 腰ヶ谷』の19号のバックナンバーを入手し、午前11時、東部線腰ヶ谷東口にて、同じ号を持つパートナーと合流せよ 35.957801」


 休日の午前。

 市の心臓部たる腰ヶ谷駅周辺は身動き取れない程ではないものの、結構な人混みである。どこからともなく聞こえるジングルベルのアレンジバージョン。赤と緑で着飾ったクリスマスカラーの街。何やってんだろうな僕は、という気持ち半分、相手はどんな人だろうかという期待半分、市の広報の企画担当者の思う壺のままに、僕はドキドキしながらパートナーを探した。

 案の定、東口周辺ではそこかしこに「広報 腰ヶ谷」を手にした男女がキョロキョロしており、照れくさそうに挨拶しては、互いに号のナンバーを見せ合っている。

 根が人見知りな僕にとっては、これはかなり勇気のいるミッションだ。正直、ガヤンスーツ着て怪人と戦う方が断然楽ちんだった。

 しかしそれでも、取り戻されるべき三万円と、僕と違って真剣な気持ちで参加したであろうパートナーの女性のことを想い、僕もそのぎこちないパートナー探しの男女の中に、殊更ぎこちなく身を投じた。


 何人かの女性におどつきながら声を掛け、何人かの男性とお互い大変ですねみたいな目配せをしながら、僕はようやくその一人の女性に辿り着いた。

 小柄で細身のどちらかというと地味な印象の女性。

 黒い髪を後ろにバレッタで纏め、ベージュ系の優しい色の上下に、麻の風合いを活かした小さなバッグを下げている。

 アルミシルバーの細いフレームのラウンドレンズの眼鏡を掛けて、「広報 腰ヶ谷 vol.19」のタイトルが見えるように持って、行き交う雑踏の人波に視線を泳がせている。

 美人だ、と言うよりは人懐っこさの印象が先に来る愛嬌のある顔立ち。

 正直、ほっとすると同時に、胸の鼓動が高鳴るのを抑えられなかった。

 同時に彼女が、パートナーが僕であることにがっかりしませんように、と心から願った。


 第一声の掛け方をきっかり一秒逡巡したが、対女性の場面に於いて、今まで考え過ぎ、意識しすぎることが変な間や、妙なテンションの源泉になっていたことに自覚のある僕は、敢えて考えるのをやめて、最初の一言を切り出した。

「あのぅ……」

「はい。ああ、三つの星の?」

 広報誌の号数を示しながら、僕は自己紹介した。

「初めまして。青木カズナリです」

「こんにちは。水谷ユカリです。今日は、よろしくお願いします」

「こちらこそ、よ、よろしくお願いします」


 早口になり過ぎないように意識しながら慎重に挨拶する。顔が熱かったから、もしかしたら赤くなっていたかも知れないが、今更どうにかできることではなかった。

 周辺では僕ら以外にも、三つ四つとペアがお互いを見つけたようで、挨拶したり自己紹介したり、企画のスタートを切りつつあった。



「メインは18時からの食事会です。それに遅れないようにだけ気を付けて、あとはまあ、のんびり行きましょうか」

 彼女も緊張しているのが分かったので、僕は最大限リラックスしてる振りをしながらそう言った。

「そ、そうですね」

「時間はあります。お話は移動しながら。とは言え、次のチェックポイントですが……何か聞いてます?」

 彼女は首を横に振る。


 腰ヶ谷市 クリスマス企画街コン「三つの星の物語」は二部構成になっている。

 前半はタイトルにもなっている腰ヶ谷市全体を使ったオリエンテーリングで、参加者は定められたパートナーと三箇所のチェックポイントを探し出し、課題をクリアして「星」を集める。三つの星が集まれば見事クリア、と言うわけだ。

 後半はペアの縛りを解かれ、参加者全体での立食パーティーとなる。ペアと合わなかった人はここで別のパートナーを探してもよし、元々のペアと交流を深めてもよし、となるわけだ。


「そうですか……」

「もう企画はスタートしてる、ってことですよね。次の場所の指示かヒントかがこのあたりにあるのかも」

 彼女の言葉に周囲を見回すが、クリスマス一色の駅前とせわしない雑踏があるだけで、目立ってそれらしいものはない。

 きょろきょろする僕らのそばを、ツヤのある生地の高そうなジャケットを着たオールバックの気取った青年と、オートクチュールとファーコートで着飾った気位の高そうな女性が通り過ぎて行く。ブランドもののハンドバッグから「広報 腰ヶ谷」が覗いていたから、彼らも企画の参加者だろう。


「高等教育を受けられてない方はお気の毒ですわね。第一の謎がまだ解けてらっしゃらない様子ですわ」

「そんなことを言っちゃいけませんよルイコさん。彼らも同じ納税者です。その額の多少で差別するのは良くない」

 明らかに、わざと僕らに聞こえるように言っていた。

 その二人はお互いに笑い合いながら駅の雑踏の中に消えて行く。


 ちょっと強めに拳を握る。

「大人げなくてすみません」

 僕はそう前置きして言った。

「さっきのんびり行きましょうとは言いましたし、今でも別に一番にゴールしようとも思いません。けど僕はたった今、一組だけ負けたくないペアができました」

「奇遇ですね」

 彼女は口元だけで少し笑って答えた。

「私もです」

 僕も口元だけの笑みで答える。

 僕らは真剣な眼差しで頷き合った。

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