第33話
僕が答える間もなく、彼の唇に口を塞がれる。
生温かな吐息と唾液が口の中で混ざり合って思わず顔をしかめた。
気持ち悪い。
シンプルで本能的な嫌悪が口の辺りに粟立つように広がる。
彼の胸元を押して拒否の姿勢を見せるが、彼は意に介した様子もなく、それどころか僕の拒否を重力でねじ伏せるようにして僕の体をソファに押し倒した。
ソファの柔らかな感触に背中が沈む。
ソファの底から湧き立つようなスプリングのきしみが僕の耳まで届いた。
そして泡沫が水面で弾けるようにそれもすぐに消えて部屋に溶け込んだ。
彼が僕を見下ろしている。
緊張と欲情をたぎらせた男の目で。
僕はごくりと唾を飲み込んだ。
いくら性別を偽っているとは言え僕らはつき合っている。
だからこのような展開は、恋人同士なら当たり前であり、家に招かれた時点で警戒すべきだった。
しかし自分たちが男同士であると知っているせいか、まさか女の子に抱くような欲情を自分に向けられるとは夢にも思わなかったのだ。
それは僕が思慮に欠けていたせいでもあるが、容姿があまりいいとはいえない自分にまさかそういった卑猥な感情を抱くわけがないだろうという卑屈な自信のせいでもあった。
どちらにせよ、この事態を早急にどうにかしなければならない。
僕の男としての沽券は元より、彼を欺き続けているこの秘密を何としても守らなければならなかった。
二人きり、しかも彼のテリトリーである家で男だということがバレたら……。
全身から血の気が引いた。
ただでさえ気持ちが高ぶっている今、男だと知られたら、性的高揚は暴力を伴う激しい怒りに置き替わることは目に見えている。
僕は激しく首を振って、再び彼に拒絶の意を伝える。
彼のことだ。僕が本当に嫌がっていることが分かれば、きっと諦めてくれるに違いない。
彼は僕の意志をいつだって最優先にしてくれた。
だから大丈夫だ。
しかし、そんな僕の不遜な読みは見事にはずれた。
「だめだ、今日は言うこときいてやれない」
微笑を含んだその無慈悲な宣告は、僕の絶望など想像だにしていないかろやかさでもって耳元に舞い降りた。
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