第2話
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時は四時間ぐらい前に遡る。
授業も終わり、人生で友達というものができたためしのない僕は、クラスメイトと言葉はおろか、視線すら交わすことなく教室を後にした。
今日は真っ直ぐ帰宅できそうだとほっと胸をなで下ろし、足の先を靴に入れようとした時だった。
「おい、河合。何、まっすぐ帰ろうとしてるんだよ。つれねぇなぁ」
振り向くと、にやにやと嗜虐的な笑みを浮かべた原、坂本、そして西條がいた。
西條たちに有無を言わさず連れてこられたのは、旧校舎の空き教室だった。
人が来ることがほとんどないそこは、暴力を振るう者にとっては絶好の、暴力を受ける者には絶望的な場所だ。
まだ昨日できた痣も消えないうちに、新たな痣を作ろうとする彼らの性急な凶暴性に、恐怖を通りこし、辟易してしまう。
日常化した暴力は、心を鈍らせ恐怖すらぼやけさせてしまうのだ。
これから身に受ける無数の暴力を想像して、内心で溜め息をこぼす僕の前に投げ出されたものは意外なものだった。
「これを着ろ」
床に正座する僕の前に、足を組んで机に腰掛ける西條が、笑いながら命令した。
投げ出された服を嫌な予感に身を震わせながら、恐る恐る広げる。
それは、過剰なまでのフリルとレースで作られた丈の短いワンピースだった。
女の子さえ着るのを躊躇してしまいそうなほど可憐さに満ちたそれと西條を交互に見て、命令の真意を探る。
すぐに命令に従わない僕に苛立ったのだろう、西條が僕の顎をつま先で蹴り上げた。
「早く着替えろ。河合の分際で俺たちの時間を無駄にしてんじゃねぇよ」
暴力を前にして屈服以外の選択肢を持たない僕は、大人しく命令に従い着替えることにした。
トイレで着替えてこようと立ち上がった僕を、すかさず原が腕をつかんで引き留めた。
「どこ行くんだよ。ここで着替えろ」
彼らはご丁寧に女の子用の下着まで準備していたので、僕は裸になって下着を含め全てを着替えなければならなかった。
「うわぁ、超ガリガリじゃん! マジきめぇ」
「つーか、あのパンツにチンコがおさまるってどんだけ小せぇんだよ。マジうける」
「俺のデカいから絶対おさまんねぇわ」
「はい出た! 原のチンコでかい自慢」
「つーかさ、こんなんで本当に男寄ってくるわけ?」
「俺、三万出すって言われてもヤルのきついわ」
「俺は十万出すって言ったらしてやってもいいかな」
「俺は百万」
「お前のチンコどんだけ高いんだよ!」
アハハハハハと下品な笑いが渦巻く。
その笑い声に呑み込まれてしまいそうなのを、スカートの裾を握って必死に耐えた。
「それじゃあ行くか」
何の説明もなしに僕の手首を掴んで、西條が歩き始めた。
それにつき従う原たち。
「い、行くってどこに?」
恐る恐る口にすると、西條が口端をつり上げて答えた。
「ナンパ通りだよ」
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