正直者は馬鹿を見るが嘘つきは死ぬ
どうしようもない時は黙って殴ればいい、そう戦闘狂は言った。
ガドガとオルクスは、公園のベンチに座ると、新しくガドガが買ったクレープを思い思いに頬張り始めた。ガドガのものは、桃と生クリームのクレープ。オルクスのは勿論、バナナに生クリーム、そこにチョコソースの掛かった豪華なクレープだ。
公園は、親子連れがちらほらいる程度の静かな場所だった。鴉の鳴き声だけが喧しく響いている。ふと見ると、公園の近くの団地に、荒らされたゴミ捨て場が見えた。
「オルクス、お前、超能力が使えるのか」
ガドガの言葉に、外へ向いていた意識を戻す。
超能力。初めて聞く力だ。オルクスはやっぱり、首をかしげざるをえない。
「ふにゅー。……なんか、皆それ言うねー」
「今流行りだからな――特に、俺たち不良の間じゃあ」
「どうして?」
深く考えずにそう聞くと、ガドガは、ため息。
「俺、追われてただろう?」
「うん」
「あれの、事の発端は、二か月くれえ前でなあ」
そう言って、ガドガは自分の過去を語ってくれた。彼の話の要旨はとても簡単である。『突然超能力の使える男がやってきて、この街の不良を支配してしまった』というもの。
ガドガは元々、首都イーヴァリドの裏、不良たちのチームの一角で幅を利かせていた青年だった。しかし、新しくやってきた超能力の男は、あっという間に不良たちを従わせた上に、『不良』の枠を超えた悪事にまで手を出し始めた。そのため、イーヴァリドの不良事情は一変してしまったのだと言う。
「――じゃあ、その人が気に食わなくて、おにーさんは不良のグループを抜けようとしたんだね」
「そういうこった。だが、あいつ、やたらと裏切っただなんだ、連中を煽りやがって、俺を捕まえようと躍起になってやがる」
「……抜けさせてくれればいいのにね、素直に」
「んとにな」
オルクスは俯いた。ガドガの境遇は、規模こそ違えど、自分に似ている気がした。
「んで、オルクス。おめえは、何やってたとこなんだ。こんなに俺と話しこんで、時間とか、大丈夫なのかよ?」
ガドガが話し終えた後、ふと気付いたようで、バツの悪そうな顔で頬を掻く。
正直に話そうか、どうしようか。オルクスは、もう一口クレープを齧り、咀嚼の間にちょっとだけ考えて。
「あのね、僕も悩み事があって、考えていたところなの」
「悩み事……そいつあ、困った話だな」
「ガドガおにーさん、相談にのって、くれる?」
「おう、いいぜ。なんだなんだ」
ガドガは、身を乗り出した。
「僕ね。弱いの」
「……あ? さっき、十分強かったじゃねえか」
「でも、それでも駄目なの。僕は足手まといで……大切な相棒に追いつけなくてさ」
「それで、悩んでんのか」
彼は茶化すことなく、真剣に耳を傾けてくれる。オルクスは更に言葉を続けた。
「うーんっと。それもあるんだけど。ある人が僕に言ったの。僕が、相棒にしてあげなきゃいけないことを、勘違いしてる。分かってない、って」
「……」
「自分がどうなりたいか、相棒が何をしてほしいと思ってるのか、もう一度考えて来いって言われちゃった」
「なるほど。そいつは、難題だな」
ふう、とガドガは息を吐きだす。
「だったら、俺も考える。さっき助けてもらった礼だ。……そうだ、俺がいっつも、考えごとしてるいい場所に連れてってやる。そこならきっと捗るぜ」
「本当!? やったー、教えて教えて! 行ってみたい!!」
「よし、決まりだな!」
ガドガは嬉しそうだ。
彼といたところで答えが見つかるとは限らない。しかし、一人でぐだぐだと考えているよりは、いくらかマシなのは間違いなかった。
公園のゴミ箱にクレープの包み紙を入れると、オルクスはガドガに従い、歩きだした。
彼に連れられ、何処とも知らぬ『考えごとの出来る場所』へ向うまでに、二人は色々な話をした。本当に他愛のない話。
「俺ぁ、妹がいるんだ」
「妹さん! 何歳なのー? 僕より年下かな!」
「今は……15だな」
「全然おねーさんだったー。どんな人?」
「おう、俺のことを慕ってくれててなぁ、いい妹だぜ。最近は、外出していることが多くって、中々話とか出来てねえけどな」
「いいなあー。僕、兄弟いないから、羨ましいや」
「そればっかりはなあ」
家族構成の話になると、オルクスは決まって、一人っ子と言い張る。死神には両親すらいないが、その辺りはややこしいので、両親が早死にした一人っ子という設定で通すことが多い。今回もそうであった。
そんな調子で話を続け。話が尽きれば、今度はしりとりを始めた。
「ま……枕」
「らー……らーらららららーーーー」
「なんで歌が始まるんだよぉ!!!」
「おにーさん次は『ら』だよ!!」
「今ので回したつもりだったのか!? うっそだろ、オイ!!」
……あんまり、続かなかった。
こうしてすっかり意気投合した二人が辿りついたのは――綺麗な、丘の上だった。
***
ヘンリー・カラド。非科学対策本部第一部隊、副隊長。そのいち。
ヴァルナル・ローマイア。非科学対策本部第一部隊、副隊長。そのに。
ご存知の通り、ティベリオ・セディーンから絶対の信頼を受ける、優秀な部下二人である。しかしつい先日までは彼らは、メイラの命に従い、ローテーションでメイラの護衛をする羽目になっており、殆ど元の仕事はおざなりであった。
では、メイラが死んだ今、彼らは通常業務に戻ることが出来たのかと言うと。
そんないい話はなく。
――今度の依頼人は、絶対に断りようのない相手。魔法の師匠、シャハール・フェリエである。そう、依頼内容はオルクスの護衛。
「ヴァルナル……僕もクレープ食べたかった……」
「我慢しろ。………死神が現れる可能性も高い。これは、重要な任務だ」
「分かってますけど、師匠の人使いは粗すぎるんです。はあー。隊長から頼まれた仕事、まだ終わってないのに。それに、オルクスさんを囮にしてるみたいで、なんか気が引けますよ、これ」
「馬鹿なことを言うな、囮とは、違う。彼の安全が第一……それは揺るがない」
「そりゃそうですけどー」
「けど、が、多い。命第一、筋肉第二。我が隊の教えを忘れるな」
「………第二は任務だったような」
「…………」
「………」
筋肉と書いて任務とルビを振る、ということでその場は落ちついた。
というわけでこの二人は、オルクスとガドガの背中を追って、ばれないように尾行を続けていた。直接会って護衛をしてもよかったが、シャハールの依頼は、『出来るだけオルクスに干渉しないこと』だったので、見つかるまではこうしているつもりであった。
「それにしても、妙な話だ。超能力、か」
ヴァルナルが呟く。先ほど、彼らが公園にいた時の話は、あまりにも静かだったので遠巻きにいた彼らの耳にも全て届いていた。
「ふむ。そうですね。超能力というものは、存在しないはずです。政府の非公開の調査書にも、存在を明言されているのは、魔法だけです」
「そもそも、奴らは何をもって超能力などと呼んでいるのだろう。魔法ではなく」
ヘンリーは、ちょっと考える。
「魔法っぽくない魔法。――要するに、祈魔法を、超能力と勘違いしているのでは?」
「師匠が言っていた、謎の魔法?」
「ヴァルナルは信じてないんでしたね」
「当たり前だ。この筋肉で、感じたことしか信じられん」
「師匠は会ったって言ってたじゃないですか」
「それだ。――師匠が会った祈魔法使いというのは、死神ではないのか?」
祈魔法については、シャハールだけが提唱している説であり、隊の中でも信じる者と信じない者、二種類いた。しかし、オルクスから聞かされた話や、死神の能力を思うにつけて、第三の説が生まれていた。『祈魔法使い』=『死神』、ではないか、という。
「確かに僕も、オルクスの言っていることを全面的に信じるならば……ってかあんな風に、隊長にも分からない擬態が出来る魔法なんて、今の魔法の原則じゃあり得ないと思うし――祈魔法使いが死神だって言うのには、賛成、ですね」
「うむ。だからこそ、不良のリーダー如きが、死神だとは、思えん」
ヴァルナルはそう結論付ける。
「ふむ。それもそうかもしれませんが……」
祈魔法と、創造主の力。
何か結びつきそうで結びつかない。ヘンリーはがしがしと頭を掻いた。
「ところでヴァルナル。調べは、捗っていますか」
「ああ――過去の魔法に関する事件か」
「ええ。何か、死神がやったと分かる物は?」
オルクスたちは、こちらに気づく様子もなくしりとりなどをしている様子だ。自然、二人も気が抜けてくる。
「いくつか、疑問に感じたものはあった。俺の筋肉がそう囁いた」
「貴方の筋肉って喋るし感じるし、第六感というか第七感というか」
「……」
「あっ誉めてますよ! 続けて!」
「何か理不尽さを感じたぞ、ヘンリー。……まず、一つ。密室殺人事件。現場に残っているコンクリート片から、恐らくは土系の魔法を用いた計画的な犯行、と考えられていた。……が、殺された相手は悪い噂の一つもない、とにかく人の好い男。しかも殆どの容疑者候補に、アリバイ、有り」
「ふむ」
動機不明の迷宮入り事件。確かに、ヘンリーの記憶にもあった。非科学対策本部に入ってすぐの事件だ。
「それは確かに、怪しいですね。……他には?」
「ああ、それと――」
ヴァルナルが続けようとしたところで、オルクス達が細い獣道に入っていく。人通りも少なく、喧騒もない。ここではあまりお喋りは出来なさそうだ。
「何処へ行くんでしょうね」
小声でヘンリーが呟くと、ヴァルナルが黙って、獣道の上を顎で示す。細い道の先には、小高い丘が見える。
時刻はもう夕暮れ。少し肌寒さを感じながら、二人は、木に隠れつつ登る。
***
「わあ、気持ちいいー!!」
オルクスは、丘の上から首都イーヴァリドを見下ろし、感嘆の声を上げた。
緑豊かな大学の傍にある、小高い丘の一角。誰が使っているのか分からない塔があるほかは、ベンチが一つあるだけ。夕陽を目の前に、輝く都市が広がっている。
「昔はもーちょい見晴らしよかったんだがなあ、ここ。今じゃこの通り、ビルに囲まれて、詰まらねえのなんの。でも、ま、気持ちいいだろ」
「うん! ここなら、色んなこと、考えられそうな気がする」
オルクスは、風を受けて揺れる髪を抑え、ベンチに座る。
「……お前の悩みだけどよお。そいつが何が欲しいかはどうとして――お前自身は、そいつにあげたいもん、あんのか?」
ガドガは、同様にオルクスの隣へ座りながらそう問いかける。
「僕が、あげたいもの、かー……」
それは、正直言って、ないのだ。
オルクスはどうにかしてクランの力になりたいと思っている。でも、方法がない。
「僕は相棒に助けてもらってるだけなんだ。僕が助けてと頼んで、それで、クランが守ってくれてる、そんな関係。本当は、相棒とも呼べない仲だよ」
「でも、助けてくれてるんだろ?」
「うん。あいつ、バトルジャンキーだから。僕のために戦うこと、そのものが、楽しいって言うんだ。でも、それって、僕が何かあげたわけじゃないし……」
「それなら、悩むことねえんじゃあ、ねえか」
「……?」
ガドガは、くす、と笑って。
「だってよお。それならもう、十分な関係だろ。不可抗力にしろなんにしろ、お前らはもう、釣り合ってんだろ」
「……」
既に、与えている。戦闘という最高のスリル、最高の麻薬を。
だとしたら、今、クランは自分に何を望んでくれる?
「……でも、やっぱり僕は、何か自分であげたいんだ。クランに」
「相棒はクランってのか。……オルクスにんなに愛される奴だ、会ってみてえなあ」
「あはは。変な奴だけどね」
二人は笑いあい。
その日は、とても平和に終わる、はずだった。
「兄貴! あいつです!!」
突然聞こえたのは、隠す気もない叫び、そしてオルクスへと指が向けられて。
「……お前ら!!!」
振り向いたガドガが、怒りをあらわにした。オルクスも流石に覚えている。今日、ガドガに暴行を加えていた男たちだ。そして、兄貴と呼ばれた男は、静かにこちらに目を向けた。
「やあ、君か。俺の可愛い子分に手を出したのは」
「……ガドガおにーさんは、貴方たちのチームから抜けたいんだって。認めてあげてよ」
「それは俺とガドガとの問題だ」
兄貴、という言葉に相応しくなく、物腰は穏やかで、優しい眼差し。但し、それにオルクスが感じたのは、不快感一つであった。気持ち悪い、相容れない。その仮面のような笑顔の裏に、何かがある。そんな予感が、拭えないのだった。
「ガドガおにーさん。あいつが……さっき、言ってた」
「ああ。名はラザロ。気をつけろ、オルクス」
「うん」
二人は小声で話す。ラザロは、聞こえているのかいないのか、半ばオルクスを無視するように声をかけてくる。
「ガドガ、帰っておいで。君は元々ひねくれてる、普通に友達作って生きていくなんて向いてない。俺が、保護してあげるからさ」
「ざけんな、いらねーよ。妹にも抜けろって言われてんだ。俺はもうやめだ」
「あはは。そうか、そうか。それは困ったな。ああ、とても困った」
ラザロは、困っていなさそうな張りついた笑みのまま、そう繰り返す。
「……やるっていうんなら、僕が相手になるよ、おにーさん」
「あ、ははは。そうそう、君は超能力が使えるんだってね、俺と同じだ。でも、俺には勝てやしないよ? 頭が悪いな」
オルクスは構えた。嫌悪感しか、覚えない。
人を見下し、自分より下の者を嬲ることしか考えない、下衆。
「僕は君みたいな奴が、大嫌いだ」
ラザロが笑う。
「あははは。ダメだよ。俺に立ち向かったって、無駄なんだから」
「気をつけろ、オルクス! やつぁ、手を触れずに物を動かせ――」
ガドガの声が止まる。
「おにーさんっ!?」
オルクスは確かに見た。いや、“見ることが出来なかった”、か。ガドガの首が、見えない何かによって締めあげられているのだ。
「~~~!!」
「なっ――なんで」
苦しげな呻きをあげるガドガ。
「あはははは。やっぱり頭が悪い。そんな足手まといを守りながら、戦うつもりだったのかな? ねえ。こいつの骨、折っちゃおうかな。首の骨って折れたらどうなるかな」
「お前!!! なんてことするんだ!!!」
「なんてこと、って。何さ。これは超能力の勝負だよね? こうしてガドガを人質にとれる。それが俺の能力だ。君は、可愛らしいその力で、この状況をなんとかする。それが、戦いでしょ?」
オルクスは押し黙った。
こいつの言うことに、理がないわけではない。でも、それとこれとは別。感情的には、全くもって許せない。とにかく、なんとかして、なんとかしなきゃ――。
その時、ガドガがか細い声で言った。
「オルクス……逃げろ……」
「え?」
「……俺の、せいで。傷つくな。……大丈夫。あいつは、人を殺す度胸なんか――ない」
「…………」
「頼む。こんな形で……お前に、迷惑かけたくねえから」
ラザロはそれを聞いて、ぱちぱち、と手を叩く。
「わあ、凄い。そういえばガドガ、君は年下にはびっくりするほど優しい男だったね。妹思いのその心、とても、とても尊敬する!」
「……」
ラザロの言葉は、しらじらしく、冷たく。
しかしオルクスにはその言葉は殆ど届いていなかった。何も思わずに――それよりも、ガドガの言葉を頭の中で反芻していた。
その言葉が、意外にも、いや、当然なのかもしれないが、とても嬉しくなかった。
逃げてとか。
――迷惑かけたくない、とか。
「違うよ」
重なる。
「僕は」
僕は、……。
「………」
クランはどうしてほしい。
“僕は”どうしてほしい。
「違うとは、どうしたの」
ラザロが問いかける。
「僕は――」
「君は?」
「ただ、傍にいてほしい。頑張れって。応援してよ。僕が君を、助けるから! だから!」
「――諦めないで、信じてよ!!!」
叫んだ。
ガドガは、息を呑む。周囲の不良たちも、同様に。それほどにただ真っ直ぐなだけの、子供ながらの、悲鳴にも似た声。だからこそ。
「……オルクス、お前」
「ガドガおにーさん。僕は、僕は、全然、嬉しくないよ。逃げてなんて言われても、迷惑掛けたくないなんて言われても、ぜんっぜん、嬉しくない!!!」
「……」
「分かったんだ。だから、絶対助けるから!!」
ガドガは、ふっと、少しだけ優しい目をした。苦痛の中で、しかし彼は、穏やかに言った。
「………頼んだ。絶対、負けるな」
「うん」
オルクスの周囲に、風が逆巻く。小さな氷の結晶が、舞う。
「君は良い男じゃないか」
ラザロが笑う。その顔が初めて、ただの貼り付けた笑顔ではなくなったことに、オルクスは気付いていたか気付いていないか。ぱち、ぱち。鳴る拍手は、何処か悔しげに、ゆっくりであった。
「どうやら俺は、君を励ます手助けをしてしまったようだ。あははは。ふっきれたかい」
「うん」
「だったら……この状況も、なんとかしてみせるのだろう」
「うん」
オルクスの集中力は極限まで研ぎ澄まされていた。『七色の魔力』。創造主より与えられし力に全てのリソースを裂き。
「悪いけど、一発で終わらせるよ」
「あははは。どうやって? 終わらなかったら大変だよ。ガドガ、死んじゃうよ。その自信は、あるの?」
「あるさ!」
オルクスは腕を振った。ただ、それだけ。その軌跡から綺麗にほとばしる風の刃は――ガドガとラザロの間を通り抜け、消える。
そして何に当たるでもない、その動作は――しかし、ラザロの顔を歪ませた。
「なっ……は、はははは!!! なん、お前、何をした!!!」
同時に、げほごほと、ガドガがせき込む。彼は、解放されたのだ。
「斬ったんだよ。お前の、腕」
「……!!! そこまで、気付いて……!!!」
「『見えざる腕』――君の、祈魔法だ。物を動かす念動力なんかじゃない」
「ふ、あはははは!!!! これは、一本取られたよ……想像をはるかに超えている!! 何者だ、お前!!」
「僕は、オルクス・マヴェット。魔法使いだ!」
高らかな宣言。周囲の不良たちが動揺する。
まさか、魔法使いなんているわけが。でも、今の見ただろ。あれ、兄貴よりも凄くないか。そんな、ひそひそとした会話が、ざわつきに変わる。
「……魔法、使い。認めよう。俺では、及ばない。……ガドガ。チームを抜けるも、勝手にするがいい。俺は、引かせてもらうよ」
「……」
敵わないと分かったラザロの引き際は、鮮やかだった。それ以上その場にとどまっていたら、不良たちの動揺は抑えることが出来なくなっていただろう。それを、潔く敗北宣言をすることで逆に封殺し、ラザロはさっさとその場を立ち去る。
「もう、二度と会いたくないよ、おにーさんとは」
「あははは。それはフラグかな?」
最後に、そんな冗談を残して。
ラザロと取り巻きの姿が見えなくなると、ガドガは、大きなため息とともに、ベンチに凭れかかった。オルクスはようやく、そんなガドガを見て、にっこりと笑った。
その裏で固唾を呑んで見守っていたヘンリーとヴァルナルがやっぱりへたれこんでいたのは、また、別の話である。
「オルクス……ごめんな、その」
「ううん。大丈夫。謝らないで。ガドガおにーさんが無事で、良かったよ」
「……」
「僕ね、ちょっとだけ、分かった気がする」
とすん、とその体をベンチに下ろし。
「少なくとも――クランは僕に、暗い顔してることは望んでないんだと思う」
「そうかもしれねえな」
「……自分が悩んでると、そういうこと、すぐ忘れちゃうけどね」
「は、ちげーねえや。……戻ろうか?」
「ううん、もう少し、ここにいる。陽が沈むまで」
赤と青の混ざった、紫の夕方。
二人は真っ暗になるまで静かにベンチに座っていた。
***
その後オルクスはガドガの家で眠ったようだ。ヘンリーとヴァルナルはそれを見届けると、近くのビジネスホテルにて、交代で休息を取る。
今日は多少のトラブルがあったものの、死神が現れることはなかった。このまま何事もなく終わってくれればいいのだが。二人の気持ちは同じだった。
そして、その気持ちに応えるかのようにその夜も何一つ起こらず。朝を迎え、オルクスはガドガに礼を言い、家を後にする。ヘンリーとヴァルナルも、その後ろを追いかける。
ガドガは別方向へ向った。断片的に話を聞いた限りでは、高校に行くのだとか。不良でも学生は学生だった。
「んじゃ、また夕方にあそこで待ち合わせようよ!」
「おう、いいぜ。その時間に、待ってる」
そんなこんなでオルクスは、ぼてぼて、首都イーヴァリドを見て回っていた。ヘンリーたちの存在に気付く様子はない。また、今日は都心部を見て回っていたので、人ごみに隠れての追跡はとても簡単だった。
「そうだ、ヴァルナル。教えてくださいよ、ほら、昨日言ってた、死神が関わっているかもしれない事件」
「ああ、あれか。……もう一つ。神の狂信者を名乗る者が、突然スーパマーケットに押し入り、高らかに信仰を叫びながら人を殺した事件」
「……ありましたねえ、そんなのも」
「殺された相手も魔法使いで、魔法による戦闘があった。目撃者も多数で、犯人の似顔絵を正確に再現できたほど。しかし、その男の目撃証言は、それ以降、ない」
「それで、迷宮入りですか」
「うむ。また、殺された男の妻は、それまでにも何回か、事故に遭遇しかけたりと、男に不幸が続いていたと証言している」
「……まさか」
ヘンリーは直ぐに思い至った。目撃者を恐れない加害者のやり方、その後消えた足取り、そしてそれまでに何回か事故死仕掛けていた被害者の魔法使い。
「ああ。恐らくは……高位の死神」
「執行失敗した部下の尻拭い、ですか」
「十中八九」
ヴァルナルの答えは簡潔だ。ヘンリーも、その事件に思いを馳せる。
「はあー……嫌になる話ですね。そんな犯罪集団をずーっと見逃していたなんて」
「オルクスには感謝せねばならんな。ところであそこにクレープ屋があるが」
「食べます」
そうやっている間に、お昼時。
オルクスは少し外れたところにある食堂へと向かっていた。どうやらどこかの店員に、買い物ついでに美味しい店を教えてもらったらしい。少し静かな道を、二人は尾行する。オルクスがその食堂に入ると、入口が見える程度のところで、二人も昼食にすることになり、じゃんけんで負けたヘンリーはコンビニへと昼食を買いに出かけた。
しかし、その平和な尾行生活は、唐突に破られることになった。
「貴様」
住宅街の片隅で、後ろから声をかけられる。そこにいたのは、銀の髪の、不健康そうな男。何より――。ヘンリーは息を呑む。カムフラージュする気すらない、灰色の布。それしか纏っていない、オルクスから聞いていた、死神の基本スタイル。
「――貴方は?」
「主の御前なり、正直に答えよ。“オルクス・マヴェットの居場所を知っているか”」
こちらの話など一切聞く気なく、男はそう問いかける。答えは、決まっている。ヘンリーは、平静を装って。
「はあ、誰でしょうか。知りませんけれど」
誤魔化しの一言。演技には、自信があった。
しかし、その言葉を発したとたん、ヘンリーを襲ったのは――身体を内側から殴られるような、衝撃。
「っ!!!???」
思わず、路上にしゃがみ込む。
「主の前で嘘をつく者には、天罰が下る。ああ、なんと嘆かわしい! 創造主の心は絶対であり逆らえない運命である!!! 矮小な人間が口先一つで誤魔化し、ネジ曲げようとするなど不遜の極みである!!!」
「……ヴァルナル……っ」
まずい。ヘンリーはポケットに手を突っ込むと、非常用のベルのスイッチを入れた。周囲にいる隊員のみに危機を伝える、第一部隊に支給されている魔導具。
「さあ、答えよ、主の御前である!!! “オルクス・マヴェットは何処にいるか!!”」
「――くっ!!」
誤魔化せば、次の一撃が入る。ヘンリーは思考する。この能力は、恐らくは創造主から与えられた固有能力。嘘をついた者に『天罰』を喰らわせる力。次の一撃はどの程度大きい? 嘘の度合いによって変わるのか、それとも一定なのか。一定でないとすれば、どうにかして次の一発は耐えられるか? “答えない”というのは天罰の対象か? ここで全て誤魔化しとおし、倒れるべきか? それとも――。
「黙秘も天罰の対象である! 我が神は寛大なり、あと二秒待とう!!」
「二!?」
寛大さの欠片もない。
時間に迫られ、ヘンリーは決断した。ここで誤魔化しとおして倒れたところで、こんなに近い距離にいればいずれ、死神同士の感知に引っかかる。だったら、体力を残して、戦うべきだ、と。
「オルクス・マヴェットは、この先の小さな食堂にいます。貴方をそこへ辿りつかせはしませんけどね!」
正直に答える。これで全てはったりで、体内にダメージを与えてくる、というだけの能力だったら完全にしてやられたことになってしまうが――その可能性は限りなく低いと踏んでいた。
そして、案の定、衝撃は来なかった。息を整え、男に向き合う。
「中々に良い度胸。しかし、許されはせぬ!! これは不敬罪、ひいては創造主への反逆である。罰はこの手で与えねばなるまい!!」
「……どうぞどうぞ。やってみてください。創造主だか梅酒ソーダ割だか知りませんけど、僕、信じてるものは一つだけなんで」
「この期に及んでまだ愚弄するかあっ、人間!!!! では、お望み通りに――!!!」
挑発は上々。
あとはヴァルナルが来るまで時間を稼ぐ。ここは、少々、ヘンリーには地の利が足りない。
「我が名は死神第三位、ギルベルト・カイネスヴェークス!! 滅びよ、主を敬わぬ愚か者!!」
第三位。予想以上の高位に、目を見開いた。しかし、そんなことでビビってはいられない。ギルベルトが鎌を振ると、その軌跡から生まれた風の刃が一直線に飛んでくる。
「っ!!」
魔力を感知して軌道を見切り、その攻撃をかわした、つもりだった。しかし、ヘンリーの腕に切り傷が走る。――速い!
「魔法の腕も超一流ってわけですね……!!」
気を抜けば一瞬であの世行きは確実。強力な風の術者は、かなり性質が悪い。
「幻想――水泡」
ぱん、と手を叩くと、そこからシャボン玉のような泡が大量に吹き出す。ヘンリーの得意技。一気にヘンリーとギルベルトの間が泡で満たされる。
「それがなんだ!!!」
ギルベルトの放つ風の矢が、高速で次々に泡を穿ち、ヘンリーへと肉薄する。軌道は単純だが避けるのは簡単ではない、速すぎるのだ。なんとか掠り傷程度で済ませようと回避を試みる。
同時に、泡が凄まじい音と共に割れ、ギルベルトの聴覚に干渉する。爆音を聞いた者が次に聞くのは、幻聴、ノイズだ。
「小賢しい――!!」
しかし、耳に不快なノイズ音を受けようと、ギルベルトは止まらない。今まで直線的だった風が、次は無作為になり、物量でヘンリーを仕留めようと迫る。
「っ……、これで怯まないとは、恐れ入りますね!」
やむを得ず、水球を作り防御を固める。しかし、水が圧倒的に足りない。風は確実にそのガードを削り飛ばし、時には貫通し、ヘンリーの身体を傷つけてくる。
ヘンリーの弱点はここにあった。彼は、水の魔法使いだが、水を作りだすのが得意ではないのだ。得意なのは既に存在する水を操作すること。こんな住宅街では、力は発揮できない。
と、そこへ。
「ふんっ!!!!」
ヘンリーは見た。別の拳がギルベルトへ、真っ直ぐに飛ぶのを。
鍛えられたその一撃は、紙一重でかわされると、空を切った。しかしギルベルトが回避に回ったために、ヘンリーへの攻撃は止み、彼は転がるようにして、その殴打を放った男の方へ向うことが出来た。
元よりヘンリーを救出することが目的だったと見え、現れた男――ヴァルナル・ローマイアは、それ以上ギルベルトへは向わずに、構えたまま、動きを止める。
「ヘンリー。無事だな」
「ヴァルナル、ごめんなさい」
ヴァルナルは無言で頷いた。今は、その逞しい身体が、眩しい。
ティベリオの次、或いは彼と同格の実力を持つ、第一部隊の筋肉男。どちらかと言えば頭脳労働が多く戦いは二の次なヘンリーと違い、彼は、強い。
「奴の能力は“嘘をついた相手に天罰を与える”こと。条件は不明です、嘘はつかないでください。属性は風。単純な魔法の性能ならティベリオ団長をも上回ります。第三位。もう一つの能力は不明。名はギルベルト」
「……よし」
ヴァルナルは頷く。大きく、力強く。
「新手か!! なにを、ぶつぶつと。主の代理人たる私を殴ると言うことは、お前もまた主に逆らうということか!!」
ギルベルトは、二人の話には興味がないと言わんばかりだ。こういう性格なのは、今は感謝といったところ。ヴァルナルが、小声で囁く。
「ヘンリー、他に敵がいる可能性は。我々の打つ手は」
「新手の可能性は不明です。ただし、こいつは二人で止めなきゃ、我々も危ない。オルクスに危機が訪れれば師匠たちも動くでしょう。今は、二人でこちらを」
「了解した」
こうして。
非科学対策本部、第一部隊、副隊長二人。
第三位、ギルベルト・カイネスヴェークスを止めるため、その拳を構えた。
(第十一話 了)
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