コーンスープの缶はコーンが下に残るのどうにかしてほしいんだ

 凄く勿体ない気持ちになるよね。








 メイラが死んだ後の大騒ぎは凄かった。

 なんといってもメイラは首相の妻である。当然官憲が絡んできて、殺人事件として捜査が始まった。その場にいた上にメイラが狙われているという機密情報(だったらしい)を知っていたクラン一行は、それはもうこってりと取り調べを受けることになってしまった。

 ここで「奴らは死神で云々」なんて正直に言ったら頭おかしい人扱いされるのは間違いない。しかしだったら何を話せと言うのだろう。事情の半分も語ることのできないクラン達は、とにかく猜疑の目を向けられ、三人への尋問はまさにエンドレス取り調べの様相を呈した。なおこの趣味の悪い名前を付けたのはクラン。


 そして、「いっそ有罪にしてくれ。牢屋破って逃げだすから」とクランが机に突っ伏してのたまい始めた時、ようやく事態は動いた。

 あの時クランとオルクスと共に天井を破壊し、メイラの死体の第一発見者となった、金髪の美丈夫その人が三人を迎えに来たのである。


「こんなところに勾留してすまなかった。とりあえずここを出よう」

「え、いいのか?」

「ああ、話はつけてある。うちでゆっくりとココアでも飲みながら話をしようじゃないか」


 まさしく救世主であった。

 クランとオルクスは崇め奉るポーズをとり、その頭をシャーリィがぶん殴った。




 そういうわけで、やってきたのは金髪の男――彼はティベリオ・セディーンと名乗った――の自宅。マンションの一室である。

 無駄なものが異様に少なく、整理整頓された小奇麗なリビング。一人暮らしらしくテーブルも小さいため、四人で囲むには少々窮屈だが、それくらいは仕方ない。客用の折り畳み椅子に座り待っていると、先ほどの宣言通りココアが運ばれてくる。


「わー、ありがとう!」


 真っ先にオルクスが飲み始める。クランも同様に口をつけた。その温かさがじんわりと身体にしみ渡る。一息ついたところで、ティベリオが話を切りだした。


「さっきはすまなかったな。手続きが多くて遅れてしまった。本来、魔法関連の案件はこちらが一手に引き受けるべきことだったのだが」

「あんた、一体何者なんだ?」

「ああ、まずはそこから、だったな」


 ティベリオは、手帳を取り出す。そこに刻まれた紋章は、まぎれもない、国家に仕える者の証であった。


「私は、ティベリオ・セディーン。防衛省、非科学対策本部第一部隊、隊長だ」


 それに対してのクランの一言は、にべもない。


「………えっと、何? つまり、何?」


 というか全然分かってない。


「つまり……うん、国に雇われた魔法使いだ」

「最初からそう言えよ。分からないだろ」

「おにーさん難解だよー」

「……ぐっ。何故勤め先を言っただけの私が怒られている!」


 ティベリオは物凄く釈然としない顔をしている。フォローに入ったのは勿論というか、シャーリィである。


「防衛省にそんな部署は存在していなかったはずですわ。そもそも、国家は魔法の存在を公式に認めていませんわよね……?」


 ティベリオは、普通の質問に対して少しほっとしたようだ。

 クランもようやく、ティベリオの肩書きの不思議さに思いいたる。確かに、この国は魔法の存在を認めていない。およそ宇宙人とかその辺と同じような扱いだ。話題にすることも、ない。


「ああ、表向きにはな」

「裏では認めてるのか」

「その通り。古くは三十年前らしい……科学の発達に伴い、それまではおとぎ話や伝説、怪奇現象程度でしかなかった魔法に関して、秘密裏に調査と捜索が行われた。科学で解明しようとしたんだろうな。だが、結果はまあ、分かるだろう。

 そして、科学では説明できない、魔法の存在は正式に認知された――上層部の間でだけ、な。この存在が明るみになれば、現代を形作る科学が根底から揺らぎ、混乱を招く。それを防ぎ、魔法に関する事件に対応するために出来あがったのが、『非科学対策本部』という、特別な組織だ」

「……そうでしたのね。主な仕事は、何をしてらっしゃるの?」

「魔法により引き起こされた事件を、人知れず処理するのが主な仕事だ。主要な都市に支部があり、それぞれに最大二十人程度の部隊が駐留している。不可解な出来事が起これば表の警察から指示が飛び、私たちが秘密裏に調査と対処を行う」

「なるほどなあ……」


 そうやって処理されてきたからこそ、魔法はいつまでたっても『おとぎ話』として、幽霊や宇宙人と並ぶオカルトとして、知られずにここまで来たのだろう。クランが暴れたうちのいくらかも、彼らが処理していたのかもしれない。


「それで私たちの身柄も、貴方に引き取られた、というわけですのね。これが魔法がらみの案件だから……」

「ああ、そういうことだ。メイラ様の襲撃事件に関しては我々が全て引き受けることになった。ここからは、私たち非科学対策本部の権限で捜査を行う」


 なるほど、今から彼らによる取り調べというわけらしい。

 魔法の話が通じるだけ、気が楽だ。ティベリオは少なくとも、クラン達が味方であることを知っているわけだし。


「それじゃ、早速始めるか? 色々とあんたになら話せることがありそうだ」

「あ、いいや、……少し待ってくれ。私の部下を呼んである。無関係ではないからな。彼らが来たら、詳しい話を始めよう」

「部下……そうなのか、分かった」


 その言葉に従い、クラン達は他愛もない雑談をして待った。やがて、呼び鈴が鳴り、ティベリオが入れと叫ぶと、勝手知ったる人の家とばかりに男が二人入ってきた。

 一人は、あの時ヘンリーと呼ばれていた男。……の、本物だろう。黒スーツに黒い髪の優男だ……低姿勢で入ってくる。しかし、更にクランとオルクスの目を引いたのは、もう一人の方だった。


 まじまじと見つめたクランが、控えめに漏らす。


「……ティベリオ、えっと、なんか筋肉の塊が来てるけど」

「私の部下だ」

「いやあれはちょっと……どう見ても魔法使いじゃないって言うか」

「私の部下だ!!!!」


 ティベリオが叫び、ヘンリーが腹を抱えて笑っている横で、ボディービルダーさながらの筋肉質の男はサングラスをかけてちょっといたたまれなさそうにしている。


「えっウソでしょ!? だって筋肉じゃん!」

「どう見ても見せるための筋肉だろ!!! これはねえよ!!!」

「貴方たち失礼すぎますわよ!? いや私もどうしても魔法使いには見えませんけれど……」

「お前も失礼だろ!」


 三人の言い争いを聞きながら、筋肉男は頭を掻いて、とても低い声で言った。


「……俺は、ヴァルナル・ローマイア。……元、ボディービルダーだ」

「ボディービルダー……道理で……」

「え、でも、魔法使いでもあるの!?」

「ああ。……」


 ヴァルナルは、その巨体に似合わず物凄い恥ずかしがっているようだ。何か言おうと、ぱくぱくと口を動かしたが、オルクスが期待の眼差しで見つめるとふいと顔を背けてしまう。ヘンリーが苦笑しながら言う。


「ごめんなさいね、あいつああ見えてすっごい恥ずかしがり屋なんです」

「ふええ……。でも、ボディービルダーって人前に出る仕事じゃないの?」

「そうなんですけどねえ。彼、筋肉を見られるのは大好きなのに、顔を見られるのはとにかく苦手っていう、不思議な性質で」

「それで屋内でもサングラスかけてんのか……」


 半分くらい納得したクランは、半分くらいは雰囲気に流されていることを自覚しつつもうんうんと頷いたのであった。ヘンリーとヴァルナルは、一息ついて自己紹介を始める。


「改めて、僕はヘンリー・カラド。非科学対策本部第一部隊、副隊長。要するにティベリオ隊長の直属の部下にあたります。昔は中学校の教師をしてました。宜しくお願いしますね。あ、筋肉はあんまりついてないです。あはは」

「同じく……非科学対策本部第一部隊副隊長。ヴァルナル・ローマイア。元はボディービルダー。……筋肉ならいくらでも見せるぞ」


 らしい。ティベリオが一つ頷いて、クラン達に向き直った。


「と、まあ、彼らは私の信頼できる部下だから、安心してくれ。……それじゃ、次は君たちの番だな。名前は、確か……クラン・クライン、オルクス・マヴェット、それから、シャーリィ・ライト。正しいか」

「ああ、それであってる」

「じゃあ、詳しい話はたっぷりとこれから聞くとして……まずはヘンリーとヴァルナルは初対面だから、軽く自己紹介してくれるか」


 クランは頷き、先に話し始めた。


「俺がクラン・クラインだ。炎の魔法使い。好きなことは戦闘と睡眠と……。あと筋肉は多少はあるけどそこのヴァルナルには負ける」

「っと、僕がオルクス・マヴェットです。えっとねー、魔法は何でも使えるよ! クランと一緒に旅をしてますー。筋肉欲しいなー!!!!」

「私が最後ですわね。シャーリィ・ライト。北の鉱山都市シュバルツのライト家の跡取りですわ。今は理由あって、この二人の旅に同行しておりますの」


 そう言って、シャーリィが言葉を切る。

 しんとする室内。誰もがまだシャーリィから目を逸らさない。それだけでは自己紹介は終わっていないぞ、と言わんばかりだ。


「……」

「……」

「……」


 シャーリィは遂に折れた。


「……筋肉は好きですわ!」


 こうして自己紹介が終わった。ヴァルナルはちょっと嬉しそうだった。




***




 全員で話をするには流石にテーブルは狭すぎるため、ティベリオの提案で全員隣の部屋へと向かった。その部屋はかなり上等なカーペットが敷いてあり、全員で円を描くように座り、話し合うことになった。


「さて、今回の事件の発端は、これだ」


 ティベリオはそう言って、三週間前の新聞を取り出して中央に広げる。

 ――メイラ・アルテミラに襲撃者。一面に大きく記事が載っている。勿論、それが魔法による襲撃であるとは書かれていないが。


「これが、一度目の襲撃。三週間前だ。この時私はたまたまメイラ夫人の傍におり、襲撃者を撃退することが出来た。取り逃がしたが、属性が炎だったことは覚えている」

「炎……。でも、今回の襲撃者は土の魔法を使っていたな」


 クランが漏らした呟きを、ティベリオが拾う。


「そう。その上、ヘンリーに擬態していた。恐ろしいまでに正確な擬態だった。恐らく、特殊な魔法だろう。今回の襲撃は明らかに、前回とは別人だ。私はこれを、十中八九組織ぐるみの犯罪であると、考えている」


 ティベリオはそう言ってから、クランとオルクス、シャーリィへと、静かに強い視線を向ける。


「そこで、だ。君たちは、本来知っているはずのない、表向きには解決したと発表したメイラ夫人襲撃事件がまだ続いていることを知っていた。その上、会ったことのないヘンリーの擬態を即座に見破った。見当違いなら申し訳ないが……君たちは、その組織の裏切り者ではないか、と私は考えている。どうだろう?」


 オルクスが、クランに視線を送る。どう答えようか、と。


「……オルクス、こいつらは魔法の存在を知っているし、外にばらすこともしないだろう。全部話しちまおうぜ」

「うん。……信じてくれるかなあ」

「さあな」


 信じてもらえずにうそつき呼ばわりされたら、その時は、こいつらと袂を分かつ。ただそれだけのことだ。オルクスはクランの意見を聞いて、ようやく決心し、話を始めた。


「えっと、殆ど合ってるよ。僕は彼らを裏切り、彼らを止めようとして、旅をしているんだ。クランとシャーリィおねーさんは、協力者だよ」

「……やはり、そうか。組織の内部情報は、持っているか? 差し支えない範囲で、情報提供してほしい」


 ――クランは隣でオルクスがひゅっと息を吸い込んだ音を聞いた。




「……組織じゃないよ。死神だ」




 ティベリオたち三人は、ぽかんと、一様に口を開く。何故その単語が出てくるのか理解できない、と言いたげに。


「は……?」

「し、死神……」


 てっきり笑われるかと思ったのだが、ヘンリーが険しい目つきで言う。


「まさか、とは思っていましたけれど……」

「しかもここで絡んでくるとはな。――ということは、シャーリィ。やはりお前は」

「……ええ、私はサイスの指導者だった、シャーリィ・ライトですわ。同姓同名の別人ではありません、正真正銘本物です。貴方がた……サイスのことも調べておられたのね?」


 ティベリオが縦に首を振る。


「死神ギデオンの存在は、我々の中でも物議の種だった……ただの魔法使いなのか、それとも本当に死神と呼ばれる別存在なのか。潜入調査なども行ったが、結論は出なかった。だが……死神と呼ばれる存在が、単一の存在を指すものではなく、組織ぐるみで人を殺している何かであることは掴んでいた。……我々は、そのため、『死神』というものを『魔法使いによる犯罪組織』として追いかけていた」

「なるほど……、まあ、半分くらい正しいな」


 死神が人間かそれ以外の何かか、というのは彼らにとっては本質的な問題ではないのだろう。なんであれ、国家の法に触れていればそれは敵であり、犯罪集団。分かりやすく、そして国に仕える限りは揺るがぬ基準だ。


「半分くらい正しい、と言うと。……では、お前たちは死神がなんなのか、正体を知っているのか」

「うん。僕が、そうだからね。えっと、信じてもらえないかもしれないけど……僕らは、創造主に作られた、一応これでも神様なんだ。ただの魔法使いじゃない」


 ティベリオは、一つ唸った。

 そりゃそうだろう。オルクスは普通に見れば人間だ。クランも最初は信じなかった。


「……本物の死神だと言うのか。にわかには信じがたいな……」

「オルクスさん、それはヴァルナルの筋肉に誓えますか?」

「勿論誓うよ」


 何故そこで俺の名前を出す! とばかりにヴァルナルが顔をしかめたが、そんなことクランにも分からない。ヘンリーは至って真面目な顔だ。そしてオルクスもノリノリで答えている。

 しかし当然ながらティベリオの表情は冴えない。クランはたまらず、口を出した。


「おいオルクス、どうせならあれやってやれよ」

「あー……ちょっと危険だけど……ま、うん、やってみよっか」


 オルクスは、のそのそとティベリオの前まで這っていく。ティベリオが首を傾げた。


「ん? 何か証明できる方法があるのか?」

「うん。見ててね」


 オルクスの手が、ティベリオの胸に触れる。そして、引っ張る動作をする。……クランには何も見えないが、ティベリオが大きく目を見開いた。


「なっ、あ……」

「動かないで! 下手に動くと抜けちゃうよ」

「ちょ、ちょっと隊長! 何が見えてるんです!?」

「お、お前たち、見えないのか!? た、魂がっ」

「魂!?」


 驚くだろうなあ、とクランは頷いた。

 彼も、最初にオルクスにあれをやられた時にはびっくりしたものだ。それが自分の魂であり、“自分が自分から抜き取られかける”という異様で明らかな感覚を、その身に刻まれたのだから。

 オルクスは直ぐにその手を沈め、魂を元に戻したらしい。ティベリオは、冷や汗を掻きながら大きく息を吐きだした。


「……し、信じよう。こんなもの、見せられては、な……」

「ありがとう、おにーさん」

「なんだかよくわからないですが……隊長が信じると言うなら、従います」

「うむ」


 ヘンリーとヴァルナルは、直ぐにそう言いきる。

 この三人の結束は、本当に強いらしい。羨ましいまでに理想な上下関係だ。


「ううむ、そうすると相手は本物の神ですか。……ですが、我々は国家に仕える者。この国で魔法を用いた殺人を行う以上は、神であれ、我々の仕事範囲内となります。その方針は揺らぎません。そうですね、隊長?」

「勿論だ。それで創造主とやらを敵に回すことになったとしても、我々の主人は、国だからな」


 いっそ潔い考え方だ。彼らがこれからも死神を追いかけることは揺るぎないだろう。しかし、だからと言って、ただの殺人集団を相手にするわけではないことは伝えなければならない。


「あんたら、そう簡単に言うが、基本的に死神の住居は別次元にある。滅ぼすことは不可能に近いぜ」

「……なるほど。確かに私が三週間前に襲撃者を追いかけた時も、ある場所でふっつり足跡が掴めなくなった。もしかしてあれがそうか」

「そうだと思うな。基本的にねー、死神はこっちに来る時は、着地地点を好きに作れるの。ただ帰りも同じ所からじゃないと帰れないから、どんな状態からでも確実に逃げきれるってわけではないけどね。それでも、ちょっとでも取り逃がしたら逃げ切られると思っていいよ」

「ふむ……」


 ティベリオは深く頷く。腑に落ちたらしく、神妙ながら納得している顔だ。ヘンリーが横合いから口を出した。


「えっと、その異次元に行く方法はないんですか? 君は裏切り者でも、死神なら、戻れたりしないのかな」

「不可能じゃないよ。ただ、僕がいけるのは、低階層までなんだ」


 クランもそのあたりの話はちゃんと聞いたことがない。オルクスが死神のすみかである歪城の最深部にはいけない、という情報を出会った当初に聞いただけであった。黙ってオルクスの言葉を待つ。


「えっとね。簡単に言うと、死神の住んでるところ……歪城、ユガミシロとか呼ぶんだけど。そこは、三階層に分かれているんだ。まずは下っ端がわんさか住んでいる下層。それから、その下っ端を裁く特別な権限を持つ人たちが住んでいる、中層。そして、執行最高位や創造主が住まう、上層」

「ふむふむ、君はつまり、上層には入れない立場、ということですか?」

「うん。元々下っ端だし、今は裏切り者だからね。僕が入れるのは下層まで、そこから先にはどうしても中の人の協力か、空間を破れる特殊な力が必要だ」

「むう……それは、中々難しい……」

「もっとも、その上層に行けたところで勝てねえだろうけどな」


 クランは言った。アダム・ノートリアス、イスカ・コーネル、ララベル・オーガ、そしてもう一人。全部で四人いる第三位の、一人を相手にしてすら、クランは勝つことが出来ないのだ。ましてや上層へ乗り込んで第一位までを含む全員を相手にするとしたら、ここにいる面子が束になって挑んだとしても、歯牙にもかけてもらえないだろう。


「確かに……私一人では、メイラ様を襲撃した相手を退けるのが精いっぱいだった。あれが下っ端だとすれば、全部隊を動員しても勝てそうにないな……。根本的に、実力差がありすぎるか。まずは地上に降りてくる相手の戦力に対応することから考えた方がよいな」


 ……実力不足。それは、アダムと邂逅した日から、ずっとクランが感じていることでもあった。

 本当は今すぐにでも攻め入りたい。しかし、クランにも、或いは非科学対策本部第一部隊にも、それは不可能なのだ。歯がゆい、もどかしい。

 ティベリオは、暫く黙っていたが、顔を上げる。


「ありがとう。とても参考になった。何より、死神の正体が知れただけで大きな収穫だ」

「ううん。信じてくれて、ありがとう」

「はは、自分の魂を見てしまったらな。……他に、何か話せることはあるか?」

「一応、主要な化け物級死神どもの能力と名前は、多少分かってるが」

「ああ、是非教えてほしいな」


 そうしてクラン一行は、ティベリオたちに情報を提供した。自分たちが今まで見聞きした情報。死神崇拝組織『サイス』に乗り込み、ギデオンを倒して情報を得たこと。彼と半協力関係になり、人質の名目でシャーリィに同行してもらっていること――メイラの殺害予告もギデオンから聞いたこと、などなど。

 三人はどんな突拍子もない話でも、信じて聞いてくれたため、オルクスはとても話しやすそうだった。クランも同じ気持ちだった。


 全てを話し終える。静寂が部屋の中を支配した。しかし、それも一瞬のこと。


「……うん、よし。大体、分かりました。ははは、結構核心まで聞いちゃったなあ。もう戻れませんね。元より戻る気ないですけど」


 口火を切ったのはヘンリー。黒い流れるような前髪を一度手で払い。同じくらい黒い瞳には、燦々と闘志が宿る。

 ティベリオはヘンリーの反応に満足そうに頷いた。尤も、彼はヘンリーを見はしなかった――そのモデルのように綺麗な手は三週間前の新聞をくしゃりと握りしめる。


「覚えたな、ヘンリー。ではあとで要点をまとめ、書きだしておいてくれ。重要な敵の情報だ」

「はいはいっと、了解しました!」


 そのやりとりを聞いてクランは気付く。ヘンリーは、いや、三人は一切メモの類を取っていない。そしてこの会話。恐らく、ヘンリーが全ての情報を記憶しているのだ。


「それからヴァルナル。明日、過去に起きた大きな魔法がらみの事件について調べてくれ。もしかしたらその中に、死神が起こした事件があるかもしれない。過去に在籍した隊員からも話を聞いてほしい。まずは死神の特殊能力を出来るだけ調べることが先決だ」

「……分かった」


 端的な答えだった。しかし、ヴァルナルの筋肉が力強く月光に照らされて光った。……のは流石にクランの気のせいかもしれないが、寡黙な彼の答えは、それだけで低く重い響きだった。


「よし。私は現状を残りの隊員に説明しよう。その結果抜ける人がいてもやむなし、だが……その辺りも含めて、話し合いの場が必要だ。では」


 流れるような指示の後、隊長は、厳かに述べる。


「我ら非科学対策本部第一部隊。健全なる肉体に鋼の精神を宿し、武と魔の融合にて不可思議で理不尽な事象から民を守る、国家最後の砦にして最終兵器。今ここに、民を脅かす神との交戦開始を、宣言する」


 ヘンリーとヴァルナルは、その言葉を聞いてさも嬉しそうに笑う。


「わあーっ、これで僕たち、晴れて神様への反逆者ですか。恥ずかしながら、身体が震えて来てしまいました」

「武者震い、か。この筋肉も……震えている」

「ごめんなさいヴァルナル。普通に僕はビビってます」

「はははっ、神への反逆者! 上等じゃないか、人間を舐めて目の前で殺人なんぞ犯してくれやがった神など、我々の手で捕まえてやろう。……構わないな、クラン?」


 そうやって、クランへと手を差し出すティベリオも、やはり笑顔だった。

 彼らはスリルジャンキーではあるまい。それでも、誰かのために、何かのために、己を犠牲にする。それをよしとするのだ。あまつさえ、それを肯定して己の生きる意味にして、終わらない戦火を先に見据えながらも笑うことが出来るのだ。


 クランは、素直にそういう人間を、尊敬する。

 そしてその手を握り返した。


「構うも何も、止める理由がないさ。宜しくな」




***




 真夜中、首都イーヴァリド。月も隠れる建物の間、車も入れないくらい細い道。闇の中に、人影が三つ。

 その中の一つ、死神クィニアは、一つため息をついた。クランとオルクスが現れた、という情報を聞いた時である。……オルクスは、元は彼女の直属の部下だった。それが今死神と敵対しているのを聞くと、複雑な気分になる。

 とりとめのない考えを振り切ると、クィニアは彼女の正面で建物の冷たいコンクリートに背を預け、報告を聞いている第三位、イスカ・コーネルの表情を見やった。

 彼はかなり特殊なやり方で執行をする。決して自分では手を下さず、最適だと思われる人材を直属の部下や下位の死神の中から選びぬき、役割を与えて執行をさせるのである。

 本来ならば「危険なところに行こうとしない」だとか、「部下を働かせるだけ」とか揶揄されてもおかしくないスタイルであり、実際に初めはそういう批判もあった。しかし彼は決して危険な役割は与えず、部下を死に追いやったこともなく、完璧に執行を遂行し続けた。やがて、イスカ・コーネルに選ばれることは楽して功績を上げるチャンスだ、などという評判が広まり、進んで彼の力になる者が増え、今に至る。


 報告が終わると、イスカが見る人を安心させる柔らかな笑顔で言う。


「お疲れ様です、皆さん。協力助かりました」


 先ほどまで報告を行っていた本人である、興奮した様子の第十位、死神ドルがクィニアより早く応じた。


「いえ、イスカ様のお力のおかげです! 能力を強める力、『戦いの銅鑼』、しかとこの身で体験しました!!」


 死神ドルの能力は、『夢見の蜃気楼』。自分に別の幻を投影し、そのものになりきる。今回彼はその能力を用いて、メイラの護衛であるヘンリーに化け、無事に出し抜いて執行を行った。

 但し、ドルの能力には発動条件がある。それは、幻として投影する者に触れたことがあるということ。そのため、ドルはヘンリーに接触した。クィニアの仕事は、彼女の持つ封印能力、『封印の儀』によってヘンリーのその記憶を封じることだった。


「あはは、大袈裟ですよ。私は何もしていません。貴方たちの潜在能力を引き出しただけですから」

「そんな! 自分があんな凄いことが出来るなんて、思いませんでしたし!!!」


 本来、ドルの能力はあくまで外見の投影にすぎないが、イスカは自身の能力によって『夢見の蜃気楼』の力を高め、口調なども自然に変換されるようにした。おかげで彼の変装は完璧になり、交代相手のティベリオですら容易に気付けなかった。また、クィニアの『封印の儀』は長い呪文を必要とするが、それもイスカの能力によって大幅に削減された。そうして、ドルは執行を完遂し、ここで無事落ちあったのである。ドルが興奮しているのもよく分かる。謙遜しているが、イスカの『戦いの銅鑼』と、それを生かす管理能力は、十分に凄い。


 そのイスカは、穏やかに笑いながら、がさごそと白いビニール袋を漁り始めた。


「……時にイスカ様、それはなんですか? 最初から、持ってらしたみたいですけど」


 クィニアが聞いてみると、ちょっと待っててと呟きながら、彼は袋から手を引き抜いた。その手に握られていたのは……白い猫のぬいぐるみ。


「はい、君たちにと思って!」

「……」

「……」


 イスカは猫が大好きで、特に白猫を好み、何故か一緒に仕事をした人間に白猫のぬいぐるみを配る。……狭い死神内に伝わる真偽不明の噂の一つが解明された瞬間だった。

 勿論貰わないわけにはいかない。貰ってどうするんだ、って話ではあるんだが。


「あ、ありがとうございます……」


 受け取る。もふもふしたそれは少なくとも安物ではない。横のドルもあわあわとそれを受け取り、反応に困っている様子。

 オルクスの顔がよぎる。彼はきっと大喜びしたことだろう。そして、最近オルクスがいなくなった穴を埋めるべく、別の人が部下についたのを思い出す。……彼にでもあげてしまおうか。

 多分正反対の性格だから、喜ばないだろうけど……それでもなんとなく、彼にはオルクスと同じ臭いを感じるから。


「っと、それから、二人とも事前に私に言っていた『報酬』がありましたね。ドルは、部下同士の仲が悪いので、片方を異動させてほしい、でしたか。それから、クィニアは――」


 クィニアは、黙って頷いた。

 そこから先は、言ってはならない。


「では、各自このあとは自由に解散としましょう。明日の仕事に支障がないように」

「はい、ありがとうございます、イスカ様」


 ドルはクィニアとイスカのやりとりに首を傾げていたが、クィニアは解散の言葉を聞くや、その場を立ち去ることにした。許された時間は短い。

 彼女がイスカからこの仕事を打診された時、報酬として望んだことはたった一つ。


 ――オルクスに会わせてください。




***




 がしゃん、ころん。


 自動販売機から転がり出てくるのは、なんか良く分からないロゴの入った炭酸飲料。ひんやりとした缶を持つ。……なんか冷たくて嫌になったので後ろからヘンリーの首筋に当てる。


「ひゃあ!!? 幽霊っ!?」


 妙な反応をされてしまった。


「幽霊なもんかよ。ヘンリーこれ持って」

「僕、荷物持ちじゃないんですが……、全くもう、ですね」


 言いながらもヘンリーは受け取ってくれた。クランは冷たくなった手をポケットにしまいこむ。オルクスは既に買ったホット飲料のコーンスープを、んぐんぐ言いながら啜っている。

 もう真夜中。大通りですら、誰もいない。

 ティベリオ達との会議はまだ途中であった。目下の議題は、これを国にどう報告するか、といった話である。が、疲れてしまったので休憩と言うことで、クラン、オルクス、ヘンリーの三人は自動販売機までの散歩に出かけたのだった。残りの人たちも自由に休憩を取っていることだろう。


「ヘンリーおにーさん、クランをあんまり甘やかさなくていいよー?」

「そんなつもりでは……」


 ヘンリーはオルクスの言葉に苦笑した。どうやら頼まれるとあまり断れないらしい。


「ところでお前、さっき幽霊がどうとか言ってたが、もしかしてそういうの苦手?」

「うぐっ。痛いところつきますねー!!! ええ、物凄い怖いですよ!!! 怪談話とか絶対ダメ!!!」

「へえ、珍しい。魔法使いって自分がオカルトみたいなもんだから、そういうのってむしろ同類だろ」

「何言ってるんですかぁ!!! よく考えてください。僕たち自体がおとぎ話の体現者なんですよ。ということは、同じくらい信じられていない幽霊も存在するのかもしれません! ひいいい!!!」

「損な考え方するなあ……」

「黙ってください! 怖いものは怖い。何が悪いんです……」

「クランもクランで、どうせ幽霊が存在するなら倒してやろうとかしか考えてないじゃん。ポジティブすぎだよ」

「そりゃそうだろ。幽霊だぜ。ぶん殴るわ」

「その考え方は僕より変ですって、絶対! ああ、もう、ダメです、こんな話はやめ!」


 それから、話題を変えようとしたのか、ヘンリーの視線が宙空を彷徨い。


「そういえばオルクスさんは、クランさんのことは、呼び捨てなんですね」


 確かに彼は『おにーさん』をクランにはつけない。出会った当初はつけていたのだが。


「俺がやめろっつったんだ。なんかこそばゆい」

「あはは、なるほどなあ。でも、オルクスさん、最初は大変だったんじゃないですか? 癖が抜けなくて」

「そうそう、そーなの!! 大変だったよー。なんか呼び捨てって凄い申し訳ない気持ちになっちゃってさ、恐る恐る呼んでたかなー。今は、もう慣れっこで、クランを呼び捨てないなんて考えられないけど!」

「他に呼び捨てにしている方はいらっしゃるんですか?」

「ううん、いないよ。あ、でも、昔……一人だけいたかな」

「へえ、それはどんな方で?」

「えっと、僕の育ての親で……とっても綺麗な金髪のウェーブの、女の人だったんだよ!!!」

「というと……例えば、あんな感じの?」


 ヘンリーが、向かいから歩いてくる女の人を指さす。確かにその姿は、遠目から見ても美しい金の髪を持つ女性であった。そして、オルクスは目を見開いた。


「うそ」


 ぽつりと漏らし、彼は立ち竦む。

 その反応を聞けば、クランとヘンリーにも、何が起きたのか察することは容易だった。




「クィニア!!!!」




 オルクスは、歩み寄ってきた女性を呼び捨てにし――そして、迷わず駆けよって、その胸に飛び込んだ。




(第八話 了)

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