第2話 モンスター討伐!?(上)


「今日は、依頼が来てるのよねー」



 機嫌がすっかり直っているリリアレット。それには理由があった。まぁ大体わかるかもしれないが、途中で市場に寄ってアップルパイ買ってあげた。



「何の依頼なんだよ」



 リリアレットは相当な腕前の魔法師、ということはこの一週間でわかったことの一つでもあった。一般的な魔法師は、自らが街やギルドの掲示板などで募集されている依頼を受けるのだが、リリアレットは違った。特別依頼といわれる、難関でLv.3以上の魔法資格2級以上を持った魔法師のみの依頼も来るらしい。また、特別依頼は難度がその分高いのだが、報酬額も倍以上ある。



 特別依頼だけでなく通常依頼もリリアレット指名でくるらしい。




「えとね、あー……これかぁ」

「なんだよ」

「これねー……うんうん」

「だからもったいぶらずに言えよ」



 リリアレットは着ていた服の袖をめくった。そこには丸っこい文字の羅列があり、それを順繰りに見ていた。

 

 いつもリリアレットは自分の細い腕にスケジュールを記している。

 紙にメモしたらいいのに、と思うが本人いわく、面倒臭いそうだ。

 油性ペンで書いているようなので、インクをおとすのが大変そうである。



「ヒビキ、一狩りいこうぜ」



 何を言い出すかと思えば、どっかで聞いたことあるセリフだった。

 といっても元ネタはリリアレットは現代人ではないため、知らないはずなのだが……どこで覚えた言葉なのだろうか。

 リリアレットはドヤ顔でこちらを見ていた。



「いいけど、どこに?」

「隣町の大草原。モンスター狩りに行くのよ」

「ちなみに、どんなモンスターなんだ?」



 リリアレットは、「んー」、と考えを巡らせたのち、そのぽってりとした潤った唇に人差し指をあて、「ひ・み・つ」なんてウインクをしてみせた。まったく……そのおちゃめな姿が少し、可愛いと思った。まるで、アニメのキャラクターみたいだった。






 隣町まで歩いて20分くらい。

 異世界では交通手段がないため、歩きで行くしかなかった。不便。

 といっても、飛行魔法はあるのだが、あれは遠距離向きであること、魔力をモンスター討伐にむけて蓄えておくことを理由にやめた。



 街を歩いていると、目の前の女性から声がかけられた。



「あら、御機嫌ようリリアレット嬢」



 リリアレットの知り合いだろうか。

 プラチナブロンドの巻き髪が、言葉遣いといい貴族を思わせた。身に着けているアクセサリなんかにも目を引き付けた。ルビー、だっただろうか。真紅の、深い血のような赤に染められた宝石が、彼女の首にかけられていた。


 

「……御機嫌ようシャルロット。嬢」

「相変わらずのようね、おや、そちらの男性はどなた?」



 お前、嬢って区切るなよ、とつっこみたいのをおさえた。

 シャルロット、と呼ばれたその女性はこちらを見た。きっとここは自己紹介をするところなのだろう。俺はシャルロットの方をしっかりと見て言った。



「俺はヒビキと言います。リリアレットのもとで勉強させていただいてます」

「……リリアレットの、お弟子さん?」

「まぁ、そんな感じですかね」



 ここで恋人、とか言ってみたかったなぁ。

 シャルロットは口をあけ、ぽかんとした表情を浮かべていた。そんなの驚くことだったのか。彼女はゆっくりと下を向き、肩をかすかに震わせた。



「ぷっ、ふふ……リリアレットの弟子? 笑わせてくれますわね、リリアレット嬢! 一体いくらで雇ったのかしら」




 馬鹿にしたような目。にたりと口角が上がって、凄絶な笑みを浮かべた。こういった表情、見たことがある。あっちの世界でいつも見ていたあいつらの……。

 というか、どうして金の話になる。もしかしてこいつもどっかのお嬢様か?


 リリアレットを見ると、うつむいていた。こいつがこんなに弱ったような、嫌がるような態度を見せるのは初めてだった。微動だにしない。その状態のまま、小さなかすかな声で「雇ってない……」と言った。



「へえ、じゃあリリアレット嬢のどこが良くてお弟子さんになったのかしら、ヒビキくん。貴方、なかなかいい顔だちしてるわ。よかったら私のもとにこない? ランヴァン家は、そちらのメレス家よりとても良いおもてなしを……」

「え、いや結構です……」



 やたら強引。

 リリアレットを小ばかにした表情ではなく、ニコニコと狐のように表情が豹変する。媚を売られているのかなんなのか。態度があまりにも変わり過ぎだと感じた。


 俺の何を気に入ったかはわからないが、下手したら連れて行かれそうだった。初対面であり、リリアレットとどんな関係にあるのか、どんな人なのかわからないのに、俺は連れていかれるわけにはいかない。しまいには、腕をからめられる。



「ね、ね? 私と一緒になりましょ?」

「いや、あの、えっと、俺はリリアレットと一緒なんで……」



 ……だめだ。自分のコミュ障に嫌気がさす。こっちの世界でも、初対面の人とはうまく話せない。リリアレットのおかげでだいぶましになったというものの、ここまでスキンシップがあると、強く言い難い。それに、腕に少しやわらかいものが押しあてられていた。アニメやラノベで見たり聞くほどではないが、これが女の子の胸の感触ってやつか。リリアレットでは味わえないものがあった。



「もういいでしょ、シャルロット嬢。ヒビキは関係ないわ」



 うつむいていたリリアレットが、ようやく顔を上げた。その顔は冷静さというか、冷たい雰囲気を放っていた。目が、なにかを物語っているような気がする。それはこの二人のよく分からない間柄でしか、分からないものなのかもしれない。


 一方、シャルロットはそんなリリアレットの稀に見る(?)怖い雰囲気におじけづいたようだ。リリアレット様、万歳。頬が少しひきつっているのが感じ取れた。



「そ、そうね……今日はここまでですわ。また近いうちに会いましょうね、ヒビキくん」



 シャルロットはリリアレットに見向きもせず、俺だけに(多分)にこりと微笑んで、スタスタと俺らの横を通って行った。

 あっちの方は市場があるはず。買い物でもするつもりなのだろうか。



 リリアレットの方を見ると、何でもないと言った顔をしていた。



「さ、気を取り直していきましょうか」



 おまけにさっさと一人で歩きはじめる。急いで後をつける。



「なぁ、さっきの誰だ?」

「同期」

「いやそれだけじゃなくて」



 ずんずんと肩をいからせて進んでいくリリアレットの肩をつかむ。

 


「落ち着け、リリアレット」



 リリアレットは急停止し、その大きな目でこちらを睨んだ。その気迫にうっ、と気圧されかけたが、リリアレットはふっと笑った。目じりが少し垂れているところが、可愛らしいと思ってしまう。



「……シャルロット=ランヴァン。魔法師よ。同じレベル、ほぼ互角。そんな私を目の敵にしてるかはわからないけれど、なにかとつっこんでくるのよね」

「いじめられてるのか?」

「なっ……」



 あんぐりと口をあけ、パクパクと動かす。頬もなんだか赤く染まっていて、眉もつりあがっている。図星、なんだなぁ。



「いいよ、別に。それは恥ずかしいことじゃない」

「は、別にい、いじめられてなんか……!」

「俺も、わかるから」



 子供のようにわめくリリアレットの頭に手を置く。



「ほら、いくぞ」



 俺の過去やあっちの世界でのことなんて、この世界では関係ない。

 いじめられ、引きこもりになり、オタクと言われ、親からも見放された自分は。

 異世界でやりなおすと決めたから、もういない。


 ぼーっと突っ立っているリリアレットを今度は俺が置いていくような形になり、リリアレットは慌てて俺の後ろについてきた。



「ま、待ってよ!」









「……あのー、リリアレットさん?」

「なによ、今更怖気づいたの? このモンスターの数の多さに」

「いや、それもそうなんだけどさ」




 

 あたり一面を覆い尽くす、薄桃色のモンスター。

 足元になぜか寄ってきたモンスターのうちの一匹が、「ぶう」と可愛い声でひとつ鳴いた。ふがふがと鼻の穴から息を吹き出し、こちらをつぶらな瞳で見ている。



「これ、豚じゃないか?」

「ん、そうよ」

「モンスター討伐って聞いたんだが」

「これ、モンスターよ」



 なにがモンスターだ、ここ養豚場だろ。

 なにもない草原は雄大で、風も今日は気持ちいいくらいに吹いている。

 日光を浴びて、青空の下で走り回る多数のモンスター。

 ぶうぶうと鳴き声を上げながら、遊んでいるかのような元気な豚たち。

 ……なんだこの平和丸出し感は。



「豚でも育てる気か?」

「いいえ、そんなのじゃないわ」



 リリアレットは真面目な顔をして言った。



「この豚たち、一匹20000テールよ。こんなにいっぱいいるんだから、がっぽがっぽ稼げそうじゃない?!」

「金かよ」



 目がキラキラと輝いている。現金な奴だ。



 20000テールは日本円にして約2000円。

 ざっと目を通して50匹くらいはいるんじゃないか?



「というより大変だろ、こんな仕切りもない大草原で豚狩りとか」

「だからやりがいがあるんでしょ! ちなみに依頼主である方のおうちもこの街にあるらしいのね。だからお話を伺いに行きましょう!」



 やりがい、か。

 リリアレットはいつもよりちょっと興奮した様子だった。この無駄に可愛い豚を見てちょっと目がとろんとしている。動物好き、ってやつか。胸の前で両手を組んで、お願い、とこちらを見ている。



「嫌、かな? 手伝って、私この豚ちゃんたち救いたいの」

「これは、魔法関係あるのか? 魔法技術をあげるための依頼では……? ただ単に豚を捕獲して家まで渡せばいいんじゃないか。手動だぞ」

「ま、魔法で救うのよ! 別にお金目当てでもないんだからね……」




 はいはい、まったくお嬢様のくせに欲まみれなんだから……

 と、そういえば彼女がお金をためてほしいものがあるって言っていたな。こいつが欲しいものってあれか? どっかの店まるまる買うのか? それとも高級店に入り浸ってがつがつ食べまくるのか? いや、それはものじゃないしなぁ……前訊いてみたけど教えてくれなかったし。




「まぁいいよ。その依頼主のところに話し聞きに行けばいいんだろ?」

「そうよ、さすがヒビキ! 私の相方だわ」

「いててて、ぐるしい、やめろあほ!」



 

 リリアレットの馬鹿腕力が、俺の首を絞めた。

 後ろから固められているのだが、その、硬い。

 

 少し顔を左にずらし、横目でその硬いものを見る。

 ……ない。絶望的にない。

 シャルロットはたわわなやわらかさの伝わる丸みを帯びたもの、だったがリリアレットは、丸みもない、やわらかさも肉感もない、ただのぺったんこ。それに……




「ふんっ」

「ぐあああああ!? いったたたたた」

「あんた私の胸馬鹿にしたわね! 私だってあるわよ!!」




 聞こえていたのか、目線で感じ取ったのか。

 リリアレットにそのあとめちゃくちゃ絞められました。

 あ、首を絞められただからな。




 

 




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