第13話
巨大な爆発音が轟き、次いで研究所だった建物がもうもうと土煙をあげながら崩れ落ちていく。
そして、崩れ落ちた建物のガレキはどんな作用が働いたのか、粉々に砕けるとさらに砂のように細かくなり、最後は風に乗ってどこかへ消え失せてしまった。
後には、まるで何も無かったかのように緑の草原だけが広がっている。ただし、草が無く地面がむき出しになっている場所。そしてスフェラ達の背後に鎮座する、家ほどもある巨大な銀色の箱――タイムマシン――の存在。この二つが、今までの出来事が夢ではなかったのだとセロ達に語っている。
スフェラが言うには爆破の起動装置なのだと言う鈍色の板を片手に、レクスが「よし」と満足そうに頷いた。
「これで、研究所は片付いた。これが原因で歴史が変わってしまうという心配は、もう無いだろう」
イヴがレクスの言葉にホッと安堵のため息をもらし、それからふと不安げな顔をした。そして、「あの……」とスフェラ達に声をかける。
「スフェラさん達は、これからどうするんですか?」
レクスの目的は、この時代のサビドゥリア鉱石――ヘラの封印石――の独占だったはずだ。この時代にまだ残っているヘラを蘇らせないためにも、サビドゥリア鉱石を採掘するわけにはいかない。それは、レクスも充分わかっているはずだ。
だが、元の時代に戻ってもサビドゥリア鉱石が無ければ、レクスとスフェラは苦境から逃れ出る事ができないかもしれないという。
ならば、未来へ帰る事は得策ではないのではないか。いっそ、この時代に残って、この時代の人間として暮らしてみてはどうだろうか?
イヴの目が、そんな期待に満ちているようにセロには見えた。共に希望の祈りを唱えた事で、スフェラへの親近感が増したのだろう。だから、イヴはスフェラと離れたくないのかもしれない。
だが、スフェラは優しく微笑むと、レクスと、タイムマシンと、そしてどこまでも続く青い空を代わる代わる眺めながら言った。
「……未来に帰るわ。帰って、働いて、学んで、時には遊びに行ったりして……今まで通りの生活をする。……そうでしょ、父さん?」
スフェラに問われ、レクスは一瞬、困ったように笑った。そして、「ああ」とつぶやきながら頷いて見せる。
「もちろんだとも。……帰ったら、まずはリッターを直してやらないとな」
「! ……うん!」
今まで大人びた表情ばかりを見せていたスフェラが、目を輝かせ、頬を紅潮させて、子どものように嬉しそうに頷いた。
その様子に、セロは本当にこれで、一週間前から続いていた騒動が終わったんだな、と実感した。
「これにて一件落着、か。……にしても、まだ信じられねぇな。俺達があの伝説の魔女ヘラを倒したなんてさ」
おどけて言うセロに、イヴが笑いながら「そうだね」と頷く。それからイヴは、少しだけ考える様子を見せ、何やらもじもじし始めた。
「?」
セロが首をかしげていると、イヴは顔を赤らめ、そっぽを向きながらつぶやくように言った。
「……カッコ良かったよ、セロ」
思わぬイヴの言葉と態度に、セロは思わず硬直した。そして、目をそらし、わざとらしく咳をして、少しだけ照れて頭をかいた。
「あ……うん、まぁ……何だ。イヴも頑張ったんじゃねぇの? ……スフェラに手伝ってもらってたけどさ」
「一言多いわよ!」
ほおを膨らませ、イヴがセロをにらみ付けた。その様子にセロはからかうように両手を上げて見せる。
茶化すようなセロの行動にイヴはさらにほおを膨らませていたが、やがてぷぅ、と空気を抜くと、不思議そうな顔をしてスフェラ達の方を見た。
「……けど、スフェラさんは何で……」
首をかしげたところでスフェラと目が合い、イヴは慌てて視線を少しだけ横にずらした。そんなイヴと、そしてセロの元へスフェラが微笑みながら歩み寄ってくる。
「セロ、イヴ! そろそろ行くわ。……お世話になったわね」
そう言ってセロとイヴの手を取るスフェラに、セロもイヴも、にっこりと笑って首を横に振った。
「なぁに、大した事はしてねぇよ。な、イヴ?」
セロの言葉に、イヴも力強く頷いた。そして、名残惜しそうにスフェラの顔をみつめている。
「……スフェラさんも、レクスさんも、お元気で。……あ、リッターさんが直ったら、よろしくお伝え下さい」
イヴが言うと、スフェラは「もちろんよ」と言い、にっこりと笑った。その背後では、レクスが鉄人形達と一緒に、リッターをタイムマシンへと運びこんでいる。……あぁ、スフェラ達よりも一足早く、リッターとはお別れなんだな……とセロがぼんやりと考えている間に、リッターの姿は完全に見えなくなってしまった。
「……あ。そうそう、セロ?」
ぼんやりとしたセロの思考は、スフェラに名を呼ばれた事で急速に現実へと戻ってきた。ハッとしたセロは首をかしげながら、スフェラを見る。
「何だよ?」
首をかしげたままのセロにちょいちょいと手招きをすると、スフェラは少しだけイヴから距離を取った。ますますワケがわからなくなったセロは、とりあえずスフェラの後を追う。
そして、セロがスフェラに追い付いたところで、スフェラはセロの耳元に顔を寄せ、ささやいた。
「……これからもイヴと仲良くね。……ご先祖様」
「!?」
言われた事の意味が理解できず、セロの動きと思考回路は一瞬、完全に停止した。その間に、スフェラは「じゃあね」と言って、タイムマシンの方へ駆けて行ってしまう。
セロはハッと我に返ると、慌ててスフェラに何かを言おうとする。だが、出てくる言葉は「えっ、ちょっ……な、え……?」と頼り無い、単語にすらなっていない言葉ばかりだ。
やっとセロが思考を取り戻し、言うべき言葉を頭の中で整えた時には、スフェラもレクスもとうにタイムマシンに乗り込み、タイムマシンからは未来に飛び立つべく白く淡い光が放たれ始めていた。
「おい、今の一体どういう意味……」
「? 何? セロ、どうしたの?」
セロを不思議そうに見ていたイヴが、タイムマシンの様子を気にしながらもセロの元へと寄ってきた。
イヴに声が聞こえる状態となってしまっては、もうスフェラに言葉の意味を問い質す事も難しい。
セロは口に出しかけていた言葉を飲み込み、何度も口をパクパクと開閉させ、そして最後にやけくそになって「あーっ!」と叫んだ。その叫び声に、イヴがびくりと驚く。
「なっ……何? 本当にどうしちゃったのよセロ?」
イヴに問われても説明ができず、セロはわしゃわしゃと頭をかいた。そして、顔を真っ赤にすると「何でもねぇっ!」と叫ぶ。
セロの様子に、イヴはますます不思議そうな顔をする。それから、ハッと目を見開いた。
振り向けば、いつの間にかタイムマシンは影も形も無くなっている。もちろん、それに乗り込んでいたスフェラ、レクス、そしてリッターも。
そこには草が倒れ、焼かれた痕跡がところどころにある緑の草原と、小高い丘しか見当たらない。あれほどいた鉄人形達も、一体もいなくなってしまっている。
今までの事は本当に夢だったのではないかと、セロはほおをつねった。つねると、痛い。少なくとも、今見ている風景は現実だ。……やっぱり今までの事は夢だったのだろうか、とセロは所在なさげに考える。
……いや、やはり、夢ではない。
小高い丘だと思っていた場所に、違和感がある。何やら冷たく、重苦しい気配がする。この気配には、覚えがあった。
ヘラだ。小高い丘の……恐らく中心部から、ヘラの気配を感じる。恐らくこれは、セロが倒したヘラの気配ではない。未来のヘラによって封印を解かれ、蘇りかけた……そしてイヴとスフェラによって再び封印されたはずの、この時代のヘラの気配だ。
「……!」
セロと同じ考えに至ったのだろう。イヴが、不安げに体をすくませた。そんなイヴに、セロは自然と「祈ろう」と言っていた。
「え……?」
きょとんとするイヴに、セロは言う。
「……もう一度、唱えようぜ。希望の祈り。一回では駄目でも、二回やれば完全に封印できるかもしれねぇしさ」
「けど……」
それでも不安そうなイヴの手をセロはギュッと握り、そしてまっすぐにイヴの目をみつめた。
「大丈夫、お前ならできるよ。さっきだって、できたんだ。だから、きっと今回もできる。少なくとも、俺はそう信じてる」
「でも、さっきはスフェラさんも一緒に祈ってくれたから……」
「今度は、俺が一緒に祈るよ。戦ってばかりの俺の祈りが効くかどうかはわかんねぇけど……けど、イヴが不安にならないように、これからも村のみんなやイヴと、平和に暮らしていけるように祈るから……な?」
次第に熱を帯びていったセロの言葉に、イヴは「……うん」と頷いた。心なしか、顔が赤い。
セロは自らの剣を抜き、丘の前に突き立てた。地面に突き刺さった剣は、まるで十字架のように見える。
武骨な鉄の十字を前に、セロとイヴは立った。そこでセロは、ふと自らの左手に気付く。その中指には、赤い石が埋め込まれた金色のリングがはめられている。
「そうだ、これ……」
おっさんに返すのを忘れていたな……とセロは苦笑し、リングを中指から抜き取った。そして、イヴの左手を取り、中指にリングをはめる。同じ中指でも、イヴにとってはゆるいようだ。
「……セロ? これ……」
「おっさんがくれた、お守りみてぇなモン。さっきは、それのお陰で助かったようなもんだ。……今度は、俺じゃなくてお前を助けてもらわねぇとな」
イヴはほんのりとほおを染め、こくりと頷いた。そして、先ほどと同じように、青い石が埋め込まれた杖を祈るように捧げ持ち、ゆっくりと口を開く。
辺りが、清く神々しい空気に包まれた。それを感じながら、セロもゆっくりと口を開く。
「いずれの時にか賜りし、言の葉結びて奉る」
「祖人に与えし救いの力、再び我らに賜らん」
「世を蝕むは邪悪な心」
「後顧の憂いを絶たんがために」
ゆったりと、口から言葉が出るにまかせるように、二人は唱え、祈った。そして、いつしか二人の言葉がぴたりと重なる。
「憐れみたまえ、憐れみたまえ。慈しみ深き我らが女神。古よりの常闇祓い、来るべき明日を光で照らせ……!」
辺りが、明るく照らされたようにセロは感じた。だがそれは一瞬の事で、あとはどれだけ周りを見渡しても、先ほどまでと様子は全く変わらない。
だが、小高い丘からヘラの冷たい気配は、完全になくなっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます