第11話

(……何をしているんだ、私は……!?)

 魔法使い達の戦いを見つめながら、レクスは心の中で自問した。どうしてこうなった? なぜ自分はこんな事をしている? そして、自分は一体何をしているんだ。

 三千年後の未来――レクスとスフェラが元々暮らしていた時代で、レクスがヘラに出会ったのはいつだったか……。そう、確か手に入るはずだったサビドゥリア鉱石が手に入らず、気分がくさくさとしていた時だ。

 家にいたところで気分が晴れる事も無く、町をぶらつきに出た。そして、ひと気の無い路地裏で、背後から声をかけられたのだ。思えば、あの時は妙に寒気を感じたような気がする。

 そして、レクスに声をかけたヘラは名だけ名乗ると、唐突に言ったのだ。「娘を幸せにしてやる方法があるのだが、やってみる気は無いか」と。

 よくよく考えなくても、怪しいと思える点はいくらでもあった。服装も時代にそぐわないし、何より、なぜレクスが娘を幸せにしたいのに上手くいかず悩んでいると知っていたのだろうか。

 ヘラが悪しき魔女だと知った今となっては、「そうか、だからか」と納得できる事ばかりだが、初めて出会った時のヘラに対して、レクスは疑いを抱かぬわけがなかったはずなのだ。

 だが、己の不甲斐なさを呪っていたレクスには、そこまで思考をめぐらせる余裕は欠片も存在しなかった。

 ヘラの振った話に食い付き、真剣に話を聞いた。そこで彼女から聞かされたのは、過去の世界へタイムスリップするという計画。過去へ行けば己の邪魔をする科学者は一人もおらず、サビドゥリア鉱石をタダ同然で独占できるという話に、レクスの心は浮足立った。

 ヘラに「過去の世界には自分達より優れた力を持つ物を排除しようとする魔法使いが大勢いる。奴らを滅ぼさなければ、サビドゥリア鉱石の独占はおろか、過去の世界で生き延びる事も難しい」と言われた時は少々ためらった。だが、スフェラを幸せにしたいという気持ちが勝ち、そのためなら魔法使い達を皆殺しにしてしまうのも仕方が無いと割り切った。

 そして、スフェラを説得し、三千年の時をさかのぼった。これでスフェラを幸せにできると、心の奥底から信じた。

 なのに、現実はどうだ?

 スフェラを幸せにするどころか、悲しませてしまっている。その上スフェラは、今までの暮らしで充分幸せだったと言う。

 なら、今自分がやっている事に一体何の意味がある?

 それだけではない。その〝スフェラを幸せにする方法〟を教えてくれたヘラが、実ははるか昔に、世界を支配しようとした悪しき魔女なのだと言う。

 そんな物はおとぎ話の中だけの話だと思っていたのに。なのに、現実にヘラは目の前にいて、信じられぬほど強力な魔法を使い、レクスの作ったロボット達を一人で何体も倒してしまうほどの力量を持つ魔法使い――セロをあっさりと追い込んでいる。

 そして、そのヘラの目的はこの世界を再び支配し、闇の世界を築き上げる事なのだと言う。……冗談じゃない。そんな事をされたら、スフェラを幸せにするどころか、ますます苦しませてしまう事になるじゃないか。

 現に、スフェラはヘラの攻撃により危ない目にあっている。今もまた、ヘラの強力な攻撃にさらされようとしている。

 セロがそれを食い止めるべくヘラの元へ駆け寄ろうとしているが、今の彼では駄目だ。レクスとの戦いで魔力を使い切った彼は、防御魔法も使えない。

 もちろん、今〝希望の祈り〟とやらの魔法を唱えているイヴも防御魔法を使う事はできないのだろう。そんな状態の場所にセロが飛び込んだところで、三人仲良く消し炭になってしまうだけだ。

 せめて、レクスとの戦いが無ければ。そうすれば、防御魔法を唱える魔力ぐらいはセロに残っていたかもしれないと言うのに。

 悔やんでも悔やみきれない。悔んだところで現状を打破できるわけでもない。自らの行動が招き寄せた結果に、レクスはギリ……と歯がみした。

「何か……何か私にできる事は無いのか? スフェラを守る方法は……セロ君達を死なせない方法は……」

 レクスは顔を上げ、必死に辺りを見渡した。だが、ヘラとセロ達以外で視界に入ってくるのは、ガレキの山と、壊れたリッター、D‐08C号だけだ。あの二体を今から直して戦わせる……というのは現実的ではない。

 そもそも、ヘラに敵わなかったから、この二体ともが壊れ、今レクスの視界で転がっているのではないか。

 せめて、防御力か攻撃力のどちらかだけでももう少し高ければ、ヘラに対抗できたのだろうか? 防御力を上げるのは技術的に難しいとしても、攻撃力を上げるのは比較的容易だ。エネルギー源となっているサビドゥリア鉱石をケチらずに、大量に使用すれば良いのだから。

 そこでレクスは、ハッとした。そしてよろけながらも立ち上がると、リッターとD‐08C号の元へと駆け寄る。

 ヘラの放とうとしている闇の塊は一層濃くなり、帯びた雷がバチバチと凶悪な音を立てている。

「間に合ってくれよ……!」

 祈るようにつぶやき、レクスは作業に取り掛かった。

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