第6話

 研究所の窓から、レクスは外の世界をながめた。三千年前のこの時代に来てから、早一週間。そして、愛娘のスフェラが護衛ロボットのリッターを連れて研究所を飛び出して行ってしまってからも一週間だ。

 この時代に来た本当の理由を、うっかりスフェラに聞かれてしまったのは本当に迂闊だった。

 レクスがこの時代に来た理由――サビドゥリア鉱石の独占と、魔法使いの殲滅――を知られさえしなければ、レクスもスフェラも、この時代で幸せになれただろうに。

 なのに、スフェラは知ってしまった。当然の事ながら社会の……現実の厳しさを知らない二十歳の娘は「そんな事をするべきではない」と怒り、レクスと口論になった。そして、研究所を飛び出してしまったのだ。

 研究所を出ていって、あの子は何をするつもりなのだろうか。レクスは、ぼんやりと考える。

 魔法使いを殲滅するため、この世界に送り出した数多くのロボット達……。性能はあまり良くないが、物理防御力に優れ、人一人殺すには充分な力を持っている作業用ロボット。

 元の時代ではエネルギー源が足りず、ほとんど動かす事もできなかったが、この時代に来てからは大いに動き回っている。何しろ、この時代であればサビドゥリア鉱石を使い放題なのだから。

 スフェラは、あれらから魔法使い達を守るため、どこかで戦っているのだろうか?

 それとも、父親の暴挙を確実に止めるため、この時代の強い人間や魔法使いを仲間にしようとしているのだろうか。

 リッターと二人だけで研究所を破壊したり、システムを止めたりしようとは考えないだろう。自分でできる事は自分でやるが、助けが必要な場面では強がらずに助けを求める事ができる。あれは、そういう事のできる本当に聡い娘だ。

 それとも、父親に愛想を尽かし、それでも父親に反旗を翻す気にはなれず、この世界を放浪して暮らそうと心に決めたのだろうか。

 どれにしてもリッターがついている以上、よほどの事が無い限り大丈夫だとは思う。だが、それでも心配は尽きない。

 例えば、もしレクスが放った作業用ロボット達に取り囲まれてしまったら? あのロボットの知能は、あまり高くない。命じられた事しか実行せず、自分で判断するという事をしない。イレギュラーの事態に弱い。

 今なら、「魔法使いを攻撃しろ」という命令に沿った行動しかしない。魔法使いを発見すれば、襲う。ひょっとしたら、魔法使いに類する力を持つ者も襲うかもしれない。例えば、銃を持ったスフェラや、光線を放つリッターのような……。

 判断力が無いので、スフェラやリッターを味方と認識して、攻撃をしないでいてくれる……という行動の期待はできない。

 こんな事になるなら、スフェラとリッターの情報を登録して「襲うな。保護して連れ帰れ」と設定しておけば良かったと思うが、今さら悔んだところで遅い。

 無事で帰ってきてくれれば良いんだが……。

 そう思った時、レクスの視界に四つの黒い点が入ってきた。草原の向こうに見えたそれは、次第に大きくなり、この研究所に近付いてくる。どうやら、人間だ。

 レクスは急いで、かたわらにあった操作パネルの上で指を滑らせた。モニターに、外の様子が映し出される。

 レクスはさらに操作を重ね、モニターに映る風景を拡大していった。四つの点が大きくなり、人の形になり、そしてそれぞれの顔を識別できるほどにまで拡大される。

 それぞれの顔を見て、レクスはホッと安堵の息を吐いた。四人のうち、二人は知っている顔だ。それも、今まさにその姿を見たいと思っていた者の顔。スフェラと、リッター。

 あとの二人は、当然ながら知らない顔だ。見るからに、若い。十代半ばから後半といったところだろうか? 少年と、少女が一人ずつ。

 少女は白いローブを身に纏い、青い宝石の埋め込まれた杖を持っている。明らかに魔法使いだ。少年は腰に剣を佩びているが、服装などを見ると、剣一筋の剣士には見えない。

 レクスは画面をさらに拡大してみた。すると、少年の武骨な剣の柄に、少女の杖と同じように青い宝石が埋め込まれているのが見える。用途はわからないが、恐らく魔法を使う際に補助的な役割を担う宝石なのだろう。……という事は、少年は魔法剣士、といったところか。

「やれやれ……本当に魔法使いを連れて来るとはな……」

 娘の目の前で――ロボットにやらせるとは言え――人を殺さなければならないのかと思うと、気が滅入る。だが、目的のためにはそうも言っていられない。

 レクスはため息をつき、立ち上がった。その時に画面に映る少年少女の活き活きとした顔が視界に入り、胸が痛んだ。

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