第5話

 石に似ているが石ではない床は、歩く度にカツーン、コツーンという音を立てる。その音も、石の床を歩いている時の音に似てはいるが異なる音だ。

「なんつーか……変な建物だな。壁も床も、木でも石でもねぇし……どこまで行っても、白と灰色にしか塗られてねぇや。おかしな箱もゴロゴロ転がってるし。……未来のアトリエってのは、みんなこうなのか?」

 セロは、物珍しそうに辺りを見渡した。あちらを見ても、こちらを見ても、生まれて初めて目にする物ばかりだ。

 ここは言わば敵地であり、気を抜いてはいけない場所なのだという事はわかっている。だが、それでも目移りしてしまう。

 そんなセロに、スフェラは「そうね……」とつまらなそうに頷いた。

「おおむね、こんな感じよ」

「なんか……怖いですね。冷たくて、感情が無いような……」

 そこまで言って、イヴはハッとすると「ごめんなさい」とうつむいた。

「スフェラさんの時代の建物を、怖いとか冷たいとか言っちゃって……」

 スフェラは、ふるふると首を横に振った。その目は、優しげで、悲しげで、さびしげだ。

「その感想は、あながち間違いじゃないわね。未来の建物は、ほとんどが無機質で無感情な印象を与えるわ。冷たく怖いと感じてしまっても、仕方が無いわね……」

「……」

 どんな言葉を発すれば良いかわからず、セロとイヴは黙り込んだ。その前では、リッターもまた黙り込んでいる。ただし、彼の場合はこの場で発するべき言葉を探して黙り込んでいる様子ではない。険しい顔で、前方の扉をにらんでいる。

「? どうしたの、リッター?」

「動作反応を感知致しました。近付いてきます」

 リッターの言葉に、セロとスフェラは表情を引き締め、イヴは顔を強張らせた。

「……鉄人形か?」

「……いえ。この反応は……」

 リッターが言葉を言い切る前に、前方からガション、ガション……という音が聞こえてきた。音を耳にするなり、セロは反射的に剣を抜き放ち、構えた。

 この音は、鉄人形の足音に似ている。だが、いつも聞いている鉄人形の足音よりも若干軽い音のようにも聞こえる。

 音はどんどん近付いてくる。

 ガション、ガション、ガション、ガション……。

 やがて、プシュウという音と共に、扉が横にスライドし、開いた。

 その向こうに、一見人間のような……しかし、目がプラムのように大きく――そう見えるのは、恐らくまぶたが無いからだろう――顔が鉄色をして仮面のような表情をしている〝何か〟がいた。

 趣味の悪い仮面をつけているのでなければ、人間とは認識し辛い顔をしている。

「……っ!?」

 相手の顔におびえ、イヴが声にならぬ悲鳴をあげた。セロも、常人とは思えぬその顔に息をのむ。

「な……何だ、こいつ!?」

「……G‐04A号、通称モルテ。私と同タイプの、警護ロボットです」

 どこからかピピピ……という音を発しながら、リッターが淡々と情報を羅列する。

その目はモルテというらしいそのロボットを見ているが、見ていない。人間で言うなら、心ここに在らず、といった様子だ。相手の情報を思い出すのに集中しているようにも見える。

「同タイプと言っても、モルテはリッターよりも古いタイプよ。性能はリッターに及ばないわ」

 不機嫌そうに、スフェラは言い切った。すると、その言葉に腹を立てたかのようにモルテが甲高い音を発し始めた。

 ビーッ、ビーッと耳をつんざくような不快な音を立てながら、モルテはリッター以上に感情が無く無機質で冷たい声を発する。

「警告。警告。タダチニコノ場カラ立チ去リナサイ。サモナクバ、強制排除シマス」

「だとよ。……どうする?」

 一応、依頼主であるスフェラの顔を立ててセロが問うと、スフェラは不敵に笑った。

「考えるまでもないわ。……強行突破よ!」

「そうこなくっちゃな!」

 少しだけワクワクしながら、セロは改めて剣を構えた。

 リッターが「戦闘モード展開」とつぶやくと、どこからかシュン、という音が聞こえた気がする。

 スフェラも銃を取り出し構え、イヴだけは少し後に下がった。

「敵意確認。敵意確認。強制排除ヲ実行シマス」

 言うやいなや、モルテのどこかからも、シュン、という音が聞こえる。リッターと同タイプという事だから、こちらも「戦闘モード展開」という事なのだろう。

「やれるもんならやってみろ!」

 モルテに向かって吼えるセロの横に、リッターが静かに立った。

「セロ様。私がモルテの動きを封じます。その隙に、魔法で攻撃を」

 セロは「おう!」と威勢良く応じ、剣をモルテへと突き付けた。その行動にモルテがぴくりと動くや、叫ぶように唱える。

「紫電に焼かれて黄泉へと沈め! サンダーボルトジャベリン!」

 唱え切るのとほぼ同時に、屋内だというのに雷鳴がとどろき、閃光が辺りをかけ抜けた。閃光はモルテに直撃し、次いで大ダメージを示すように雷鳴以上の激しい音を響かせる。

「どうだっ!?」

 雷によって焼かれた辺りから発せられる煙の向こうを、セロはにらみ付けた。すると、煙の向こうからモルテが姿を現した。

 少々こげて黒くなってはいるが、激しく壊れたような部分は見受けられない。動きも滑らかだ。内部の回路とか言うからくりも壊れていないらしい。

「な……」

 目を見開くセロの耳に、ピピピピピ……という甲高い音が届いた。音は、モルテから聞こえてくる。

「データ解析完了。サンダーボルトジャベリン」

 次の瞬間、セロは我が目を疑った。モルテの頭上にバチバチと音を立てる光の塊が発生したかと思うと、そこから鋭い光の筋が駆け巡り、セロに襲い掛かってきたのだ。

 間違い無い。これは、先ほどセロが使った魔法と、同じ……

「うわぁぁぁぁっ!?」

「セロっ!」

 悲鳴にも似たイヴの叫び声を聞きながら、セロは立ち上がった。振り向けば、先ほどまで自分が立っていた場所はまっ黒にこげ、ぶすぶすと煙を噴き出している。間一髪避ける事ができたが、もし当たっていたら……そう考えると、ゾッとする。

「……どうなってんだ? 何でこいつ、俺の魔法を……?」

「セロの魔法をコピーした? ……リッター、モルテにそんな能力は?」

 スフェラの問いに、リッターは一度だけ首を横に振った。

「不明です。データベースにはそのようなデータは存在しません」

「なら、どうして……」

「ごちゃごちゃ考えても、らちが明かねぇっ!」

 スフェラとリッターの会話をさえぎると、セロは態勢を立て直し、再びモルテに剣を向けた。

「煉獄の炎に包まれ灰燼と化せ! ブレイズプリズン!」

 一瞬で燃え盛る炎がその場に出現し、モルテに襲い掛かる。攻撃はまたもモルテに直撃するが、それでもモルテは倒れない。またしても、ピピピピピ……という音が響いた。

「データ解析完了。ブレイズプリズン」

 先ほどと寸分違わぬ激しい炎が現れ、そしてまたセロに牙をむく。

「ぐっ……! くそっ!」

 今回も紙一重で何とかかわしたセロは、諦める事無く三度剣をモルテに向け、大きく深呼吸をした。そして、剣を両手で正眼に構え直すと、「こうなったら……」とつぶやいた。その様子に、イヴがハッと息をのむ。

「ちょっとセロ! 何をする気!? ……まさか……」

 セロの返答に、否定の響きは一切含まれていなかった。

「チマチマした魔法が真似されちまうってんなら、真似できねぇよう一撃でブッ倒すだけだ!」

 辺りに、黒く濃い闇が発生した。戸惑いを見せるスフェラとリッターを他所に、闇はセロの元へ、セロの手元の剣へと集まっていく。

「堕天せし神のしもべを葬りし牙、其の声は全ての闇を地へ降す! 黒き獣の咆哮よ、我がつるぎに宿りて、悪しき魂を切り裂かん!」

 セロの声に呼応するかのように、闇はセロの剣にまとわりついていく。やがて闇が剣に吸収されると、セロは闇の刃を持つ剣を振り上げ、そして振り下ろしざまに叫んだ。

「ダークネスファング!!」

 刹那、闇の刃が爆発的にふくれ上がり、そして巨大なつるぎへと姿を変えた。セロの背丈の四倍……いや、五倍はあるであろう刃はくうを裂き、辺り一帯を激しく破壊しながらモルテへと突き進む。

 刃を真正面から受け、モルテはまたもピピピピピ……という音を発する。だが、先ほどまでは一定時間で鳴り止んでいた音が、今度は止まらない。

「データ解析……データ解析……データ、解析、……」

 完了、という言葉を発する事無く、モルテが両断される。巨大な爆発音が起こり、モルテがいた場所から闇と炎がらせん状に混じり合ってできた柱が立ち上がり、そして消えた。

 そして辺りは静まり返り、後にはセロ達四人だけが残される。

「…………やったか?」

 ぜぇぜぇと荒い息をしながら辺りを見渡すセロの横で、リッターが首を静かに巡らせる。その目は、とても冷静だ。

「動作反応消失。モルテの破壊を確認しました」

 その発言に、一同はホッと緊張を解く。

「……今のは?」

 興味深そうに問うスフェラに、セロは「あぁ……」と声を発した。少しずつだが、息は整ってきている。

「イヴんちの希望の祈りみてぇに、俺んちに伝わってる魔法。……一撃でどんな敵でも大抵倒せちまうのは良いんだけどさ。一回使っちまうと、魔力の消費が激しくて……」

 そこで一旦言葉を切り、セロは大きく息を吸い、そして吐いた。手をグーパーグーパーと握っては開き、最後に何か考える顔付きをした。何かを探っているようにも見える。

「……多分、魔法はあと二回使えるかどうかってトコだな。もちろん、さっきのダークネスファングみてぇな強力な魔法はもう一回も使えねぇ」

「……そう……」

 つぶやき、スフェラは考えた。

(それにしても……何でモルテはセロの魔法をコピーできたの? しかも、その情報はリッターのデータベースには無かった……一体、どういう事?)

 考え込むスフェラの前で、セロは疲れた様子で座り込んだ。魔力と体力は別物らしいが、それでも多少は体に影響が出るようだ。

 セロの顔を、イヴが心配そうにのぞき込む。

「ねぇ、セロ……一度、村に帰った方が良いんじゃない? この状態でまた戦いになったら……」

「んなワケにいくか。今帰ったら、こっちが弱ってるってバレちまうかもしれねぇ。それをチャンスと思われて、村に攻め込まれたらどうするんだよ?」

「……」

 返す言葉が見付からず、イヴは黙り込んだ。今まで以上に不安げな顔をするイヴに、セロは「大丈夫だって」と言い、笑いながら立ち上がる。

「もうほとんど元通りだしさ。ちょっと休めば、魔力だってすぐに溜まるだろ」

 セロの言葉に頷き、スフェラは「……なら」と、つぶやきながら歩を進めた。セロ達三人もそれに続き、先ほどの戦いで奇跡的に壊れずに済んだ通路を進み、そして扉をくぐる。

「また何か出てくる前に、急いで先に進みましょう。父の居場所は、この先の……」

「おや、スフェラ。お客さんかい?」

「!」

「誰だ!?」

 突如聞こえてきた声に、セロとスフェラは同時に振り向いた。右手側の扉がプシュウと音を立てながら開き、そこから五十歳前後の男性が現れる。

「……レクス様」

 リッターのつぶやきに、セロとイヴの顔色が変わる。

「……レクス?」

「……って事は……この人が、スフェラさんの?」

 レクスが、セロとイヴを見た。にこやかで、優しそうな顔だ。とても世界を滅ぼそうとしている人間には見えない。

「お友達かい? ……はじめまして。スフェラの父です。……君達は?」

 穏やかに問われ、セロとイヴは思わず顔を見合わせた。何と言うか、拍子抜けだ。

「え? あ……セロ……」

「イヴ、です」

「セロ君に、イヴさんか。スフェラがお世話になっています。……ところで、スフェラ?」

「……何?」

 レクスの問いに、スフェラは警戒を解かないまま応じた。そんなスフェラの態度を怒る事無く、レクスはにこやかにセロとイヴを代わる代わるながめ続けている。

「セロ君とイヴさんは……魔法使いだね?」

 その声で、一瞬のうちに空気が冷えたようにセロは感じた。イヴも同様なのだろう。両腕で自らを抱いている。スフェラは、警戒がますます強まったようだ。

「……そうよ。だったら?」

 スフェラが問うと、レクスは「困ったなぁ……」とつぶやきながら頭をかいた。まるで、お客が来たのに皿の数が足りないとでも言うかのような雰囲気で。

「この時代に来た時、言っただろう? 魔法使いとは、友達になっちゃいけないって。何せ……」

 レクスの顔が、残念そうにゆがんだ。

「魔法使いはみんな滅ぼさなきゃいけないんだ。せっかく友達になった人が死んでしまったら、悲しいだろう?」

「!」

 スフェラが息を呑み、辺りはシンと静まり返る。

 そして、その静けさを打ち破るように。遠くから音が聞こえてきた。ガション、ガション、ガション、という、重く無機質で、どこか聞き覚えのある音が。

「なっ……何? この音……」

「この音……鉄人形の足音か?」

 そう。それは、セロやイヴの村を襲いに来るあの鉄人形達の足音とよく似ていた。だが。

「けど、いつもの奴らとは重みが全然違う……!」

 セロが言い終わるのを待っていたかのように、分厚そうな壁に亀裂が入った。そして、落雷音のような破砕音を響かせながら、壁を破壊し、現れた物がある。

 鳥のひなが卵の殻を破るようにして現れたそれは、全長がセロの三倍か、ひょっとしたら四倍はあった。姿形は鉄人形を丸々と太らせたような感じで、顔は先ほどのモルテのように趣味のよろしくない仮面のようだ。

「……!」

「でっ……でかっ! 何だこいつ!?」

 声無き悲鳴をあげるイヴと、目を丸くするセロ。そんな二人の反応を満足そうにながめながら、レクスは巨大な鉄人形の横に移動した。

「紹介しよう。この時代に来る前から私が開発を続けてきた戦闘ロボット……D‐08C号だ」

「……リッター」

 すぐさま、スフェラがリッターに何かをうながした。リッターは頷き、しばらくの間あの何かを思い出そうと集中している顔をする。ピピピ……という音が微かに聞こえた。

「……データベース中に開発初期のデータを発見しました。D‐08C号……全長五メートル、リモコンによる遠隔操作及びコックピットに搭乗する事での直接操作が可能です。パワーショベルと同等のパワーを持ち、グレネードの攻撃に耐えうる防御力を有しています。機体のいずこかに配置されたサビドゥリア鉱石によって、常に安定したパワーを出し続ける事が可能です」

 リッターが淡々とつむぎだす言葉の羅列に、セロは目を白黒させた。初めて耳にする単語が多過ぎて頭が追い付かない。

「……よくわかんねぇけど、とにかく強ぇって事だな? ……上等だ!」

 威勢良く叫び、抜き放った剣を構えた。レクスが、あざけるように笑う。

「面白い。魔法使いが、未来の科学力で生み出されたロボットに挑むのか? それがいかに無駄な足掻きであるか……今ここで、思い知らせてやろう!」

 高らかに叫び、レクスは懐から何やら黒く光沢のある板を取り出した。そしてその上で滑らせるように指を動かすと、パパパッという音が鳴る。

 それとほぼ同時に、巨大な鉄人形――D‐08C号の両目部分が赤く光った。そして、まるで猿の化け物を思わせるような動きで両腕を振り上げる。

「……来ます」

 淡々としたリッターのつぶやきに、セロはごくりとつばを飲み込んだ。そして、キッと眉を吊り上げる。

「先手必勝! くらえぇぇぇっ!」

 叫び、駆け出し、力強く床を蹴る。勢いをつけて飛び掛かり、セロはD‐08C号にためらい無く思い切り剣で斬り付けた。

 ガキンッという鈍い音が響き、セロの両腕がじぃんとしびれる。

「くっ……! 鉄人形以上に硬ぇ……!」

 一旦距離を取り、涙目になりながらしびれる腕を振って痛みをごまかす。剣の刃が欠けなかったのが不幸中の幸いだ。

「今までのロボットと同じだと考えないで! 剣で傷付けるのはまず無理よ!」

 そういう事はもっと早く言って欲しかったなぁと思いつつ、セロは「なら!」とつぶやき剣をD‐08C号に突き付けた。

「鉄の剣で傷付けられないなら、別の剣で斬るまでだ! ……風の剣(つるぎ)に裂かれて果てよ! ブラストセイバー!!」

 唱え終わると同時に激しい風が吹き荒れる。冷たく身を切るような風は、まるでするどい刃物のようだ。不可視の剣は轟々と音を立て、D‐08C号に吹き付ける。避ける暇(いとま)は与えない。

「やったか!?」

「いえ、まだよ!」

 スフェラが声を張り上げたのと時を同じくして、風が止む。そして、風のうなる音の代わりに、あのガション、ガション、ガション……という重く無機質な音が聞こえてきた。

 傷一つ無いD‐08C号が、次は我が番と言わんばかりに向かってくる。

「なっ……無傷!?」

「そんな……!」

 ショックを隠しきれないセロとイヴの顔に、レクスは満足そうにほほ笑んだ。

「これでわかったろう? 魔法使いがロボットに挑むのが、いかに無意味であるのかが。……さぁ、今度は私の番だ」

 そう言って、レクスは先ほどの板の上で再び指を滑らせた。パパパッという音と共に、D‐08C号の目が緑色に光る。そして、ピピピ……という音と共にカパリと開かれた口が白く光り始めた。

「あれ……! リッターと同じ……!?」

 セロは林で見た、リッターが戦う姿を思い出す。あの時は、リッターの指が白く光った。そして……

「当たったらひとたまりも無いわ! 避けなさい、セロ!」

 スフェラの声が耳に突き刺さる。そして同時に、冷たい響きを含んだ、レクスの声も。

「……死ね」

 ビビーッという不快な音が鳴り響き、D‐08C号の口から、リッターのそれの何倍も太い光線が発射された。

 光線は、まっすぐセロに向かって突き進んでくる。

「セロっ!!」

「……っ! 守りの力よ、顕現せよ! ソリッドウォール!」

 光線がセロを呑みこもうとする一瞬前に、セロは何とか唱え切った。

 光の壁が光線よりもわずかに早くセロの身体を包み込み、セロが光線によって焼かれるのを防ぐ。光の防護壁によって標的を失った光線はセロの周りの床に降り注ぎ、激しい爆発音を生み出した。

 やがて防護壁は消え、あとには肩で息をするセロだけが残される。ゼェゼェと呼吸をし、脂汗を流すその姿は病人のようだ。

 その姿を、レクスは少しだけ感心したように……だが、やはり馬鹿にした様子で眺めている。

「ほう……バリアを発生させ、攻撃の軌道を逸らしたか。魔法も、中々侮る事はできないな。だが、やはり安定感や燃費が悪過ぎる」

 言いながら、レクスはゆっくりとセロに近付いた。D‐08C号もそれにともない動く。巨大な体に牽制され、スフェラやリッターは隙を狙うも動けない。

 セロの鼻先までやってきたレクスはしゃがみ込み、セロの顔をのぞき込んだ。それに嫌悪や、少々の恐怖を覚えながらも、セロは思うように体が動かない。

「体内の魔力とやらを使い果たしたか?」

 セロは、反論をする事ができない。言葉を発しないまま、ただギリ……と奥歯を噛んだ。その行動を、レクスは肯定の意と受け取る。

「ならば、もう魔法は使えまい。無駄な足掻きはやめ、おとなしく……」

 その時、ビシリ、という音が辺りに響いた。その音に、その場にいる全員がハッとする。

「……何の音だ?」

 レクスが辺りを見渡し、同じように見渡していたイヴがハッとする。

「セロ! 上!」

「上? ……!」

 見上げたセロの目には、大きなひびが入り、パラパラと粉を噴く天井が映る。

「天井が崩れかかってる……!」

「何だと!?」

 レクスも天井を見上げ、苦々しげに顔をゆがめた。

「魔法にレーザー光線……建築当時の想定をはるかに上回る事態が続いているからな……建物自体が耐え切れなくなったのか……くそっ!」

 毒づきながら、レクスはサッとその場から走り離れる。セロは、まだ立ち上がる事ができない。

 ビシビシビシッと亀裂が大きくなっていく。そして、ついにガラッという音がしたかと思うと、最初のひと欠片……小さいが、それでも握りこぶしほどの大きさはある欠片がはがれ落ちた。こうなれば、天井の崩落は時間の問題だ。

「崩れるわ!」

 スフェラが叫び、その場にいる全員に避難を呼びかける。だが……

「……っ……外に! ……駄目だ、間に合わねぇっ!」

 魔力を使い果たし、立ち上がるのもやっとのセロには、安全な場所まで走れる余力が無い。それを見てとったのか、スフェラがセロの元へと走り寄る。

「! 馬鹿、スフェラ! 来るんじゃねぇっ!」

「スフェラ!」

 娘が自分から危地へと向かっている。それを目にしたレクスが、悲鳴をあげるようにスフェラの名を呼んだ。

「スフェラ様!!」

 リッターが、スフェラを追い、そしてセロとスフェラに覆い被さった。それとほぼ同時に、天井がついに耐え切れなくなり、崩れ出す。崩れた屋根は重力に従い、まっすぐにセロ達に降り注いだ。

「セロっ! ……守りの力よ、顕現せよ! ソリッドウォール!」

 果たして、早かったのはイヴが唱える声か、セロ達の上に積み上がるガレキか。

 ガラガラガラ……と大きな音を立て、地響きを生みながら、ガレキはセロ達の姿を隠していく。

「……スフェラ? スフェラっ!」

 レクスが顔色を変え、叫ぶ。だが、その声は天井が崩れ、ガレキが積み上がる音にかき消され、誰の耳に届く事も無かった。

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