第十九回 雨月

 紀和を抱いた。

 久しく触れていなかった肌である。小麦色だった肌は白くなり、肌のきめは細かい。この肌が、睦之介は好きだった。

 今は、隣りで寝息をたてている。寝顔などを見ていると、まだ未通女おぼこの娘のようだが、年々その女らしさは増している。

 睦之介は、視線を天井に移した。

 夜半。堤小路の大須賀邸は、既に寝静まっている。聞こえるものは、雨戸を揺らす風の音ぐらいだ。

 二日後の重陽の節句に、楊三郎と立ち合う。

 酒と菊、そして父の首は、楊三郎からの伝言だと受け取った。それは、単に会いたいという事ではない。お互い父の仇として、生死を賭す。そうした思いが込められていると、睦之介は受け取った。

 どこで立ち合うのか。その場所は指定されていないが、見当はついている。

 一貴山。城下の西に聳える小高い山。そこで、初めて人を斬り、初めて交わった。ここしかない。そう確信出来るほど、二人にとって忘れられない場所である。


(この果し合い、逃げるわけにはいかぬ)


 そう思い、赤橋や大須賀には打ち明けた。二人は一隊を差し向け、数で楊三郎を捕縛するべきだと主張したが、睦之介はそれを固辞した。

 武士には、守らねばならない一分いちぶがある。それにこれは、父の仇討ちでもあり剣客としての決闘でもある。斬るにしろ斬られるにしろ、それはお互いの剣であるべきなのだ。

 それからの数日、自らの剣と向き合うだけに日々を費やした。今日も海へ行き、黒潮灘の荒波を敵と見据え、二刻ほど三之平兼広を構えていた。

 今更修行をした所で、楊三郎との差が縮まるとは思えない。出来る事と言えば、自分の剣に何が出来て何が出来ないのか、それを正しく把握する事である。他には何もない。楊三郎の剣について考えた所で、勝つという姿には辿りつけない。運が良くて相討ちぐらいだ。

 そもそも、楊三郎は天才なのだ。以前は〔羽島道場の龍虎〕と呼ばれていたが、龍と虎の実力には大きな差がある。その上、楊三郎は京都で人を斬りに斬った。自分も怡土で実戦を重ねたが、積み上げた経験は段違いなはずだ。


(楊三郎は今頃何を考えているのだろうか)


 ふと、そんな事を考えた。

 楊三郎とは男女のように愛し合った、最愛の友である。肌を合わせ朝を迎えた事は一度や二度ではない。逢えない時には、いつも楊三郎の事を想った。

 それが今では、大須賀家の婿養子になり真っ当と呼べる暮らしをしている。楊三郎を愛しく思う気持ちも無い。

 楊三郎が京都へ旅立ち、その存在は日に日に小さくなった。紀和との出会いがそうさせたのかもしれないが、一番の要因は、目付組という生きる場所を得たからだろう。

 楊三郎との秘め事は、部屋住みとして燻っていた不満の捌け口だったのだ。今はそうはっきりと思える。父の政敵の息子と逢瀬を重ねる。その事が痛快で、父への小賢しい反抗でもあったのだ。


(ろくでもないな、俺は……)


 自己弁護のしようもない。が、誰かを踏み台にして変わる。これが生きるという事なのかもしれない。

 今の姿を楊三郎が見たら、何と思うだろうか。


(あいつの事だ。怒りもすまいが)


 ただ、一つの決断として受け入れてくれるだろう。楊三郎には、哀しいほどに賢く、そして優しい男なのだ。

 睦之介は、ゆっくりと身を起こすと、三之平兼広を手に庭へ出た。

 月もない夜。静かだった。目の前には、闇よりも暗い黒が広がっている。

 睦之介はするりと抜き払うと、正眼に構えた。

 息を低く吐き、心気を研ぎ澄ませる。目の前には闇。これを斬れるのか。深く暗く黒い。底なし沼のような闇を。

 闇に、敵意を向けた。


(斬ってやる)


 すると、急に肌が粟立った。振り払うように氣を放つが、闇は動じない。今の楊三郎は、この闇のような存在になっているのではないか。

 構えを、上段に移した。刀身に氣を込める。暫く対峙をした後、


「無理か」


 と呟き、三之平兼広を鞘に戻した。

 勝つのは至難。ならば、刺し違えるまで。死にたくはないが、これも宿星というものかもしれない。それに、身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれという事もある。

 翌日、紀和の手伝いで仕度を整えた。

 果し合いについて、紀和には今朝伝えた。相手の名は明かさなかったが、逃れ難い宿命と説明した。

 紀和は何か言おうとしたが、睦之介の表情を見て珍しく口を噤んだ。勝気で物怖じしない紀和でも、伝わるものがあるのだろう。


「行くのか」


 大須賀が私室に現れて言った。


「ええ。約束は明日ですが、ここからは一人で」

「そうか。今更止めても無駄だろうな」


 睦之介は、申し訳なく黙礼した。自分が死ねば、大須賀家は跡継ぎを失ってしまう。その事について、弁明のしようがなかった。


「それより、探索はお進みですか?」


 睦之介は話題を変えた。


「人手が増えたのでね」


 父の首が発見されると、睦之介は赤橋に申し出て、自分の手下を大須賀に編入させていた。それは、こちらの探索は必要がないと思ったからだ。後は、自分と楊三郎との問題である。


「加藤楊三郎の背後にいる者を探っておる。だがな、恐らく我々が手を出せない存在に行き着くだろう。まぁ、そうなる前に執政府からの命令で探索は終了になるはずだ」


 そう言うと、大須賀は皮肉な笑みを浮かべた。大須賀も、背後に種堅がいると睨んでいるのだ。


「出来るだけ捕えます」

「無理はせん事だ。危うくなれば逃げろよ」

「はい」


 出立は昼前だった。見送りは紀和一人である。その表情は、ついぞ見なかった悲しげな色があった。

 言葉は口に出ず、紀和が俯いた。死ねば、紀和は泣くだろう。そして、この女には涙は似合わない。


(負けられぬな)


 睦之介は紀和の頬にそっと触れると、力強く頷いて踵を返した。


◆◇◆◇◆◇◆◇


 城下から西に向かった。

 九月九日の重陽の節句は明日である。急ぐ事は無いと、睦之介はゆるりと歩いた。故郷の風景。これが最後になるかもしれない。そう思うと感傷的にもなるが、


(いや、俺らしくない)


 と、考えるのを止め、鼻を鳴らした。

 途中、逸平の墓に寄った。大城戸おおきどの三丁目にある曹洞宗の寺院である。逸平の墓は、墓地の隅にあった。新しい花が添えられている。他家に嫁いだ妹が毎日来ているという。

 妹は兄にに似ず物静かな娘で、逸平は睦之介にめあわせたかったらしい。しかし身分が釣り合わない事で諦め、同格の家に嫁いでいる。

 睦之介は線香を上げて、したたかに手を合わした。


(お前の仇討ちでもあるな)


 そう語り掛けた。逸平は楊三郎が嫌いだった。その楊三郎に斬られたのだ。さぞ無念だった事だろう。そうさせた責任は、紛れもなく自分にもある。父の護衛に推挙しなければ、逸平が死ぬ事もなかった。原因を自分が作り、楊三郎が殺した。そう思うと、謝罪の言葉もない。

 此処に来る途中、鴨井家の屋敷を覗いた。平士の一般的な屋敷だが、今は締め切り静かにしている。喪に服しているのだ。

 逸平は部屋住みだった。家督を継いだ兄の世話になり、厄介者として扱われていた。特に兄嫁が邪険に扱うらしい。逸平は酔うと、その愚痴を何度も口にしていたのを覚えている。


(あの頃は逸平がいて、楊三郎もいたな)


 不平不満を肴にしていた。懐かしい日々である。だが、もう戻れないものでもあった。逸平は死に、楊三郎とは明日立ち合う。数年前には想像も出来なかった事だ。

 一貴山の麓にある松末村まつすえむらに入ったのは、日暮れ近くの事だった。この村の庄屋を務める次郎衛門じろうえもんは、父が何かと世話をした男で、睦之介とも見知った仲だった。その縁を頼りに、宿を乞うたのだ。

 次郎衛門は睦之介の来訪に驚いたが、藩命で立ち寄ったと言うと、快く受け入れてくれた。睦之介が通されたのは、広大な庭の一角にある離れである。怡土の庄屋は、往々にして豪農が多い。それでも次郎衛門の屋敷は一段と立派で、それが出来たのも父が色々と便宜を図ったからだろう。父は無能を憎んだが、汚職を否定したわけではなかった。それが有効な手段なら用いる。父は、そうした清濁は併せ持つ男だったのだ。

 次郎衛門が申し出た酒宴を断り、睦之介は飯を運ばせた。

 白飯、山菜の煮つけ、鮎の塩焼き。特に鮎は、〔落ち鮎〕と呼ばれる子持ちの鮎で、その味は抜群だった。鮎は焼き方が肝要らしいが、これは見事な焼き加減である。鮎の旨味を殺さぬ塩加減もまた絶妙だ。


(末期の飯としちゃ満足だな)


 早々に床に就いた睦之介が目を覚ましたのは、戸を叩きつける雨音でだった。

 まだ暗く、払暁までは随分と時があるだろう。身を起こした睦之介は雨戸を開けると、冷気を含む夜風が身体を凪いだ。


(明日までに止むとよいが……)


 線の細い雨だ。長雨になる事は無いだろう。そう思って空を見上げると、重たい雲の切れ目から、朧げな月が顔を覗かせた。

 雨月――。

 それを見た者には、不吉な事に見舞われると言われている。だが、それは迷信だろう。睦之介はそうしたものを一切信じてはいない。思えば父もそうだった。

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