二十歳、初夏 3

 部屋の照明を少しだけ落として掛布団は蹴落とし、ベッドの上で縺れ合うように互いの身体を弄る。哲はいつもよりずっと大胆だ。哲がどうしたいのか、流れに任せてみたらいつの間にか哲が上になり、長いキスをくれた。

「…タイセイも、」

 唇を離し艶やかに濡れた唇で遠慮がちに呟いた哲に頷いて見せると、哲はそのままもぞもぞと下の方に移動した。まだ一度も出してなくて硬いままのオレを握って何度か擦り、それからちらと覗かせた舌で先端を舐めた。

 肘をついて上体を起こしその様子を眺める。哲はそんなオレを一度咎めるように睨んだけれどその視線はオレを煽るものでしかなかった。


「ん、…んっ」

 自分の方が感じてるように声を漏らしながら、哲が夢中でオレを高めようとする。時折口を離してははぁはぁと肩で息をし、またオレを咥える。オレはこれでイく気はないから快感を追うのはじっと我慢だ。しばらく続けてそのうち自分への刺激が欲しくなったのだろう、哲が動きを止め、熱っぽい瞳で困ったようにオレを見つめた。

「おいで」

 手を差し伸べると素直に戻ってきて、オレの胸にぺたんと倒れこむ。触れ合う下半身の熱を感じ互いに微妙にそこを擦りつけ合いながらじゃれ合いのような言葉を交わす。

「ねぇ。もしかしてオレ、下手?」

「え、なんで?」

「タイセイ、全然イク気配がない」

 顔を上気させながら拗ねる様子がかわいい。

「はは。だって、我慢してるから」

「なんでー?」

 今度は大袈裟な抑揚で言ってきゅっと不満げに眉を寄せる。遠慮なんてしなくていいのにって目が訴えてくる。

 違う。そういうわけじゃないんだ。

「おまえの中でイクほうが、気持ちイイじゃん」

 髪を梳きながらそう言うと哲はうっとりと目を細め、満足そうに微笑んだ。


 哲の反応を見ながら後ろをゆっくりと解きほぐす。そろそろかなと指を抜いたら哲が物足りなさそうに喘いだ。もう大丈夫だ。

 枕元に放っておいたゴムの箱に手を伸ばす。ここに来る前にドラッグストアで買ったばかりのそれは当然未開封で、先に封を開けておかなかったことをひどく後悔した。滑る指先でまどろっこしくフィルムを剥がそうとするオレの手元を哲がじっと見つめている。

「ごめん、ちょっと待ってな?」

「そこにあるやつじゃダメなの?」

 特に切羽詰まってるって感じでもなく純粋に不思議そうな顔で哲が聞いてくる。確かに枕元のティッシュケースの横にはゴムが非常に手に取りやすい感じでちゃんと置いてあった。

「ん?んー。まぁ一応こだわりが」

「こだわり?」

「サイズとか。…薄さとか」

「ふ、サイズって」

 …突っ込むとこそこかよ。

 意識が僅かに冴えた拍子にようやくフィルムのとっかかりが剥がれた。はやる気持ちを抑えつつふたを開けて中身を取り出すと、哲が急に身体を起こした。何だか目が輝いている。

「ねぇ、それ、オレつけてみてもいい?」

「え?別にいいけ、…え?」

 どういうことだ?と身構えたら哲がぐぐっと顔を顰めた。

 しばらく無言で見つめ合う。言うべき言葉が見つからない。

「…。オレが!タイセイに!だよ」

「あ、あー。うん。そういうこと」

 あからさまにほっとしたオレの手からゴムの個包装を奪い、哲は怒ったように続けた。

「なんだと思ったんだよ?そんなわけないだろ!」

「あはは、うん、そうだよな」

 哲が自分につける、とか。一瞬想像してしまった。うん、そんなわけないよな。

 そんなわけない、という認識がちゃんと一致してよかったと心底安心する。そうでなければとんでもない大問題だ。


 哲は袋に入ったままのゴムを目の前に掲げて、慎重な手つきで封を切った。それからやっぱり慎重に、そっと中身を取り出す。少しでも引っ掻いたら破けてしまうとでも思ってるみたいだ。

 いつもの乱れ具合からは遠いその初々しさに、初めてのときはオレもこんな感じだったかなと思い出してみる。

 いや。オレはとにかくかっこつけたくて、事前にひとりで何度か練習したよな。高校生の小遣いからすれば決して安いものではないから、無駄にしないように真剣に気合を入れて練習した。

 オレも十分初々しかった。そしてその記憶の中に哲の存在があることを不意にとても愛おしく思う。


「表とか裏とか、あるんだっけ」

「まぁ、あるけど。裏返しになってたことなんてないよ」

「…ふぅん」

 

 袋から出したままの向きで哲がそれをオレの上に乗せ、ゆっくり丁寧にふちを伸ばしていく。あんまり真剣で色気のある動作でもないのに臨戦態勢は微塵も緩まない自分が可笑しい。しっかり根元まで被せたら哲が顔を上げて答え合わせをするみたいに小さく首を傾げた。

「オッケ、よくできました」

 言いながら、ベッドに哲を押し倒す。乾いてしまったところにローションを足して、ゆっくりと哲の中に入った。



 熱い粘膜に包まれて、繋がって一緒に頂点を目指している時間はとんでもなく気持ちよくて堪らない。

 最後の開放を貪欲に求めながらずっとこのまま続けていたいっていつも思う。

 

「ん、あっ…、ん…」

「哲、声、大丈夫だよ。今日は」

「は、あー、あぁっ!や、」


 決壊したみたいに哲の口から声が漏れ始め、オレは更にそれを促すように張り詰めたモノに手を這わせる。

 びくんと大きく身体を震わせた哲が、必死で耐えている。

 いっぱいに満たされていると感じられるこの時間を身体のなかに留まらせておこうと必死でもがいてるみたいだ。 


「あ、あ、あぁっ」


 だけどきっと本当に止まってしまったら苦しくなるんだ。

 だからやっぱり進み続けて求め続けて、足りなくなったのなら何度でも繰り返し、満たし合って。

 そうして時間を重ね続けて行った先の景色をまた一緒に見られればいい。

 

「タイセイ、も、ダメっ、いく…っ」

「ん、んっ」


 溶け合えないってわかっているからせめて刻み付けるように腰を打ち付ける。

 そんな乱暴な欲求さえも受け止めてくれる哲の身体を強く抱き締めて。 





 短くて激しかったセックスが終わってすぐ、哲はうとうとと微睡み始めた。オレは頃合いを見て枕元のファイルを静かにめくる。

 延長料金、とかそういうのが、あったような。上乗せ分ぐらいならオレが出すって言ったってきっと許されるよな。

 と思ったのに、動きに感づいた哲がわずかに首を上げて、時間になったらちゃんと起こしてよ、と早口で言った。まったくどこまでも真面目な奴だ。

「ん?んー」

 曖昧に返事をしてついでに優しく髪を撫でたりなんかして誤魔化しておく。深い眠りに落ちてしまえばこっちのもんだ、オレも寝ちまったとかなんとか後で言い訳すればいい。

 窓のない部屋は外の世界から断絶されているみたいで、たまには少しだけ、こんなタイムカプセルみたいな場所に二人で閉じ籠っておくのもいいと思った。

 

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そんな日常 まやの @mayano

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