第7章 顛 末 ~蛇足のエピローグ~

──知らない方が幸せという事実もある。

──聞かなければ良かったと後悔することもある。

──そして、今ならまだ間に合う。考え直せ……。






「あーあ。もう少し観光したかったなぁ」

次第に遠くなる、幾分黄ばんだ白い惑星を窓越しに眺めながら、みのりは唇をへの字に尖らせた。こういう仕草がいちいちカワイイ。そして、それを素でやってしまうところが恐ろしい。いや、素じゃないか……。

「観光って……。金星には名所旧跡は全然ないでしょう?」

「そりゃそうですけど。だって、3ヶ月ですよ。3ヶ月! 往復を考えて1年以上かかった仕事ですよ。それなのに滞在が3ヶ月も無いなんて!」

「最短で済んで良かったんじゃない? 少し遅れたら次の便までさらに3ヶ月よ。その間、何してるの?」

「そりゃあ──。えーっと、そうだ! 精神的に疲れたをして、有給取って傷心旅行をするんですよ。各緯度帯の浮遊都市全部回って」

「はぁ? 何よそれ?」

「もちろん、恭子さんも行くんですよ。一緒に」

「いや、遠慮しとく……」


大抵、この子とペアを組む時はこんな感じ。アタシがいいように振り回されている。でも、騙されちゃいけない。彼女は天然なんかじゃない。とてつもなく腹黒──あ。

「思い出した! ケブラーの防護服プロテクトスーツを用意したのはあなただったわよね」

「えっ? そうでしたっけ?」

「とぼけないで! あの後、作戦資料を確認したんだから」

「だ、ダメですよ。資料は来る前に全部消去しとか無いとぉ」

「ふふん。国連本部ジュネーブにいる査問委員会の友達から聞き出したのよ」

「あ。ズルい」

「どう? 言い逃れはできないわ。つまりアンタは、あたしの服がボロボロになるのを承知でスカイダイビングさせ、それにあの熱血漢が気づいて急降下するのをはかったでしょう。そして、彗星の正体を気付かせようとした……」

「ま、まあ。結果オーライだったわけだし──」

「それだけじゃない! アンタ……降下時に無線も意図的に切ったでしょ。遠隔で」

「え? そんなことは──」

「何なら、帰ってから事後報告用として操作記録の開示請求をしてもいいのよ」

「えーっと。あのぉ──てへ♡」

「そんな顔が通用するのは腑抜けた男相手だけ。同性にやってもムカツくだけだからね」

「……チッ」

本性が出た。みのりは〈ニアリーイコール〉の中でもかなり腕利きの活動員エージェント。合気道の腕前も中々らしい。でも、彼女の得意なジャンルは、良く言えば頭脳戦。身も蓋もなく言えば騙し合いの策謀。そういうのを身内に発動するのは、ホント──止めて欲しいわ。


「それに──アタシの事をスパイだとか何とか言い触らしてたでしょ!」

「あれは仕方ないんですよぉ。共和国側の首謀者も不明だったし、ウチの部隊に内通者がいた可能性もあったし。──揺さぶりをかけてみるしかないでしょ」

南緯20度帯20 Degree Southの風邪騒動も同じ理由?」

「あれは耐圧PP遺伝子核酸導入トランスフェクションの副作用です」

「ウイルスベクターはアデノ随伴ウイルスAAV: Adeno-associated Virusでしょ? 危なっかしいもの使ったわね」

「発現は一過性だから大丈夫ですよ。科学諮問委員会SAG: Scientific Advisory Groupの承認も得てます。なんなら、魚崎博士に尋ねてみて下さい。委員会に出席してた筈ですから……」

「えっ⁈ あの人、SAGのメンバーなの? じゃあ、今回の作戦の立案者なの?」

「あれ。言ってませんでしたっけ?」

そういって、みのりはペロリと舌を出した。腹立つぅ。


国連UNの非公認組織〈ニアリーイコール〉。その前進は遠い昔、核兵器の製造方法を敵国に渡した科学者集団にまで遡る。軍事力はもちろんのこと、新エネルギーや飛躍的な科学技術の進歩など、国家間、地域間のパワーバランスが崩れる状況は過去に幾度となく生じ、そのたびに世界的な危機が訪れてきた。〈ニアリーイコール〉はそれらの地域間のバランスを取って、文字通り『ほぼ同じ』状態を作り出すための組織。

簡単に言っちゃえば、なんだけど、企業レベルはもちろん、国家レベルだと複雑な利権が絡み合い、その行為自身がキナ臭い紛争の種になっちゃう。だから、『各国はセッセと仮想敵国を出し抜く最新技術開発に精を出しなさい。バランスが崩れそうになったら、超法規的な世界機関が勝手にするから』っていう仕組み。

今回の任務は特に厄介だった。技術を再分配するのは簡単だけど、数量が限られる資源の分配は難しい。それも今回は、人間が──人類が作ったモノじゃないと来た。


今回の件が全てが終わった後、帰りの軌道間輸送船OTVの中でみのりから始めて聞かされたのだけど、〈ニアリーイコール〉で対処方針を決める科学諮問委員会SAGの決定はこうだったそうだ。


『捨てちまおう──』


勿体ない──と思うのは簡単だけど、この決定にはアタシも賛成。人類の今の技術が順調に進んだとしても、あの〝遺跡〟の製造には数百年かかるというのが科学諮問委員会SAGの見解。確かに、ルバコフРыбако́в効果による陽子崩壊反応は無尽蔵のエネルギーを生み出して、人類にとってはとても魅力的なものなんだけど──って、あれ?

〈箱船〉の部品として連邦共和国が秘密裏に発注した陽子崩壊反応炉を、〈スキップジャック〉に作り替えてしまったのはDr.魚崎だけど、共和国側の計画や行動を逐次伝えていたのはみのりよねぇ?


「ひとつ尋ねていい?」

「なんですか?」

みのりはニコニコと笑顔で応える。やっぱり、この子、ちょっと腹が立つ。

「みのりは〈スキップジャック〉の本当の機能を知ったのはいつなの?」

「本当の機能って?」

「宇宙船のエンジンとか言う……」

「ああ。えーっとですねぇ──。怒りませんか?」

両手を合わせて上目遣い。媚び仕草が堂に入っている。

「う。うん、怒らない……」

「実は、最初からでーす」

「アンタと言う奴は!」

「これは私の所為じゃないんですよ。恭子さんはおとりの役回りだったから、もし共和国政府に捕まって尋問を受けたら脳指紋走査機BFスキャナで調べられる可能性もあったわけでしょ。そこで、『〝水汲み作戦〟で運ばれた〈スキップジャック〉はモノポールを消し去るための装置だぁー』とか『宇宙に飛び出した後は何も残らないぃ』とか白状されたら計画丸つぶれじゃないですか。だから、『陽子崩壊反応装置だ』っていう事だけ脳内に入力インプットしてですね──」

「だ・か・ら──」

頭に来た!

「──アタシを勝手におとり役にしたのは、アンタでしょ‼」

「あれー。怒らないって言ったのにぃ」

悪びれる様子も無く、どちらかというとアタシを咎めるような言い方で、また、唇を尖らせる。

「私は〈レッド・ランタン〉勤務だから自由に動けないんですよ。どうしても引っ掻き回すおとり役は恭子さんにやってもらわないと駄目なんです」

「それでアンタは座ったまま遠隔操作で指図してたってわけ?」

「それが仕事ですから」

言い切っちゃってるし。

「これでも大変なんですよ。色々と……」

「ふーん。例えば?」

「例えば──、そうですねぇ。〈収水〉で写されたレーダー画像を、消した痕跡が微かに残るように消去したり──」

「面倒くさそうな作業ね……」

「GPSのサーバにハッキングかけたりとか──」

「はぁ。自演乙って話ね。──なるほど、分かったわ。そういう腹黒い謀略はアンタにしかできないわね」

「あ。何か、すごーくイヤミに聞こえるんですけどぉ」

実際、イヤミが9割なんだけどね。


「で──」

今となってはどうでもいい事だけど、興味があったので聞いてみた。

「──共和国側の〝遺跡〟強奪の首謀者って誰だったの?」

「ああ。グラシアGracia大佐ですよ」

「……誰? それ?」

「えーっと、あの体がとても大きな……。〈箱船〉に後から乗り込んで来た……」

「ええっ‼ あの巨漢筋肉男⁈」

「そうです」

吹き出しそうだった。名前から女性だと想像してた。

「何で分かったの?」

「直接聞いたんですよ」

「そんな──。答えるわけ無いでしょ……」

「尋問されたんです」

「どうやって尋問したの?」

「いえ。尋問んです。尋問したんじゃなくて」

「それは──どういう意味?」

「管制室にソフィアさんと一緒にグラシア大佐も来たんですよ。12番浮遊基地フロート・ベースの擬装位置情報を元に戻した時に」

「ええっ! 作戦がバレたの⁉」

「いえ……。私も最初はそう思って血の気が引いたんですけど──」

「アンタでも血の気が引くことがあるのね」

「えー。酷いなぁ。私のことを血も涙も無い、冷血美少女みたいに言ってぇ……」

『うん。そう思ってる』

──と言いたいトコだったけど、グッと我慢した。っていうか、この期に及んで自分のことを〝美少女〟とか言ってるし。確かに見た目はそうだけどねぇ。

ちなみに、ソフィア──ソフィアСо́фьяヴォルドリンВолдоринは今回の件の最重要監視人物のひとり。共和国エネルギー管理委員会──略称RERCのエネルギー開発推進官Senior Officer for Energy Development Programだ。彼女が金星の遺跡の欠片を〝遺跡の欠片として〟認識したところから、この騒動は始まったと言っていい。金星に駐留する各国の部隊を巻き込んで、金星中の地表を捜索させたのも彼女だ。

「──でも、『そう思って』と言うことは、そうじゃ無かったってことでしょ?」

「ピンポン! 当ったり」

ムカつく奴。仕事中のカマトト振りを見せられているから、余計にムカつく。

「で? ソフィアに尋問されて何で分かったの?」

「ソフィアさんに尋問されたのは上沢小尉です。私が尋問されたのはグラシア大佐です」

「ふぅーん。で?」

「大佐はですねぇ、『遺跡の場所に気付いたのか?』──と聞いてきたんですよ」

「そこ。声色真似しなくていい。似てないから」

「でも、それって変なんですよ。ほら、あの時点では、共和国政府の自立歩行探査機ドローンのGPS情報は暗号化されSECRETになっていて、グラシア大佐率いる駐在部隊はおろか、RERCの司令部──ソフィアさん達も知らなかったんじゃないかなぁ?」

「へぇー。ってことは、『GPS情報がSECRETだった』──とか言う話はアンタの創作じゃないのね?」

「あ。また酷いこと言ってる。私はそんな嘘つきじゃありません。それにその、ぶりっ子な声真似も似てませんから」

自分のことを嘘つきじゃないっていう人が一番の嘘つきでしょ。まったく。でも、みのりの場合、嘘をつくのが仕事だからね。しょうがないか……。

「ハイハイ、わかったから。んー、でも変ねぇ?」

「何がですか?」

「GPS情報の暗号化がアンタの仕業じゃないとしたら、誰の仕業なの?」

自立歩行探査機ドローンを提供したソフィアさん達です」

「でもおかしいじゃない? ソフィア達がGPS情報を暗号化したのなら、さっさと解読デコードして読み出せばいいじゃない」

「読み出しましたよ。場所はセレス・コロナCeres Corona周辺。でも、そこには〝遺跡〟は無かったんです」

「えっ? その場所は──」

「はい。地表降下部隊アタッカーズ降下目標ポイントです。ソフィアさん達が秘密裏に散々探した場所に降下しようという計画でしたから、ソフィアさん──それはそれは、とっても怖い顔して作戦会議ブリーフィングに出て来てましたよ」

その話をニッコリしながら話すアンタの方が怖いわっ!

「それで南緯20度帯20 Degree Southのロシア隊が出張でばって来てたわけね? でも、なんでそこに〝遺跡〟は無かったわけ?」

「グラシア大佐率いる北緯30度帯30 Degrees Northの駐在部隊が、自立歩行探査機ドローンの暗号化されたGPS情報に、さらに疑似情報を付加したんですよ」

「暗号を解こうとせずに、別な暗号を付加したってこと?」

「まあそういうことですね。司令部のソフィアさん達は〝遺跡〟の位置が特定出来たら、自分達だけでコッソリ採掘にいくつもりでしょ? 汗だくで働いた各地の駐在部隊には、その情報を教えず、多分、見返りも無いわけです。そりゃ、グラシア大佐もいい気はしませんよね?」

「それは──そう、そうよね」

アタシはアンタに散々振り回されて、同じ気分を味わっているんだけど。ちょっとばかり、あの大男に同情するわ。

「──でですね。グラシア大佐はその大事なお宝を奪い取ってやろうと考えたわけです」

「どうやって?」

「暗号化された位置情報に更に細工をして、間違った場所を掘らせるんですよ。そして、間違った場所から正しい場所を導きだす──」

「どういうこと?」

「座標変換ですよ。GPSの暗号化でA地点はB地点と変換される。ソフィアさん達は暗号を解読出来るから、B地点と聞けば『A地点が正しい場所』と答えを出せる。だから、B地点と出た情報に予め(B+1)地点と偽った情報を付加するんです。すると、ソフィアさん達は『(A+1)地点が正しい場所』と答えを出す。でも当然そこに〝遺跡〟は無い。グラシア大佐達はソフィアさん達が(A+1)地点を掘り始めたことを確認して、『正しい場所はA地点だ』と突き止めたんです」

「ややこしい話ね。──で、アンタはそのことに言及したと?」

「はい。〝遺跡〟の正確な位置と、『自立歩行探査機ドローンに探査ウイルスを仕込んだのは私だから、何でもお見通しよ』って」

この子、本当に楽しそうに言うわね。

「でも、自立歩行探査機ドローンの操作を乗っ取られる間際に、よくそんなウイルスを仕込めたわね……」

「ああ。あれは嘘です」

「はぁ?」

この子……本当に楽しそうに嘘を言うわね(怒)。

自立歩行探査機ドローンの提供が各部隊に始まった段階で、サッサと解析して暗号形態も解読してました。金星各地に散った自立歩行探査機ドローンの作業内容は、ソフィアさんより私の方が把握してたと思いますよ。ちなみに、私が操作した自立歩行探査機ドローンを乗っ取ったのはソフィアさん達司令部の仕事で、その後の回収作業はグラシア大佐率いる駐在部隊の仕事です。司令部は位置情報だけ手に入れたら、その後の尻拭いは全部、現地の駐在部隊に任せちゃってるんです。そりゃ、怒りたくなりますよね」

──アンタが言うな、アンタが!

「でも、私のこの交渉術で、強硬手段は回避されたんですよ。グラシア大佐にIDを白状さ──いや、教えてもらって、〈箱船〉に我々地表降下部隊アタッカーズ向かうって情報を出したんです。上沢小尉が図書館にやってきたのは想定外で、ちょっと危なかったですけど、結果オーライだったでしょ?」

『交渉術? 脅迫じゃないの?』と思わずイヤミのひとつも喋りそうになったけど、結果的にみればそういうことになる。

もともと今回の作戦は、完成間際だった〈箱船〉の強奪作戦だった。国連本部から最初に出された勧告リコメンドは確かにそうなっていて、作戦の実務を担当することになった長田大尉は、そのつもりでメンバーを構成している。単に〈箱船〉を破壊するだけなら簡単なことなんだけど、完全消滅が必要。さらに消滅の事実を、〝遺跡を〟奪おうとした双方の陣営──いや、今後参入するかも知れないあらゆる組織に対して『もはや〝遺跡〟はどこにもない』と最初から諦めさせなければならない。ホント……面倒くさい仕事よね。

「結果オーライだったからいいけど、そのタイミングで強奪作戦の中止は難しかったんじゃない? 〈レッド・ランタン〉から通信したら、私たちの作戦がソフィア達にバレちゃうし……。第一、電波が届かない位置だったでしょ」

「はい──って言うか、中止命令を出したのは恭子さんですよ」

「アタシが? いつ?」

浮遊基地フロート・ベースに降りた時に……」

「あ? あれがそうなの?」

「はい。私からのお願いでした♡」

「ええっ⁈」


思い出した。浮遊基地フロート・ベースに着陸し、アタシが〈マンタ・レイ〉の貨物室カーゴルームから降りようとした時、〈ニアリーイコール〉で使う暗号電文がスレート端末に届いた。『どうやって、こんなとこまで命令書が届くの?』と思ったものだが、同乗してたみのりからのものだったんだ。いいようにこき使われてるなぁ──アタシ。

確かに浮遊基地フロート・ベースのパラボラアンテナから暗号文を出せば、他の浮遊基地フロート・ベース経由で地表の何処へでもピンポイントで通信できるし、出力も大きい。通常なら、それらの通信は無条件で〈レッド・ランタン〉を始め、上空の浮遊都市にも送信されるのだけれど、それをカットできる裏通信モードのパッチも含まれていた。その時は疑問に思わなかったけど、今から考えれば、そんな事出来るのは、確かにみのりくらいしかいない。

アタシはその電文を、みのりが作ったものとは気付かないまま指示に従い、浮遊基地フロート・ベースの補助通信室に潜り込んで送信した。受け取り先は分からなかったけど、長田大尉宛だったんだろう。

「え? それって、もしかして、国連本部からの修正勧告エディット・リコメンドをアタシが出したってこと?」

「えーっと、そういうことになるかなーって思──ううっ」

アタシはみのりの首を絞めた。

「アンタは、そういう重要な決定事項をアタシにやらせて、失敗したら、『私は止めたのに恭子さんが勝手に──』とか言って逃げる気だったでしょ‼」

「そ──そんなことするわけがないじゃ、うう、無いですかぁ」

みのりなら、得意の護身術でアタシの首締めなんて直ぐに外せる。現にアタシの掌の中に指を挟み込んで血流が止まらないようにしながら、首を絞められて苦しんでいる〝か弱き乙女のフリ〟をしている。手を離すとケホケホと咳き込むフリ。


ああぁぁーー、腹が立つ。


「ちゃんと理由があるんですよぉ。中止命令は浮遊基地フロート・ベース地表降下部隊アタッカーズには伝えられるけど、浮遊基地フロート・ベース内には伝えられないんです」

「アンタが直接伝えればいいじゃない」

「そんなことしたら、姫島軍曹に私達の正体がバレちゃうじゃないですかぁ!」

「…………」

──それは確かにそうだった。

「だからですねぇ。姫島さん達にとっては、修正勧告エディット・リコメンドによって取り消されるまでは最初の勧告リコメンドが──長田大尉の命令が生きているんです。その中にわざわざ飛び込んで行ったらどうなると思います?」

「拘束されるか、運が悪ければ……」

「でしょ、でしょ。だから私は、強奪作戦中止の修正勧告エディット・リコメンドを恭子さんに任せて、より危険な任務の方を買って出たんですよ。それなのに恭子さんは──」

「そこ。泣きマネしない」

「──あれ? バレちゃいました?」

はあぁ。怒りを通り越して、笑いが出てくる。こうやって相手の心のやいばを曇らせるのもこの子の常套手段なんだけどねぇ。

「ハイハイ。──って言うことは、あの未確認機アンノーンはアンタが飛ばしてたってわけね」

「〈マンタ・レイ〉中で自律飛行経路を算定してました。恭子さんの修正勧告エディット・リコメンド送信をトリガーにして発進するようにしておいたんです」

「ふーん」


結果的には、みのりの策謀がまんまと当たり、地表降下部隊アタッカーズによる強奪作戦は中止されて、グラシア大佐率いる駐在部隊への支援作戦──見かけ上は──に切り替わり、私達は、姫島軍曹が未確認機アンノーンの処理が最優先と判断したために開放されたわけで……。

確かに無血でこの難局を乗り切ったんだから、あんまり怒るわけにもいかない──か。

「──ということは、あのミサイルを避けた操作も、アンタの仕業?」

「そうです。巧いでしょ!」

この子は遠隔操作は何でも巧いのよねぇ。彗星に偽装した〈スキップジャック〉降下時の、ビッグ・ハンド回避操作なんて神業だったし。でもね──。

「ふふーん。でも、着地には失敗したようだけどね」

「えっ⁉ あれはワザとですっ!」

「へぇー。そうは見えなかったけど?」

「えーっと……風を読み切れませんでした」

「やっぱり」

ヘンなところで、見栄を張る子ね。

だけど、〈マンタ・レイ〉みたいな飛行船ならともかく、気流が乱れた90気圧大気中の崖越えで、通常の輸送機を無事着陸させるのは誰でも至難の業。逆噴射装置も衝撃緩衝袋体SABAも無しで〈ブラック・タートル〉を着陸させた上沢少尉の方が異常なのよね。

「でもですねぇ、あの未確認機アンノーンのお陰で、私たちは無事に〈箱船〉に辿り着けたんですから」

「無事──とは言い難いけど」

「いいえ。〝無事に〟です」

「グラシア大佐の乗るRERC機からミサイル攻撃を受けてても?」

「ええ。グラシア大佐が私たちの〈ブラック・タートル〉を攻撃したのは、先行する未確認機アンノーンを攻撃した私たちを、司令部側のスパイか何かと思ったからです」

「それなら尚更、アンタが遠隔操作する未確認機アンノーンの所為で、私たちは危険な目にあったんじゃないの?」

「えーっと、じゃあ、反対に考えて下さい」

「反対に?」

「もしも、未確認機アンノーンが無くて、最初にグラシア大佐のRERC機が浮遊基地フロート・ベース脇を通過したとしたらどうなります?」

「──未確認機アンノーンの時と同じように、姫島さん達を乗せて〈ブラック・タートル〉で追撃に行くことになるでしょうね」

「その時、姫島さん達が同じように、放射霧の中のRERC機を攻撃したら?」

「RERC機は回避しきれないかも……」

「例え一撃目を回避したとしても、当然、反撃してくるでしょう。双方で撃ち合いになるのは避けられません」

「それは、先行する未確認機アンノーンがいてもいなくても同じじゃないの?」

「姫島軍曹は後続のRERC機を攻撃してません。飛んで来たミサイルを回避するため、フレアとチャフをバラまいただけです」

「あ──」

確かにそうだった。あの好戦的とも思える人が、防衛に徹していて反撃していない。

「──どういうこと?」

「先行する未確認機アンノーンへのミサイル攻撃は、〈箱船〉にいた地表降下部隊アタッカーズにも察知され、長田大尉もそこで気付いたんですよ。姫島さん達に修正勧告エディット・リコメンドによる作戦変更が伝わっていないって言うことが」

「それを伝えたのが、あの暗号電文ね」

「そうです。だから、ミサイルを回避した後、『我々は敵ではない』ことを、後続のグラシア大佐たちに伝えることが出来たんです。もしも、未確認機アンノーンがいなくて、姫島さん達がRERC機と交戦を開始したのが先だったら、姫島さん達に修正勧告エディット・リコメンドが届く前に、どちらかが──下手をすると双方が被弾していたと思います」

「そう──かもね」

「そうなんです」

そう言われてみればそんな気もするけど、何か騙されている気がする。

「ただまあ、本当のことを言うとですねぇ──」

「なに?」

「──グラシア大佐のRERC機がくるのが、予定時刻よりちょっと早過ぎたんですよねぇ。思わず『もう来ちゃったんですかぁ』って言いそうになっちゃいました」

「予定時刻って、アンタが呼んだの?」

「もともと、グラシア大佐たちは〈箱船〉の試運転時にはやってくる予定だったんです。それに合わせての強奪作戦でしたから。ほら、『遺跡を奪おうとした双方の陣営』に、遺跡は完全に消えてしまったということを示さないと、今回の作戦は終わったことにならないでしょ?」

「ははぁ。じゃあ、もう一方の陣営──ソフィア達司令部側を呼び寄せたのはアンタの仕業ね?」

「何のことです?」

「私たちの乗った〈マンタ・レイ〉に発信器を取り付けたでしょう? それでソフィア達に位置情報を伝えた……」

「そんなことしてませんよ。あれは谷上中尉が付けたんですよ」

「谷上中尉って副官の人ね。へぇー、そうなんだ」

「そうです」

「──じゃあ、質問を変えるわ。谷上中尉に『地表降下部隊アタッカーズに合流するため〈マンタ・レイ〉二番機を強奪する計画があります』とか言って、発信器を取り付けさせたでしょう?」

「そんなことして──」

「通信記録見る?」

「──しました」

息するように嘘をつくな! それに、仲間を騙してどうするのよ。

「それが元で、最後は死にそうな目に会ったじゃないのよ‼」

「てへっ♡」

「『てへっ♡』じゃないわよ。アンタはさっさと『私は人質だったんですぅ』見たいな感じで〈箱船〉から逃げ出しちゃうし……。ホント──自分の逃げ道は、抜け目無く確実に確保するのね」

「でも、その後の長田大尉と谷上中尉の誤解を解いたのも私なんですよ。大変だったんですから」

「それは自業自得っていうものよ」


「ところで──」

アタシは作戦の初期から気になっていたことを聞いてみることにした。

「──今回の件で、上沢小尉を巻き込む必要はあったの? アタシが研究者として地表降下部隊アタッカーズに参加すれば、それで事足りるじゃない。あるいは、最初から長田大尉に全部任せちゃっても良かったんじゃないの?」

「それはですねぇ。どちらにも属さない中立的ニュートラルな人物が必要だったんですよ」

中立的ニュートラル? 上沢小尉は北緯30度帯30 Degrees North所属でしょ?」

「上沢少尉は今回、初の金星勤務なので、金星の共和国政府と何のしがらみもありません」

「それを言うなら湊川少尉も同じでしょ? 3ヶ月前から勤務しているとは言え、身辺を洗った結果では共和国政府とは特段の接点は無かったようだし……」

「実際に接点が有ったか無かったかじゃないんです。そう見られる可能性があることが問題なんですよ」

「そんなもんなの?」

「はい。仮に──、仮にですよ。今回の件が何らかの形で公になった時、裁判で中立的ニュートラルな立場で証言してくれる人が必要なんです。上沢小尉は共和国政府、RERC司令部、その駐在部隊、そして、ある意味、北緯30度帯30 Degrees North所属の我が隊にとっても〝部外者〟足り得るんですよ。もちろん、〈ニアリーイコール〉との接点も全くありません」

「え? じゃあ、彼は裁判対策なわけ?」

「そこまで言うと言い過ぎなんですけど──、要するに、どの陣営から見ても〝抱き込めない人物〟が必要なんです。損得で動かない人物って言うか、説得や買収が面倒くさそうで、そういうことをすると、買収工作が全部外にバレちゃいそうな人物が……」

「それって──」

アタシは深く溜息を付いた。

「──単に馬鹿正直ってことじゃない」

みのりはにっこり笑ってこう言った。

「えーっと、一言で言えばそういうことになりますねぇ」

「……分かったわ。アンタの腹黒さは底なしだわ。心底、彼に同情するわね……」

「愛情じゃないんですか?」

「何馬鹿なこと言ってんのよ‼」

「あれー? 違うんですか? 上沢小尉とは息ピッタリって言うか、よくハモッてたじゃないですか。そっか、行動心理学のミラーリング効果ですね。そういう手口で接してたんですね」

「いや──、アンタとは違うから」

──わ、話題を変えた方がいいかしら?


「そっ、それにしても──」

「それにしても?」

「──〝遺跡〟が完全消滅しちゃったのは勿体なかったわね。ちゃんと管理できるなら、人類の宝になった筈なのに……」

「それは大丈夫です」

「何が──大丈夫なの?」

「今回の作戦は、『遺跡の完全消滅』が目的じゃありません。『遺跡の完全消滅』を関係者全員にが目的です」

「同じことなんじゃないの?」

「厳密には違います。要は、いいんですよ」

そういって、みのりは首から下げていたペンダントをヒョイっと持ち上げた。金色の、多分黄鉄鉱の塊らしき──えっ?

「それは、もしかして……遺跡の欠片⁉」

「えへっ♡」

そこで笑顔はいらない。

「どこから持って来たのよ」

予備降下プレ・アタックで切り取った遺跡から抽出しました。モノポールの格子間吸蔵率が90%を超える逸品ですっ!」

「それってRERCの駐在部隊に、自立歩行探査機ドローンもろとも回収されたんじゃないの?」

自立歩行探査機ドローンは回収されましたけど、その前に切り取ったのは私です」

制御系を乗っ取られて勝手に自立歩行探査機ドローンが動き出したって言うのは──嘘?

「また──自作自演をしたってわけね」

「仕事ですから」

そこも笑顔はいらない。

「いーや、違う。それは仕事に入ってない。その遺跡の欠片がまた争いを生むわよ」

「大丈夫です。このことは私と恭子さんしか知りません。それに──」

「それに?」

「恭子さんが〈箱船〉から回収した、改造ncノンコーディングRNA遺伝子を持つ磁性細菌Desulfovibrio Magneticusを活用しないと、モノポールは有効に取り出せません。で、ですねぇ──」

「何?」

「──私と手を組みませんか? 個人的に」

背筋が凍った。みのりは笑顔のままだけど、策謀家の目になってる。背中から悪魔のような闘気オーラが見える。これがこの子の本性なんだ。

「い──、いいえ──、え、遠慮しておくわ」

「そうですか。それは残念ですぅ」

闘気オーラは一瞬で消え去った。

「分かってもらえて、う、嬉しいわ」

「手を組みたくなったらいつでも言って下さいね。それと──」

「それと?」

「──このことは2人の秘密ですよ♡」


これから3ヶ月間の冷凍睡眠コールド・スリープの後、アタシは再び起きられるのだろうか?

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