第5章 発 動

「なんだこれは⁈」

崖下にあるはずの〝遺跡〟は無かった。正確に言えば金星軌道メーザー高度計VOMAによる地形図からの情報では、水平200メートル四方、5階建てのビルらしきものが見えてくる筈だったのだが、それを覆い隠すが存在していた。姫島は〈箱船〉という『〝遺跡〟を囲む周辺施設』があると言っていたので、遺跡を取り囲むように隣接した施設が建てられているのだと思っていた。思い込んでいた。施設は、遺跡に被せられていたのだ。

同時に、そんな巨大な施設が、我々や共和国政府にも気付かれずにどうやってここに建造出来たのか?

地球からの物資輸送は、各国の検査官の監視のもと、3ヶ月に一度の軌道間輸送船OTVでしか運搬されないというのに、どうやって建設資材を調達したのか?

さらに付け加えると、姫島らが所持していた装甲兵携帯式地対空ミサイルAMPADSなど、合法的に入手できる筈のない武器が何故存在するのか?

それらが一挙に分かった。


「コイツはあんときの──〝水汲み作戦〟の時のじゃないか」


水汲み作戦Water-Drawing Mission〟──金星での俺の初任務ファースト・ミッションであったそれは、氷の彗星を空中でキャッチする単純な作戦だった。彗星の全てを大風呂敷ビッグ・ハンドで捕まえたはずが、バレル・ロールでするりとかわした氷の塊。そして、それを雲海の向こうから待ち受けるかのような、レーザー・レーダーの照射。むろん、そんなものが自然の氷の塊のわけがなかった。黒い岩肌に取り付いた白いその周辺施設──〈箱船〉は、おそらく反射する光が雪氷と同じになるような擬装ぎそうをしたあったのだろう。こうして見下ろしても、氷山がそこにあるかのような錯覚に陥る。氷の彗星と共に降下していた時は、実際に本物の氷をまとっていたのかもしれない。

風防ウィンドシールド越しに上から見た限りでは、崖下に氷山の一角が地中から生えているようにしか見えず、〝遺跡〟そのものは全く見えない。

先に降下した地表降下部隊アタッカーズのものと思われる〈マンタ・レイ〉はそいつに寄り添うように翼を休めていた。おそらく、アンカーで固定され、下部ハッチから〈箱船〉に与圧連結されている筈である。脇には浮揚軽量車エアロスピーダーが一台見えるが、周囲に装甲兵アーマードソルジャーなどの影はない。もっとも、裸足で出歩ける場所ではないから、他の隊員はほとんどは施設内に留まっているのだろう。

ちなみに、RERCの装甲兵員投降機APDはまだ到着していない。どうやらこの〝ウサギと亀〟の勝負、俺たち〈ブラック・タートル〉の方が先になりそうだ。


「ひぃっ‼」

みのりちゃんが切り詰めた悲鳴を上げる。おおっと、そうだった。俺と御影恭子は現在の状況を予想していたが、みのりにとっては不意打ちだったかもしれない。いや、きっとそうだったのだろう。

平面的で〈ブラック・タートル〉の風防ウィンドシールドで、ほぼ真下の施設が見える状況というのを想像してもらえば分かると思う。俺たちは今、俯角60度程で急降下中なのだ。いきなりの積雲下降流ダウンバーストが発生したわけではない。いや、そもそも積雲が存在しない金星表面でダウンバーストが発生するわけはない。

ちなみに、実際の下降流はそこまで急に吹き下ろされているわけではない。俯角40度くらいだろう。意図的に操縦輪Control Wheelを操作し、速度を維持している。ここまでくると制御された墜落より、下手に高度を保とうとして起こる失速ストールの方が怖い。

仮に高度を何とか保ったとしても、正面にある回転流ローターに突っ込めば、頭を押さえ込まれ、バスケでダンクシュートされたボールみたいに地上に落っこちるだろう。


「こっ、高度、300……290……280……」

みのりちゃんが墜落へのカウントダウを始める。こちらで見ているレーザー測量機LIDARはセンチメートル単位で高度が分かっているから、わざわざ読み上げる必要はないのだが。

「──ここだな」

レーザー測量機LIDARが崖下に発生した渦巻きを捉える。崖から離れ、かなり風下まで流されている段階だが、〈ブラック・タートル〉の足が届かないほど離れているわけではない。むしろこの方が好都合だ。少しばかり操縦輪Control Wheelを引き起こし、タイミングを測る。あとはの要領で前に移動すればいい。

「200を切りました‼ 190……180……」

頭上を回転流ローターが通り抜けていく──いや、逆だ。〈ブラック・タートル〉がその下を通過中なのだ。操縦輪Control Wheelをさらに引き起こし、回転流ローター下部に入る。追い風だから墜ち易いが、降下に伴って貯めた速度の貯金を使って凌ぐ。機体はガタガタと揺れていて、地球上なら〝木の葉のように〟となる場面だが、揺れの質としてはあたかも遊園地の木馬のように優雅だ。

「170……160……このままだと墜ちますよ! 未確認機アンノーンみたいに」

みのりちゃんは半ばパニックになっている。こいつが操縦桿を握りたがらないのは、こういう状況が苦手なのだろうと察しがついた。遠隔では冷静に対処出来て優秀な新兵が、現場では取り乱してしまうということは良くある。もちろん、その逆もある。人それぞれだ。

みのりとは対照的に、御影恭子は落ち着いたものである。俺の操縦と視線の先のデータを確認しながら、やっていることを理解しているようだ。まあ、コイツは〈収水〉から躊躇なく緊急脱出をするようなヤツなのだから、肝が座っていると見るべきだろう。

「みのりちゃん──」

「なっ、なんですかっ‼」

すっかりテンパって、叫んでいるとも怒っているともつかない声でみのりが返す。


「──これが山岳波ウェーブだよ」


        *  *  *


静寂が来る。

「えっ?」

みのりが目を丸く──してたと思う。振り向いてまで確認してはいないが。高度低下は止まった。いや、僅かに降下しているが、この機体でこの降下速度はあり得ないほどだ。もう少しばかり回転流ローターの上なら滑翔ソアリングも可能だったかもしれない。金星の濃密な大気は、この亀のような機体さえ支えることが可能なのかと、少しばかり驚いた。中々面白い──が、今回は遊びではない。安全に地表に舞い降りるのが任務だ。滞空時間を競ってもしょうがない。

機械式のフラップをここで出す。どうせ使い捨てだ。使わないのは勿体ない。緩く右旋回しながら、着地ポイントを探す。崖下は地面の凸凹もあまり無く、どこに降りても支障は無さそうだ。6輪ある地上走行用のタイヤは、横に展開すると多かれ少なかれ空力制動Air brake効果を発揮するので、とりあえずは胴体下部にくっ付けたままにしておく。本物のカメムシだって飛行中は足を引っ込めている筈だ。──確認はしていないけど。

本来、〈ブラック・タートル〉の着地時には自動で衝撃緩衝袋体SABAを展開するのだが、気流を読んで軟着地ソフトランディングさせれば、そのまま6輪で走りだすことができ、展開後の袋の回収手順と時間の節約になる。ここは手動で回路を切っておくことにする。


「後方にRERCの装甲兵員投降機APD

「分かってる」

みのりちゃんは元の冷静さを取り戻していた。〈ブラック・タートル〉はゆっくりと右旋回して、降下時の時と比べてほぼ直角──山岳波ウェーブによる上昇流リフトを辿りながら崖と平行に飛行している。〈箱船〉と呼ばれる一連の施設は、右手1キロメートル弱の距離に見えているが、側面から見ても〝遺跡〟そのものは見ることができない。〈箱船〉によって完全に覆われているようだ。RERC機は崖を左側に迂回して進入してきたから、現在の位置関係としては〈ブラック・タートル〉の後方から近づいてくることになる。ただし、機影はまだまだ遠く、ここから7~8キロメートルは離れているだろうか……。

それに、例え彼らが我々と同時に同じ場所に降りたとしても、彼らは地べたを走る足を持っていない。この勝負。やはり俺たちの勝ちのようだ。

「あれは何?」

副操縦席の御影恭子が右手9時の方向を指差す。〈箱船〉の手前から土煙が上がっているのが見える。高速移動物体だ。

浮揚軽量車エアロスピーダーが、RERC機に向かってます」

カメラ映像で捉えたみのりちゃんが答える。さっき上空で視認したあの車両だろう。

「RERC機にだって? こっちじゃないのか?」

「──いえ。違うようです」

意外だった。俺たち3人は勝手に押し掛けただけだから、出迎え無しでも仕方がないが、〈ブラック・タートル〉の貨物室カーゴルームには正式な地表降下部隊アタッカーズである姫島ら装甲兵アーマードソルジャー隊が乗っている。そのことは放射霧を挟んだ一連の通信で分かっている筈──なのだが?

浮揚軽量車エアロスピーダーはもう1両ある筈だが?」

確か、浮揚軽量車エアロスピーダーの操縦士は正副合わせて4人いたはずだ。普通に考えれば2両編成で降下していたと考えるべきだし、故障することも考えると、やはりもう1両、どこかにあると考えられる。

「ここからは確認できません」

我が軍の〈ブラック・タートル〉ではなく、RERC機に用事があるとするならば、先に撃墜──撃墜でいいのか?──された未確認機アンノーンにもう1両は行っているのかも知れない。

「RERC機に向かっている浮揚軽量車エアロスピーダーの装備は?」

「何の装備ですか?」

「だから、迎撃用の装備は?」

「えーっと……、表面上は何も──」

何も……無い? 迎撃目的では無いのか? ああそうか。姫島は、彼らに対する『攻撃は中止』と言っていた。じゃあ未確認機アンノーンは何故落ちたんだ?

ふーむ。分からん。分からんが、考えるのは着陸してからだ。


降着装置ランディングギア──いや、走行輪を展開する」

衝撃緩衝袋体SABAは?」

御影恭子は疑問形で聞いて来てはいるが、こちらの意図は理解しているらしい。手動で回路を切ったことも確認しているだろう。

「いや、必要無い。そのまま地上を走る」

了解ラジャー

「ギア・ダウン」

「ギア・ダウン」

〈ブラック・タートル〉の車輪ギアはあくまで地上走行用ではあるが、非整地場も高速で走れるよう、車輪角度をつけることができ、車軸を立てた場合は着地時にそれが開くことで、緩衝装置ショックアブソバーの役目を果たす。車軸は上下だけでなく前後にも動かせるので、前輪を前方へ、中輪と後輪を後ろへと延し、前脚ノーズギア主脚メインギアに分ける。形状としてはますますカメムシっぽくなった感じだ。脚を下方に降ろしたことで少し気流が乱れるかと思ったが、それほどでもない。

下げ翼角25度フラップス トゥエンティ・ファイブ……じゃなかった、20ツー

「フラップス、ツー」

こいつは小型機扱いか……そりゃそうだな。

高度30メートルワン・ハンドレッツ

「ワン──、決心高度ミニマムはこれでいいの?」

御影恭子が復唱リピートの代わりに疑問を呈す。

「気圧が90倍だからな。正直、俺も分からん──」

嘘をついても仕方がない。偽らざる気持ちを話す。

「──だが、降下中に大気状態は把握した。これでいい」

確証はない。だが、これでいいことは分かる。何故分かるのかは俺にも分からないが、これでいい。それに、決心高度ミニマムも何も、〈ブラック・タートル〉はグライダーなんだから、着陸チャンスは一度きりだ。

計器正常ノーフラッグス

計器正常ノーフラッグス──EGPWSがうるさいけどね。」

強化型対地接近警報装置EGPWSは崖を越えた後、一瞬だけ黙っただけで、後は喋りっぱなしだ。『高度30メートルワン・ハンドレッツ』も俺と同時に言っている。軍用機にはこんな野暮なものは付いていないのだが、〈ブラック・タートル〉も建前は民間機だから、法律上、付けなければならない。高度確認はもうコイツに任せてもいいんじゃないかな?

『フィフティ──』

『トゥエンティ──』

警報音と共にEGPWSだけが喋り続ける。崖越えでその役を自ら買って出ていたみのりは、既に腹を据えたのか、はたまた気絶寸前なのか、黙りこくっている。

どうでもいいが、航空機着地の時だけ計器がフィート単位になるとか、いい加減、前世紀までで終わらせるべきだったと思う。


『テン──』

手探りで機首上げフレア操作を行う。また、通常はあり得ない操作だが、走行輪を空中で回転させ飛行速度と同期シンクロさせる。地表には滑走路があるわけではない。荒涼たる──いや、荒熱たる荒れ地が広がっているだけで、その中に降りねばならない。幸いなことに、接地面の凸凹は数センチ単位に収まっているようで、これなら車軸の緩衝装置ショックアブソバーで吸収できる範囲だ。もしかすると、地表降下部隊アタッカーズ──あるいは施設を作った先遣隊? ──が整地したのかもしれない。滑走できそうな地面は意外と長く数キロメートルは同じ状態だ。着地したと同時に走り出せば、右折しながら〝遺跡〟まで走り出せる。走行輪の同期シンクロはそのためだが、下手に制動ブレーキをかけてしまうと、勢い余って前方宙返り──そこまでいかなくとも数回バウンドした挙げ句に横転という可能性もある。無理に短距離で止まる必要は無い。

空母に着艦する時のように本気で短距離着地をするならば、オプション可変翼の前面に付いている逆噴射装置が使える。下げ翼フラップ同様、一度使ったらお終いの噴射装置。簡単に言えば固形燃料がノズルに埋め込まれているだけの代物で、正確に言えば逆噴射装置リバース・スラストではなく逆進レトロロケットだ。

また、もしもバランスを失い、前転や横転しそうになった時は、そもそも使う予定だった衝撃緩衝袋体SABAを展開すればいい。これなら余程の段差が無い限り機体は無傷だ。もっとも、その場合は、RERC機に先を越される可能性が高くなる。RERC機の動向は気になるが、まずはちゃんと降りてからだ。

地面効果グランド・エフェクトによる〝浮き〟はほとんど無かった。〈ブラック・タートル〉の滑空比が空飛ぶ煉瓦レンガ並みなのと、オプションの可変翼が機体上部に取り付けられているという、いわゆる高翼機に属しているためだろう。走行輪の回転によるマグヌス効果が、地面効果グランド・エフェクトを相殺している可能性もある。最初は揚力減少翼スポイラーの使用も考えたが、全く必要なかった。


機首上げフレア操作後、数秒で右後輪が接地ランディングする。反動で前後に暴れるようなことがあれば、即座に衝撃緩衝袋体SABAを展開するため、誤操作防止カバーが付いたままの手動展開ボタンに軽く手をかける。そのまま軽くジャンプし、再び後部両輪が接地。軽く沈んだ後、前輪も接地した。制動ブレーキがかかっている感覚はない。走行輪の同期シンクロは上々のようだ。いつもの癖で逆噴射装置に手が行くが、状況からして全く必要が無いことにすぐに気付く。

思った通り──いや、思った以上の完璧な着陸ランディングだった。

「上沢少尉は──」

後方から言葉を無くしていたみのりちゃんが声をかけてくる。

「──無次元化した風が見えるんですか?」

「何? 何だって?」

「む──いや、なんでもないです」

かと言われれば、飛行機乗りなら多かれ少なかれ誰でも見えている。見えなければ空は飛べない。ただ、俺にはみのりの言っている言葉の意味が見えなかった。


充分にスピードが落ちたところで車軸をほぼ水平にし、通常走行に切り替える。操縦輪がそのまま使えるから簡単。方向舵ラダーを操作する必要も無い。大きく右折しながら〝遺跡〟へと向かうなだらかな丘を登る。オフロード車に乗っているような感覚でもあるが、クッションの効いた無気圧エアーフリータイヤと、1立方メートル当たり100キログラムを超える濃密な大気による浮力の所為で、トランポリンの上を走行しているような感覚だった。翼は広げたままにする。仮に地面の起伏で横転しそうになっても、翼があればそれがつっかえ棒になって防げるだろう。もっとも、実際には横転するような事態は発生しなかった。それどころか、凸凹の極端に少ない丘で、パウダー状の土に多少足を取られる軽微な問題以外は何の支障もなかった。しばらくしてからおもむろに翼閉操作をするが、下げ翼フラップが少しばかりはみ出してしまう。元が使い捨てだから仕方ない。着脱ボタン一発で切り離すことは可能だが、走行に支障が出るわけではないのでそのままにする。

〝遺跡〟は──いや、それを取り囲む〈箱船〉は、近づけばかなり大きいものであることが分かる。〝遺跡〟自身が水平200メートル四方なのだから、それ以上に大きいのは当然であるが、幅はほぼそれと同じだとしても、崖に平行に500メートル近い壁がそそり立っていた。材質は白い硬質セラミックのように見える。雪氷のように見えたのはそのためだ。ところどころに窓らしきものがあり、銀色の鈍い光を放っている。〝水汲み作戦〟時に取り逃がした塊はここまで大きくはなかったので、彗星に偽装して建材を運ぶ作業は、一度だけではなく、過去に何度も行われたのだろう。そうでなければ、短期間にこれだけのものが作れるとは思えない。

残り100メートル付近まで近づき、おもむろに貨物室カーゴルームにアナウンスを入れる。

「当機は間もなく目的地に到着します。皆様、降機こうきの準備を──」

ネタで言ったつもりが、この段階でハタと気付いた。

「──俺たち3人はどうやって地面に降りればいいんだ?」


        *  *  *


話は単純だった。要するに〝地面に降りなければよい〟のだ。


「よし、そこだ。格納扉が見えるだろ」

「あの掩蔽壕バンカー口みたいなやつか?」

「ああ、そうだ」

姫島はそういうと、俺が〈ブラック・タートル〉を停止させる前に飛び降りた。同時に杭瀬と千船も降車する。バックモニターで確認すると、姫島が正面で杭瀬は左、千船は右に展開する。降車戦闘の教範きょうはんに載せたいくらい基本的で流れるような動作ではあるが、ここに敵はいない。いや、いないと信じたい。

装甲兵アーマードソルジャー3馬鹿トリオ隊』の地上実戦の動きを見るのはこれが始めてだったが、なるほど、動きに無駄がなく、それでいて全周囲に目を光らせている。戦車隊の随伴歩兵スカウトとして彼らがいれば百人力だ。もっとも、〈ブラック・タートル〉は兵員輸送車なのだから、歩兵を守りつつ前線に送り届けるのが仕事だ。逆に歩兵に守られていては本末転倒もいいところ──ではある。


我々が止まったのは、〈箱船〉の〝端〟の方だった。見知らぬ巨大建造物を前にしてどっちが端なのかといえば、『よく分からない』と答えるしかないのだけれど、幅200メートル、長さ500メートルの建物ならば、幅の狭い200メートルの方が端であろう。『幅200メートル』と言った段階で、既にこちらが端であると思い込んでいる証拠だ。

〝遺跡〟は天面が平らな正方形であるらしいのだが、それをすっぽりと隠す〈箱船〉の天井は半円状をしている。一言で言えば、かまぼこの形である。おそらく耐圧のための形状であろう。ただ、かまぼことしては、端の方から見ればなだらかな太鼓橋の断面のように見える。そこに格納扉が付いていれば、否が応でも掩蔽壕バンカーが連想されるのは当然のことだろう。

ちなみに、もう一方の端には地表降下部隊アタッカーズの〈マンタ・レイ〉が置かれている。思うにこの施設は、左右対称の構造をしていて、向こう側にも格納扉があり〈マンタ・レイ〉と直結されているのではないかと想像できた。

姫島は扉脇の操作盤を、手首に内蔵された小型電動肢サブ・マニピュレーターで器用に操作し、十秒もしないうちに扉を開けた。突風が吹かないところを見ると、気圧差は無いようだ。ただ、温度差による陽炎かげろうは僅かに発生している。扉が上がり切ったところで、杭瀬と千船は中に入り、姫島が入り口で手招きをする。スパイの嫌疑をかけられていた身としては、閉め出しを食らうことも覚悟していたが、恩を仇で返すほど姫島は悪いヤツではなかった。もっとも、RERC機からの攻撃を防いだのは姫島らであり、どちらが恩を受けているのかははっきりしない。ここは素直に中に入ることとしよう。

──と言うか、入らなければ、数十分で相転移吸熱体PTHAが完全に無くなり、丸焼けになるのは必至だ。


俺は扉の前に横付けした状態で止めていた〈ブラック・タートル〉を超信地旋回させ、中へと向かう。〈マンタ・レイ〉の〇二まるふたハッチの時とは違い、この扉は横幅は広いが上下が狭い。車軸水平のままそろそろと高さ制限マックス・ヘッドルーム3.2メートルの扉を越える。毎回毎回、円盤円錐ディスコーンアンテナが邪魔だな。

入った先は奥行き10メートル程度の気閘室エアロック──いや、側面にデカデカと洗車場CARWASHと落書きが書いてある。構造上、この部屋は気閘室エアロックの筈だが……なんだこれ?

〈ブラック・タートル〉が入り切ったところで、外部扉が静々と閉まり、温度と気圧が下がり始め、排気ポンプに直結しているであろう換気ダクト口周辺から盛大に陽炎かげろうが発生する。ここはやはり気閘室エアロックのようだ。ふと見ると、姫島らはメインの内部扉の脇にある小さな非常用あるいは脱出口エスケープ・トランクを開け、中に入ろうとしているところだった。

「おい! 何処に行く⁉」

行動が怪しい。施設外に置いてけ堀を食らわなかっただけマシと言うものだが、ここに幽閉されたままというのも困る。ここまで来た意味がない。

「心配するな。内部扉が開けば、そこから降りられる」

「お前達は何処に行くんだ」

「そこで装甲を脱ぐと減圧症になるからな。俺たちは耐圧PP: Pressure Proof人間と違うんだ」

そう言い残すと、『装甲兵アーマードソルジャー3馬鹿トリオ隊』は回線を閉じ、扉の向こうに消えてしまった。さらに何か聞き出そうと考える前に、〈ブラック・タートル〉の風防ウィンドシールド越しの景色の異常さに気付く。盛大に発生していた陽炎かげろうはそれほど広くはない気閘室エアロック全体に蔓延していた。瞬く間に陽炎かげろうという状態を超え、得体の知れないザワザワとした状態になっていく。それだけではない。換気ダクト口からオレンジ──いや、茶色と黒も混じった気体ガスが流入してきている。4つあるダクト全てからだ。その色は上空の硫酸雲とも明らかに違うものだった。ラマン分光装置で常時計測されている大気組成を確認するも、ほぼ二酸化炭素100%の状態は相変わらずである。

「何だ! どうなってる⁈」

──と騒いだのは俺だけで、みのりにさとされた。

「温度と圧力が下がっているだけです」

「いや。これは明らかにヘンだろ」

「超臨界流体状態……。ケイマン海溝の熱水噴出煙突チムニーで見たことがある……」

俺の突っ込みに御影恭子がひとり言のようにつぶやく。

「えっ? 海水の超臨界ですか? じゃあ、水深3000メートルを越えてる場所で?」

みのりちゃんが興味を示す。


──面白くない。俺だけ置いてけ堀かよ。


あたりはほぼオレンジ色に染まる。2人が平然としているところを見ると、どうやら極当たり前の状況のようだが、これでいいのか?

みるみる間に周囲が泡立つような状態になって、どんどん暗くなる。泡風呂に潜ったような状態にも思えるが、泡が見えるわけではない。第一、泡だらけならあたりが白くならなければならない筈なのだが、夕暮れのように暗くなるのはどうしたわけだ。

「大丈夫──なのか?」

「〈ブラック・タートル〉の外殻は炭素繊維強化樹脂CFRPと超耐熱セラミックタイルですから腐食はしません──多分」

「多分かよ!」

つい本気でみのりに突っ込みを入れる。あたりは一瞬真っ暗になったかと思うと、再び明るくなった。よく見ると風防ウィンドシールドに水滴が付いている。

洗車場CARWASHというのはこういう冗談ジョークか?」

 あまり趣味の良い冗談ジョークとは言い難いな。

「ええっと、おそらくですけど、これは本当に洗浄のための処置かもしれません。臨界蛋白光Opalescenceがこれだけはっきり分かるには、温度と圧力を臨界点付近に調整しないといけませんから……」

後から聞いた話だが、普通我々が吸っている空気も、超臨界流体と見なせるのだそうだ。いくら圧力をかけても、からなのだそうだが、小学生の頃から気体だと教えられている俺にとっては何のことかサッパリ分からない。まあ、今後、死ぬまで役に立たない知識のような気がする。

「んー。なんだかよく分からんが、これから精密部品工場に入るわけじゃないぞ」

「そういう実験をしているんじゃない?」

御影恭子が隣から茶々を入れる。そういえば、〝遺跡〟の御本尊というのは、モノポールとか言う素粒子で、硫酸なんとか菌が作り出した微小磁石に大量に囲われている──とかなんとかいう話だった。細菌が作り出した結晶体みたいなものだとすれば、それは集積回路ICと同じで、それなりの空気清浄室クリーン・ルームが用意されているのかも知れない。この場合、工業製品用途なのかバイオ用途なのかよく分からん。それ以前に、ずっと地表で──5億年もの間! ──埋もれていたものを、いまさらクリーンに保ってどうするのか? 科学者の考えることはさっぱり分からない。

風防ウィンドシールドについた水滴は、下に流れ落ちる前に蒸発した。むろん、それは本当の水のしずくではない。液化した二酸化炭素だ。水と違い、湯気のような白いもやが発生しないから分かり辛いが、もうもうと盛んに蒸発している──ようだった。

モニター画面を見ると、〈ブラック・タートル〉は、知らぬ間に、液化二酸化炭素の中に半身を沈めている。だが、その水位──正確には、液化二酸化炭素位──もみるみる下がって行く。排水溝──正確には、排液化二酸化炭素溝……くどいな──らしきものは見当たらないから、全てが換気ダクトから気体として吸い上げられているようだ。相手が水なら、こんな方法で水溜まりが勝手に蒸発することは無い。

──いや、俺がまだ新兵だった頃、地球静止軌道上のステーション事故で、真空中に数秒間放置されたことがある。あの時は瞬間的に口内の唾液が泡立ったのだった。その後数日間、頭痛と関節痛に悩まされた。姫島の言っていた『減圧症』治療のため高圧治療室タンクに入ったのは、後にも先にも、あの時限りだ。


気圧が空抜0メートル高度──すなわち、0.7気圧まで下がり、酸素主体の無窒素雰囲気に換装される。気温20度。センサーでチェックする限り、ヘルメット無しでも問題無さそうだが、用心のため被って出るべきかと思案していた時に、前方の赤色灯が回り、内部扉が開き始める。

結局のところ、俺はヘルメットを被ることなく外に出ることになる。扉が開いた向こうに、長田大尉──小隊長殿おやっさんが笑顔で立っていたからだ。


        *  *  *


「よく来たな」

それが小隊長殿おやっさんの第一声だった。〈ブラック・タートル〉を降りて直接聞いたわけではなく、スピーカー越しだったが、普段通りの声で安心する。随分と久しぶりに聞いた気がするが、よく考えると地表降下部隊アタッカーズ出立しゅったつしてからまだ2日も経っていない。

「さっそくだが、3番駐機場に入れてくれ。後続が来る」

了解ウィルコ。──後続というのは?」

「エネルギー管理委員会のお客さんがくる。お前も見ただろ」

「お客さん? それは、どういう──」

「話は後だ。降りてから説明してやる。ここまで来たなら、色々と知りたいことがあるだろう」

「は、はい」

それは──そうなのだが、話が複雑そうだ。

そもそも俺は、共和国エネルギー管理委員会RERCのソーニャから尋問を受けた身なのだが、小隊長殿おやっさんの口からRERCの話が出たとなると、地表降下部隊アタッカーズの今回の作戦は、実はRERCにも伝わっていて──いやいや、それなら、ソーニャが〈レッド・ランタン〉の管制室を占拠してまで調べる必要がどこにあるんだ? 


駐機場は、洗車場CARWASHという名の気閘室エアロック内部扉の向こうに、左右に分かれて3列。合計で6番まで存在していた。微速前進で洗車場CARWASHから駐機場に進むと1番に浮揚軽量車エアロスピーダーが入っている。一機はRERC機を追いかけて外に出ていたから、残りの一機だろう。〈ブラック・タートル〉の赤外線前方監視FLIR: Forwaed Looking Infra-Red装置の見立てでは、帰って来たばかりでまだ温かいようだ。2番は空だが1番と同様、ホバー特有の走行跡が熱として残っている。4番、5番は空き。6番はどこから入れたのか、自走式の人員輸送モジュールPTM: Personnel Transport Moduleが置いてあった。

直線で中央の通路を走り、超信地旋回。戦闘機の機動マニューバほどではないにしても、楽しいな、超信地旋回。もっとも、これで遊んでいるわけではなく、前方の人員輸送モジュールPTMがはみ出しているので、こうでもしないと3番に入れられない。ピタリと停止させるのが難しい浮揚軽量車エアロスピーダーをここに入れたくないのはよく分かる。

制動せいどうをかけてメイン電力を停止。再び乗ることはまず無いだろうが、シャットダウンも手順通り行う。面倒だといいながら、やらずに終わるのは気持ち悪い。操縦席コックピットから外部への出入り口は、後方左側。みのりが座る後部座席の横に、軽い割には潜水艦並に分厚いハッチがある。両手で開閉ハンドルを回すと微かに減圧の音がした。上部手すりに手をかけ、反動をつけて足から飛び出る。ここから外に出るにはこの方法が一番早い。その後にみのりちゃんが、茶室のにじり口から出てくるみたいに、正座しながら行儀よく出てくる。

さっきまで460度の高温に晒されていた〈ブラック・タートル〉の外壁は、ほんのり熱気を帯びているだけだった。外壁に使われる超耐熱セラミックは、千度を超える高温で赤く焼いても、その直後に素手で掴めるほどの熱遮断能力を有している。とは言え、この急冷却は驚異的だ。おそらく、先ほどの洗車場CARWASHでのが一役買っているのだろう。

2人揃ったところで、小隊長殿おやっさんに敬礼──おっとヘルメットは被っていないんだった。小隊長殿おやっさんもおもむろに敬礼を返す。

「よく来たな──」

二度目の小隊長殿おやっさんの言葉。

「──で、ここに来たのは、そこの研究者の調査依頼か?」

「そこの?」

と言って振り向くと、御影恭子がハッチから顔だけ出してこちらを見ている。

「いえ。捜索です」

「捜索? 誰が行方不明になったんだ?」

『貴方です』……とは言えなかった。


地上に──いや、上空に残された管制室の面々が地表降下部隊アタッカーズの突然の音信不通であたふたしている間に、遭難者──生死さえ分からない行方不明者とされた当事者がそれを知らないのだ。『大丈夫ですか?』というのもはばかられるほどピンピンしている。

『管制室が占拠され──』というのは報告すべき事項かもしれないが、その相手がよりにもよって、今ここに来るという共和国エネルギー管理委員会RERCのメンバーなのだから、この場、この時に報告すべきか判断に迷う。しばらく逡巡した後、何か言おうとした矢先、

「それについては既に解決しました。詳細は後ほど報告します」

とみのりちゃんが話す。まあ、確かにと言って間違いはない。

「そうか」

小隊長殿おやっさんは一言いって、それ以上のことは追求しなかった。どちらかというと、所属がはっきりしている我々2人ではなく、後ろの御影恭子が気になるらしい。この中では唯一の、所属不明の得体の知れない人物だ。俺が小隊長殿おやっさんの立場だったとしてもそう思う。

──いや、小隊長殿おやっさんは〝水汲み作戦〟の時、彼女に『協力しろ』との命令が来ていると言っていたから、彼女についてある程度知っているのかもしれない。


「で、そちらは?」

既に俺たちの後ろに来ていた御影恭子が、ペコリと頭を下げた。

国際生物遺伝資源センターIBRC: Internatiomal BioResource Centre遺伝子材料開発室GED: Gene Engineering Division主任研究官の御影恭子です」

「ああ。彗星に取り付こうとしたお嬢ちゃんか……」

「あの時は失礼しました」

そう言えば、彼女の素性を始めて聞いたような気がする。さらっと言っているが、何かとてつもなく高尚そうな組織だな。もし、〝水汲み作戦〟の前に聞いていたら、俺も少しは態度を変えていたかもしれん。いやいや、そんなことより、俺と接するときの態度とえらい違いじゃないか! 俺が彼女のことを『お嬢ちゃん』とでも呼ぼうものなら平手打ちのひとつも飛んできそうな感じなのだが。

「確か、磁石を作る細菌の追跡調査が目的との報告を受けている。今回もその調査の一環と考えていいのかな?」

「はい。当センターの情報解析室BID: Bioresource Information Divisionデータベースにある硫酸還元磁性細菌ncノンコーディングRNA遺伝子の発現機構プログラムが使われていると聞いて。少しばかりされているようですが……」

「ふむ。技術的な部分は担当者がいるから紹介しよう。おっと、ここで立ち話は邪魔なようだ」

小隊長殿おやっさんはアゴで後ろの扉を示す。気密保持のため一度閉じた内部隔壁扉がゆるゆると上がり、その先に浮揚軽量車エアロスピーダーが姿を現す。扉が上がりきる前に、我々は駐機場の最深部まで引っ込む。その直後、浮揚軽量車エアロスピーダーは派手な浮上音と共に4番、5番にスルスルと進入。スイッチバックで2番に停止した。操縦席コックピット風防ウィンドシールドから透けて見える操縦士および副操縦士は、我が隊のパイロット。地表降下部隊アタッカーズの正式メンバーだ。彼らがエンジン停止処理をしている間に、宇宙船の脱出ポッドを縦に切ったような後部気密室から2名が降りてくる。

俺は、みのりと顔を見合わせた。俺の顔にはおそらく眉間に立てスジが3本くらい入っていたと思う。みのりは一瞬目を丸くしたが、観念したのか何かを悟ったのか、一度だけ小さくうなずき、こうつぶやいた。

「どうしましょう?」

「いや、どうもこうもないだろ。なる様にしかならん……」


俺たち──いや、御影恭子は直接は面識が無いかも知れないが、俺とみのりちゃんはその2名を知っていた。一人は巨漢で強面こわもて将校オフィサー。共和国直轄軍の奴らが〈レッド・ランタン〉の管制室を占拠したとき、みのりを取り調べたあの将校オフィサーである。みのりちゃんはコイツに尋問を受けただけでなく、その後、コイツのIDをまんまと盗み取り、図書館のメインフレームから共和国側のコンピュータに侵入ハッキングしている。もしも、それがバレていたなら、ただで済むとは思えない。そして、それはおそらくバレているに違いなかった。何故なら、もう一人は、図書館で俺に銃口を向けた男。そして、みのりの投げでなす術もなく顔面から床に突っ伏した男である。横の将校オフィサーが大き過ぎて小柄に見えるが、なんのなんの。眼光鋭く、それなりの武術は習得してそうな奴だ。よく見るとおでこに擦り傷があり、鼻の頭に絆創膏が貼ってある。みのりはこんな奴を投げ飛ばしたのか⁉ もっとも、あの時は小柄なみのりを見てコイツも油断していたのかも知れない。俺だってみのりにあんな特技があったとは知らなかったのだが、実力が知られた以上、今度はそうは行かんだろう。

案の定、こちらに気付いた2人は、我々を──というより、おそらくみのりなんだろうが──睨みつけた。

駐機場の奥で固まっていた俺たちを尻目に、小隊長殿おやっさんは降りてきた2人にずかずかと近づき、挨拶をした後、何かしらの話をしている。浮揚軽量車エアロスピーダーの排気音がうるさくて聞き取れないが、途中、こちらの方を指差しながら顔を向けたので、我々の話もしているらしい。小隊長殿おやっさんの表情からすると、図書館でのドンパチの話が語られているとは思えないが、もしかすると、先ほどのミサイル襲撃の話なら話題が及んでいるかもしれない。

やがて浮揚軽量車エアロスピーダーの停止処理が終わり、降りてきたパイロットと共に、合計5人でこちらにやってくる。


「紹介しよう──」

小隊長殿おやっさんが外向けのにこやかな顔で話しだす。ワニがアイスクリーム食って微笑んでいるような顔で、全く似合わん。それに紹介して欲しくない。

「──こちらは、エネルギー管理委員会の監視員だ。──表向きはな」

「…………」

神妙な顔で軽く会釈をする。みのりちゃんも同じだ。不意打ちを食らわない為に相手の目を見ながらのお辞儀。昔の格闘家がやってたのを真似てみた。はてさて、どう対応したものか考える間もなく、話は続く。幸いにも、こぶしの応酬には至らなそうな気配だ。

「実際はこの実験室ラボ──〈箱船〉の提供者だ」

「──実験室ラボ、〈箱船〉ですか?」

RERCがこの施設の提供元というのも意外だったが、それを実験室ラボと呼ぶのか?

「そうだ。で、この2人が──」

「その節はどうも……」

小隊長殿おやっさんが我々2人を紹介しようとしたとき、みのりに投げられたほうの男が右手を前に出した。握手だよな。合気道とかの投げ技じゃないよな。もっとも、ここで躊躇しても始まらない。利き手は差し出さないという昔のスナイパーの真似は止めにして、素直に手を出して握手する。意外と柔らかい手だった。

「なんだ……知り合いか?」

「え? ええ、まあ」

俺が言うより前にみのりが曖昧な返事をし、俺の後に奴と握手をした。組み手の練習みたいに見えたとしても、握手は握手だ。ちなみに、もう一人の将校オフィサーとは、最初の会釈だけである。おそらく、こいつこそ、相手に利き手を預けない主義とか、そういうポリシーなんだろうと勝手に解釈した。

「そして、こちらが御影博士──」

博士と言われた御影恭子は、『どうも』とだけ言い、そのまま素直に何のためらいも無く握手した。

前言撤回。このガタイのデカイ将校オフィサーは単にむっつりスケベなだけだ。その女は美形だが性格キツいぞ──と、心の中で忠告しておく。


小隊長殿おやっさんの紹介はそれだけに留まらなかった。

「既にモノポールのは80%は終了している。初期段階で、マグネなんとかという細菌──」

走磁性細菌magnetotactic bacterium

と、御影恭子が突っ込み。小隊長殿おやっさんは右手人差し指を上に押し上げて『それそれ』と暗黙のうちに言葉を引き継ぐ。

「──そいつらの培養条件が中々厳しくて手間取ったが、今は酸性度も安定している。数時間もしないうちに最初の実験は行える筈だ」

「それは良かった──」

と、むっつりスケベの将校オフィサー

「──こちらも秘密裏に行動する事が難しくなっている。情報の流出元が特定出来ない現状では、再び同士討ちの危険性も否定出来ない」

「全くだ」

小隊長殿おやっさんが目を細めてうなづくが、俺には何を言っているのかサッパリ分からずじまいだ。だが、詳細は後で聞けばいい。おそらく〝同士討ち〟と言うのは、降下時のミサイル攻撃のことを言っているのだろう。いや、その前の未確認機アンノーン撃墜の話かも知れない。撃墜されたのかどうかは分からないが、少なくとも〈箱船〉周辺に未確認機アンノーンは到着していなかった。楽観的に考えれば、1番駐機場に止まっていた浮揚軽量車エアロスピーダーで乗組員は救助されたと見るべきだろう。そうでなければ、こんなににこやかに話が進むわけが無い。

あるいは〝同士討ち〟と言うのは、俺とみのりの図書館からの脱出劇なのかもしれない。あの時はコイツらとは互いに敵同士だった──って言うか、未だに襲撃された理由が分からないが、コイツら2人は俺たちを勝手に敵だと認識し、今また俺たちを勝手に同士だと思ってくれた──そういうことだろう。

小隊長殿おやっさんは俺たちがこの実験に関わっていることを知っているが、そこはRERCの2人と話を合わせたと考えるのが妥当だ。俺たちの身の安全のために。

ならば、ここで『何の事やら、あっしにはサッパリ?』なーんて態度を取るべきではない。折角の小芝居が台無しだ。後でこっそり聞けば済む。

そもそも小隊長殿おやっさんも、我々がここに来た理由はよく知らない筈だ。捜索に来たとか、御影博士の付き添いとか、そんなことを言われてもチンプンカンプンで、互いに詳細な話をする必要がある。しかし、それは、今、この場所では無い。


俺はその場ではそれ以上の発言をしなかった。というか、出来なかった。下手に推測で話をしてもボロが出る。それ以前に、推測するほど話の材料を持ち合わせていない。駐機場で小隊長殿おやっさんと口裏を合わせるだけの時間も無かったわけだし、ここは知っているような顔をして黙っておくのがいいだろう。みのりも、そして、御影恭子も静かだった。みのりは2人を前にして『どうしましょう?』と言ってたくらいだしな。

御影恭子が黙っている真意は定かではないが、どちらかというと、口裏を合わせる云々ではなく、実験そのものに興味があるようで、小隊長殿おやっさんとRERCの2人の会話に耳をそばだてているという風に見えた。嘘か本当か知らないが、彼女は硫酸なんとか細菌──いい加減に細菌の名前くらい覚えろよと自分でも思うが、覚えられない──が作り出す結晶体とか細菌そのものの遺伝子配列だとか、そういうものが知りたいという事で俺をスカウトしたのだから、まあ、行動としてはそれで合っている。


俺たち3人と小隊長殿おやっさんとRERCの2人、そして、浮揚軽量車エアロスピーダーの正副操縦士2人の計8名でぞろそろと、格納庫奥の気密ドアから〈箱船〉内部に入る。実験室ラボと称されるだけあって、何処かの研究施設に通じていそうな通路がそこにあった。

正副操縦士2人は直ぐ横のエレベータに乗り、別行動。地表降下部隊アタッカーズの待機室か何かに通じるのだろう。当初の捜索という任務から考えると、まずはそこに行って全員が無事かどうかを調べるのがスジだと思うが、既にその気は失せていた。

通路の左側は、恐ろしく厚みのある小窓が並んでいる。銀色の鈍い光を放っていたあの窓だ。そこから見える景色は、窓の存在意義を揺るがすほどに殺風景だ。外はオレンジ色に薄暗く、大気差現象ですり鉢状に見える岩だらけの地形が果てし無く続く。見れば見るほど心がすさむ風景である。こんなことなら、壁面ディスプレイを設置して、地球上のリゾート風景を流していた方がよっぽど良い。実際に、外惑星用宇宙船シャトルはそうなっているのだし……。

ただ、本当に見るべき窓はそっちの窓ではなかった。通路を隔てて反対側。いわゆる本来の実験室ラボ側にも窓がある。こちらの窓は1メートル四方はありそうなはめ込み式の窓が通路沿いに連なっていて、内部が良く見える。そこにはサッカースタジアム並の巨大な空間があった。グラウンドの大きさじゃなくてスタジアム全体の大きさだ。〝遺跡〟の大きさが200メートル四方であることを考えれば、〈箱船〉がそれ全体をすっぽりと覆っているというのも頷ける広さである。

外部に通じる窓が分厚いのは、外気が90気圧もあることを考えれば当然であるが、実験室ラボを見渡せる窓も相当な厚さのようだ。単なる防音・防塵窓とは思えない頑丈な作りになっている。窓の向こうには大小さまざまなパイプが縦横無尽に走っていて、何かのプラント──箱詰めされた化学プラントのような風貌であり、科学の実験室っていう感じではない。目を引くのは、中心部に陣取っている幾つもの巨大な水槽群である。おそらく中に入っているのは水だとは思うのだが、少し赤っぽくなっており、さらに、水槽自身にも透明な蓋が被せられていて実際にはよく分からない。ところどころ泡立っているようにも見える。水槽群は大小様々なダクトで繋がれており、最終的には下部でまとめられてさらに床へと続いている。当然ながら床から下がどうなっているのかは分からない。実験室ラボ内で何名か作業をしている人影がいたが、見知った顔は無かった。


「巨大な培養装置ファーメンター……いえ、生体触媒装置バイオリアクターね」

俺は横目で実験室ラボを見ていただけだったが、御影恭子は鼻息で白い跡がつきそうな程ガッツリと窓に張り付いていた。欲しいオモチャがショーウインドーにあった時の子供のような反応だ。まあ、その気持ちは分からんでも無いが、ここは通路だ。じっくり見るのは〝お客さん〟をどこかに案内した後の方がいいんじゃないか?

「残念ながら中の見学は難しいな」

小隊長殿おやっさんが足を止めて、物欲しそうに見ている御影恭子にそう声をかける。

「なん──、何故ですか?」

御影恭子は手を窓についたまま、顔だけ横に向けた。

「そこに入れるのは特別な人間だけでな」

「特別? ボストークВосток湖から採取したあの硫酸還元磁性細菌の遺伝子構造を調査DNA testingして金星硫酸雲雲核活性細菌CNAB: Cloud Nucleation-Active Bacteriaとの関連性を解明したのはこのアタシなんです! それをチェックする権利と義務がアタシには──」

「いやいや。そういう意味じゃないんだ、お嬢ちゃん──」

御影恭子の本来の勝ち気な本性が出たらしく、小隊長殿おやっさんを睨みつけている。まあ、小隊長殿おやっさんがこの程度で、ビクつくことはない。

「──その実験室ラボ内は30気圧あるんだよ」

「30気圧ぅ!」

「30気圧ぅ!」

やばい。俺まで叫んでしまった。それも何度目かの二重唱デュエットで。

小隊長殿おやっさんを睨みつけていた御影恭子の深い緑色の瞳が、そのままの勢いでこちらに向いた。とんだとばっちりだ。彼女から目を逸らすべく、俺は改めて実験室ラボを──実験室ラボ内の人を見た。装甲兵アーマードソルジャーではない。普通の人間だ。生身の人間だ。だが、30気圧と言えば、海中300メートルに相当する。とてもで到達できるレベルではない。浮遊基地フロート・ベースのある空域でさえ10気圧しかないのだ。

「あれは確か……」

知った顔が見えた。実際には良くは知らないが、ヴィーナス・アタックの作戦会議ブリーフィングの時に姫島──いや違うな。確か杭瀬と親しく話していた3名だ。そうだ、思い出した。杭瀬は機動海兵隊上がりの装甲兵アーマードソルジャー隊だから、彼らもそうじゃないかと類推したのだ。

その彼らが、揃いも揃って装甲服アーマードスーツを着て作業をしている。だが、耐圧式密閉型クローズドの服ではなかった。開放型作業機械服オープン・マシンナリー・スーツだ。作業用強化服パワーローダーと言うんだっけか? 要するにパワーショベルのような形状の腕を持った機体で、順番に水槽の蓋の調整をしている。蓋をカパッと開けているわけではないが、何らかのベント作業をしているようだ。

もちろん、彼らだけが作業をしているわけではない。言うなれば、彼らは指示通りに動く鉄の傭兵で、実際に指示を出しているのは、ヘルメットと作業着だけの研究員のようだ。小難しい顔をして水槽に付属のコンソールパネルに張り付いている。クドいようだが彼らは、深海調査で着るような完全密閉の大気圧潜水服ADSを着ているわけではない。驚くほど軽装である。強化服を着た3名のローダー使いも、は普通の作業着ツナギだ。ケブラー繊維ですら無いだろう。例えケブラーで出来ていたとしても、刃物のような局所的な圧力の分散には効力があるが、全方位的な圧力には何の役にも立たない。要するに、彼らを観察している限り、とても30気圧の中を動いているようには見えないということだ。高圧神経症候群HPNSによる吐き気、ましてや痙攣発作のような動作は一切見られな──いや待てよ。

「風邪を引いているのか?」

多くではないが、咳き込んでいるヤツがいる。音声は分厚い窓越しからは聞こえてこないが、肩を小刻みに震わせるその動作からして、まず間違いない。そういえば、作戦会議ブリーフィングの時にも咳き込んでいるヤツがいたような気がする。

「あれは一種の後遺症だ。じきに直る」

小隊長殿おやっさんはそう言い残し、ヤモリのように窓に張り付いて離れない御影恭子に愛想をつかしたのか、RERCの2人組と共に先に歩き出した。まあ、子供じゃないんだしと、俺も後に続く。みのりは後ろを気にしながら歩き出す。

「そう。そうよね」

──と、最後に残った御影恭子も、納得したのか、はたまた、酸っぱいブドウのイソップ童話さながら自分に言い聞かせたのか、その場を離れた。


        *  *  *


結局のところ、小隊長殿おやっさんから事の詳細を聞けたのは、〈箱船〉到着から小1時間ほど経ったあとの事になるのだが、それまでの間、俺たち3人がどのような行動をとったのかを先に説明しておく必要があるだろう。


俺たち3人は、長い通路の先のゲストルーム──待機室といった方が正しそうだ──に通された後、小隊長殿おやっさんはRERCの2人を連れてさっさと会合ミーティングだか打ち合わせだかに行ってしまった。もう少し歓迎してくれてもいいのにと思う反面、どうやら、基地うえでの捜索騒ぎは全く伝わっていないようだし、本来の作戦通りに事が進んでいるのなら、それはそれで良いか──という気になっていた。イレギュラーな訪問者は我々の方だ。だったら、本来の訪問者──RERCの2人の相手をする方を優先するのは理にかなっている。

俺としては彼らに殺されかけた事もあり、頭で分かっても心から納得する事はできないが、任務ではこういう理不尽なことはよくある。任務の全貌を知っているのは一握りの幹部だけで、最後まで自分が何をしていたのか分からないことだってある。

その昔、国連軍でしてた時は、よく護衛任務が回って来たものだが、自分がまもっている人物がどこの誰だか最後まで知らないってことすらあった。逆に、下手に知ると、肉体的にも精神的にも厄介事が増えたりするから、明示的に知らされないことは知らないままの方が良いことも多い。知ってもどうにもならないこともある。


──などと、俺とみのりちゃんはそれでいい。軍部に所属している以上『これは命令だ!』と言われればその中身は問わないし問えない。だが、残された3人の中のひとりは『何故?』を問うのが職業ときている……。


「何なのよ! どうなっているのよ! あんな巨大な気泡塔エアリフト生体触媒装置バイオリアクターなんて、セネガルの脂肪酸短鎖アルキルエステル工場くらいにしか置いてないわよ!」

──何処だよ、それ? なんだよ、そのエステルってのは?

「──ったく。そもそも、なんで30気圧の中を人が自由に動いて……いや、そうじゃないわ。そもそも、人が中に入っていたら雑菌混入コンタミするでしょ!」

──それを俺に言ってどうするんだ?

「それに、30気圧、30気圧よ。あれが遺伝子導入トランスフェクションによる効果だとすれば、重大な生物多様性条約CBD: Convention on Biological Diversity違反じゃないの!」

「何を言っているのかサッパリ分からんが、それを俺に言うなよ、俺に!」

黙って聞いていればベラベラと喋りやがってコイツは。

「アンタ──、約束したでしょ。したわよね? 遺跡まで連れてってくれるって。アタシはそこに密集している磁性体と、それを作り出した硫酸還元磁性細菌のncノンコーディングRNA遺伝子のサンプルが手に入ればいいの。早く30気圧の窓の向こうから取って来なさいよ!」

「俺が?」

「アンタが!」

「えーっと……」

みのりがこのタイミングで口を挟む。

「長田大尉は『この部屋を出ちゃだめ』とは言ってません。とりあえず、〈箱船〉内を巡ってみるのは……どうかと?」

ふむ。言われてみればその通りだ。部屋には案内されたが、待機命令は出ていない。

「それに──」

みのりの話はさらに続く。

「──歩いて来た通路から見た限り、遺跡らしきものは無かったと思います。位置的にはあの巨大タンクがあるあたりだと思ったのですが……」

そう言えば、確かに〝遺跡〟はまだ見ていない。金星軌道メーザー高度計VOMAによる地形図には水平200メートル四方の地形が刻まれていたから、実験室ラボの中に垂直に切り立った一辺が見えていてもおかしく無かった筈だ。実験室ラボの中に入るのは無理としても、その周囲を色々と巡ってみるのも一興だ。


結局俺たちは、不本意ながら御影恭子に追い立てられるようにして、〈箱船〉内を探険することになった。探険と言えば聞こえが良いが、要は遺跡を見つけ出してその一部をかすめ取ってこいという──それこそ理不尽な──命令だ。

降下前の俺のイメージでは、遺跡は剥き出しの金属とか岩石の塊で、その一部を削って手渡せばいいくらいに考えていたのだが、建物に覆い囲まれているとなると、こっそりと切り取ることが出来なくなる。最悪の場合、何処かを壊して盗み出す必要が出てくるだろう。だが、流石に30気圧の実験室ラボ内では、おいそれと手出しが出ない。

気圧だけを考えるなら、外の90気圧の方が遥かに過酷な環境だ。そこで活動するなら最低でも密閉型クローズド装甲服アーマードスーツ着用が必須であり、それなりの開放空間オープンスペースが必要となる。さらに装甲兵アーマードソルジャーが単独で活動出来る時間と空間は限られているので、足回りとして浮揚軽量車エアロスピーダーが走り回れる作業空間が必要だ。つまり、野外で行動するためには、最低でも数メートル幅の作業空間や道路が必要であり、〝遺跡〟がそこに露出しているのならば、ここまで乗って来た〈ブラック・タートル〉で近づくのも容易。ならば、操縦席から電動肢マニュピレーターを操作して一部を切り出せば良い──そう考えていた。

だが、実験室ラボは生身の人間が歩いている。当然、通路は人間サイズで、中央にドカドカ置かれた水槽の間隔は狭く、人がようやくすり抜けられる程度の隙間しか無い。実験室ラボ内で使用されていた作業用強化服パワーローダーも、腕の部分は確かに大きいが、脚部はかなり華奢きゃしゃな作りになっており、人の足の側面に駆動装置アクチュエーターが並列で立ち上がっている。〝着る〟と言うよりは松葉杖のように〝添える〟という感じである。要するに、そんな空間に〈ブラック・タートル〉のような、耐圧装甲車を入れ込む余地は無いってことだ。

まあ、ここには知った顔もいることだし、実験室ラボ内にすんなりと入り込める奴ら──どんな奴らだ? ──に頼み込めばなんとか欠片かけらくらい手に入るかも知れない。


だが、その前に、『遺跡は何処に行ったのか?』──が、現段階で知るべき最初の事項だ。部屋を出る時に、もしや鍵でもかかっているのではと考えたが、ドアはあっさりと開いた。真っ先に大股でズンズンと歩いて行く御影恭子。だが、十歩をほど歩を進めた後にクルッと踵を返してこちらを見る。開口一番、

「──で、どこに行けばいいの?」

本当に無計画なやっちゃな。もっとも、俺にも計画があるわけではないが……。

「そうだな。闇雲に歩くのは無駄だ。手っ取り早く、場所を聞くのがいいんじゃないか?」

「聞く? 誰に?」

浮揚軽量車エアロスピーダーの奴らは気閘室エアロック近くのエレベータで上がって行った。そこに地表降下部隊アタッカーズの連中がいる筈だ」

姫島らが消えた脱出口エスケープ・トランクも一瞬思い浮かんだが、あそこは気閘室エアロック隔壁の向こうにある。今も気圧が1気圧に保たれているかどうか分かったものではない。それに姫島は、脱出口エスケープ・トランク内にある高圧治療室タンクの中でくつろいでいる頃合いだろうし、どのみち他の地表降下部隊アタッカーズの連中とは別行動の筈だ。すぐに話が聞けるとは思えない。

「それはちょっと……考え直した方がいいかも知れません」

「ん?」

みのりちゃんが、思案顔で話す。

「確かに長田大尉は『この部屋を出ちゃだめ』とは言ってません。言ってませんけど、『自由にしていい』とも言っていないんです」

「そりゃ……そうだな」

「だから、単に言い忘れただけかも知れません。地表降下部隊アタッカーズのいる所だったら、長田大尉も顔を出すでしょうし、そうしたら『何故こんなところでうろついてるっ。戻れ』って怒られるかも知れません」

「それはそうだが、何か問題があるのか?」

「そうしたら『この部屋を出ちゃだめ』って言う〝命令〟になっちゃうんですよ」

「な、なるほど」

「それに、少しばかり顔を合わせ辛くて……」

「なんだ? それ?」

律儀なんだが、したたかなんだがよく分からん。『出るな!』とは言われてないから動けるが、一度厳命されたら動けなくなる。だから、顔を合わせない方がいいってことか。

──ま、俺も『そのような命令は出ておりませんでしたぁ!』というのはよく使う手段だから分からんでも無いが。


「で、結局何処に行けばいいのよ!」

軍規とは一切無縁の御影恭子がイラついている。

「はい。えっと、元々の遺跡があった場所に戻りましょう」

実験室ラボか? あそこには水槽があっただけで他は何も──」

「そうじゃないんです。──いえ、そうなんですけど……」

どっちなんだよ?

「無いことを確認しに行くんです」

「無いことを──確認?」

「はい。〝遺跡〟はもう無いんだと思います」

「どういうことよ?」

御影恭子のイラツキが頂点に達している。

「つまり、既に、しとられた後だと──」

「何言ってんのか分かんないわ! ともかく行けばいいんでしょ。そこに」

「あ……、はい」

良くは分からないが、良く分かった。ともかく行けば分かるらしい。


実験室ラボへの通路は間違える筈が無かった。来た道を引き返すだけである。部屋から出て十歩程歩くと、御影恭子が立ち止まった階段の踊り場に出る。そこを上に2階分上がる。余談だが、小隊長殿おやっさんとRERCの2人は、この階段を更に下っている。みのりの心情から行けば、なるべく小隊長殿おやっさん──長田大尉──とは合いたくないのだから、上に行くのが常套だろう。だが、みのりは踊り場で少しだけ階下を見下ろし、一瞬だが躊躇する素振りも見せていた。

2階分上がった先は、〈ブラック・タートル〉を停めた洗車場CARWASHへ続く通路が見えてくる。俺たちが先ほど通った通路だ。階段は更に上へと続いている風だが、セラミック製の扉があり開けることができない。もしかすると、上へ行く階段ではなく別の通路に続いていて、その先は実験室ラボへの進入口になっているのかも知れない。ただし、例えそうだとしても、我々にはそこに入る術が無い。

実験室ラボが見渡せる一連の窓まで進み、そっと覗き込む。来た時は堂々と歩きながら見ていた窓だが、探険中の身となれば、なるべくバレないように行動したい。窓の近くによって見ると、確かに分厚い窓だ。おそらく透明酸化アルミコランダムで出来た窓だろう。強度的にも耐熱的にも文句無しだが、屈折率が大きいから航空機の風防ウィンドシールドには向かない。いまさら気付いたが、御影恭子がここに張り付いて中を見ていた理由の一端は、この窓の性質にあるのだろう。正面ではなく横目でずっと見ていると気持ち悪くなってくる。ちなみに、金星の殺風景な景色が見える外側の窓も同じ素材のようだ。

「上を見て下さい」

俺、そして御影恭子もだが、下の装置を眺めながら遺跡の痕跡を探していた俺たちは、みのりの言葉に意表を突かれた。上だと?

天井にはモザイク状にフラットパネル照明が組み込まれているだけで何も無い天面だった。それ以外は本当に何も無い。屋根自体はやや丸まっている気もするが、それは圧力分散のための構造だろう。その他は柱一本、はりひとつない、だだっ広い空間がそこにあるだけだ。外から見た時、この〈箱船〉があたかも掩蔽壕バンカーのように見えた事を思い出した。

「何も──何も、無いじゃないか……」

「ええ。そうです。何にも無いんです」

「えっ?」

どうもみのりの意図が良く分からん。御影恭子は黙っている。

「装置に比べて天井が高過ぎると思いませんか?」

「ほぉ?」

確かにそうだった。意味の無い虚無な空間が頭上にあり過ぎる。

「──ひょっとして、ここに〝遺跡〟があったと言うのか?」

「これを見て下さい」

俺の質問には直接答えず、みのりはポケットから端末を取り出し、現在位置の地形図を空中に表示した。幾度となく確認した金星軌道メーザー高度計VOMAによる地形図だ。

「これに、先ほど〈ブラック・タートル〉で上空を通過した時に計測したレーザー測量機LIDARの画像を合わせます」

「これは……⁈」

オレンジ色で表された立体地形図に、上から捉えた〈箱船〉の形状が薄い水色で重なる。遺跡はすっぽりと〈箱船〉の中に入っているが、その平たい天頂部は、正にこの位置──実験室ラボの位置──と重なっていた。ただし、遺跡の天頂部と〈箱船〉の屋根の隙間はあまりないことが分かる。

「ここにあるべき遺跡が消えていると言うことか……」

「そうです」

「じゃあ、私の遺跡はどこに行ったのよ」

『お前のものじゃ無いだろ』──と、心の中で御影恭子にツッコミを入れつつも、確かにそれは気になる。

「ここに排気口ダクトがありますよね?」

みのりは少し考えてから、我々が進入した掩蔽壕バンカー口を示した。かまぼこ状の屋根の端、掩蔽壕バンカー口の上に当たる部分に二つの出っ張りがある。

排気口ダクトなのか?」

「ええ。〈箱船〉へ入る時に確認したので間違いありません」

俺はそんなとこまで見ていなかったが、みのりは意外と冷静に観察している。

「ふーむ。しかし、これは洗車場CARWASH──いや、気閘室エアロックのための排気口ダクトじゃないのか?」

「私も最初そう思いました。でもあの気閘室エアロック用にしては大き過ぎるんです。それに──」

みのりは〈箱船〉の反対側、先行して到着した地表降下部隊アタッカーズの〈マンタ・レイ〉が停まっている場所を示した。

「──それに、こちら側には排気口ダクトらしき影がありません」

確かに二つの出っ張りはどこにも無かった。一見すると左右対称にみえる〈箱船〉だったが、細かい部分に微妙な違いがある。

「それともうひとつ。元々の金星軌道メーザー高度計VOMAの地形図と、先ほど測ったレーザー測量機LIDARの画像とで、〈箱船〉の有無以外にも違う所があるんです」

「どこだ?」

「ここです……」

みのりの指先は、我々が進入した掩蔽壕バンカー口を示していた。なるほど。オレンジ色と水色の地形図が重なっていない。我々が進入した側の掩蔽壕口は、元のオレンジ色の地形図と比べ随分と上にある。元の地形図が正しかったとすれば〈ブラック・タートル〉は空中を走って〈箱船〉に進入したことになってしまう。洗車場CARWASHから実験室ラボを通過して向こう側に行った際、二階分を下らねばならなかったのは、南北の掩蔽壕バンカー口に二階建て分の段差──いや、小隊長殿おやっさんらがさらに下ったところを見ると、それ以上に段差があったからだ。その段差は確認するまでも無かった。薄い水色の表示は〈箱船〉だけでなく、〈マンタ・レイ〉の機影も含まれていた。その巨大な機体から考えて、2つの掩蔽壕バンカー口の高低差は、優に五階建てビル程度の段差がありそうだった。

「なるほど。だが、それが遺跡とどういう関係があるんだ?」

排気口ダクトから遺跡を捨てた──ということよね」

御影恭子が口を挟む。

「ええ。真空凍結乾燥フリーズドライ状態の排気口ダクトから排出したんだと思います。そうでなければ、こんななだらかな丘にはなりません」

そういう目で見て無かったから分からなかったが、水色のホログラムが示すレーザー測量機LIDARで実測した〝丘〟は、我々が進入した掩蔽壕ハンガー口を中心にして半円状のとして形成されていた。丘だと思って登っていた崩れやすいパウダー状の土は、遺跡のだったということらしい。

みのりは更に続けた。

「既に、大半のモノポールは、顆粒状金属系材料BNM: Bulk Nanostructured Metalsに移し替えられているんだと思います」

「ん? なんだその、顆粒状金属系材料BNMっていうのは?」

「硫酸還元磁性細菌が作り出す、モノポール貯蔵用の磁気捕捉材料MTM: Magnetic Trap Materialですよ!」

「うーむ。えーっとだなぁ……。何を言っているのか良く分からないのだが──なぁ? みのりちゃん」

「はい?」

俺は、半ば微笑ほほえみながら、懐疑の眼差しでみのりを見た。

「どうしてそんなことを知っているんだい?」


        *  *  *


みのりは最初、うつむいたまま黙っていたが、俺と御影恭子のジト目に耐えきれず、渋々話した。というか、白状した。

そうでなくても、地表降下部隊アタッカーズ降下前の自立歩行探査機ドローンによる予備降下プレ・アタックで『みのりが遺跡の第一発見者』という話を御影恭子から聞いていたし、確かみのり本人も『機密性3情報ですっ!』とか言っていたので、機会があれば聞き出したかった案件だ。語るに落ちるとはこういうことだろう。

だが、結論から言ってしまうと、みのりの話を聞いても謎が深まるばかりで、解決の糸口は余計に絡み合うだけだった。もっとも、〝解決〟って言うのが何なのかはよく分からない。何がどうなれば解決するのだろう?


「──確かに、遺跡を発見したのは私が最初かも知れません。けど、その場所は分かっていなかったんです」

「第一発見者なのに、場所が分からない?」

「私が呼ばれたのは自立歩行探査機ドローンの操作がうまいってだけで、予備降下プレ・アタック作戦に当初から参加していたわけじゃありません。操作を頼まれたのは自立歩行探査機ドローンが目的地に着地後ですから」

予備降下プレ・アタックは後で実際に降りる地表降下部隊アタッカーズのメンバーが行うのが基本である。みのりは地表降下部隊アタッカーズからは外され、管制室での後方支援を任されていたわけだが、俺や小隊長殿おやっさんのように予備降下プレ・アタック後の軌道間輸送船OTVで到着するメンバーもいる。この場合、人数合わせで、代役が立てられるが、欠員となっていた装甲兵アーマードソルジャー役としてみのりちゃんが選ばれたという。話のスジとしては矛盾は無い。辻褄は合ってる。

「しかしなぁ。いくら地上に降りた場面から操作を任されたと言っても、モニター右上にGPS情報が出ているだろ」

「SECRETになってました──」

みのりは間髪入れずに答えた。

「──おかしいなとは思ったんです。画面情報の形式がOSレベルで違ってましたから」

「んん?」

「GPS情報が表示されていなかっただけじゃないんです。操作系が全て共和国仕様なんです」

我が軍ウチのモノじゃないと?」

「はい」

そんなことは通常あり得ない。国連の災害派遣とかでも、自軍の機器は自軍のオペレータが操作するのが当たり前だ。特に情報機器系統は機密が多い。同盟国同士の戦闘機売買にしても、戦闘機自身は輸出の対象になるが──っていうより、それを流通させねば〝輸出〟にはならないが、航空電子機器アビオニクスが鎮座すべき部分は空箱のままということは良くある。体は輸出しても頭脳は輸出しないのだ。〝仏造って魂入れず〟とはこういうことを言うのだろう……少し違うか?

「で、遺跡は?」

御影恭子が口を挟む。相変わらずせっかちなヤツだ。

「はい。その時は遺跡とは思わなかったんですけど。『何か四角い奇岩があるなぁ。節理とも少し違うし、どうしたらこんな形状になるのかなぁ』とか考えてて……」

天然ボケなのか計算なのか良く分からないが、みのりちゃんはたまに、こういう間の抜けたことを言う。

「ふむ。えーっと──」

俺は何か思い出そうとしていた。確か、御影恭子から聞いたような……そうだ、そうだった。

「──その自立歩行探査機ドローンは最終的にと聞いているが?」

「遭難というか何というか──え? 何故それを知ってるんですか!」

「いや──ちょっと……小耳に挟んでな」

情報源は目の前にいるのだが、そのことは伏せておこう。御影恭子も『遺跡は?』と、この期に及んで聞いているところを見ると、事の詳細は知り得ていないようだし。

「遺跡を見つけて遭難するまでの経緯が良く分からないのだが?」

「実際は、遭難とは少し違います。制御不能になったんです」

「そりゃあ、人間なら遭難で、自立歩行探査機ドローンなら制御不能っていうだけで、言葉の問題なんじゃないのか?」

「いえ。そうじゃなくて、光学センサーで調査を始めた段階でんです。直ぐにタスクマネージャを呼び出して確認したので間違いないです。でも、不慣れな操作系だったので、ハッキング先を追う前に逃げられてしまって」

「つまり──だ。自立歩行探査機ドローンは壊れたわけではないと」

「はい。制御を盗まれたんです。勝手に暴走をはじめて、超音波カッターで遺跡の一部を勝手に切り取り始めて──」

「で、切り取った遺跡は? 遺跡はどうなったの?」

どうやら御影恭子は遺跡の行方にしか興味が無いようだ。分かりやすいと言えば分かりやすい。

「えっ? それは分かりません。映像モニターも乗っ取られてしまいましたから──」

ふむ。みのりちゃんの証言が本当だとすると、第一発見者とは言っても、本当に最初に発見した──という話でしか無く、調査結果もデータも何も得られていないことになる。お宝を発見しただけで、ごっそり横取りされた格好だ。

「あ。でもですねぇ。自立歩行探査機ドローンのその後の行動記録なら分かります」

「どういうことだ?」

「逃げられる前に、探査ウイルスを仕込んでおいたんです。ダミーのロック機能は簡単に外されたんですけど、二重に裏をかいてて良かったです」

何気に平然と怖いこと言うなぁ……みのりちゃんは。

「行動記録には何が──というか、誰が操作していたかは分かったのか?」

「はい。いや。いえ、えーっと……」

「そこまで言っておいて歯切れが悪いなぁ」

自立歩行探査機ドローンは──共和国エネルギー管理委員会RERCの駐在部隊に回収されました」

「なるほど。ソーニャのとこか」

「いえ。違います」

「違う?」

「司令部付きの部隊ではありません。駐在部隊──〈レッド・ランタン〉管轄域での駐在部隊です」

「すると、さっきの大男の部隊か?」

「そうです。それと──」

「それと?」

「いえ……なんでもありません」

みのりは困っていた。まあそうだろうな。その手の話にはにぶい俺でも何となく分かる。つまりこういうことだろう……。

「我が隊の中に、彼らに連絡した内通者がいる──ということだな?」

「…………」

みのりはうつむいたまま黙っていた。


ここからは俺の想像だ。話半分に聞いてくれればいい。遺跡にはモノポールが詰まっている。理屈は難しいが、ともかく究極のエネルギーとして使う事ができる。そこにRERCが目を付けた。独占すれば、金星だけでなく地球においても主導権を握れる。

太古の昔から、争い事は、元を辿れば、水・食料・エネルギーを巡る資源の奪い合いと相場が決まっている。さらに科学技術が発達した今日では、エネルギーさえあれば、水と食料は自在に手に入れる事ができる。地球に限らず、金星でも火星でも同じだ。むしろ、植物が自生しない金星や火星の方が、人工的なエネルギーの依存率は高い。

遺跡の第一発見者はみのりだったが、それは直後に主導権を奪われた。RERCの連中の仕業──だけではない筈だ。手際が良過ぎる。我が軍に内通者がおり、RERCの連中と繋がっていたと考えるのが妥当だ。今回の金星地表への降下作戦自身が、最終任務ファイナル・ミッションだと考えることができる。

ただ、RERCとて一枚岩ではない。今回の件は北緯30度帯30 Degrees North域──〈レッド・ランタン〉管轄域の共和国駐在部隊の一派が首謀者で、共和国司令部側は蚊帳かやの外だった──いや、地表降下部隊アタッカーズ浮遊基地フロート・ベースごと消えた段階で、司令部付きのソーニャが介入し、早々と遺跡の話を始めたところを見ると、本作戦の真の目的にうすうす感づいていたのかもしれない。ただ、ソーニャは遺跡とモノポールの関係は知っていたが、遺跡の第一発見者がみのりだったと言うようなことまでは知らなかったのだろう。知っていたら、ソーニャ自身がみのりの尋問をしている筈だ。

あるいは、本作戦は、もともとは司令部の発案だったのだが、各地域に駐留して司令部の手足となっている駐在部隊が北緯30度帯30 Degrees North域で遺跡を発見した際、そいつを勝手に自分たちのものにしようとした──ということかも知れない。

だが、自分たちのものにすると言っても、遺跡をポケットに入れて着服するわけにはいかない。それに、必要なのはモノポールであって遺跡そのものではない。モノポールを取り出すためのプラントが必要だ。地表に構造物を建てて遺跡を取り囲むだけなら、建材の横流しで事足りるかもしれないが、御影恭子が言っていた〝生体触媒装置バイオリアクター〟とか、そういう特殊な装置はその辺に転がっているものじゃない。どうしても外部から持ち込む必要があるが、そのためには連邦共和国の検閲が必要となる。こっそりも何も、惑星間輸送機は軌道間輸送船OTVのみだから、どうしてもバレる。だから、彗星を空中で捕まえる〝水汲み作戦〟が利用された。彗星なら入出国の手続きが不要だ。カルネcarnet申請も要らない。もっとも、入国しても二度と出国はしないだろう。

余談はともかく、このがRERCの──さらに言えば、連邦共和国の総意では無いことは明らかだ。トップダウンの司令ならば、生体触媒装置バイオリアクターやらなんやらを、実験装置として堂々と輸入すれば良い。硫酸雲の中を漂っている菌類の培養研究とか、それなりの理由は簡単につけられる。やはり、RERC側の一部の駐在部隊が暴走し、このプラント──〈箱船〉を秘密裏に作ったと考えれば辻褄が合う。

ただ、そんな特殊で巨大なプラント施設を、中央の共和国政府でなく、たかが一地方の駐在部隊がどうやって手に入れたのか? ──という疑問が残らないでも無いが、金星の外にも協力者がいるのだろう。無尽蔵のエネルギーが手に入るとなれば、食らいつく俗物はいくらでも見つかる筈だ。そう言えば、姫島は、アンモビックとかいう国連視察団に情報が筒抜けと言っていたが、そこが絡んでいるのかも知れない。少し気になる話ではあるが、とりあえず今は、〈箱船〉の入手経路は問題では無い。

問題は、誰が遺跡を──遺跡の中のモノポールを盗み出す計画に絡んでいるかだ。RERC側はあの大男。むっつりスケベの将校オフィサー。そして、図書館バトルの男。そう言えば、2人ともいまだ名前を聞いていなかった。この2人がRERC側の首謀者であることは疑う余地がない。小隊長殿おやっさんは2人を『この実験室ラボの提供者』と呼んだのだ。問題は、我が軍の内通者だ。状況証拠からして、答えはほぼひとつしかないが、それを口にするのははばかられた。俺もみのり同様、黙るしかない。だが、それは直接本人に問いただすべきだろう。ことの真相を、問いただすべきだろう。俺たちは──少なくとも、俺とみのりは、危険を冒してまで地表降下部隊アタッカーズの捜索のため、ここまで来たのだ。このままウヤムヤに済ませておいて言いわけが無い。


「そんなことより、遺跡は?」

何度目か忘れたが、御影恭子がまた繰り返す。

『遺跡、遺跡とうるさいヤツだな。お前は墓荒らしトレジャーハンターか!』と言いそうになったが、すんでの所で思いとどまった。こいつの──御影恭子の興味はそこしかないのだ。彼女は〝遺跡〟に用があるお客さんで、俺はそこまで送り届けるよう頼まれたタクシーの運転手に過ぎない。俺たちの問題は俺たちだけで、後でじっくりと片付けるとして、まずはコイツとの約束を果たすべく、遺跡が濾しとられたのありかを探すべきだろう。その方が気も紛れるしな。

「おそらく床下だと思います」

みのりが答える。

生体触媒装置バイオリアクターはパイプで下部に繋がっているようです。そこに顆粒状金属系材料BNMだけが保管されていると思います」

「そこへはどうやって?」

実験室ラボの中から下るか、あるいは──」

「あるいは?」

俺も嫌な性格だな。聞かなくても分かるだろう。

「先ほどのゲストルームから階段を下ればいいかと……」

小隊長殿おやっさんの後を追う──ということだな」

「は、はい……」

解はひとつしかない。30気圧の実験室ラボを経由することは到底無理だ。ならば、階段を下りるしか無い。だがその前に──御影恭子との約束を果たす前に、この際だから最優先で確認しておくべき事項があった。そもそも、俺はそれが目的だったんだ。

「その前に、ちょっとばかり寄り道していいか?」

「あたしはイヤよ」

御影恭子は即答だった。すまんな。今回は、まずはこちらの任務を優先させて頂く。

「何処に行くんですか?」

「上だ。エレベータで」

「そう──ですね。先に確認した方がいいかも知れません」

さすがみのりちゃん。話が早い。

「何しに行くのよ!」

やれやれ。

地表降下部隊アタッカーズの奴らの捜索だよ。この目で確認しなければ任務終了にはならない。もともとそういう話だったろ」

「ふん。まあいいわ」

御影恭子は少し不満そうだったが、それほど抵抗することなく折れた。


この位置まで来たならこのまま実験室ラボ脇の通路を抜け、浮揚軽量車エアロスピーダーの2人が消えて行ったエレベータに乗ることができる。階下の小隊長殿おやっさんに事情を聞く前に、まずは本当に彼らがいるのかを確かめておいても、大きな時間のロスにはならないだろう。

彼らがエレベータの上ボタンを押したのは確認したが、何階に行ったかまでは見ていないな──と一瞬悩んだが、エレベータに到着してみれば何のことは無い……階表示は3つだけ。つまり、現在のフロアー階と、後は上か下かだけだった。

「ところで──」

エレベータに乗り込み、ドアが閉まったところで、俺はふと気付いた。

「──遺跡にモノポールが含まれているっていう事実はどうして分かったんだ?」

「コロナの調査です」

オボイドovoidね」

コロナは分かるが、御影恭子が言い換えた『オボイド』は分からん。気泡ボイドを丁寧にいうと『おボイド』になるのか?

「コロナ? セレス・コロナCeres Coronaとか、あの円形の陸地か?」

まあ、金星には陸地しかないのだが。

「そうです。最初に見つかったのはイシュタル大陸の九十九折地形テッセラ周辺にあるパンケーキ群なので、少し違うのですけど……」

何がどう違うのかさっぱり分からん。大小の違いかな。

「そのコロナだかパンケーキだかから遺跡が見つかったのか?」

「遺跡本体ではありません。強いて言えば、四散したです。そこから採取された黄鉄鉱の中から僅かなモノポールが見つかったんです」

「ふーん、全然聞いたことがないなぁ」

国際地球物理学連合IGU: International Geophysical Union機関誌JGRに載ってたもので、専門家しか読みませんから、仕方ありません」

「……みのりは何で知っているんだ?」

予備降下プレ・アタックの後に、不思議に思って調べました」

「なるほど」

みのりは調べものが大好きである。モノポール貯蔵用の磁気捕捉材料MTMとか、それが例の硫酸なんとか細菌で作られた顆粒状金属系材料BNMだとかは、その過程で調べたものだろう。頭が下がるねぇ……。


        *  *  *


天井行きのエレベータが開くと、そこは管制室だった。いやいや、そうじゃない。こんな焦熱──いや、大焦熱地獄の底のような場所に、空を飛ぶための航空管制室などある筈がない。何かの制御室と言うべき場所だろう。一昔前の核融合炉の制御室のような場所だ。モノポールがエネルギー資源となり得るのなら、ここにプロトタイプの発電所があってもおかしくはない。〈箱船〉は元々そういう施設だと考えられる。

数名は知らない顔だった。服装からしてRERCの連中だと分かる。軍隊上がりという感じでは無く、ディスクワークが得意そうな奴ら──つまり、〈レッド・ランタン〉の管制室を占拠しに来た奴らとがする。おそらく、共和国エネルギー管理委員会RERCという名前からして、彼らみたいなのが本来の委員なのではないかと想像する。文字通り、エネルギーを管理・運営して、安定供給に務めるとかそういうお役所的な仕事。

その陣頭に立って指揮している、あの女狐のようなソーニャとか、むっつりスケベの将校オフィサーの方が逆に異常なのだ。本来のRERCの委員達は、突然降って湧いたような仕事を上から命ぜられて、仕方なくこんな規定外の作業をしているに違いない。そう考えるのが自然だ。

まったく、軍部が絡むとロクな事が無い──お前が言うなという気もするが。


で、肝心の地表降下部隊アタッカーズの面々は──いた! 壁際のソファで浮揚軽量車エアロスピーダーのパイロット。それから──

「よぉ!」

背後から声がする。

「湊川! 生きてたか!」

「生きてたかだと⁈ いつも通りわけの分からんことを言うヤツだなぁ。あぁ?」

湊川は、俺の後ろにいる2人──特に片方──に目をやり、小声でこう付け加えた。

「あれほど『手ぇ出すのは止めとけ』と忠告したのに、何をしているんだオメーは」

「分かった分かった。いつものボケで安心した」

普通ならイヤミの言葉になるが、今回は本心でそう思う。安心した。湊川はいつも通りだった。他にも知った顔が見える。実験室ラボで見かけた顔も含めれば、地表降下部隊アタッカーズの人数は揃いそうだ。

──そう言えば、こういう発電所みたいな制御室に一番似合いそうな魚崎某が居ないが、まあ、知ったこっちゃない。その辺で、乗り物酔いか何かで寝込んでいるに違いない。

「撃墜されたってのはお前か⁉」

湊川が話を変える。

「撃墜? 誰が撃墜されたって? 俺はピンピンしているぞ」

「そうか。落ちたのは無人の未確認機アンノーンか……」

「無人?」

「ああ。のRERC機と見られる未確認機アンノーンという情報が、敵味方識別信号IFF暗号文で入ってな。迎撃に向かったんだが勝手に落ちちまった。で、中は無人だったとよ」

「何処かに脱出したとか?」

「こんな地獄の底で何処に隠れるんだよ。例え装甲服アーマードスーツで逃げたとしても、相転移吸熱体PTHAの蒸気でバレるし、吸熱体無しだと3分も持たねーよ」

「それは……そうだな」


金星の地表に生身で出たらどうなるかは、地表降下部隊アタッカーズでなくとも知っている。研究者や民間人は別にして、軍事関係者は勤務前に、実際に起きた事故映像とともに、緊急避難法を叩き込まれるからだ。

金星ならどこでも起こりうる窒息死を除けば、地表で死に至る原因は、気圧と熱によるものとなる。死因が気圧によるものと断定されたケースは、肋骨が折れて心臓を潰したなどあるものの、実はそれほど多くない。高圧神経症候群HPNSだけで瞬時に死ぬことは無い。例え90気圧であったとしてもだ。

問題はやはり熱──五百度近い外気温の方である。全身がこんがりと焼かれる。時間的には3分どころか3秒持たない。肌は瞬間的な見た目は変化しないが、その外気を一瞬でも吸おうものなら、気道熱傷を起こし、粘膜は全て蒼白になる。基底細胞ごとやられているから、表皮を総取っ替えしない限り再生しない。湿度が無いだけマシとも思えるが、高圧の大気が対流熱の増大を補って余りあるため、地球上の同程度の高温環境より過酷だ。消防服を完全に着込んでいたとしても、10秒保てばいいところだろう。

完全防備の装甲服アーマードスーツであっても、相転移吸熱体PTHAのような熱処理機構が働かなければただの金属とセラミックの棺桶に過ぎない。装甲服アーマードスーツの断熱遮蔽シールドを飛び越えて熱が伝わった後は、生身で外に飛び出したのと同様の道筋を辿る。例外は無い。持って3分──確かにそんなとこだ。


死んだ後の経過など俺は興味がないが、仕事としての遺体回収作業も、俺たちの重要な任務のひとつである。亡くなった人がどのように朽ち果てて行くかは知っている。

水分が全て抜け、ミイラ化するまでに時間はほとんどかからない。硫酸の雨は地表までは到達しないと言っても、地表での脱水作用は圧倒的で、ミイラは数日のうち炭化する。その後の変化はあまりない。エベレストや南極で死ぬのと同様、少しずつ砕けるまで何年も、何十年もかかる。重力の井戸の底で永遠に形が残るというのは、ある意味残酷だ。見つからないだけでそこにいる筈──そういう思念が、遺族を過去に引き止める。死んだ後まで生きている人間の足を引っ張るとか、俺はそんな死に方は御免だ。どうせ消えて無くなるなら、宇宙空間がいい。後腐れ無いように、第三宇宙速度以上で頼む。


「ん? 湊川。お前、それは宇宙服……だよな?」

今更だが、俺は湊川の身なりに気付いた。ヘルメットこそ被っていないが、多層断熱材MLI: MultiLayer Insulationを使った宇宙服に見える。宇宙服の役目は気密はもちろんだが、断熱防護性がなければ始まらない。もちろん、宇宙空間の活動に適した服と金星表面の高温下で使用する服とは仕様が大いに異なる。湊川のそれは、相転移吸熱体PTHA巡回用のバルブ口すら付いてない。衝撃吸収繊維スタッフィングはケブラー繊維も混じっているようだが、金星表面では溶けてしまう可能性が高い。どう見ても宇宙服──つまり、ゼロ気圧の宇宙空間で着るべき装いだ。そういえば、御影恭子の防護服プロテクトスーツと型が似ている。設計者が同じなんじゃないか?

要するに、何が言いたいのかって言うと、登山中にウエットスーツを来ているヤツに出くわしたような、そんな気持ちに今、俺がなっているってことだ。

「ああそうだ。お前もそれで来たんじゃないのか? 俺のバックアップで……」

「バックアップ?」

小隊長殿おやっさんも心配性なんだよなぁ。あんな宇宙船、俺だけで充分だってのによぉ。副操縦士コーパイなんていらないって言ったのに。それにお前……小回りの利かない船は嫌いなんだろ?」

「宇宙船って何だ?」

「はぁ? じゃあお前、何しに来たんだ? 〝パエトーン作戦〟に参加したんじゃないのか?」

話が噛み合ない。ここで素直に『お前達が遭難したから助けに来た』とか言っても鼻で笑われるだけだ。いや、湊川のことだ。大声で笑われる。ここはやはり、小隊長殿おやっさんに直接聞くのがいいだろう。

小隊長殿おやっさんはどこだ?」

「ん? ああ、〈スキップジャック〉の最終調整中だろ」

「スキップジャック?」

「宇宙船の名前だ。エレベータで地下に行けば分かる」

湊川は最後まで、『何しに来たんだ?』という顔をしていた。そりゃそうだろう。俺だて、結局、何しに来たのかは分からない。いや、分からなくなっちまった。


「パエトーン作戦って縁起悪いですよね。ヘリオス作戦にしておけばいいのに……」

再びエレベータに乗り込んで下降中、ポツリとみのりが言う。

「なんだよそれ。ギリシャ神話とかの神様の名前か?」

「そうです」

おお。当てずっぽうが当たったよ。その昔、ネオ・ダイダロスのシミュレーターに搭乗した時に、オリオン計画や元々のダイダロス計画など、古い話がやたら好きな技術者がいて、そいつから色々と聞かされていたから思いついたのだけなのだが。

「ここは金星なんだから、ヴィーナス作戦にしとけば良いのに」

「作戦名としては弱々しいんじゃない? アテナならともかく」

〝遺跡〟に辿り着けずイライラしていた御影恭子が久しぶりに絡んで来たと思ったら、そんなとこかい。アテナならお前にピッタリだろうよ。よくは知らないけど。

「パエトーンは太陽の戦車をお父さんのヘリオスから借りて暴走させた神様です」

「太陽の戦車? 暴走させたのか?」

「ええ。とってもぎょがたい代物らしいです」

「その暴れ馬みたいな宇宙船が〈スキップジャック〉なのか?」

「そこまでは──よく分かりません」


そもそも、こんなところに宇宙船というのが、全くもってわけが分からない。ここは大気の底の底。メタンの海並に──は少し言い過ぎだが、オーダー的には同じくらい大気の濃いところだ。そこからの打ち上げはさぞや大変だろう。打ち上げ時の大気抵抗も、当然ながら地球とは桁違いとなる筈で、形状にもよるが、最大動圧Max.Qがどの程度まで跳ね上がるか想像がつかない。

そもそも、核反応エンジンを用いたロケット──逆に言えば、化学燃料ケミカルでないロケットを地上から打ち上げる話など、ついぞ聞いた事がない。核融合ペレットで飛ぶネオ・ダイダロスもラグランジュ4から打ち上げる計画で進められている。打ち上げ計画そのものは二転三転しているが、これだけは変わっていない。

モノポールを使った推進機構がどんなものかは知る由も無いが、核反応を使った代物なら制御が難しい──みのり流に言えば〝御し難い〟──のは間違いないだろう。発生する熱量が桁違いだから当然だ。弱火チョロチョロの火加減が出来ない。

地球上での発進なら、発射時は通常の航空機のようにジェットエンジンを使い、その後、スクラムジェットエンジンに切り替えて一気に加速、成層圏上部で核反応ロケットに点火することも原理的には可能だが、大気中に酸素が無い金星ではそれも不可能だ。法的にも不可能である。

となると、核融合炉のエネルギーを電気に変えてから自立型のマイクロ波推進MBP: Microwave Beaming Propulsion? レーザー推進? それとも電気推進EPSP: Electrically Powered Spacecraft Propulsion? いやいや、無駄が多過ぎる。それに、比推力はともかく推力が足りない。もしや上空まではのんびりと〈マンタ・レイ〉で輸送するのかとも考えたが、それなら湊川が今現在、宇宙服を着ている理由の説明がつかない。

それ以上にもっと根源的な疑問がある。宇宙船が何故、地下に置いてあるんだ。上から見た時はこの〈箱船〉以外、宇宙港Spaceportらしい建造物は無かったし、そもそも宇宙港Spaceportの建造をこんなところで行って何のメリットがある? 資材をわざわざ宇宙からここまで落とし、再び宇宙に上げるというのか?


もう何と言うか、ハテナマークしか頭に浮かんでこない。


そう言えば、〈スキップジャック〉ってのは確かかつおの英名だ。そういう名の潜水艇があったような気がする。海中に潜っているのではなく、地中に潜っている宇宙船か?

それにしても、我が隊の機体の通称は〈マンタ・レイ〉だの〈ブラック・タートル〉だの、空軍だって言うのに海に関する機体名が多いな。もっとも、金星には海は無く、地上には住めないから、最初から空軍以外はあり得ないのだが……。


「上沢少尉? どうかしましたか?」

「あ。いや……」

しかめっ面で腕を組んでいる俺を見て、みのりは心配になったようだ。

「私も長田大尉に何て話していいか分からなくて……」

「あー。そうじゃ無いんだ──」

そうか、そっちの方か。

「──宇宙船だよ。こんな場所から打ち上げる意味がさっぱり分からなくてな」

「おそらく、モノポールの詰まった顆粒状金属系材料BNMを秘密裏に運び出したいからじゃないでしょうか?」

「秘密裏って言ったって、打ち上げれば必ずバレるぞ?」

睨みつけるようなソーニャの瞳が脳裏に浮かぶ。

「それはそうですけど、一気に宇宙空間まで運び出してしまえば、共和国政府もおいそれと追いかける事は出来ません」

「モノポールエンジンを搭載した宇宙船を秘密裏に作って、それを使って盗み出すお宝というのが、モノポールエンジンそのものってことか……」

「おそらく──ですが」

「だが、何故、地下に宇宙船があるんだ? どこから発射ローンチさせる?」

「それは……全く分かりません」

「宇宙船って言うのは隠語なんじゃないの?」

御影恭子が口を挟む。

「隠語?」

「モノポールエンジンの別名。ここに無尽蔵の発電設備があると広まったら困るでしょ。だから、〝宇宙船〟って隠語を使うの」

「うーむ……」

宇宙船というあり得ない隠語──秘匿名称コードネームを使うことで、正体を隠すということか。そう言えば、戦車が〝タンク〟と呼ばれているのも、元を正せば戦車のことを水槽タンクと偽って開発していたからだと聞く。──いや、それも変だ。さっきの湊川の反応は、今にも本物の宇宙船に乗り込むっていう雰囲気と格好だった。

俺はコトの真相を小隊長殿おやっさんに聞きたくてウズウズしていた。この際、内通者だとかスパイだとか、ついでに陰謀や策略とかもどうでもいい。何してんのかを知りたい!


        *  *  *


エレベータの最下層──と言っても、3フロアしかないのだが──に到着するまでしばし待つ。エレベータで制御室まで上がった時の加速と時間から考えて、最上階の制御室は、実験室ラボの高い天井の上にある。地下へはその2倍程度の感覚。地下3階に相当しそうな、かなり深い地下だ。地下に宇宙船? やはり全く分からん。


ドアが開くと、地下室の天井に接着された巨大なシャンデリアのようなそれがあった。それが何かは全く分からなかったが、あったのは間違いない。

これが宇宙船? いや、違う。

形が変だとかそういうレベルのものではない。ひとつ例を挙げよう。噴射ノズルはどこにある? 宇宙に上がる船だぞ。推進剤やエネルギー源が何であっても、何かしらの噴射ノズルくらいはある筈だ。

場合によっては磁場ミラー型核融合炉のように、磁場でプラズマを閉じ込めることもある。その場合はは存在しないが、特徴的なコイルでそれと分かる。確かに超伝導コイルらしきものは周囲に多数あるが、推進装置のそれとは明らかに形状が違っている。あえて言えば、ネオ・ダイダロスに使われているような、逆円錐型のペレット核融合推進エンジンに似ているかもしれない。そのエンジンの実物は見た事は無いが、超短パルスレーザー発振器がゴツゴツと付いていた筈だ。目の前にある装置もそれが多数付いている。

ただ、レーザー核融合推進だとしても配置だ。通常、発振器は船体側に付いていて、噴射側には反射ミラーだけが付いている筈だが、そのミラーが何処にもない。これでは核融合ペレットを均等に加熱することができず、爆縮が正常に起きない。

仮に上手く点火できたとしても、発生したパラズマ流を受ける形状の磁場発生コイルがどこにも無いのだから、爆発するだけで噴射制御ができない。エネルギーが四方八方にダダ漏れだ。下手すると、この装置自身が煽りを受けてぶっ壊れる。それともこれは、レーザー核融合炉と磁場ミラー型核融合炉のハイブリッドとかなのか?

ああそうだ。こいつは核融合じゃなくて、モノポールを使った──何だったっけか? 陽子崩壊反応とか言っていたな。

いやいや、そういう話ができるような──そういう話ができる域に達しているような代物じゃないんだ。目の前にあるものは!


「何よこれ⁈」

それまで、細菌と遺跡にしか興味を示さなかった御影恭子がそれを見上げる。

「エンジンの部品だけなの?」

なるほど。そういう見方もあるか。要するに、配管やら何やらが剥き出しのままで、全く宇宙船の体を成していないのだ。俺は噴射ノズルを探したが、御影恭子は装置全体を俯瞰したわけだ。

宇宙船に限らず大気中を飛び上がる飛翔体は、空気力と空力加熱から貨物ペイロードやエンジン本体を守るため保護外皮フェアリングまとっている。最初から真空中を想定した──真空中しか想定していない飛翔体ならいざ知らず、大気圏を高速移動する物体なら必須のものだ。特にここは90気圧もある場所なのだから、飛翔時の大気抵抗は地球の比ではない。

宇宙船と呼ばれた装置だけでなく、その周辺にまで視野を広げると、更におかしい点が見えてくる。噴射ノズルが無いのと対を成す話であるが、噴射を受けるべき噴射偏向施設フレームデフレクターも、水流遮蔽装置ウォーターカーテンもここには存在しない。ここは格納庫であって射点ではないと考えるのがもっともらしいのだが、移動させる運搬施設もレーンも無さそうだ。第一、〈マンタ・レイ〉で輸送するにしても、この装置はかなり深い地下にあるのだし、装置だけ切り離して持ち運べるような形状にはなっていない。天井にくっ付いているしな。

──何故、下に置かれているのではなく、天井に張り付いているんだ?

「洋上石油プラントのようにも見えます」

みのりがポツリと呟く。石油プラントは、俺は歴史の教科書でしか見た事がない。上から吊るされたプラントの図は見た事がないが、確かにこんなゴテゴテと配管剥き出しの構造物だったような気がする。歴史の教科書で思い出したが、昔の加速器の検出器チェンバー周辺とかトカマク式核融合炉実験機とか、こんな感じだった気がする。〝気がする〟ばかりで悪いが、ともかくコイツは──

「未完成品なのか?」

そう思える代物だった。少なくとも何かの装置の実験機としか思えない。俄然、御影恭子が言い出した〝宇宙船〟隠語説が真実味を帯びてくる。


「こいつは……完成品ですよ。必要充分の機能を持っている」

男の声がした。小隊長殿おやっさんではない。この声は──

「魚崎⁈」

全く気付かなかったが、腕組みをして横手から装置を見ている男がいた。空気みたいな存在で全然気付かなかった。黒ブチの眼鏡を通し、どこか虚ろな目が見える。

「こいつは何だ?」

「あー、見たまんまの実験装置だ」

「いや──、見て分からないから聞いているのだが?」

「見て……分からない?」

魚崎は、何が分からないのかが分からないと言った風に問いかけ直す。

「ほら、ここが……爆縮炉となるターゲットチャンバーで、周辺に……正12面体に合わせた集光装置。んー、その装置ごと大型螺旋装置LHD: Large Helical Deviceが取り囲み──」

「そういう意味じゃなくてだな──」

どうも調子が狂うな。コイツの訥々とつとつとした喋りは。

「これは宇宙船なんだろ。モノポールを使った核融合で飛ぶとか言う……」

「核融合? 違うよそれは……」

『宇宙船』ってところは否定しなかった。魚崎は目線を合わさないまま、装置を見つめ、ひとり言のように呟く。こういうところに厳密さを求めるんだよな。科学者ってヤツは。

「えーっとだな。なんだっけ?」

俺は御影恭子に助けを求めた。確か何か言ってたよな。

ルバコフРыбако́в効果──でしょ」

「そう。それだそれ。それを使ったエネルギー実験装置だろ」

「ルバコフ効果? モノポール触媒の……陽子崩壊反応のことかな?」

「そうだ!」

いや、本当にそうなのかは覚えていないが、御影恭子──ソーニャだったかな? ──は確かそんなことを言っていたし、俺が聞きたいのは、そんな子細しさいな部分の厳密な話じゃない。

「んー、それも違うね。確かに、反応初期の段階で……ルバコフ効果による触媒反応もある程度は生じるだろうが、そいつは……モノポール融合にとっては障害物なんだ。だから、質量差を利用して強制的に超強電場で分離して──」

「そういう話じゃなくてだな!」

俺はキレた。キレたと認識しているから、まだキレてはいないのだろうが、一歩手前まではきている。

「──こいつは違法に遺跡を採掘してモノポールを抽出し、それをエネルギー源に利用した装置だろっていうことだ。違うのか⁈」

「んー、何か根本的に勘違いをしているようだね。君は──」

『君は』と来たか。こんちきしょうめ。

「これはモノポールを使って……んー、エネルギーを作り出すシステムじゃないんだ」

『違法に』ってとこはスルーらしい。

「じゃあ、何を作っているんだよ‼」

「こいつが作り出すのは──」

魚崎は、眼鏡を上にずり上げながら、始めてこちらを見た。


「──宇宙だよ」

魚崎は楽しそうに笑っていた。


「なるほど、宇宙かぁ」

俺もつられて笑った。人間、わけが分からないと笑うものらしい。魚崎の薄笑いと俺の笑いは多分真逆の感情なのだろうが、見た目はそうそう変わらない──筈だ。

さっきまではぶん殴ってやろうかと思っていたが、その感情はことごとく雲散霧消うさんむしょうした。魚崎は悪意でこんなことを言っているのじゃない。ヤツは本物だ。本物のだ。この装置が何なのかは俺にはよく分からないが、少なくとも魚崎は完璧に理解していて、この装置のことしか頭に無い。それ以外には興味が無い。遺跡を壊したことが国際協定違反になるとか、独占的に開発すればエネルギー資源争奪戦が起きて様々な紛争に巻き込まれるとか、そんなことを一切考慮しないたぐいの人間なのだ。こういうやからを相手にしても疲れるだけで、何も得られないことは経験上分かっている。御影恭子もそのがあるが、彼に比べれば可愛いもんだ。

──となると、彼の無邪気な研究を誰が誘導したかが問題になる。この手の視野狭窄型研究者というか猪突型研究者の場合、研究に必要な予算調達や対外的アピール能力は極めて低い。現に、俺の質問に全然答えてない。というか、質問の意図を全く把握していない。とてもじゃないがこんな感じの説明で政府機関パトロンから予算がぶん獲れるとは思えない。装置の設計図だけなら魚崎一人で描けるだろうが、絵に描いた餅の必要性をアピールし具現化させるためには、それ相応のテクニックが必要だ。

つまり彼の──魚崎の研究を利用しようと企み、各関係機関に働きかけ、こんな巨大な装置を組み上げるだけの人員と金を確保した誰かが別にいることになる。


「説明が必要だな」

別の男の声が頭上からした。今度は聞き慣れた声。小隊長殿おやっさんだった。

「大尉。コレは何なんです? 〈レッド・ランタン〉に残った俺たちまで騙して、ここで何をしているんです⁈」

「騙す? はは。お前らしい言葉だな。上沢。お前を地表降下部隊アタッカーズから外した理由わけが分かるか?」

「それは──、謹慎中でしたから……」

「それは表向きの理由だ。──簡単な話だ。お前は正義感が強過ぎる」

「だからと言って、こんな違法行為が──」

「まあ話を聞け」

小隊長殿おやっさんは目の前の〝宇宙船〟へと繋がる中空の渡り廊下からこちらを見下ろしていた。エレベータ口とは反対側。実験室ラボを挟んで向こう側に、小隊長殿おやっさんたちが降りて行った階段側からの出入り口があるらしい。

渡り廊下にいたのは小隊長殿おやっさんだけではない。その後ろを〝宇宙船〟に向かって歩いて行く人影──宇宙服を来た湊川だった。こちらを見ながら裏ピースをして通り過ぎていく。

「お前は、このモノポール貯蔵遺跡をどうしたいんだ?」

小隊長殿おやっさんが諭すように言う。

「どうしたいって……そのまま保存すべきでしょう。遺跡って言うのなら人類の共有財産だ」

「なるほど、共有財産か。だがな、この遺跡はプロメテウスの火なんだ」

「プロメテウスの──火?」

「ああそうだ。人類全体が共有するには危険過ぎる。それに、共有するほど量があるものでもない」

「だ、──だからと言って、我々が独占していいものじゃないでしょうに!」

「上沢。そこがお前の勘違いなんだ。この作戦は国連本部からの勧告リコメンドによるものだ。我々の独断専行ではない。もっとも、非公式ではあるがな……」

「国連の?」

「我々だけじゃない。連邦共和国とロシア隊の一部も加わっている」

「結局は──」

「ん?」

「──結局は、独占でしょう。混成部隊であっても、この遺跡を独り占めしようとしていることに変わりはない……」

「ふーむ」

小隊長殿おやっさんはポリポリと頭をかいている。

分かっている。俺が言っていることが奇麗事だって言うことは。ここに遺跡があり、無尽蔵にエネルギーが取り出せる代物が眠っているのだとすれば、その所有を巡り争いが起こるのは必然だということ。数多くの紛争の原因は、食料や飲み水も含めればエネルギー資源の奪い合いだ。その量が限られているのなら、なおのこと。いずれ紛争が起きることは目に見えている。

だったら、非公式であったとしても、国連の勧告リコメンドによる作戦を遂行した方が良いのかもしれない。お墨付きがある分、ベストでは無いにしてもベターではある筈だ。


「長田大尉。ひとつお聞きしたい事があります──」

俺と小隊長殿おやっさんの視線に割り込むようにして、みのりが口を挟む。みのりも言わば〝置いてけ堀〟を食らった一人だ。聞きたいことのひとつやふたつはあるだろう。

「──この装置は宇宙船ということですよね?」

「ああ、そうだ」

「目的はモノポールの持ち出しですか?」

「そうではない。その逆だ」

「逆?」

「逆ってどういう──」

つい言葉が出る。言っていることが分からん。だが、小隊長殿おやっさんはニヤッと笑って答えた。

「使っちまうんだよ。争いが起こる前にな──」

全員に行き渡らない資源があれば、奪い合いの紛争が起きる。それを解決するには、全員に行き渡るだけの資源を確保することが一番だが、それが到底無理なら逆の解法がある。捨ててしまうのだ。誰も使えなくなってしまえば、奪い合いは起こらない。実に単純だ。

紛争が起こる前に消し去ってしまうのなら、非合法に独占するよりはまだマシか──と自らに言い聞かせようとしたのだが、小隊長殿おやっさんの言葉には続きがあった。

「──うまく行けば無限に増やすことができる」

資源を増やす作戦なのか、資源を消し去る作戦なのか、どっちなんだよ!


        *  *  *


ここからの説明は主に魚崎によって行われた。会話が噛み合ないことが多くイライラしたが、それなりに理解したことをまとめると、こんな感じだ。


モノポールというのは原始宇宙なのだそうだ。もう、初っ端からわけが分からんが、聞いてくれ。俺だって分からないなりに我慢して聞いたんだ。

で、このモノポールは単独だととても小さい。小さいと言っても比較の問題で、周囲を取り囲む顆粒状金属系材料BNMの原子と比べればアメーバ並にデカく、それを利用して原子核とモノポールを選別するとか言っていたが、どちらにせよ、肉眼で見える大きさではない。

さらに、モノポールは磁気単極子と言う和名が付いているだけあって、N極のモノポールとS極のモノポールが存在する。これらを交互に立体的に積み上げて行くと、NとSが相互に干渉し合って外部からは磁力は全く検出されなくなるが、内部は原始宇宙のになるらしい。だが、実際はそう簡単にはいかない。そもそも、N極とS極は引き合うのだから、放っておくとくっ付いて消えてしまう。

『電子・陽電子消滅の磁気バージョンだよ』──と魚崎は言っていた。『ポジトロニウムに相当するものを作ることも可能だが、これを〝マグネトロニウム〟と呼べないところが残念だ』とか言って一人でニヤニヤ笑っていたが、どのへんが笑いのツボなのかさっぱりわからん。少なくとも、魚崎は楽しそうだった。何が楽しいのか分からないが、楽しそうだった。コイツ、以外とよく喋るな。いや、そんなことはともかく──。

モノポール同士が勝手にくっ付いて自滅するのを防ぐため、N極とS極それぞれのモノポールは格子状に区切られた容器に入れておかねばならない。その容器と言うのが、磁鉄鉱マグネタイトナノ粒子を丹念に張り合わせて作られた顆粒状金属系材料BNM。それを作り出すのが、硫酸なんとか細菌──御影恭子が作成したのか発見したのか、はたまたそれを更に改造したのか忘れてしまったが、要するに例のアレだ。


遺跡の状態は良くはなかった。何しろ、遺跡を形作る岩石は、今から5億年前のものだったという。表面のほとんどは元々の磁鉄鉱ではなく、酸素が硫黄成分に置換されて磁硫鉄鉱か黄鉄鉱になっていた。遺跡の中心部にいくほどモノポールの含有率は高く、そこから逆算すると、元々存在したモノポールの85%は消えてしまった計算になるらしい。ま、5億年もこの環境下にありながら、15%も残っていることの方が、驚異的じゃないかと俺は思う。

5億年前、使とされる硫酸なんとか細菌は、南極の地底湖から発見されていたそうだし、その細菌のDNAをイジり倒して、機能が停止している偽遺伝子Pseudogeneを発現させれば、モノポールの寝床というか揺りかごとして機能する顆粒状金属系材料BNMを作り出せることが、実験室ラボレベルで確かめられた。これを突き止めたのが御影恭子だ。性格はキツいが仕事は本物らしい。もっとも、その細菌の生成物がモノポールの揺りかごの役目を果たすことに気付いたのは彼女ではなく、魚崎だ。

魚崎は今ある遺跡をあえて粉砕し、残った15%のモノポールをかき集めて、小規模ながらも元の完全な状態に戻すことを考えた。だが、そのためには、新しい揺りかごを作りながら、モノポールを格子状に組み直す大規模な再構成リストラクチャリング装置──御影恭子が生体触媒装置バイオリアクターと呼んだ装置──が必要になる。

この実験を敢行するには巨大な資金を持つ政府機関パトロンが不可欠だ。あの話しぶりでは誰も相手にしないだろうと思った俺の読みは外れた。あろうことか国連UNの〈ニアリーイコール〉という非公認組織が援助協力を申し出たらしい。ニアリーイコールって、〝大体同じ〟とか〝ほぼ同じ〟って意味だろ。『≒』って書く……。

そもそも国連機関なのに非公認ってどういうことなのか良く分からないが、そういう外郭団体があるらしい。ま、既にそういう非公認の団体が、人類の共有財産である遺跡を壊すことに手を貸している段階で俺としてはムカムカ来ているわけで、小隊長殿おやっさんが『お前は正義感が強過ぎる』と言うのも分かる。分かるが、正義感が強くて何が悪い!


「お前がハズされたのは、正義感じゃなくて、隠しごとが出来ないその性格からだろ」

湊川が呆れた顔してうそぶく。

「──ったく、なんでお前がこの船に乗ってくるんだよ!」


言い忘れていたが、あの後、俺は小隊長殿おやっさんの指示で階段を昇り、この宇宙船の操縦席コックピットに乗り込んでいた。みのりは制御室で待機となったが、御影恭子は『アタシも乗る』と言い張り、何故か後ろにいる。魚崎もだ。図らずも〝水汲み作戦〟の時と同じ人員と配置になっている。ただ、ここを操縦席コックピットと呼んでいいのかは定かでない。操縦桿と呼べるものが無いからだ。それに、本当に〝宇宙船〟なのか、今でも半信半疑だ。

湊川が宇宙服を着ているのに俺たちは普通の服装でいいのか──魚崎に至ってはテカテカのチノ・パンにヨレヨレのTシャツだ──と思ったが、今回の搭乗は何度目かの模擬試験テストで、はしないようだ。ま、そりゃそうだな。本当にこれが〈スキップジャック〉とかいう宇宙船なら、俺たちがエレベータから降りた場所は、まさに射点位置そのもの。下から〈スキップジャック〉を見上げるような位置だ。どのような推進機構であれ、そこに人が自由に入れる状態で、本番の筈がない。

「言っとくが、この船──〈スキップジャック〉の操縦士パイロットは俺だぞ。そして副操縦士コーパイはいない。お前たち2人は乗客だ」

2人──というのは、俺と御影恭子のことだろう。魚崎は最初から地表降下部隊アタッカーズのメンバーだ。そして、〈スキップジャック〉の設計者であるならば、いわゆる航空機関士フライトエンジニアとして乗り込んでもおかしくはない。飛行機酔いの激しいヤツが勤まる職種ではないがな。

副操縦士コーパイがいない? 〈マンタ・レイ〉の副操縦士コーパイがいるだろう?」

「〈マンタ・レイ〉の操縦士パイロットが2人とも〈スキップジャック〉に乗ったら、〈マンタ・レイ〉は誰が飛ばすんだ! 〈マンタ・レイ〉が飛ばなきゃ、上の階にいるRERCの技師やバイオ屋達が帰れないだろ」

「〈スキップジャック〉には乗せないのか?」

「こいつは試作機。人類初のモノポール・エンジンで動く宇宙船の試作機だ。で、俺がそのテスト・パイロット。お前には譲らない。今回、指くわえて見てるのはお前の方だ」

「これは──本当に〝宇宙船〟なのか?」

「はぁ? お前、いまさら何言ってんだ。小隊長殿おやっさんの命令がなけりゃお前なんてここから蹴りだして──」

「ああ。分かった、分かった。それ以上言うな」

とてもじゃないが話にならない。それにコイツは、俺と組むといつもバックアップに回されているから、少しばかり卑屈になっているところがある。


「ところで──」

と、俺は、質問の仕方を変えることにした。

「──〈スキップジャック〉の推進剤は一体何だ?」

本来なら、後ろに座って眼鏡を押さえながら計器類を見ている魚崎に聞くべきだが、コイツに話を聞いても要領を得ない。テスト・パイロットになった湊川なら──、そして、〈スキップジャック〉が本当に宇宙船だと言うのなら、そのへんのことは頭に入っている筈だ。

モノポール・エンジンがどんなものなのかはよく分からない。魚崎はそれを原始宇宙だといい、核融合反応でもルバコフ効果を使った陽子崩壊反応によるエンジンでも無いと言い切った。とりあえずエネルギー源の詮索は放っておいて、単に膨大なエネルギーを生み出す代物──程度に考えておく。

だが、エンジンがいくら強力でも、宇宙船やロケットはそれだけでは飛ぶことができない。宇宙船後方に何かを投げつけ、その反動で推進力を得る必要がある。俺が噴射ノズルを最初に探したのはそれを知ろうとしたためだ。後方に何を投げつけるかが分かれば、エンジンの原理もそれなりに分かってくる。

だが、湊川の返答は素っ気なかった。

「ねーよ。そんなもん」

「何? 無いわけがあるか⁈」

それが無ければ、作用反作用の法則って言う、ニュートン力学に反する。そんなことは原理的にあり得ない。

「ねーもんはねえんだ。『こいつが作り出すのは宇宙だ』と設計者様も言ってるだろ?」

魚崎はそれを聞いてもニコリともしなかった。計器類のチェックに余念が無いらしい。

「じゃあ、どうやって飛ぶんだよ」

「こいつはと飛ばねぇ」

「と……?」

想定外の答えに言葉を失う。あるいは、宇宙船じゃないことを認めたのか?

「──強いて言うなら〝乗る〟んだな」

「乗る。何に?」

「へへ。分かんねーか。それはな──」

湊川はニヤリと笑った。

「──宇宙だよ」

要は、魚崎の真似だった。


魚崎にはエネルギー源となるモノポールの精製について聞いたが、宇宙船が〝飛ぶ〟機構については聞いていない。湊川の話は魚崎よりは分かり易かったが、話そのものは逆で、さらにぶっ飛んだ内容だった。

「我々の宇宙が原始宇宙だったとき、何があったか知っているか?」

湊川は意地悪そうに質問する。

「知らん。第一、原始っていつの頃の話だ」

「それは──俺も知らん」

何だ、知らないんだ。こいつも魚崎からの受け売りの知識だけだな。

「インフレーションだ。インフレーション」

湊川は不機嫌そうに言う。その一方で、コンソールに流れている情報を読み取り、的確に処理をしているようだ。

「インフレーションって、インフレーションって、──何だ?」

馬鹿2人組の会話になっているが、仕方が無い。俺らは科学者じゃないんだ。

「宇宙空間が急激に大きくなったという話さ。〈スキップジャック〉のモノポール・エンジンは、その〝インフレーション宇宙〟を人工的に作り出す装置だ」

「空間を大きくして宇宙そらまで飛ぶと……」

「イメージとしてはそんなところだ」

「湊川……、お前もイメージだけしか分かってないだろ」

「細けぇトコはいいんだよ!」

ははっ。開き直りやがった。


話は単純だ。だが中身がぶっ飛んでいる。

集積されたモノポール──正しくはモノポールを内部に取り込んだ状態の顆粒状金属系材料BNM──を超短パルスレーザーでプラズマ化。大型螺旋装置LHDでそのプラズマ状態を維持すると同時に、揺りかごの役目を終えた顆粒状金属系材料BNMを四散させ、純粋なモノポールのスープを作る。これが正に原始の宇宙なのだそうだ。

魚崎の話に出てきた、ポジトロニウムだがマグネトロニウムだか──あれ? どっちだ? ──ともかく、詳細は分からなかったが、通常、そいつらの末路は、単に消えて無くなるだけのはかない存在だ。だが、短期間に大量に凝縮され、ある臨界を越えると、急激に巨大化するらしい。爆発じゃない。空間そのものが創造され膨張する仕組みだ。そうすると、あぶった餅の一カ所が急激に膨らむように、その膨らみの上に乗っていた物体も、空間と一緒に移動できる。

いやいや、移動ではない。移動はしていない。宇宙船は同じ場所にいるのだが、地面と宇宙船の間に新たな空間が創造されるから、座標そのものが変化してしまうだけだ。『こいつはと飛ばねぇ。強いて言うなら乗るんだ』という湊川の言葉はそう言う意味だ。


──っていうことは、コイツは本物の宇宙船だということだ。

こんな原理で飛ぶヤツを宇宙船と呼んでいいのかどうかは分からないが。


「インプロージョン・シーケンスをスタートしますか?」

「何時でもいけるぜ」

合成音か生身の声か分からないような女の声に、湊川が応える。模擬試験テストは最終段階を迎えつつあるようだ。

大型螺旋装置LHD出力正常。磁場漏れ規格範囲内」

了解ラジャー。こちらでも確認している」

「カウントダウンのタイミングはどちらで行いますか?」

「そっちで頼む。10秒からでいい」

「分かりました。10、9、8……」


操作は全てタッチパネルで行われている。操縦桿やスロットルレバーが無いのは淋しいが、ネオ・ダイダロスの操縦系統もそうだった。宇宙を作り出して膨らませるなどと言う奇想天外な話に面食らったが、何の事はない。制御系としては核融合ペレットにパルスレーザーを当てて飛ぶネオ・ダイダロスとそんなに変わらない。磁場で封じ込める核融合炉のような機構が、別途加わっているだけだ。

奇妙なのは、燃料となるモノポールとその推進原理だけ──いやまあ、そいつが一番のキモなのだが──で、制御機構や操縦系が未知の理論で一新されているわけではなかった。これなら、その気になれば短期間のうちに開発できるだろうし、特別なブレイク・スルーも必要なく、既存の技術の寄せ集めでなんとかなるだろう。

「5、4……」

「ん? おい、どうした?」

カウントダウンは唐突に4で止まる。湊川の問いかけに応えたのは、女性の声ではなく、小隊長殿おやっさんだった。

「湊川。今日のテストは中止アボートだ。お客が来た」


        *  *  *


「偵察機は無人の囮だったからな」

俺と湊川が制御室に戻ると、小隊長殿おやっさんが見据える先のレーダーに三機の機影が写っていた。ふたつは兵員輸送機並の小型機だが、そいつを露払いにして後ろに飛んでいる機体がでかい。〈マンタ・レイ〉程ではないにしても、半分程度の大きさはある。半分だとしても500メートルだから〈ブーメラン〉よりは大きい。大きさと形状から飛行船型艦艇だと思われる。敵が本格的に攻めて来やがっ──いや、敵って誰だ?

「撃ち落としますか?」

無線から入ってくる声は姫島だった。普段はにこやかだが、こと戦場においては過激である。職務に忠実と言った方がいいかな。減圧室ベルに入ってガス抜き中かと思いきや、既に浮揚軽量車エアロスピーダーと共に、〈箱船〉外に展開しているらしい。敵大型船までは距離にして20数キロメートルってとこだが、装甲兵携帯式地対空ミサイルAMPADSはそんな長距離射程ではない。精々、半分の射程だ。他の武器があるのだろうか?

「いや待て。小型機の識別信号IFFを見てみろ」

「こいつは──」

大きな方は、連邦共和国の船。例によってRERC絡みの大型船のようだ。

小隊長殿おやっさんが『無人の囮』と呼んだ偵察機は、我々が浮遊基地フロート・ベースから姫島らと追いかけた、RERCの装甲兵員投降機APDのことだろう。最終的には迎撃する前に地上に落っこちた間抜けな機体だったが、放電霧を利用してみのりが地表降下部隊アタッカーズに連絡を入れた後、仮に装甲兵員投降機APDがそのまま順調に〈箱船〉に接近していたとしたらどうだろう? 地上部隊は迎撃体勢に入ったのだろうか?

反対に、我々の乗った〈ブラック・タートル〉もRERCの連中──RERCの司令部付きではなく駐在部隊の連中──に撃ち落とされそうになった。だが、姫島の投光機信号では解け、アイツらと握手までした。つまり、地表降下部隊アタッカーズとRERCの駐在部隊が手を結んでいるということになる。小隊長殿おやっさんはロシア隊も絡んでいると言っていた。南緯20度帯20 Degree Southを拠点とするロシア隊は、地表降下部隊アタッカーズ浮遊基地フロート・ベースごと消えて無くなった時に、真っ先に捜索を開始した部隊だ。実に手際が良いなと思っていたが、最初から陽動や攪乱かくらんとして仕組まれていたと考えれば話は通じる。『風邪が流行っている』というソーニャの話もその一環だったのかも知れない。ただし、ソーニャはだ。

つまり、本作戦に関して、地表降下部隊アタッカーズにとっての味方は、RERC駐在部隊とロシア隊であり、敵対するのはRERC司令部付き部隊、つまりソーニャのとこの部隊と──

「こいつは──、我が軍ウチの〈ブラック・タートル〉だ」

──そう。〈レッド・ランタン〉に残ったということになる。はてさて、俺はどっちに付けばいいんだ?


浮遊基地フロート・ベースに留まっていれば、もっと早くに察知できたんですがねぇ。それで──、撃ち落としますか? 敵味方識別付探索機IFF-Seekerを外せばやれます」

姫島はあくまで『撃ち落とす』つもりだ。味方でも容赦ない。

やってきた二機の〈ブラック・タートル〉は、落ちるしか能のないグライダー装備と違い、傾斜回転翼ティルトローターが左右に一機ずつはめ込まれた立派な翼を付けている。大型飛行船と速度を合わせる必要があるのかも知れないが、単独で持続航行が可能な機体となっているように見える。

しかし、このオプション主翼は我が小隊には配備されていないものの筈だ。

「まあ待て。〈ブラック・タートル〉はともかく、大型船の戦力が分からんウチは手を出すな」

「大型船の方が回避能力が低くて良く当たります。装甲も紙レベルですが?」

「そんなことはあちらさんも分かってる。分かっているのに大型船でやってくるからには何かある」

「何ですかね?」

「それが分かれば苦労しない。相手の出方を見よう。迎撃は放電霧を越えるまで待て」

了解ウィルコ


ほどなくして降下部隊から通信が入る。我が軍ウチの専用回線だ。嫌な予感がする。

「長田大尉。ご無事ですか?」

予感的中。無線の主は谷上中尉だ。小隊長殿おやっさんは手に取ったマイクを一旦下げ、少し溜息をついてから話し始めた。

「無事だ。ピンピンしている」

「それは良かった。そちらに、上沢小尉と伊川軍曹もいると思いますが……」

「捜索? そうか、そういう話をしていたな」

「ところで、降下地点は赤道を越えたセレス・コロナCeres Corona周辺ではなかったのですか? 随分と外れた場所に降りたようですが?」

「……何が言いたい? 時間稼ぎなら他でやってくれ」

小隊長殿おやっさんは笑いながら話していたが、もちろん、目は笑っていない。

「分かりました。単刀直入に言いましょう」

「そうしてくれ」

「不法占拠している遺跡から退去して頂きたいのですが……」

「不法占拠ではない。|宇宙に関する国際連合条約《UNCLOU: United Nations Convention on the Law of the Universe》による暫定的占拠だ」

「それは初耳です」

「公開鍵暗号電文で通知された勧告リコメンドによる国連本部からの公式文書レターもある」

「なるほど。では、それは後で確認しましょう。ですが、宇宙に関する国際連合条約UNCLOUは、あくまで宇宙空間上での条約。宇宙境界線Kármán line以下では、惑星ごとの連邦共和国政府の法のもとに運用される筈ですが……」

「ここは北緯30度帯30 Degrees North域のテルス島Tellus Island湾内だ。自治権という意味では、共和国直轄の司令部よりここに駐留する共和国駐在部隊と我々の合議の方が優先される」

「共和国の駐在部隊……。なるほど、そういうカードをお持ちでしたか。ただ、どちらが優先されるかは、国際宇宙法裁判所《ITLOU: International Tribunal for the Law of the Universe》でも争われていない事案ですがね」

「はっはぁ。それこそ宇宙境界線Kármán line以下では司法権限が及ばない話だろう」

「それともうひとつ。遺跡の占領は、金星環境保護戦略VEPS: Venus Environmental Protection Strategy──」

「今は金星評議会VC: Venus Councilになっている筈だが?」

「おっと、そうでした。そこの環境作業部会の決議に反しています」


ややこしい。実に、ややこしい。政治と法律の分野は性に会わない。──っていうか、何故に我が軍ウチの小隊のトップとナンバーツーが言い争そわねばならんのだ。

「姫島」

「はい」

小隊長殿おやっさんが一旦手持ちのマイクを下し、コンソールに映る姫島ら装甲兵アーマードソルジャー分隊の位置を確認しながら別のマイクで短く呼び出す。姫島も瞬時に出る。既に第一種戦闘モードだ。

「そこから〈ブラック・タートル〉が狙えるか?」

「いつでも撃てます」

「狙いだけでいい。こちらの合図でレーダーを照射しろ」

「こちらの位置がバレますが?」

「ダミー照射でいい」

了解ウィルコ

姫島ら装甲兵アーマードソルジャーの配置は完璧だった。最初は〈箱船〉近くの岩場を背に身を隠しているだけだと思っていたが、〈箱船〉の廃熱管下の位置に陣取っていて、相転移吸熱体PTHAの排気を隠している。上から見れば陽炎が重なって、区別がつくまい。

さらに、彼らは敵の誘導弾に備え、多孔電磁波反射体メソポーラス・オプティカル・デコイを要所毎に何体か展開している。これらは単なる受動式パッシブの〝人形〟でしかないが、一方向から照射された光を四方へ拡散させるため、それ自身が敵に向かい照準光を発光しているように仕向けることができる。すなわち、〝人形〟にレーダー波を照射することで、その〝人形〟があたかも照準をつけているように見せかけることが可能だ。

らちがあかんな。話し合いに来たわけではなかろう──」

小隊長殿おやっさんがマイクを持ち直し、再び谷上中尉に話しかける。あくまでもニコやかに。

「──こちらにも、いきり立っているヤツがいてな」

小隊長殿おやっさんは左手を上げ、合図をする。ダミー人形からのレーダー照射はこちらからは見えないが、飛行中の〈ブラック・タートル〉2機が回避行動を取りながら大型船の裏に隠れたことで、それと分かる。

だが、裏に隠れるのか? 露払いとして大型船を守るのでは無く、盾として使うのか? 藁のような盾を?

「そちらの手の内も見せてもらおうか?」

「…………」

一瞬の沈黙の後、谷上中尉は、

「できれば見せたくは無かったのですが──」

とだけ付け加えた。

相手の高度は20キロメートルを切った程度。濃密な大気のため、望遠でも揺らぎが激しく、詳しくはよく分からない距離ではあるものの、大型船の〝腹〟が開くのが見えた。俺は何度目かの既視感デジャブを感じていた。

「クラスタミサイルとはスマートじゃないな」

小隊長殿おやっさんはやはり笑っている。

「いえいえ。オスロ条約には抵触しません。ただのパチンコ玉射出機です」

「この大気密度では、施設に亀裂が入るだけで自壊する──そういうことだな」

「そういうことです。ですが、我々の目的は破壊活動ではありません」

「我々とは?」

「共和国政府と共に北緯30度帯30 Degrees North域をべる我が軍の小隊のことです。そもそも国連加盟の各国担当者が見守る公式の作戦会議ブリーフィングで嘘の作戦を述べ、遭難を擬装し、秘密裏に遺跡を占拠したのは──長田大尉、貴方の方なのですよ」


それは確かにそうだった。『我が隊に内通者がいる』俺がそう言って、みのりが黙り込んだのも、元はと言えば、その内通者が小隊長殿おやっさん──つまり長田大尉なんじゃないかという疑惑に尽きる。

国連本部からの勧告リコメンド。その一言で小隊長殿おやっさんは説明したが、俺たちはその内容を見たわけでも読んだわけでもない。エネルギー資源としてのモノポールの独占をたくらんだ者達の非合法的作戦──と見た方が、明らかに分かり易い。

だが、谷上中尉が〝正義の味方〟かと言うと、これもかなり怪しい。単に状況把握を目的とした偵察だけなら、俺もそう思ったかもしれない。何しろ、奪い合っているのは遺跡だから、移動出来るものではないし、場所さえ特定してしまえば、所定の手続きをとって警務隊Military Policeに通知するだけでいい筈だ。

第一、クラスターミサイル──ではなく、巨大な鉄球花火を持って来たという段階で、この〈箱船〉を強奪する気満々じゃないか。破壊が目的ではないなら、脅して奪い取ろうということだろう。

この争い……。どちらにしても正義は無いように見える。


いさかいの理由はさておいて、戦術的なことに目を向けると、この闘いは、圧倒的に小隊長殿おやっさんが不利だ。要するにこれは拠点防衛戦だ。破壊するだけで良ければ、花火を炸裂させるだけで事足りる。おそらく、高々度からバラまくだけでいい。〈箱船〉の数カ所に亀裂が入れば、後は自動的に圧壊する。ダム破壊作戦と同じだ。そんなに大量の爆薬は必要ない。

逆に、姫島ら装甲兵アーマードソルジャーが下から攻撃して大型船を撃墜するのも同様に簡単だが、攻撃回避が難しいこの手の船は、処理防止装置Anti-handling deviceが付いているのが常だ。攻撃や武装解除の手段を講じれば、その段階で花火が炸裂するだろう。いや、撃墜できたとしても誘爆して鉄球をバラまかれたなら同じ事だ。

この勝負、小隊長殿おやっさん率いる地表降下部隊アタッカーズは、負けか引き分けしか残っていない。我が小隊全体にとっては引き分けでも負けだ。いや、引き分けこそが最大の負けだ。味方同士で潰し合っているのだから世話が無い。

──なにやら、ソーニャの高笑いが聞こえてきそうだな。アイツが後ろで手を引いているのは間違いない。そもそも、あの大型船は我が軍ウチのものではない。連邦共和国の船。RERCの大型船なのだから、推して知るべしである。つまり、この遺跡を手に入れたいのはソーニャ──要するに、ここの共和国政府なのだ。そして、手に入らないのなら、先に見つけた者どもと共に破壊してしまえということだ。


「ふむ……」

小隊長殿おやっさんは暫く考えていたが、おもむろにマイクを取りとんでもない事を言った。

「分かった。投降しよう。本施設は放棄する。好きにするがいい」

「えっ⁈」

つい、声が出る。湊川も、他のクルーも同様だ。ちなみに言っておくが、小隊長殿おやっさんはいつもはこんな弱気ではない。いや、今も弱気には見えない──のだが……。

「……そうして頂くと助かります」

一瞬の間の後、拍子抜けしたような谷上中尉からの声が入る。

「ただ、〈マンタ・レイ〉に全員が搭乗し、本施設を離れるまで時間がかかる。暫く猶予をくれないか?」

「分かりました。20分だけ待ちましょう」

「助かる」


確かに、同士討ちしてまで〈箱船〉の分捕り合戦をしても仕方が無い。無駄な消耗戦をしても我々小隊が損をするだけで、漁父の利を得るのは共和国政府だけだしな。──などと考えていたら、小隊長殿おやっさんはコンソールを叩いて何処かと話をしていた。

「教授──」

「んー、なんですか?」

『教授』と呼ばれたのは魚崎だった。そういえば、制御室には一緒に来ていなかったなと思っていたら、まだ例の宇宙船〈スキップジャック〉に乗っているらしい。ディスプレイを見ると、先ほどと全く同じ席に同じように首を傾げて座っている。そういえば、御影恭子もここには来ていないが、船内には居ないようだ。アイツは何してんだ?

「発射シーケンスは止めたままか?」

「あー。いや、一旦、リセットをしている」

魚崎はカメラを覗き込む様にこちらを見ている。覗き込んでもこちらは見えないだろうに。

「それなら直ぐに再開してくれ。ただし

「はぁ。では、早速……」

魚崎は驚きもしなかった。眼鏡を押し上げ、少し微笑んでいた。

「湊川。本作戦は予定を繰り上げて最終段階に入る。強制はしない。やる気はあるか?」

「ここまで来たら、後には引けないでしょう」

湊川は嫌々そうなフリをしているが、顔は魚崎と同じだった。早々と敬礼をし、宇宙船へ戻ろうとする。

「上沢ぁ」

「はい」

「お前には本作戦に関わる義務は無い。だが、こういう事態だ。バックアップで湊川と一緒に搭乗してもらえれば有り難い」

「は──」

湊川が振り向き、露骨に嫌そうな顔をする。それなら返答はひとつしかない。

「──分かりました。乗りかかった〝船〟ですし」

「上手いこと言ったつもりか⁉」

湊川は迷惑そうな顔をしてそう言った。俺は笑った。魚崎と同じ、薄笑いで。


        *  *  *


操縦士パイロットの湊川と共に、単純だが重要ないくつかの煩雑はんざつ定型作業セレモニーをこなした後、座席を目一杯、リクライニングにし──って、どこかで似たような話をしたな。

「ったく。何でお前が乗ってくるんだよ」

小隊長殿おやっさんだ。命令には従わねばならん」

「けっ!」


俺の目算通り、この船は、タンデムミラー型推進ロケットのような、磁場封じ込め型核融合炉と核融合ペレットを使う慣性閉じ込め核融合炉の混成体キメラのような代物だった。操作自体も似たようなものである。

もちろん、差異はある。まず、直線的なタンデムミラー型ではなく、ドーナツ型のヘリカル磁場装置が使われている点。魚崎曰く『大型螺旋装置LHD』という装置だ。ドーナツ型はプラズマの漏れが少なく、常用のエネルギー動力炉にはよく使われるが、プラズマを噴射して推進する宇宙船用途には不向きだ。制御をうまくやらないとネズミ花火のように回転し、どっちに飛ぶか分からない代物となる。

もっとも、この磁場装置は、プラズマを封じ込めるのではなく、プラズマと化した顆粒状金属系材料BNMを吹き飛ばすためのものだそうだから、用途が全くの逆である。装置自体も密閉型ではなく、コイルがむき出して、内部空間が丸見えだ。不要となった顆粒状金属系材料BNMが消え去った後、この内部空間をモノポールのが循環することになる。

超短パルスレーザーを使った慣性閉じ込め核融合炉の方も、連続使用を想定していないという点が異例だ。その代わり、一度にエネルギーを使い切るフェムト秒単位の超短パルスレーザーの威力はとてつもない。魚崎の言葉を借りれば、モノポールを標的ターゲットとした『爆縮炉』である。

超短パルスレーザーの発振に合わせて、大型螺旋装置LHDからモノポールを放出。一気に爆縮させるとモノポールスープができる。『インフラントンを作る』──と魚崎は言っていたが、何のことなのか最後まで分からなかった。

分からないついでに言ってしまうと、一度使ってしまったモノポールを再び回収するには、〈スキップジャック〉が作り出したインフレーション宇宙が再加熱Re-heatingで消えてしまう前に、その一部を取り込めば良いらしい。『何度でも食える只飯フリーランチだ。ふっふっふっ……』──と魚崎は……えーい、気持ち悪いヤツだな。

そういえば、小隊長殿おやっさんも『無限に増やすことができる』とか言っていたので、何やら複雑で理解出来ないが、そういうことらしい。これ以上は俺に聞くな。


動作原理は複雑怪奇で俺の頭では理解不能だが、実際の点検作業自体は非常に単純だ。外部動力炉との接続と電力流量チェック。スラブ型レーザー増幅器とパルスストレッチャー・コンプレッサーおよび最終段で通過するグラフェン可飽和吸収ミラーGESAM: GraphEne Saturable Absorber Mirrorの動作確認等々……。

ちなみに、〈スキップジャック〉を動かすための動力源は、〈箱船〉の中に外部動力炉として、別途備わっている。大型螺旋装置LHDも見た目はトカマク式の核融合炉そっくりなのだが、こいつはエネルギーを使う一方で生み出すことはない。兼用すればいいのに──と、素人考えで勝手に思う。

ただし動力源と言っても、それは始動スターターモーター程度の意味の動力であり、〈スキップジャック〉の宇宙船としての推進動力はあくまでも〝宇宙〟である。外部動力炉のエネルギーゲージを見る限り、スターターにしておくのは勿体ない気がする。これだけで充分に〈スキップジャック〉を宇宙そらに上げるだけの能力はあると思うのだが……まあ、そういうではないから仕方が無い。

それから、グラフェンなんとかってのは初耳だ。昔、魚崎がグラフェン構造がどうのこうのとか言っていたような気がするが、記憶が定かではない。確か、ネオ・ダイダロスのレーザー駆動系にも、似たような場所にSESAMという似たような名前の回路があったが──、親戚か何かだろうか?


「ところで……」

俺は湊川に聞いておきたいことがあった。

「後ろの席の2人は何だ?」

うーむ。自分の発言ながら、この展開は既視感デジャブがありまくりなのだが、俺と湊川同様、宇宙服を着込んだ2人がそこにいた。1人はさっきまでヨレヨレのTシャツを着ていた筈なのだが。

「何だとは失礼ね! アタシは──」

「魚崎博士は〈スキップジャック〉の設計者だ──」

「──ここに濃縮された磁性体があるって言うから──」

「──エンジニアとして状況を見てもらうために──」

「──それを探していたらアンタ達が勝手にやってきて──」

「──本船の機関士としての役割を──」

「あーっ、ウルサイわい。いっぺんに喋るな。俺は聖徳太子じゃねー!」

「準備はどうだ?」

「だから一度に喋るなと──」

「その声は上沢だな……」

「うが‼」

小隊長殿おやっさんだった。有線回線で割り込んで来ていた。

横でニヤニヤしながら湊川が応える。

「動力系統、レーザーとミラー軸合わせ共に調整済み。いつでも起動できます」

「了解した。こちらの隊員もほぼ〈マンタ・レイ〉に搭乗済みだ。今、連結通路はしけを切り離している」

「起動しますか?」

「いや待て。上空で谷上が熱源感知していたなら、起動がバレるおそれがある。〈マンタ・レイ〉上昇時に合わせるんだ。モーター熱と気流で誤摩化せる」

了解ウィルコ


モニター画面では、今まさに、〈マンタ・レイ〉のメイン・ハッチが閉まろうとしているところだった。格納された浮揚軽量車エアロスピーダー2台と、装甲兵アーマードソルジャー4~5体は確認出来た。それと、人員輸送モジュールPTMも加わっている。他の人員は、与圧が確保されているサブ・ハッチから入ったのだろう。ということは、人員輸送モジュールPTM可搬式減圧室ベルの役割を果たしていて、中には30気圧下に置かれていた人達が入っている──そういうことになろうか。

上空二機の〈ブラック・タートル〉は、高度5キロメートルを割る程度まで降下している。だが、花火が仕込まれた大型船は放射霧より下には降りて来ていない。地上からの奇襲に対する防御だろう。少なくとも、撃墜される前に、全ての子爆弾──子鉄球か? ──を投下可能だぞという脅しにはなる。〈箱船〉乗っ取り後も地表まで降りてこないつもりなのかもしれない。

〈マンタ・レイ〉に搭乗した。これから離昇リフトオフする」

了解ラジャー。そのまま25番浮遊基地フロート・ベースまで上がって頂きたい」

了解ウィルコ

小隊長殿おやっさんと谷上中尉との無線交信を合図に、行動を開始する。


「打ち上げ作業をスタートしますか? 本行程は演習ではありません。繰り返します。本行程は演習ではありません」

先ほど聞いた合成音か生身の声か分からないような女の声。いや、ここには我々4人しかいないから、合成音で確定だ。

「何時でもいけるぜ」

これまた、先ほど聞いた言い回して、湊川が応える。

「生体認証を再度確認します──確認完了。動力炉を接続、起動します」

このやりとりは、さっきは無かった。本番はセキュリティが厳しくなるのか? それ以外にも『起動します』という言葉は無かったと思う。シミュレーションでは省くらしい。

ゲージ類は次第に上がって行くが、振動や音は全く感じない。動力炉が外部にあり、足元で核融合ペレットによる連続点火が行われているわけでもないのだから当然だが、起動時に行われる筈の角運動量制御フライホイール動作試験音すら皆無なのは少々淋しい。

宇宙船の場合、全飛行行程の中で加速時間より慣性飛行時間の方が遥かに長いからこういう静かな状態が多くなる。真空中ではいくら高速で飛んでいても、体感でそれを感じ取る術はない。大気中を飛ぶ飛行体を俺が好きなのは、この静けさが苦手だからかもしれない。今頃になって気付いたのだが、この宇宙船〈スキップジャック〉は、機械式の可動部が極端に少ないんじゃないだろうか?

だが、進路変更を行う機能──操縦桿ではなくタッチパネル式ではあるが──は付いているのだから、何らかの姿勢制御機構がある筈だが、噴射ノズル無しにそれをどうやって制御しているのかが良く分からない。イオンスラスターくらいはどこかにあると思い、搭乗前に確認したが、それらしいものは無かったのが気になる。

駆動系の知識は『整備士エンジニアには必要だが、操縦士パイロットには不必要な知識』かといえば、そんなことは無い。航空機でも自動車でも、モーターがフロント側かリア側かで操作性が異なるのは必然。操縦士パイロットも駆動系の細部を熟知しておくことは無駄ではない。いや、むしろ積極的に知っておくべきだ。

「自律的点検システム作動。全点検終了まで240秒」

時計を目にやると、20分のタイムリミットまで、あと5分ほど。何とかなりそうだ──が、1分の猶予で離昇リフトオフできるのか? それに──

「上昇時に撃ち落とされたりしないのか?」

何しろ上空15キロメートルには花火入りの大型船が睨みをかせている。いや、そうじゃない。その前にもっと根本的な話がある──

「そもそも、どうやって離昇リフトオフするんだ? 天井が開くのか?」

天井は開かない。開かないのは分かっている。

この上には、生体触媒装置バイオリアクターが林立する実験室ラボがある。さらにその上には制御室がある。床や壁の素材が何で出来ているのかまでは知らないが、カパッと開くような作りにはなっていないことは確かだ。

「んー、あー、それは問題ない。天井はそのままだ」

魚崎が答える。

「天井がそのままだとぶつかるだろ」

「……ぶつからない」

「何故?」

「んー、天井も離昇リフトオフする」

「は?」

「だからだなぁ──」

湊川が会話に割って入る。そもそも会話にはなっていなかったが、こんなやり取りが延々と続くのを嫌ったのだろう。御影恭子は隣で目を瞑り足を組んで黙っている。そういえば、コイツは〝水汲み作戦〟の時、魚崎と二、三、会話しただけで直ぐに黙ってしまったのだったっけ? 御影恭子と魚崎晋……ま、どう考えても相性は悪そうだ。

「──俺たちが乗っているのは……そうだな、エンジン部分そのものなんだよ」

「じゃあ、やっぱりこの船は未完成品だってことか⁈」

「そ、そうじゃない」

魚崎の回答を湊川が手で制する。

「〈スキップジャック〉がエンジンだとするならば、船体は〈箱船〉全体だ」

「ん?」

「〈スキップジャック〉はだと言っただろ。だから、金星の地面と、この操縦席コックピットの間に新しい空間を作り出すんだよ」

「上に乗っている俺たちは宇宙そらまで飛ばされると?」

「そういうことだ」

管制室ブロックハウスごと打ち上げるわけか」

さっきも似たような会話をした筈だが──うーん、やっぱり良く分からない。だが、この施設に〈箱船〉という名称を付けた意図は何となく分かった気がする。

「いや……、飛ぶのではなく、んー、座標は変わらない」

魚崎のツッコミが入る。こいつのツッコミは、ボケなのかツッコミなのか分かり辛い。

「ああ、そうだった。そうだった。新しい空間が間に詰め込まれるだけだ」

湊川も魚崎の〝科学的に厳密なツッコミ〟には辟易しているらしい。そのイライラ顔を横目で見ながら、俺はさらに質問をする。

上昇率ROC: Rate Of Climbは?」

「ROC? 理論上何度でも再生可能だ。周囲の空間ごと持ち上がるってことは、大気摩擦を考えなくて済むから、通常の輸送機よりも──」

「ああ、すまん。再利用可能軌道輸送機ROC: Reusable Orbital Carrierのことじゃない。上昇する速度が知りたい。上の大型船に蜂の巣にされるのは御免だ」

「その心配はいらない。〈スキップジャック〉の最高速度は無限だ」

「何⁈」

「いや……、無限では無い。理論値上限は、光速の10の26乗倍? んー……オーダーで10の7桁程の誤差がある──」

「は⁈」

魚崎のツッコミが再び入るが、それ以前に、お前達はいったい何を言っているのだ?

「──だが、心配はいらない。んー、スケール因子ファクターが指数的で誤差が増幅されても、インフレーション終了時の……物理的座標距離の誤差には……ほとんど影響が無い」

「湊川ぁ……翻訳してくれないか? 分かるなら」

「ああ? そうだな。簡単なことだ──」

湊川は親指を立てながらこういった。

「──心配するな、楽しくやろうぜDon't Worry, Be Happy

ウインク付きだった。余計に心配になった。

思わず後部座席の御影恭子を見たが、腕組みをして『アタシに聴くな』という拒否の眼差しをしている。逆ギレしている。──いや、コイツは単に、硫酸なんとか細菌が作った特殊な磁性体が手に入らなかったことに腹を立てているだけなのかもしれない。どいつもこいつも、まともなヤツがいない。唯一まともだったみのりちゃんはさっさと何処かに行ってしまったしな。


「湊川、上沢、首尾はどうだ? そろそろお客が到着するぜ」

有線回線から聞き慣れた声がした。いや、しかし──

「姫島か?」

どうして姫島がここに──何処に?──いる。

「上沢か? 追い払うか?」

パッシブレーダーを見ると、上空にいた2機の〈ブラック・タートル〉のうち、1機は反転し〈マンタ・レイ〉へと近づいていた。〈マンタ・レイ〉は上昇というより、水平方向へ移動していて、〈箱船〉から距離をとる動きをしている。問題はもう1機の方だ。こちらにゆっくりと接近中である。

「追い払うって……ここで戦闘を開始したら、鉄球の雨が降るぞ」

「それが目的なのさ──」

湊川がわけの分からないことを言う。

「──可能な限り実験を遂行させる。だが、不可能と判断したならば、奴らに鹵獲ろかくされる前に自沈させる──そういうことだな」

「悪いがそういうことだ。この場合、連邦共和国の船からの攻撃だから、自沈とは言い難いが、『禁じられている戦闘により遺跡が破壊された』と言うスジで話を持っていくことが出来れば、奴らも国際宇宙法裁判所ITLOUに提訴しようとはしなくなる」

狐と狸の化かし合いだ。俺が苦手なジャンルだな。

「こっちには2名のも乗っているんだぞ!」

俺は叫んだ。どっちも民間人と呼ぶには、少し逸脱している気もするが、軍人ではないという意味では民間人でよかろう。

「心配するな。そこは地階だ。上が壊れても、そこまでは及ばない。──救出は若干面倒だがな」


「自律的点検システム異常なしオールグリーン。インプロージョン・シーケンスをスタートしますか? 本シーケンスは取り消すこができません」

また誰かが割り込んできやがった──と思ったら、〈スキップジャック〉の合成音声だった。

大型螺旋装置LHD出力正常。磁場漏れ規格範囲内」

「姫島、残念だったがお前の出番は無さそうだ」

「分かった。あと30秒だけ待ってやる。それ以上は待てん」

了解ウィルコ

「カウントダウンのタイミングはどちらで行いますか?」

「そっち──いや、俺がやる」

湊川は先ほどのシミュレーションの時とは違い、やる気を見せている。

「分かりました」

湊川がこちらを向く。

「今回は俺が操縦士パイロットでお前が副操縦士コーパイだ。いいな?」

俺の扱いは、小隊長殿おやっさんの命令により、お客さんから副操縦士コーパイに格上げされたようだ。

「分かった分かった。とっととやってくれ」

それを聞いて安心したのか。湊川は首を鳴らすとカウントダウンを始めた。──と言ってもスイッチを押すだけだし、そもそも既に周囲に誰もいないのだから、カウントダウン自身の意味がない。そのまま点火イグニッションでいいと思うが? 時間もないことだし……。

「10、9、8……」

「──ところで、」

俺は肝心なことを聞くのを忘れていた。

「コイツの──、〈スキップジャック〉の目的地は何処だ?」

「7、6、5……」

「上空1000キロメートル……ってとこかな?」

「曖昧だな」

「4、3……」

「下手すると火星かもな?」

「は⁉」

「2、1……」

「それはどういう──」

爆縮インプロージョンスタート」


──遅かった。もっと早くに聞くべきだった。

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