黒風(くろかぜ)

王国暦五七六年 九月二十日

(異様に四角い文字で)

 九月二十日

 小雨。陛下はお元気だ。ルーク諸島第一海軍基地を出航。いい船だ。速い。

 必ずや泉を見つけようぞ。望みを果たさん。

 二十三時就寝。





(文字の下にびらびらと長い模様がついている字で)

 神聖暦八月二十日すなわち九月二十日

 ああやっと、我が剣も盾も黒き血糊を手に入れ所定の位置に落ち着きました。

 陛下が「早風」艦長トン・フェイの裏切りに遭い、忸怩たる事に捕縛されました時には、ついに我々もこれで一巻の終わりかと覚悟いたしたものです。

 しかしやはり竜王メルドルークの御子の持って生まれしその才運は、私めなどの想像をはるかに超えるものでございました。

 底なしの魔女の夫が処刑され、次はこの私が「早風」より突き出したる板に乗せられ首をくくられんとしたまさにその時、一陣の風が舞い起こり、わが君のもとより離されておりました神剣レギスバルドがトン・ウェイ艦長の手から勝手に踊り出し、私の首を吊り下げる綱をばまっぷたつに切断いたしたのでございます。

 さすがは戦神フェイスニールの炎の息吹がその形を取り、破戒天使ザブリエルをば一撃の下に斬り倒した神の剣。

 建国の七英雄にして初代女王陛下の魂がその柄に嵌められた赤き石に宿っていると言われるのもうなずけます。この剣は、まさしく生きているのです。

 あっけにとられる艦長の目の前で、戦神の剣レギスバルドは甲板に引き出されておりました我が陛下の御手に収まり、あっという間にデイゴール将軍を拘束しておりました野太くいやらしい太い綱をば一刀両断!

 ああ、それからは私のシャリル様が我が陛下の御盾となり、甲板にはファンランド人の血の雨が惨々と降り注いだのでございます。

 自由の身になった私もこれでもかと相手の水夫にわが北神流剣技を繰り出したのは言うまでもございません。しかし黒き血糊の乗らぬ我が剣は空しく空を切るばかり。

 我が力の不甲斐なさをば、これほど痛感いたしましたことはございませんでした。

 ああ!黒き血糊さえあれば!

 身悶える私のかたわらでは底なしの魔女が呪いの雄叫びを巻き上げ、夫君を奪われたその怨みをば晴らさんと鬼のような爪でファンランド人の心臓を抉り取るかと思えば、魔女の使い魔が甲板中をすばやく走り回り、魅惑の眼差しで水夫どもを石に変える活躍ぶり。

 そしてついに艦長を逆に拘束することに成功いたしました我らナファールト陛下の小宮廷は、目前に迫るルーク諸島のファンランド王国海軍大要塞に果敢に突撃をいたしたのでありました。

 雨あられと降る大砲を潜り抜け、我が「早風」はその砲門を開き即刻応戦、あまたの海戦を潜り抜けてきたその力を余すことなく発揮して、敵の要塞の堅固なる城壁へその舳先をば貫き通したのであります。

 その後は一昨日書き記しましたとおりの我が陛下と私のシャリル様のまこと鬼神のごとき活躍ぶりとあいなりました。

 踊る我が剣先とともに、あっという間に大要塞は大炎上。

 そして我々は今日この日、日の出とともに「早風」よりもさらに勝る大軍艦に乗り込んで、再び七つの海へと乗り出したのでございます。

 そこで私のシャリル様はナンス王国へ帰ろうと申す底なしの魔女を黙らせ、一路最果ての島へ向うことを我が陛下に提案されました。

 なんとシャリル様の仰るには……ああ、まことのことでありましょうや、我々が流される島には偉大なる神の力が眠っているというのです!

 伝説では、なんでも望みを叶えられる生命の泉なるものがあるのだとか。

 その力を手に入れるべく島を目指されることを、我が君、ナファールト陛下はご英断なさったのでございます!

 その神の泉の力とは一体どのようなものなのか、物知らぬ愚かな私には全く想像もつきません。本当になんでも叶えられるのでしょうか。

 財宝や美女でも? 永遠の命やそれから、死者を蘇らせることも可能なのでしょうか?

 実に、心からそうであってほしいものです。

 われらが陛下には、その望みからもたらされる幸せを、ぜひ手にしていただきたく思います。

 できれば不老不死の神となりて、われらを永遠に統治なさっていただきたい……!


 我々の前途は神のご加護のもとにある、そう私には確信できるのです。

 天に向かって炎巻き上げるファンランドの大要塞を背にしては、そう思わずにはいられないのでございます。

 わだつうみのエーギルよ、どうか我々を無事いや果ての島に導きたまえ!





(ていねいな字で)

 九月二十日

 日記がかけるようになりました。みんなぶじです。

 メルニラムおじさまをのぞいては。

 おじさまは艦長さんにつかまえられて、首をつられて死んでしまったそうです。

 ボクは部屋にとじこめられたので、おじさまが死ぬところは見せられませんでした。

 おばさまは、今もすごくないています。

 みんながたすかったのは、ディゴールさんが艦長さんをやっつけたから。

 それから、リークさんのおかげです。

 リークさんは外国人なので、艦長さんはつかまえませんでした。

 だからリークさんが船のそうこからみんなを出してくれました。

 ディゴールさんをしばっていたロープもほどいてくれました。

 おいろけという武器をつかったそうです。超強力なんだそうです。

 こんどその武器を見せてもらいたいです。どんなワザを出すのかな。

 ちっちゃな基地にのりこんだこととか、大きな船にのって、また出ぱつしたこととか、いっぱいかきたいことがあるけれど、今日はこれでねます。

 

 おやすみなさい。みんなも、よく眠れますように。



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