同年 九月二十一日
(異様に四角い文字で)
九月二十一日
快晴。南東の風。陛下はお元気だ。
医者がうるさい。殺されかけたのはこちらだ。
二十三時就寝。
(文字の下にびらびらと長い模様がついている字で)
神聖暦八月二十一日すなわち九月二十一日
順風満帆の船路を、我々ナファールト陛下の小宮廷は楽しんでおります。
今度の軍艦の名前は「黒風」、その名のごとく船体が黒塗りされ、黒曜石の輝きを放っております。
乗り組んでいますのは、我が君ナファールト・ド・ナンス国王陛下。
メルニラム公爵未亡人。
シャリル・ディゴール将軍。
そして私、ジョルジォ・ネイス侍従長ほか使用人数名。
夫を失った底なしの魔女は今はその本性を隠し、枯れ花のように萎れておりますが、いつまた呪いをかけ始めるかわかったものではありません。魔女の使い魔はぴんぴんしております。護符を作っておくに越したことはないでしょう。
我らが航行の助力をする者としては、
もと「早風」艦長トン・ウェイ。
ファンランド王国海軍大尉アン・ナグ。
海軍少尉アル・ティン。
ほか水兵十余名を抱えております。
みな陛下のご威光と武勇を目の当たりにし、ぜひその臣下になりたいと申し出てきた者たちばかりです。
我が君ナファールト陛下の御容体を、常に看る者も揃えることができました。
名をリン・ドン、古えの癒しの技を会得している白き魔道師です。
これで陛下がいつ何時、魔女の呪いで体調を崩されても、たちどころにその癒しの魔法で以って快癒されることでしょう。
むろん、我が最強の守護精霊は健在ですし、これより陛下の船室に例のごとく結界を張るつもりです。
我が陛下のおんためならば、私、ジョルジォ・ネイスは何事も厭わぬのでございます。
魔女め、思い知るがよい。
陛下は本日二十二時にお休みになられました。
(少し斜めになった美しい帝国標準文字で)
神聖暦八月二十一日
奥様がまだお嘆きになっておられます。
あたしの筆はここ一週間の出来事で、さすがにすっかり止まってしまってました。あたしだけは他の方々と違って体の自由がきいたのですが、のん気に日記など書ける状況ではなかったからです。
突然トン・ウェイ艦長が同盟者との盟約により……と難しい単語を並べ立ててナンス人の方々を縛り上げて監禁してしまったのは丁度一週間前。不意打ち以外の何物でもなく、陛下は船室に監禁され、そしてああ、旦那様があっという間に……。
縛られた奥様の目の前で、その悲劇が起こされました。あたしもかなりショックでした。いくら飲んだ暮れであたしを虐待三昧してきたセクハラオヤジだからって、そいつが目の前で殺されるのを見せられるのはかなりキツイものが。
あたしの陛下があの凄惨な光景を見せられずに済んだのが、せめてもの救いです。
外国人のあたしは副艦長にすり寄る振りをして、なんとか船倉送りにはされずにすみました。
夜更けに旦那様よりは顔が幾分マシなそいつの寝床を抜け出して、帆柱に太いロープでがんじがらめに縛られているディゴール将軍の戒めを緩めました。
将軍は警戒して徹夜している艦長の裏をかいて、艦長がうたた寝している次の日の昼頃、いきなり反撃を開始。
将軍が甲板で暴れている間に、あたしは船倉へ走って閉じ込められている方々を出し、それから陛下の船室へ。陛下は水兵三人に見張られて、今から自殺しますと書かれた公文書に無理矢理サインさせられてるところでした。あたしは「艦長さんが呼んでらっしゃいますわよ」と、腰をしなしなさせて水兵さんたちを甲板に誘導。
もちろん彼らはまたたく間に、ディゴール将軍に吹っ飛ばされてました。
まったくもう、小さな子に「これからぼくは死にます」なんて文章を見せて同意させるなんて、何考えてるのかしら。
軍人なんて、みんな頭がおかしいんじゃないかしら。
あたしの憤りを、ディゴール将軍が見事に形にしてくれてました。
水兵たちを海に落としたり気絶させたり。艦長はすぐに帆柱へ縛って仕返し。
それからすぐ近くに見えてた島の、すごく小さな船着場みたいなところに船を突っ込ませて、出迎えに出てきた人たちを次々海へ突き落としながら、こぢんまりとした二階建てのかわいい洋館に突入。
ぎゃあ! とかいう変な悲鳴のあと、窓から白い布がひらひら…。
あとでわかったんですけど、そこはファンランド王国海軍の「基地」だったそうで。
いやでも、普通のリゾートペンションにしか見えなかったんですけど、どうもほんとにそうだったそうで。
確かに入り江には小さな軍艦が一隻あったので、あたしたちはその船に乗り換えました。
将軍はトン・ウェイ艦長と「基地」にいた「大尉」って人を人質にして、その「基地」の人たちも一緒に乗り組ませました。
船を動かす人が必要ですものね!
でも私たちの船は、ナンス王国には戻りません。
当初の予定通りの島へ行きます。
そこには、何でも願いが叶う泉があるんだそうです……。
陛下はちょっとお疲れになったようですが、とてもお元気です。
でもメルニラムの旦那様がいなくなったのでとても悲しまれています。
とてもひどい人でしたけど、それでも陛下にとっては、血の繋がった親族でしたものね。
陛下はメルくんを抱いて、今はすやすや船室で眠られています。
ああ、無事に泉の島へ行き着けますように。
「基地」の人たちは、完全に味方というわけではなく、ほとんど敵。
不安は消えませんが、どうかこの船旅が順調にいきますように。
陛下がこれ以上、大人の争いに巻き込まれませんように。
ただのメイドのあたしに何ができるかわかりません。
でもあたしなりのやり方で、お守りしたいと思います。
この子のためなら、なんでもできそうな気がします。
(とてもていねいな字で)
九月二十一日
今日は艦長さんの船室へおみまいにいきました。
軍医のドンさんがぜんち三ヶ月だといっていました。
骨がいっぱい折れているそうです。
艦長さんは泣いてボクにあやまっていました。
ほんとは、こんなことしたくなかったそうです。
とても後かいしているそうです。
軍隊では、上の人の命令をぜったいきかないと、いけないのだそうです。
おじさんをころした人なのに、ボクはなぜかにくいと思えませんでした。
たぶん、艦長さんのなみだを見たからだと思います。
ねます。おやすみなさい。
みんなも、よく眠れますように。
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