同年   九月十三日

  

 (異様に四角い文字で)

 九月十三日

 雨。西風。陛下はふさぎこんでおられる。

 薬が効きすぎた。侍医がおらぬが何とかなろう。

 唐変木よ、犬? 猫? どちらだ? 二十三時就寝。





(文字の下にびらびらと長い模様がついている字で)

 神聖暦八月十三日すなわち九月十三日。

 いまだ海は魔女の呪いで猛り狂い、我々の「早風」を翻弄しております。

 陛下は昨晩よりろくにお眠りにもなっていらっしゃらないご様子。

 お食事も全く喉を通りません。いよいよ御体の具合が心配になってまいりました。

 陛下は侍医をお連れになっておられないのです。陛下が愛でておられた精霊たちが、その役を果たしていたからです。

 私、ジョルジォ・ネイスは陛下の御ためにと、魔道師レイアーンの伝えし秘法を用いて最強の守護精霊を召喚することにいたしました。

 魔女の恐ろしい勘気が入り込まぬよう、陛下の船室で常に見張らせようと思い至ったのでございます。

 呪文で魔法の糸を編み上げ、我が息吹をひとつの形にするには非常に集中力を要します。

 この召喚魔法は非常に高度で、手先がそれはそれは器用な者でないとできぬのです。


 丸一日かかって私は非常に頼もしい守護精霊を召喚することに成功いたしました。

 船が非常に揺れたため、魔法の糸の絡まり具合が少々不規則なのが多少心残りではありますが、その役目を果たすのにはなんら支障はないでしょう。

「身命を賭して陛下をお守りせよ」と、床に臥される陛下の枕元に常にいるよう命じました。

 陛下は私の呼び出した精霊をひと目ごらんになり、かすかに微笑まれました。

「何と心強き精霊か。まこと我が寵愛を受けるにふさわしい」 

 しかし魔女の呪いは陛下のお体を深く蝕んでおられました。

 陛下は今日はほとんど何も召し上がらずに寝台に臥せっておいででした。

 ああ、私にも白き魔道師たちのような治癒の魔法が使えたら。 

 今からでも遅くはありません。

 今宵は祈りの力を癒しの力に変えるよう、精進いたしましょう。


 陛下は、十七時に我が呼び出しし守護精霊を抱いてお休みになられました。





(少し斜めになった美しい帝国標準文字で)

 神聖暦八月十三日

 昨日の事件でまだ陛下はふさぎこんでおられます。食事もまったく喉を通りません。

 でも、あたしが差し上げたキャンディーは食べてくれているようです。

 ああ、とても心配でたまりません。このままご病気になられないよう祈るしかありません。

 奥様と旦那様は宮殿から侍医を連れてくることができませんでしたし、この船には、軍医が乗ってないんですもの……。


 ネイス侍従長が一日中、針仕事をしていました。この方、お裁縫できるんですね。初めて知りました。でも船は強い風雨のために揺れまくって、かなり作業がやりにくそうでした。

 一日かけてできあがったのは――何かの動物。とりあえず耳としっぽはあるようです。

 侍従長は器用ですが、デザインセンスはちょっとビミョウ。

 でもとても自信に満ちたお顔でその動物を、寝台で泣き崩れる陛下の枕元に鎮座させてました。


「我最強の守護精霊をいまここに召喚せり!」


 とか何とか言ってたような気がしますが、たぶん気のせいです。

 陛下はかすかにほほえまれて、それからその得体の知れない動物をお抱きになりました。

「ありがとう、ネイスさん。大切にします」

 あたしは邪魔にならないよう、そっと陛下の船室の隅で窓枠を静かに拭きながら、その光景を見てました。すごくケチな侍従長の、意外な一面に驚き感心しながら。

 ところがです。

 侍従長が船室を出ると、陛下はできたてほやほやのそのヌイグルミのお腹の縫い目をぷちぷちと裂き始めました。あたしが息を呑んで見守る中、陛下は胸のあたりから一枚のカードを取り出して、ヌイグルミの開いたお腹にねじこみました……!

 びっくりしました。よもや陛下はお気がふれたのかと、ほんとにびびりました。 

 しかも半分口を開けて見ていたあたしに、陛下はとても青白い顔で命じられました。

「すみません、リークさん。この子のおなかを、なおしてやってください」

 一も二もなく返事して、あたしは侍従長作の得体の知れないナニかのお腹を繕いました。

 ええ、あたしだってお裁縫ぐらいできます。簡易裁縫セット、常備してます。

 デザインセンスも――ありますよ。絶対、侍従長よりマシです、はい。

 ナニかくんのお腹を閉じる時、中に入れられたカードがちらりと見えました。

 ラ・レジェンデのプレミアムレアカードでした。そのカードだけはきっと陛下が肌身離さず持っていて、無事だったのでしょう。

「ここにかくします。見つかったら、すてられちゃうから。だまっていてくださいね、リークさん」

 もちろんです陛下!絶対絶対、奥様に告げ口なんてしません!

 それに、この得体の知れないナニかくんだって、死ぬ気で守り抜いてみせますとも!

 あたしに任せてください、陛下。奥様も旦那様も、一歩たりとも船室に入れません。

 指一本たりとも、ナニかくんに触れさせませんから。

 あたしが、絶対守りますからね!





(大きな丸い字で)

 九月十三日

 メルドルーク……きみだけは、ぜったい、まもる! 

 (ページ全体にぽつぽつと涙の染み) 


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