第55話 ACT17 戦慄5
「出よ!禍神!」
那由子の呼びかけと供に、地面を突き破り次々と金猿達が湧き出てきた。
「マガガミ。それが、そのあやかし達の本当の名前なのね」
まわりを取り囲み出した金猿達を警戒する様子も無く、自然体に構えた姫緒が呟く。
「鬼追師さんの式神は呼べないよ」
出で立ち、騒立つ金猿達を従える様にして、那由子が言った。
「鬼追師さんの式神は次元の狭間に飛ばしたんだよ。何も無い、鬼追師さんの言葉の届か無い深淵へ」
「ならば」
と、姫緒が続ける。
「ならば、そろそろ呼び戻してあげなければ。あの子は辛抱強いけれども、とても寂しがりやだから」
姫緒がそう言って穏やかに微笑んだ。
那由子の表情が険しく変わって行く。
「ねぇ、那由子」
「?」
高まった緊張がふっと緩む。
「由美さんから聞いたのだけれど。由美さんが『なゆの。』のケーキのファンになったのはね。『ねじまき屋』のホームページの伝言板に、『とってもおいしいケーキ屋さんです』と言う旨の丁重な書き込みがあったからだそうよ」
姫緒は、由美の話を思い出していた。
場違いな書き込みだったと由美は言っていた。
それはそうだろう。『あやかしの話』を書き込むべき交流の場に、お店の宣伝が、悪びれる様子も無く、しみじみとした文体で書き込まれていたのだ。
始めは、場慣れのしない初心者か、或いは勘違いの投稿、いわゆる『誤爆』と言う奴かと思ったらしいが、真摯な物言いに好感が持てたと言うことだった。
早速、指示されたアドレスに飛び、ケーキを注文。以来、すっかりお気に入りとなってしまったとの顛末だった。
「投稿者は『法師』さんと言う方だったらしいわ」
法師さんの投稿はすぐ流れてしまったので、お礼の言葉は、再び投稿があった際にと思っていたとの事だった。由美の読みでは、必ず次の投稿はあるはずだったのだ。
だがその後、法師さんからの投稿は一度も無かったと言う。
そのことも、由美にとってはひとつの疑問となったらしい。
他人のサイトに場違いな投稿までして紹介したお店の評価が、何故気にならないのだろうか?と言う疑問だった。 完全な『間違い』だったのか?それとも……。
「ところで、ねぇ、那由子」
姫緒が再び語りだす。
「綾子が『ねじまき屋』を知ったのもホームページの伝言板なのよ。知ってた?」
姫緒の言葉を、那由子は不自然に視線を外しながら聞いている。
「綾子に『ねじまき屋』を紹介したのは『法師』さんという方らしいわ。あなた、法師さんを知ってるんじゃないの?」
偶然と言うにはあまりに出来すぎた出来事。ならば、これは作為。
那由子はうな垂れて、たたずむだけで返事は無かった。
「二つの伝言板に書き込みをしたのは那由子、あなたではないか?と、聞いているのよ」
しばしの間。
やがて、小さく首を振りながら、那由子がうな垂れていた顔を上げた。
「タスケテもらえるんじゃないかと思ったんだよ」
小さな声で語りだす。
「助けて欲しいと思った。だから、試したの。ななつさまから貰った力を使って」
「あなたは、ななつさまとの何らかの取引に応じて自ら此処へ来た。それは、元の身体に返れることも条件だった。あなたが返れる身体を維持するために、ななつさまは綾子の精神をあなたの身体に憑依させた」
「でも……、でも……」
「あなたの力が覚醒したことを知ったななつ様は、今度はあなたを手放さなくて良いようにするために、綾子を、あなたの返るべき身体を抹殺しようとした」
「ぜんぜんだめなんだよ」
「それを知ったあなたは、綾子とインターネットを使い、外の世界に助けを求めた」
「だって……」
「ねぇ、那由子。あなたが私を此処に呼んだのでは無いの?」
那由子の悲しげな表情の中に、姫緒を蔑む視線があった。
「だって、鬼追師さん、弱すぎる」
那由子はそう言うと、右手を高々と上げ、何者かに取り憑かれたように叫んだ
「『鬼追師を殺せ!』」
号令を受け、金猿達が一斉に飛びかかろうとしたその刹那。
「それが。あなたの望みならば」
迎え撃つように、姫緒もまた、右手を高々と掲げる!
その手に握られたペンダントのトップに輝くのは『呼ビの荒石』!
「風小!召還!」
姫緒の手から下がる、呼ビの荒石が『りーん』と鳴り響き、光を放ち輝いた!
光は光輪となり、波紋のように広がって行くと、今まさに飛びかかろうと幾重にも取り囲んでいた金猿たちの、最前列を粉々に砕き、消し飛ばす!
やがて姫緒の足下に、黒く丸いマンホールの蓋ほどの空間が出現し、その空間から迫り上がって来る人影。
「承知しました」
黒いボンテージに身を包む、姫緒の式神、風小!
その出で立ちの、何ものにも染まらぬ黒色は忠義の証。
自らを呪縛する拘束服は、忠誠の証。
両腕には、白銀に輝く『紅ノ篭手』を装備し、一振りの刀、赤き柄の妖刀『あやめ丸』を胸に抱いた出で立ちで、ゆっくりと現れ出る。
うつむき加減だった風小が改めて前方を見据え、そして、ギョッとして身を強張らせた。
そこには……。
まるで、我がモノの様にあやかしの群れを従えてたたずみ、殺意をむき出しにする視線をこちらに向ける那由子の姿があった。
「お、お姉さま!?」
困惑。
風小は振り返り、姫緒の視線を見つめた。姫緒の表情に迷いは無かった。
「姫さま!」
すかさず、風小が『あやめ丸』を姫緒に突き出す!
風小の迷いは一瞬に消え去っていた!
たとえ相手が『何』であろうと、姫緒の、いいや、己の姫のこの瞳に嘘や誤りがあろうはずが無い。
あってはならない!
風小は確信した。鬼追師の姫が、祓うべき鬼を見つけた事を。
姫緒は、風小からあやめ丸を受け取り、黒い下げ緒で刀を腰に固定すると、柄に手をかけゆっくりと引き抜いた。
「この闘いに決着をつける事が罪だと言うのなら。その罰、その業、すべてこの私が受ける」
物寂しくも厳かな刀身が、時をも裂くかと思われる閃光を放ち、現れ出る。
「鬼追師の姫緒。参る」
「来いやぁああああああああーー!」
風小は、あやかし達に向かってそう叫ぶと、右の拳を自身の平手に、力一杯打ち付けた。
鋼の輝きを放っていた篭手が、唸りを上げて風小の闘気を吸い上げると、一瞬にして、篭手は灼熱の紅へと輝きを変貌させた!
そしてなお、紅い闘気の輝きはそれに止(とど)まることをせず、風小の身体へとオーラのごとくまとわりついて行く!
ねじまき屋より託された究極の対あやかし兵器『紅の篭手』。
発動!
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