第47話 ACT15 前宵戦4
飛び出した風小の周りに、赤い花びらのような光るかけらが湧き上がり、彼女を包み込んだかと思うと、次の瞬間、舞う花びらの中から、人の身の丈ほどの深紅の扇が飛び出し、大きく開いた。
それは、付喪神、風小の真の姿だった。
扇となった風小は、そのまま高速で回転し、校舎の壁伝いに上昇していく。
時を移さず、顎蠱の口から馬力光が放射され、風小に吸い寄せられるように空間を走り、直撃した!
金猿達から一斉に歓声が上がる。
凄まじい閃光と轟音。
放射され続ける馬力光の威力に耐え続ける風小の、回転する速度が上がって行く。
やがて、消え入るように消滅する馬力光。
「耐えやがった!」
北條が窓から身を乗り出して、驚愕の声で叫んだ。
しかし、消滅した馬力光と供に、風小もその回転を止め、木の葉の舞うようにヒラヒラと落下し始めている!
そして、北條の目に映ったのは、風小から立ち上る禍々しい黒い炎。
「黒影」
忌まわしい過去の記憶が蘇る。
「うそだあ!そんなのはゆるさねぇ!」
窓から飛び出そうとする北條をタマの触手が絡め取る。
「ふざけんな!風小!てめぇ、こんな終わり方、ゆるさねぇ!絶対にゆるさねぇ!」
半狂乱の北條。叫ぶことしか出来ない自分に心が押しつぶされそうになる。
それでも。届くかも知れない。そう思わずには居られずに、ただ、叫びつづける。そんな自分が惨めで、涙があふれ出た。
地上すれすれまで落下し、黒影を巻き上げていた風小が、その黒炎を振り切るように回転しだし、力強く上昇した。
「とんかつ茶づケー!!」
彼女らしい雄たけびと供に!
再び対峙する風小と顎蠱。
「いったれ!風小!」
放心から戻った北條がタマに振り向いた。
「我、汝と供に!」
「汝、我ト供ニタタカエ」
タマの身体が開き、北條をその内に納める。
「さあ!来るなら来い!猿公共!」
風の捲く音に似た、タマの咆哮が校庭に響き渡る。
そして、三度放射される馬力光!風小を直撃した光の束は、弾かれるように拡散し、辺りに粉雪のように舞った。
すると……。
弾けとんだ馬力光によって明るくなった校舎の屋上に、長い黒髪をたゆらせてたたずむ人影。
『謂われ問うことなく、恩名において消滅させたまえ』
冷たく澄んだ真言を唱えるその人は。風小の姫さま。姫緒、その人。
「もういいわよ風小」
姫緒がそう言うと、姫緒と顎蠱を遮る様に回転していた風小が、姫緒の傍らに着地し、うずくまる娘の姿に変化した。
立ち上がろうとしてよろめき、そのまま片膝をついた姿勢でかしこまる。
「よくやったわ、私の風小。かわいいわよ」
姫緒の言葉に風小は無言のまま頬を赤らめた。
「我、混沌ヲ召喚ス」
姫緒はそう言うと、校庭のあやかし達を指差した。
「混沌城」
姫緒の言葉を合図に、空に輝く月ほどの大きさの、色とりどりの火球が天空より落下し、地上に炸裂した。
逃げ惑う金猿達の群れ。
一度の火球の炸裂で、数え切れない数の金猿が、焼かれ、裂かれ、溶かされる。 断末魔がまるでサイレンのように響き渡った。
火球は、すぐには消えない長く輝く尾を引いており、まるで、地上から空に向かって巨大な火柱が立ち上がっているようにも見えた。輝く火柱のそれぞれの色は、属性の木火土金水を示してはいたが、最早、相殺などと言う生易しい言葉では表せない、同系の属性がぶつかってすら、その威力にあやかしは消滅していった。
空間を震わす破壊。そして混沌。
次々と降り注ぐ火球を受けて、何本もの火柱を身体から立ち上げていた顎蠱は、それでもなお、手足に力を入れ踏みこたえていたが、高々と掲げていた長い蜘蛛足の一本を火球が吹き飛ばすと、ついに、力尽きたようにその場に崩れた。
顎蠱は断末魔の叫びのように、最後に一度だけ、馬力光を姫緒目がけて放射したが、その威力は、姫緒に届くことなく、混沌の火球にかき消された。
顎蠱の眼から、光が、消えた。
火球の攻撃が止んだ時。大気は狂気に満ちていた。
何事も無かったかのように冷たく輝く月の光の中、芋虫のように這いずり回る、金猿達のうめき声。
ただ呆然とたたずむもの、逃れる術を探し、ただ闇雲に走り回るもの。
その様子を見下ろしていた姫緒が不愉快げに顔をしかめる。
「レンレン!鬱陶しいから片付けて!」
姫緒の叫びに応えるように、ゆっくりと、昇降口から校庭に現れる影。
白いチャイナドレスが月光に晒らされ、真珠のような輝きを放つ。
ネモ・レンレン。
彼女は校庭で右往左往する金猿達を認めると、可笑しくてしょうが無いというように高らかに笑った。
「ここの結界はねぇ」
右目のアイパッチを外す。
「あなた達の侵入を阻むために張ったのでは無いのよん」
異形の魔眼が剥き出しになり、生き物のように脈打った。
「あなた達を逃さないのが目的なのよん」
レンレンが印を切ると空中に短冊形の札が出現し、そこに固定した。
「風使師の札」
首を傾ぐ。ガラスのような虹彩がキラキラと煌いた。
「あしはらえ。よしはらえ。満ちたる混沌、風人(かぜびと)の御符に統る」
大氣が、悲鳴のような音を立てる。
場に満ちていた狂気が『風使師の札』に収束していった。急激なる、属性を持つ波動の消失。その現象が招くものは。
『黒影』の発動。
チリ……。
風使師の札の周りに、黒く蠢く炎のような小さな影が出現した。
チリ……、チリ……。
揺らめく黒い影。それは、次第に大きさを増して行き、やがて巨大な壁の業火となったかと思うと、レンレンを取り込むように後ろに回りこむ。
すっかり取り囲まれてしまった彼女の目前で、壁は中央より左右に裂け、黒鳥の翼のように開いて行き、校庭一杯に広がっていった。
「コワレテシマエ」
レンレンの呟きと供に、巨大な黒い翼が二度、ゆっくりと羽ばたき、校庭を舐め尽くす。身悶えする間すらなく、あやかし達がつぎつぎと黒影に焼かれて消滅していった。
やがて、しばらくの間、レンレンの背中から生えるようにして、羽ばたいていた黒い翼は、彼女の高慢に満ちた高笑いと供に消滅し、跡には、あやかし達の欠片すら残ってはいなかった。
「桁が。いや、次元が違う」
二階から事の成り行きを見ていた北條が、うわ言のように呟いた。
空間は日常を取り戻し、月は、変わらず輝いていた。
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