第48話 ACT16 反撃1
「昨夜の事から考えても、敵の目的が綾子さんの命であることは間違いないと思われます」
教室の、小さな椅子に腰掛けた綾子と和子を前にして立ち、姫緒が語りだした。
「何を今更……」
壁に寄りかかり、話を聞いていた北條が口を挟む。
「黙ってた方が身のためよん」
机に腰掛けたレンレンが、組んでいた足を組み替えながら言うと、姫緒の傍らに立つ風小が同意するように小さく何度も頷く。北條はしぶしぶ身を引いた。
「敵とは、『ななつさま』のことですか?」
恐る恐る和子がたずねる。
「そうですね」
姫緒が微笑む。
「それではこれから我々の敵をそう呼ぶことにいたしましょう」
そう。せめて、綾子の前で『あやかし』と言う言葉を使わずにすむように。
「私は別に『死神』でもいいわよん」
レンレンが人なつっこい笑顔でそう言うと、そんな彼女に一瞥して姫緒が続ける。
「那由子さんの身体から彼女の精神を抜き取り、変わりに綾子さんの精神を置いたのは間違いなくななつさまでしょう」
姫緒はそう言うと人差し指を額に当てて考える仕草をした。
「なのに何故、今になって綾子さんを殺そうとするのか?」
「要らなくなったんでしょ」
しれっとレンレンが答える。
「どっちをかしら」
「どっちって?」
「要らなくなったのは、綾子の精神?それとも那由子の身体?」
問いただすようにレンレンを見つめる。
「それとも、両方?」
重い沈黙が流れる。再び姫緒が話し出した。
「いずれにせよ、綾子さんを『始末しなくてはいけない』状況があるというならば那由子さんは無事であると考えていいでしょう」
「ほんとうですか!」
嬉々として綾子が叫んだ。
「はい。那由子さんが死んでしまったと言うのなら、ななつさまはもはや綾子さんには興味が無いはずです。ななつさまと那由子さんとの間で『そうしなければいけない事』が起こった。そう考えて良いと思います」
姫緒がそう言うと、綾子はコクンと頷いた。
「私の考えでは」
姫緒はそこまで言って、言葉を止める。
(私の考え)
自分の考えが正しかったとしたら。
(最悪ね。綾子はその真実に耐える事が出来るだろうか?)
ふと、姫緒は、訝しげに自分に注がれるまわりの視線に気づき、小さく咳払いをする。
「失礼しました。私の考えでは、ななつさまは那由子さんの身体を保管しておく必要があったのだと思います。それは多分、目的を果たせばもとに戻してやると言ったような、約束の様なものではないかと思われます」
「目的」
綾子が問うように呟く。
「はい。ななつさまが欲しかった那由子さんの力、人の精神を保管する能力。おそらくはその覚醒のための最終プロセスを行わせようとしたのでしょう。それが終われば帰してやる、と、言ったようなものだったのではないでしょうか」
「もちろん帰すつもりなんか無かったわけねん」
と、姫緒の話を受けて、レンレン。
「そう。つまり、綾子さんが『いらなくなった』理由は、那由子さんの能力の覚醒を意味しているようにも思われます」
「なによん。歯切れ悪いわねぇ」
不満げにレンレンが言うと、姫緒は彼女に向き直って口を開いた。
「謎が多いのよ。と言うより手応えが無いの。考え付く理由がどれもこれもお粗末過ぎるの」
「本人に……、那由子に直接聞いてみるしかないってわけぇ?」
レンレンはそう言って容赦なく笑った。
姫緒は「そうね」と言うと再び綾子に視線を戻す。
「いやな話をしなければいけません」
覚悟を迫る姫緒の視線が綾子に向けられる。
「とてもいやな話です」
「かまいません。話してください」
綾子はそう答え、風小に目配せする。風小は小さく頷き、微笑んで見せた。
「これから行おうとしている事は、お二人の協力が不可欠です。よって、その意味を知っていただくために、お話ししたいと思います」
姫緒はそう言って二人を見渡すと、話を続けた。
「今回の話には『七つ』と言う言葉に結びつく偶然が多すぎます」
「ななつ」
綾子がつぶやく。
「そうです、『七つと言う言葉の偶然』です。まず、『ななつさま』と言う名前。『とおりゃんせ』の歌詞に出てくる『七つのお祝い』。綾子さんが事故にあったのは『七つ』の時、さらに那由子さんと綾子さんの年の差は『七つ』つまり、綾子さんは那由子さんが『七つ』のときに生まれた妹」
一時の間。
「もし……」
姫緒が続ける。
「もしも、それら全てが偶然では無く、作為的なものだったとしたら、ななつさまの超常の作為だと仮定したら」
「そんなこと!出来るわけ無い!」
和子が叫ぶ。
「出来るかもしれない相手なのよん」
否定する和子をレンレンが制した。
「易々とね」
「もしそうだとしたら、そこにどんな意味があったのでしょう?那由子さんが子供のころから聞いて育ったわらべ歌の歌詞、七つのお祝い。彼女が七つの時に妹が生まれ、その妹は七つの時に死んだ。妹との年の差は永遠に七つ。つまりそれは、七つと言う言葉への意識の集中。『ななつさま』と言うありもしない存在への信頼性の収束」
ふと、姫緒は自分の言っている言葉の意味を綾子は理解しているだろうかと思った。もし、理解しているとするならば、気づいてしまうはずだった。真実にもっとも近いであろう恐ろしい姫緒の考えに。
だが、姫緒は続けるしかなかった。
「膨大な時間と超常の力を使い、ななつさまは、欲しかった那由子の能力を発現させるプロセスを組み上げたのです」
「まどろっこしいわよん!姫緒!」
レンレンが痺れを切らして怒鳴った。
「つまりね、綾ちゃん。あやかしは那由ちゃんを冷蔵庫代わりに使いたかったから、那由ちゃんの知っているわらべ歌に見立てる形で作為したと言うことよん。『七つ』と言う言葉を暗示的に使い、人の生と死と言う行為を能力の発現の引き金に使ったのよん。全部ななつさまがやったの!あれも、これも!分かるでしょ?もう気づいてるよね?つまり、あなたが死んだ事……、いいえ!ひょっとしたら、生まれたこともぉ……」
「やめなさい、レンレン!」
姫緒に制され、レンレンはペロリと舌を出して口をつぐむ。
「わたしが……、死んだのも……、生まれたのも……」
茫然自失のまま、うわ言のように綾子が呟く。
「ぜんぶ……」
ぼんやりとあたりに視線を巡らす綾子には、風小の頬を伝う涙が見えた。
(風ちゃんは何を泣いているのだろう)
そして、その涙の意味が解ったとき、綾子の頬にも涙が流れていた。
「ワタシハ……あやかしに利用されるためにこの世に生まれた……?」
「これほどまでに万能な、ななつさまが何故、我々の介入を。つまり綾子さんが鬼追師に依頼すると言うことを拒めなかったのでしょう?」
淡々とした口調で姫緒が話を続ける。
「しかも。綾子さんが私の前に現れるに際しても、数々の偶然があったのはご承知のとおりです」
「なによん、それじゃあまるでぇ……」
レンレンがそこまで言うと、姫緒は小さく頷いた。
「別の作為を感じます。この作為は、少なくとも我々の敵とは違う目的をもっています」
「つまり、味方ってことか?」
黙っているのが辛くなった北條が口を挟む。
「敵ではないと仮定できる、と言う事です」
「同じ事だろうよ」
姫緒は北條には答えず、うつむく綾子の両肩にそっと手を置いた。
ハッとしたように、綾子がぐしゃぐしゃの顔を上げる。
「最後まで付き合ってあげる。だから協力して」
姫緒が静かにそう言うと、綾子は力強く頷いた。
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