第38話 ACT11 差シ退キの呪符2

「北條さん!気を確かに持って速やかに慌てなさいデスよ!」


 風小が叫ぶ。


「あのあやかしに名前をつけるのよ」


 腕組みしながらレンレンが北條に指示を出す。

 声こそは平常心を保っているようだったが、脂汗をだらだらと流し、明らかにうろたえ引きつった表情だった。


「な、名前ぇ?」


「そうよ、名前によってあのあやかしを呪縛するのよ。呼出したあなたにしか権限が無いの!後は私が召喚の儀の差し戻しを行うから」


「そ、そんなことイッタッテェ……」


 空前絶後、前代未聞のあやかしの名付け親。

 北條に心の準備がある筈が無かった。


「はやく!」


 風小の声から余裕が消えた。いよいよヤバイと言う事らしい。


「だ、だ、だってよ、名前ったら、字画とか……。ほら、好みとか……」


 その場の雰囲気に流されて、北條自身も自分が何を言っているのか見失いかけている。


「さっさと付けろって言ってんのよん!」


 レンレンが切れて、北條の襟首を掴みながら怒鳴った。


「あ、あひ……、あ」


 殺し屋の目が北條を襲う。

 北條の意識は、半分は正気を取り戻し、半分は狂気に捕らえられた。


「こ、ことだまのあやかしだから……」


「だからぁ?」


 レンレンが凄んで尋ね返す。


「だ、こた、た……、『タマ』」


「よぉっしゃあぁぁぁー!」


 叫ぶが速いか、レンレンは北條をあやかしの脇に投げ飛ばす。


「ぐあぁぁぁぁぁぁー!」


 北條は叫びながら、もんどり打つようにしてあやかしの傍らに転がった。


「汝、異形のモノよ!」


 レンレンの声が響き渡る。


「其処なる者、汝を召喚したるモノなり。コレより汝とこのモノとの理(ことわり)を結ぶ、召喚の儀を執り行う」


 あやかしがゆっくりとレンレンの方に上体を向ける。

 ややあって、今度は足元に転がる北條の顔に、生臭い息遣いが感じられるほど近づいて、様子を伺うように覗き込んだ。


「ひぃ」


 思わず北條が息を呑み、助けを求めるように、あやかしと向かい合う風小の方を見ると、風小はまだ臨戦態勢を解いていなかった。つまり、まだ危険な状態なのだと北條は理解した。身体が硬直する。


「名前!」


 レンレンが叫ぶ。


「早く、名前!」


 レンレンにせっつかれて再びあやかしへと向き直る。

 感情の無い不気味な一つ目が北條を捉えている。


「お、お前の名前は」


 一瞬の躊躇い。しかし、この状態では腹を決める以外に道は考えつかない。


「オマエノ名前ハ。『タマ』」


 カオォォォォォン!


 あやかし、『タマ』が伸び上がり、身体を震わせながら声高く吼えると、一際強く、身体中の配線模様が明滅した。


「うわぁぁぁ」


 北條が慌てて後退る。


「き、気に入らなかったのかぁ?」


「喜んでるみたいですよ」


 風小が掲げていた風水銃を下ろしながら言った。


「汝、異形のもの、命名(みことな)『たま』。汝の召喚者、命名(みことな)『北條隆郎』。ここに盟約の契り交さん。互いの命名賜ふ儀により互いを縛るものなり。されど忌み遠ざける隔たりなし」


 レンレンが宙に人差し指で、数回、印を描きながら儀礼を唱える。


「汝、たま、これに答えたるや。汝、召喚者を贄となすか。主となすか」


 しばしの沈黙。

 やがて。

 あやかしは配線のような赤い身体の模様を明滅させ、ゆっくりと北條の前によじって行き、『ぐぅ』と大きく熱い息を吐いた。

 そして。驚くべき事に。

 しゃべり出した。


「我ガ主、召喚師、北條。我ト共ニ有レ。我、汝ト共ニ。コノ命果テルマデ」


 そう言うと深々と上体を下げ、お辞儀をする格好をした。


「いててててててっ!」


 北條の額に激痛が走る。それと同時に、額のあやかしの印がグネグネとミミズがのたうつ様に蠢き、形を変ていった。定まらぬ視点をした目の図案化されたものだったものが、上目遣いのそれになる。


「我ト共ニ」


「我と共にィ?」


 レンレンが訝しげに呟いた。あやかしとの関係はもっとしっかり上下関係が確立するもののはずだった。

 主でもなく贄でもない。共に存在することをあやかしが望むなどと言う事例を彼女は聞いたことか無かった。


「レンレンさん。これって」


 これには風小も気づいているようだった。

 考えられることは、北條の身体の異変による要因の変化。

 つまり、思った以上に北條は、あやかし化が進んでいるのではないだろうかと言うこと。


「終わったのか?」


 突然の北條の声にレンレンがギクリとする。


「終わったって言えば終わったのデスけどねぇ」


 風小が、タマから視線をはずさぬまま、気の無い返事を返す。


「何か、おかしいのか?」


 再び、ギクリとレンレンが硬直する。


「や、やぁねぇ、なに?なに?何が?おかしくないわよぉ。ねぇ?風小、ぜ~んぜんなんとも無いわよ、ね?」


「だといいんですけどねぇ」


 風小の言葉に段々と顔つきが険しくなっていく北條の視線を感じ、レンレンが愛想笑いで答えたそのとき。

 突然ドアが開き和子が部屋に飛び込んできた。


「すいません!手を貸してください!那由子、いえ、綾ちゃんが!」


 一気に捲くし立てる。だが次の瞬間。


「あ、ぁ、綾ちゃんが、倒れてぇ……」


 和子は部屋の中心に蠢くタマの姿を確認してしまった。

 彼女の顔からみるみる血の気が引いていき、そのまま崩れるように床に倒れる。


「姿を見ただけで倒れちゃうなんて、失礼しゃいますデスよねぇ」


 タマの体を撫でながら風小がそう言うと、タマは、一つ瞬きをしながら小さく頷いた。

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