第39話 ACT12 閑話休題
倒れた綾子と和子を別室で休ませ、風小に看護を任せると、二人っきりになった部屋で、姫緒はレンレンとソファーに座って向かい合い、今までの話を報告していた。
「綾ちゃんが、あやかしぃーっ!」
レンレンが声を張り上げる。
「正確には15年前に死んだ綾子の残留思念ね。人の思いや欲望が、物や場所に残って霊的な障害を起こすのはよくあるけれど、今回のような物質まで操るような強いものは初めて見るわ。とにかく、それがなぜか那由子の身体の中にいるのよ。つまり……」
「取り憑いているってこと?」
「そうね。今、那由子の身体の中にある精神は綾子のものよ。だからサイコダイブでも解からなかったの。精神は嘘をつけない。嘘は無かった」
「ちょっと、ちょーっと待ってよん。じゃあ那由子の精神は?」
「あそこに無い以上、別の場所……。多分あやかしの力によってどこかに幽閉されていると思うわ」
「あやかしに食われたとかは?」
「それは無いわね」
「どして解かるの?」
「あやかしがほしがっているものが手に入らなくなるからよ」
「どゆこと?」
「つまりね……」
姫緒は何事かを続けて話す素振りを見せたが、思いとどまった様子で小さく身じろぎし、仕切りなおすように口を開いた。
「とにかくね、色々と込み入っているのよ、一つ一つ説明して行ったのでは埒が明かないから、一通り私の所見を言うわね」
姫緒の言葉にレンレンは「どうぞ」といって頷いた。
「15年前、那由子と和子が行った交霊術まがいの占いによって、どうやら本当にあやかしを呼出してしまったのがそもそもの発端。もっとも和子さんの話によれば、あやかし……。とりあえず『ななつさま』と呼ぶわね。は那由子をほしがっていたということだから、ひょっとしたら呼出されたのではなくて、那由子に引き寄せられたのかも知れないということ」
「ななつさまが那由ちゃんをほしがった?」
「ななつさまがそう言ったんですって。そのことで錯乱して教室を飛びだした那由子を追いかけた綾子が交通事故に会い……」
「死んじゃった?」
姫緒が頷く。
「綾子が交通事故で死んだその後ね、母親が幽霊に悩まされるようになったらしいの」
「幽霊?誰の?」
「決まってるでしょ。綾子の幽霊よ」
「ちょっとぉ、そんな、幽霊なんてこの世にホントに存在するのお?」
胡散臭げにレンレンが言った。
「私もね、実際見るまでは信じていなかったんだけど……」
「助けてあげたって言う婆(はばあ)の幽霊?」
「ええ。あの幽霊は自我をもっていた。自分の意思をこちらに伝えようとしていたし、駆け引きまがいな事までやったわ。あの老婆は何者かによってあの場に縛られていたけれど、もし、綾子の幽霊が自由に動き回れたとしたら。そして、幼かった綾子さんは自分が死んだことを理解できなかったとしたら」
「普通に生活してぇ、普通に学校行ってぇ……って、えっ!えーっ!つまり成長していたって事?」
「精神的にね」
姫緒はそう言うと黒い笑いを浮かべた。
「話を戻しましょう。つまり、母親は何の屈託も無く家の中を走り回る座敷童のような綾子の幽霊に悩まされ、精神を病んで行った。その末に自殺。悲観した父親は失踪」
「あやかしが那由子を手に入れるために邪魔な人間を排除したって事ぉ?つまりななつさまは幽霊がつくれる?」
レンレンが顔をしかめる。
「排除するように仕向けたのはのは確かにななつさまかもしれないけど……」
姫緒はそう言って、ふと、考え込んで言葉を止めた。
「けど?なによん?」
「幽霊をつくったのはななつさまじゃ無いと思うわ、むしろその逆、ななつさまは幽霊が作れない。だけどつくりたかった」
姫緒の言葉を聞き、少しの間、その意味を考える風だったレンレンが、すぐに何事かを思いついたように「あっ!」と声を上げた。
「つまりぃそれが……」
姫緒が小さく頷く。
「那由子の力。あやかしがほしかったもの。幽霊をツクルチカラ」
「確証は?」
「確証というわけではないんだけど。そのほうが話の筋が通る、そんなところかしらね」
姫緒はそう言って少し自嘲気味に笑った。
「ヒトの死と言う外因によって那由子はチカラを覚醒させた。そして発動したチカラが綾子を幽霊にした」
「あなたが開放したと言う、婆の幽霊も那由子がつくったってことぉ?何故?」
「チカラとしてはかなり不安定なものだったのだと思うの。自分の意思でどうこうという性質のものではなくて。或いは当時はその能力があること自体を彼女は自覚していなかった。なにか引き金となる要因……。たぶんヒトの死がそれだと思うけど。私が助けたのはハツセ婆さんという近所の世話焼き婆さんだったらしいわ。何かと那由子を気にかけて、母親が死んだ後はまるで自分の孫のように世話を焼いたらしいの」
「その婆さんも交通事故で死んだの?」
「いいえ」
そう言って姫緒が声のトーンを下げる。
「心不全」
しばし、二人沈黙。
不気味な空気の漂う中レンレンが口を開いた。
「やっぱ、ななつさまがやったの?」
「さあね」
頭を振りながら姫緒。
「そうであってもおかしくないし、考えすぎかもしれない。今となっては調べようが無いわね」
「微妙よねぇん」
「父親が失踪したときに、親戚の人たちは失踪宣告の手続きをとって上げようとしたらしいんだけど、那由子はこれを拒んだ。高校を中退してパン屋に就職。そこは住み込みが出来たので持ち家は借家にして生活費と捜索費にあてていた」
「捜索費?」
「そうよ、那由子は父親を探していたの。見つからなかったけれどもね。初めはそれでも何とか順調だったのだけれど、そのうち借家に或る事件が起こった」
「ナニ?」
「幽霊が出るようになったの」
「綾子の?」
「いいえ、ハツセ婆さん」
「その頃の話なのね」
「そうらしいわね。その後、借家人が何人か変わったんだけど、噂は止まらない。ついにはいわゆる、いわく付き物件になってしまったの。そこで、この際だから更地にして貸してしまおうと言うことになった。すぐに借り手は付いたんだけど。新しい家を建築中に」
「幽霊が出た?」
レンレンが自分の胸の前で両手を垂らす格好をしながらそう言うと、姫緒が静かにうなずいた。
「霊感の強い人にはあの幽霊は『見える』のでしょうね。何人かの大工さんが目撃したらしいの。害は無かったんじゃないかと思うんだけど、一度そんな噂が立ってしまうと怪我をした事や病気になった事、あれやこれや、全部幽霊のせいになってしまって、新しい家の建設は中断。そののまま放置されて現在に至るってところかしら。その後の展開は、やがて那由子は町を出て今の街に住むことになり、なぜか綾子は現れなくなったと考えられるわね。そして五年前、北海道でツーリングしていた那由子はそこで」
「歌を、とうりゃんせの歌を聞いたのね」
「そう。そして、その歌を聞いたせいで再び綾子が現れた、と、した方が、那由子の日記や、木賃宿のお婆さんが聞いた那由子のお説教と言う状況と話が合うわね」
そう言いながら姫緒は、レンレンから報告を受けた木賃宿の女将が聞いたという那由子のお説教の内容。中でも『お父さんやお母さんのようにはいかない』と言う言葉を思い出していた。
「質問」
レンレンがそう言って小さく手を上げる。
「どうぞ。ネモ・レンレン。発言を許可します」
芝居がかった口調で姫緒が答える。
「人の死が那由子の能力の発動のキッカケとなるなら、何で自分の母親は幽霊に出来なかったの?」
「不安定だった。ずるいかも知れないけどそんな風に解釈するしかないわね。綾子の死によって発現した那由子の能力は、継続的なものではなかった。そのまま消えてしまうはずだった力が、母親と世話好きの老婆の続けざまの死と言う合わせ技によって再び発動。ただ」
「ただ?」
「ひょっとしたら、母親も幽霊になっているのかも。今もどこかを彷徨って」
「か、考えたくない可能性ねぇん」
レンレンが顔をしかめる。
「そうね」
姫緒は目を閉じて小さく頷いた。
「それからが良くわからないのだけれど。何らかの理由で。多分、あやかし、いいえ、ななつさまと那由子は再び接触。那由子の精神は、彼女を欲しがっていたななつさまに連れ去られ、綾子の精神は那由子の身体に取り憑いた」
「ふーん」
レンレンが腕組をして大きく何度も頷きながら続けた。
「よっく解かったわ。肝心なところは何も解からないということが」
「そうね」
続く姫緒の気の無い返事にレンレンは調子を狂わせ、コホンと一つ咳をして場をつくろう。
「なによぉ、なに深刻ぶってるのよん。調子狂うじゃない」
「ねぇ。レンレン」
語りかけて来た姫緒の口調はさっきの気のない返事とは打って変わって高揚し、期待すら含んでいた。
「な、なによぉ」
姫緒の態度に良くない予感を感じる。
「あなたの言ったこと、正しいのかもしれないわ」
「私の言ったことぉ?」
「ななつさまの目的」
「那由子の力が欲しかったんでしょ?」
「なぜ、那由子の力が欲しかったのかしら?」
「はぁ?」
そんな事は自分が知りたいとレンレンは思った。考えてみる。思い当たらない。当たるわけが無い。
「もしもーし?私、なにイイマシタカぁ?」
考えあぐねてレンレンが尋ねた。
「あなたさっき言ったでしょ。『那由子はあやかしに食べられたんじゃないか』って」
「だから、それは……」
「那由子は食べなかった。でも、那由子のつくった幽霊はどうなのかしら?」
「幽霊をぉ、喰うぅぅ?」
「人の精神、魂を喰う」
「あっ!」
レンレンの脳裏に一つの可能性が浮かび上がる。
「でも、あれって」
あまりの突拍子の無さに言い出せない。
「あやかし『命取り』」
怖すぎる薄笑いを浮かべながら姫緒が言った。
「で、でもぉ、あれって伝説でしょ?」
命取り。
レンレンもその名は聞いたことがあった。
人の魂を喰らい、人以上の知識と知能を持ち、永遠の命を持つあやかし。
そうであっても可笑しくない数々の事柄。
だが。そんなあやかしが。いや、もはやそれはあやかしと呼べるものなのか?
「レンレン。あなた達、表の退魔師達にとっては伝説かもしれないけど、鬼追師にとって命取りは現実のあやかし。現に戦いの記録はたくさん残っているわ」
「記録ぅ?」
訝しげにレンレンが尋ね返す。
「嘘でしょ。私、命取りの詳細なんて聞いた事も無いわよん」
「残っているのは戦ったと言う記録だけ。詳細なんてまったくと言っていいほど無いわ」
姫緒がそう言ってフフンと鼻を鳴らすとレンレンがあきれたように言った。
「だからぁ。それってば……」
「詳細が無いのはね」
レンレンの言葉を遮る様に姫緒が話し出す。
「記録が作れないから」
「作れない?」
「そう」
不気味に微笑む姫緒。
「いまだかつて、鬼追師の中で、いいえ、退魔師の歴史上。命取りと戦って勝利した者はいないの」
「イっ!」
「事実よ。殺されたり、散々な目に会って命からがら逃げてきたり。だからその実態は謎。たまに伝承されるのはどれもこれも噂話の域を出ないものばかり。たとえば、命取りの喰う魂は、誰でもいいと言うわけではないらしい。或いは、自分で殺した魂は喰えないらしい。命取りに喰われた魂は呪われるとか」
姫緒の並べた噂話はレンレンも聞いたことのあるものばかりだった。
だが、それはあくまで噂。何の根拠も無い。根も葉もない噂。レンレンはそう聞いていたし、信じていた。
「全部本当の記録よ。推測の域を出ない記録と言う真実よ」
姫緒は、身を乗り出してそう言ったあと、一つ大きく息をして椅子に深く座りなおした。
「そういうのをぉ、伝説と言うんじゃ?」
レンレンはそこまで言って、姫緒の鋭い眼光にすくまされ身をひいた。
「幽霊をつくる那由子の能力。つまり精神を保存する能力」
「つまりぃ、ななつさまは那由ちゃんを冷蔵庫代わりに使ってると言うこと?」
レンレンの悪趣味な比喩が、姫緒は気に入ったらしく、にやりと笑ってみせた。
「日本での表の通り名は『命取り』だけど、他に、ソウル・テイカー、ソウル・レイカー、ソウルイーター」
「表の名前?」
訝しげにレンレンが聞き返すと、悪戯げな面持ちで姫緒が口を開く。
「そう、日本では昔から呼ばれていた別名があるの。あまりに印象が悪いので、洒落と戒めの意味を込めてついた名前が、一般的になっている今の名前。『命取り』」
「いや、そっち、充分印象悪いでしょ」
と、言うより最悪だろうとレンレンは思った。しかし、だとすると、別の名前とは?レンレンのそんな心の内を見透かしている様に、もったいつけたタイミングで姫緒が話し出す。
「日本で呼ばれていたもともとの名前、……は、ね」
少し長い間。
レンレンがゴクリと息を呑む音が聞こえた。
「死神」
姫緒が語ったその名前から、レンレンが想像したのはモノ。
死と運命を司り、神の名を持ちながらも慈悲と言う概念からは一番遠い存在。破滅の絶対的象徴。
「勝てる気がしねぇ」
レンレンが椅子の背に崩れた。
「『さいあく』でしょ?」
姫緒はそう言って席から立ち上がる。
心なしか、うれしそうな笑みを浮かべているのを、レンレンは見逃さなかった。
「あんたの趣味につき合わされるのはごめんだわよん!」
レンレンは椅子にもたれて放心したような表情をしながらも、はっきりとした口調で姫緒に言った。
「好きなところで降りていいわ、終点は私にも想像付かないから」
姫緒がそういって満面の笑みを投げかける。
「ほんと。だからあんたは甘いって言うのよん」
そう言いうと、力を振り絞ったといった素振りで、レンレンも立ち上がり、「姫さま」と、風小の物まねをして彼女に擦り寄った。
が、すぐに素に戻り、ため息混じりに口を開く。
「命預けるわよん」
「預かるわ……。利息、付かないけどね」
「上等よん!」
レンレンは声をたてて笑った。
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