第34話 ACT10 集解2

「違う?」


 北條が尋ね返す。

 綾子が再び小さく頷くと同時に、風小が口を開いた。


「北條さんも姫さまから何も聞いてなかったのですか?」


「鬼追師から?何を?」


 風小の事で北條が姫緒から聞いた事と言えば……。


「俺は、喚ビの荒石があれば風小を呼出せるとしか聞いてないぞ」


「あははははははははは」


 黙って聞いていたレンレンが、大きな声で笑い出す。


「あんた姫緒にハメられたのよぉ。ガチガチにねぇ」


「ハメられた?」


 怪訝な顔つきで北條が問い返す。


「レンレンさんと私は、北海道に行っていたのデスよ。北條さんみたいに霊力も無い人が、私を召還出来るわけ無いじゃ無いですかぁ。喚ビの荒石には傀儡の印を結んでいたのデよぉ」


 見聞の狭さにほとほとあきれ返る、とでも言いたげな口調で風小が言った。


「『傀儡の印』?」


「影を実体化させる技の……、スイッチのようなものデスよ。実体化した影は、能力的には実体に遠く及びませんが、少ない霊力で遠隔操縦することが可能デス。北條さんの『危険』の波動を感じ取って発動するように仕掛けてあったのデスよ。で、私にもそれがわかるようにしてあって、傀儡の発動と共に風水銃を転送。傀儡を操縦して綾子さんを守る。と言う段取りだったデスよ」


「つまり。『あの』風小は……」


 独り言を呟くように、北條が風小に尋ねる。


「あったりまえですよ!」


 突然の風小の剣幕。北條の背筋が反射して、びくんと伸びた。


「あんな、『金猿』ごときに後ろを取られる私じゃないデス!」


「金猿?」


 レンレンが聞き返す。


「金物の属性を持った猿だから金猿です!私が命名しましたデスよ!」


 剣幕収まらずと言ったうちにでも律儀に答える風小に、レンレンは、また、あははと笑った。


「ちょっと反応がずれたのです!決して油断したわけではありませんデスよ。いえ、油断しててもぜんぜん平気なくらい、弱っチィ奴らでしたので、ほんとは油断が有っても勝てたのデスよ!でも……、でも、やられてしまったのは、まこと不徳の致す所というか、若気が行ったり来たりというか……。うう……、あうあうあうあうぅぅぅ……」


 北條を睨んでいた風小の顔が、だんだんとべそをかき始め、ついには頭を抱えたままうずくまってしまった。


「ごめんなさいデス」


 ぼそり、と、呟く。


「ああ、まぁ。その、なんだ」


 北條は風小のあまりに素直な(どこか素直でない)反応に戸惑いながらも事情を理解してほっとしていた。


「まぁ、良かったよな。そういう事だよ。うん」


 そう言って、綾子の方へ視線を移す。彼女は、北條に同意するかのように微笑んでいたが、なぜか微笑がぎこちなかった。


「しかし、何だって鬼追師は俺に嘘を付いたんだ?ホントのことを言えばよかったじゃないか。なぁ」


 気になる綾子と風小の態度を、意識して気に掛けない様、精一杯普通を装って、誰に尋ねるでも無く北條が言う。


「風小が守ると言うから引き受けたようなもんでしょうぉ?影が守るって言ったら、あなたこの仕事引き受けたぁ?」


 レンレンは、そう言って小ズルイ笑いを浮かべた。

 なるほど、まったくそのとおりだった。北條に怒りがこみ上げる。


「あの野郎ぉ」


 一度ならずも、二度、三度……。

 見事なまでに謀られた事に、無論怒りは覚えたが、それにすっかり乗せられた自分の腑甲斐の無さが情けなくもあった。


「でも、大したものねぇ」


 そんな言葉とは裏腹に、あまり気が無い口調でレンレンが北條に声をかけた。


「大したもんよぉ。『黒影』が発動するまでの数分の間とは言えさぁ、一般人の分際で金猿の攻撃を凌いだのだものねぇ」


 そう言ってまた、愉快そうに声を出して笑う。


 本当に感心しているようでは有ったが、根本的に……。そして圧倒的に、彼女は彼女の言うところの一般人を蔑視していると言う態度がありありだった。

 褒められたというよりは、むしろ馬鹿にされたようにすら感じる独特の口調が癇に障る。


「黒影?」


 あまり相手にしたくなかったので北條は風小に尋ねた。


「あ、はい」


 突然話を振られたことで戸惑いながらも風小が説明を始める。


「黒影って言うのは、あやかしを消滅させる、黒い炎の姿をした空間デスよ」


 そう言われて、北條は傀儡の風小から湧き出た黒い炎を思い出していた。

 風小が続ける。


「実際には炎ではなくて、影に近いものなんです。この世界でない時空の波の影。いわば『黒い波動』デス。あまり強いあやかしを消滅させる事は出来ませんが、弱ってたり死んでしまったあやかしなら充分燃やしますデスよ。死にかけのあやかしが居たのを確認しましたので、傀儡を媒体にして発動させましたデスよ」


「傀儡を媒体?」


「はい。黒影は、あやかしの生命力が急激に消耗したときに空間に生じる波動の乱れです。その現象が形になって現れたモノなのデスよ。一度現象として形になると今度は他のあやかしに『延焼』します。うーん。伝染病みたいなものですかねぇ。体力が弱っていると感染するって所もそんな解釈ならわかり易いですかねぇ。ということは、つまりあやかしにしか起こらない現象という事なのデスよ」


 北條は感心したようにふーんと鼻を鳴らして頷いた。

 しかし、それにしてもどうしてこの娘はあやかしの解説になると流暢な思考になるのだろう?


「黒影の事も知らないようなど素人さん。どうやって式神と契約したのぉ?」


 興味津々と言った風にレンレンが北條に尋ねた。


「シキガミ?」


 北條が顔を巡らせレンレンに向き直った。


「何の事だ?」


 聞いたことは有るような気がした。確か姫緒も同じようなことを言っていた。


「契約ってどういうことだ?」


 そんなものと『契約』した覚えなどもちろん無い。と、言うより、レンレンが何を根拠に、そんなことを言うのかがまったく心当たりが無かった。


「あんた金猿を、呼び出したあやかしで倒したらしいじゃないの。風小の傀儡は動けなくなっていたけど、傀儡の目は生きてたのよん。つまりねぇ、その場の風景を見ることは出来たのよ。あなたが傀儡の目を閉じるまでの場面は風小が全部見ていたのよん」


 意地の悪い笑い。

 その笑いの意味を悟って北條はハッとした。『目を閉じるまで』と言うことは。自分の泣き顔を。しかも、多分


、傀儡の目が受像機になっていたとするならば超アップで。風小に見られていた。そして、彼女は風小からその実況を逐一聞いていたに違いない。

 思考が真っ白に停止し、だらだらと汗が額に流れ出す。思考のブレーカーが再び繋がった時、電球のスイッチが入ったように北条の顔は真っ赤に点灯していた。


「な、な、なっ何を……」


 頭に回したい血液がどんどん顔面に集中し思考がまとまらない。たまに頭に回る血液は、沸騰したトマトジュースのようで、思考そのものと共に蒸発しようとして、意識を失いそうになる。


「カワイイわよん、オッサン。ん?ん?ん?」


 レンレンが、からかうようにそう言ってウィンクして見せた。


「知らん!俺は知らん!あのあやかしは勝手に出てきて俺を助けたんだ。あれは喚ビの荒石の力なんじゃないのか?」


 突っ込むこともはぐらかす事も出来ず、ようやっとそれだけ言葉を搾り出すと、北條は「ふう」と大きく息をついた。


「あんたの式神じゃない?」


 レンレンがやけに深刻な顔つきで聞き返す。


「ああ。知らん。俺はあいつに一度殺されかけたことはあるが友達になったことは無い。だいたい俺にそんなことが出来るわけが無いだろう?」


「あえぇぇぇぇぇぇ!」


 突然、風小が握り締めた両手で口元を押さえながら叫び声を上げた。


「し、式神じゃ無かったのですかぁ!」


「そう言ってるだろう!」


 物分りの悪さに腹が立ってくる。


「ふぅーん」


 レンレンが北條の顔を覗き込んだ。


「喚ビの荒石を使ったとはいえ、あやかしを召還して式神化させるとはねぇ。才能?それとも卑しいまでの生への執着かしらぁ。どっちも嫌いじゃないよ、私は……」

 心なしか北條を馬鹿にしていたレンレンの眼差しが和らぐ。


「首の骨」


 レンレンが唐突にそう言って続けた。


「あんたの首と顎の骨が砕けたのよん。気道も確保できないぐらい潰れまくって、瞳孔開きっぱなしでぇ、かなりセクシーな状態」


 言われて北條は、風小に殴られた事を思い出した。


「とても助からない状態でさぁ、仕方が無いからバックアップさせたのよん」


「バックアップ?」


 北條が尋ね返すと、レンレンは「うーん」と唸りながら頭を掻いて、言いずらそうに切り出す。


「生命力と細胞の回復力をねぇ、バックアップしてもらったのよん。ほら、骨、砕けてたしぃ、折れてたしぃ」


 言いようの無い嫌な予感。


「すごかったんですよ!」


 興奮した様子で綾子が口を挟む。


「ほんと、すごかったんです。みるみる傷口が塞がって行って。ぶらーんって身体にぶら下がっていた首が、もとの位置に戻っていくんです」


 そんな、映画の特撮のような事が彼女の目の前で起こったというのなら、なるほど綾子のこの興奮ぶりも解かると言うものだ。そして、目を覚ました自分を見たときの驚愕の眼差しの意味も、北條は、今、理解した。

 だが、何かがバックアップしたというのなら『それ』は一体。

 予想は付く。が、信じたくは無い。


「えーと、一体何がバックアップしてくれたのかなぁ?」


「バックアップというよりは、バージョンアップって感じですかねぇ」


 ニコニコと風小が言った。


「まさか」


 北條がレンレンを見る。


「うん。そう。多分あんたが考えてること」


「あやかし」


「正解!」


 レンレンは楽しそうにそう言って続けた。


「ほら、あんたの式神だと思ったからね。一時的に融合させたのよん。今あなたの身体の生命維持はあやかしがやってる」


「融合って!おい!それ、大丈夫なのか?」


「んー。あんたの式神だったら、身体の生命力が完全に回復した時点で離れるように命令すればいいだけなんだけどぉ。違うとなればあなたを自分に取り込もうとするでしょうから、より深く融合進行中って感じかな?」


 レンレンはそう言ってテヘっと小さく舌を出して見せた。


「つまりぃ……。ただいま上書き真っ最中ぅ!!」


 間髪入れずに、万歳しながら風小が突っ込む。


「ふざけるなぁ!早く引き離せ!」


「ダメだってばぁ。あなたは今あやかしの力で生きてるんだから。引き離したら死ぬわよん」


「そのままにしていても、あやかしに乗っ取られてお仕舞いですケドね」


 うれしそうに風小。


「そんな!何とかしてあげて下さい」


 綾子の一声に、盛り上がっていたレンレンと風小がお互いの顔を見合わせる。

 さもつまらなそうにレンレンが口を開いた。


「呼出したのは間違いなくあんたなんだから、契約の権利は持ってるのよん」


 そう言って綾子の方に向き直る。


「綾ちゃん、手鏡無いかしらん?」


 言われた綾子が立ち上がり、ややあって鏡を持って戻ってくるまでの間、残された三人は会話も無く大人しく彼女を待っていた。

 綾子が再び、手鏡を持って現れると、レンレンは鏡を受け取り、北條に渡し、自分の顔を見るように指示した。

 鏡を覗き込んだ北條は、そのとき初めて自分の額に浮き出た落書きのような傷を見た。それは、引っ掻き傷のよ


うで、よく壁画などに描かれる図案化された瞳のように見え、額の中央に割とでかでかと浮き出ている。明らかに何者かが、いかなる方法かによって其処に刻んだものに間違いなかった。


「あやかしの印よ」


 レンレンはそう言って北條から手鏡を取り綾子に戻す。


「あんたが、あやかしを呼び出すために自分でつけたのかと思ったんだけど、そうじゃ無いらしいから」


「何か意味があるのか?」


「主従関係を表すのよ。私は、あんたが主人だと思ったのだけどぉ。あんたにその意識が無いとするならば、あやかしはあなたを従者として認識してるってことねぇ。遅かれ早かれあのままでもあなたの身体はあやかしに乗っ取られていたってことよん」


「だ、だから諦めろって言うのか!」


 叫びながら、思わず北條は立ち上がる。


「聞きなさいよぉ。誰もそんなこと言ってないわ。呼出されたって事をあやかしが認識しているって事なのよん。そこで契約すれば式神になる。しなかったからあなたのことを生贄だと思ったのよぉ」


「イケニエ」


 その言葉の響きに、北條はあやかしに頭から丸かじりされている自分の姿を想像して気が遠くなっていた。


「そうよん。イケニエ。その生贄を金猿に取られそうになったから倒したのよん。その後、黒影の発動ぉ。あやかしは一番安全なあなたの身体に逃げ込んだってわけよん」


 レンレンはそう言うと腕を組んでうんうんと頷いて見せた。


「わぁすごい!レンレンさん探偵さんみたいデスよぉ」


 風小がはしゃいでぱちぱちと手を叩く。


「さっきも言ったけどぉ、ここで大切なのはあやかしが貴方に呼出されたことを認識していると言う事なのよん。そして貴方はまだ生贄にはなっていない。つまり、もう一度あやかしを呼び出せばまだ契約の余地があるってことよん」


「な、なるほど」


 そう言って北條はレンレンの次の一言を待った。


「じゃ。がんばって!」


 レンレンはそう言うと、そのまま部屋を出て行こうとする。


「ちょっとまてーい!」


 立ち去ろうとするレンレンに、風小までが付いて行こうとしているのを見て、北條があわてて叫んだ。


「なによぉ。私疲れてるんだからぁ、早く帰ってお酒が飲みたいのよぅ。ここ、お酒無いんだもの」


「俺はどうなるんだ」


「教えたでしょ。どうすればいいか」


「契約のやり方なんて知らないぞ俺は!第一どうやってあやかしを呼び出すんだ?つうか無理だろ、普通!」


「喚ビの荒石使いなさいよん。実績あるんだから何とかなるわよん」


「あんた出来るんだろ」


「出来る」


「やってくれ」


「やだ」


 交渉の余地など微塵も無いと言うようにレンレンが短く言い放った。


「なんで!」


「めどい」


 北條の目の前が真っ暗になる。

 めんどくさいの一言で命を見捨てられる自分。

 何を言っても無駄だと悟る。

 ふと、視線を移すと、にこにこと笑う風小が目に入った。

 とりあえずこれも鬼追師の仲間であることに違いは無い。


「風小!頼む!あやかしの呼び出しと契約を!」


 北條がそう言うと、風小はさも可笑しげに笑った。


「いやだなぁ、北條さん!あやかしの私が人間とあやかしの契約の仲介が出来るわけないじゃないデスかぁ」


「知らねぇよそんなことぁ!」


 北條がガックリと膝を折ってその場にへたり込む。おろおろと綾子が寄り添った。


「姫緒にでもやってもらえばぁ?あの娘、甘いから泣き付けばやってくれるわよきっと」


「どこにいるんだょぉ!その鬼追師はよぉ!」


 振り絞るように北條が絶叫したそのとき。突然、鳴り響くダースベーダーのテーマ曲。

 一同がぎょっとしている中、風小が上着の胸元に手を突っ込み、携帯電話を引っ張り出した。ひと際ハッキリと流れる壮大なメロディー。


「姫さまからですよ」


 風小はそう言うと電話に出た。


「あ、はい。お久しぶりデスねぇ姫さま。ええ、大丈夫です。今、綾子さんの家にいますデスよ。えーと、うに丼食べ損ねて、北條さんはあやかしのなり損ねデスよ。え?あ、はい解かりました」


 電話を切り、再び胸の中にしまいこむ。


「何だって?」


 と、レンレン。


「えーと。『パーティはこっちでやるから綾子さんを連れてすぐに来い』って言ってましたデスよ」


「え゛、来いって。ひょっとして……」


 嫌そうにレンレンが顔をしかめる。


「はい。新潟デスよ」


 風小がうれしそうに答えた。

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