第7話 ACT2 綾子 2

「私には、那由子という姉がいます」


 綾子はそう切り出すと、脇に置いてあったオレンジ色のメッセンジャーバックの中から、一冊のノートと、数冊のポケットアルバムを取り出し、テーブルの上に丁寧に重ねた。


「姉が四年前、バイクで北海道を一人旅したときの日記とアルバムです。日記は、姉が旅先で付けていたモノらしいです。姉の荷物を整理したときに見つけました。アルバムの方は、荷物に入っていたフィルムを現像した写真が入っています」


 綾子はそう言って、一番上に積まれているアルバムを手にとり、最後の方の頁を開くと、少しの間見つめ、開いたまま姫緒の前に差し出した。

 姫緒はそれを受け取ると、貼られた写真を確認するように眺める。

 そこには、旅先での、痛いほどの晴天と、抜けるような青空の下、断崖の上で群青の海をバックに撮られた4枚の写真が貼られており、色とりどりのスーツやモトクロスパンツ、厳ついブーツに身を固めた、一目でライダーと解る6、7人の、歳も背格好もバラバラな男女が写っていた。

 写真は一台のカメラで写し手を変えて撮影したものらしく、4枚の写真に写っている人物が一人ずつ入れ替わっている以外、構図はほとんど一緒だった。


「姉です」


 綾子が、アルバムの右端に納められていた写真の中に写る一人の娘を指さして言った。


「わあ!綾子さんそっくりデスよ!」


 横から覗き込んだ風小が、写真を見て声を上げる。


 写真に写った娘は、目の前の綾子より日に焼けて浅黒く、ショートカットではあったが、顔の特徴や雰囲気は、綾子のそれ、そのものだった。


「双子?」


 姫緒が呟く。


「はい」


 食い入るように写真を見つめるふたりの前で、語りかけるかのように綾子が返事をした。


「姉……、那由子(なゆこ)と私は双子です。性格的には姉の方が活動的で、同じ顔なのに友達とかも、姉の方がたくさんいました」


 そう言って、思い出すように目を伏せる。


「私は、姉に比べて極端に気が弱く、身体も丈夫な方ではなかったので……。なかなか友達の輪に馴染めなくて、いつも姉のそばについて回っているという感じでした。そんなですから、十年ほど前、姉が実家から今住んでいる場所に出て独立すると決めたとき、姉と離れることが不安でしょうがなかった私は、無理を言って一緒に出てきて共同生活を始めたんです。幸い、姉が家を出ると決めた理由は、彼氏が出来たとかと言うものではなくて、その……。町で、なにか……、嫌なことがあって……。町を離れたい、といったものだったので、姉にとってはしぶしぶながらも、私は彼女について来ることが出来ました」


「嫌なこと?」


 姫緒がたずね返す。


「詳しいことは判りません。いかに双子の姉妹(きょうだい)だといえどもプライベートに関しては……」


「相談されたりしたこともなかったのですか?」


 と、姫緒がさらに問う。


「姉は、私のことを理解はしてくれていましたが、当てにはしていなかったので……」


 綾子はそう言って、はにかむように笑った。


「ただ、抽象的に。嫌なことがあって、町を出たいといつも思っているようなことを、私に話していました」


 話を聞いて、姫緒は「ふん」と鼻を鳴らすと、物珍しそうにアルバムをのぞき込んでいる風小を払いのけ、開いたままのアルバムを綾子に返した。


「北海道の室蘭、『地球岬』と言うところで撮られた写真です」


 返ってきたアルバムを眺め返しながら、綾子が言う。


「日付からいって、この写真が旅行での一番最後の、姉の写った写真になります」


「そのお姉さんが?」


 姫緒がたずねると、綾子は「はい」と一つ答え、まなざしを真っ直ぐ姫緒に向けた。


「姉は、那由子は、四年前のその旅行を最後に、行方不明になってしまいました」


 それから綾子は、行方不明になった那由子について、時間の経過を正しく伝える事を気にしながら姫緒に語り出した。


 綾子から語られた経緯はこんな感じだった。


 四年前のある日。

 綾子の姉、那由子が失踪した。


 四年前。

 那由子は一週間ほどの予定で、オートバイでの北海道のソロツーリングに出かけた。


 そして。


 彼女から、何の連絡も無いままに七日間が過ぎた。

 予定ではその日の夜、那由子はフェリーで大洗の港に到着し、夜半を過ぎた頃に帰ってくるはずだった。

 なのにその日、那由子は帰ってこなかった。

 綾子は気を紛らせようと、姉の真似ごとでケーキを作りながら一夜を明かした。

 次の日の朝早く。

 姉の身を心配し、外へ様子を見に出かけた綾子は、マンションの駐車場に止めてある那由子のオートバイを見つけた。

 それは、間違いなく姉と一緒に北海道へ旅立ったはずの緑色のオフロードバイクだった。

 バイクには、荷物が積みっぱなしになっており、今しがた帰って来て、ここに止め、何か用をすますためにバイクから離れた……。

 そんな感じだった。

 バイク自体もかなり汚れが目立ち、くたびれた様子から、いずれからかここに自走してきた事は間違いないように思えた。

 心労からか、その日の全ては、夢の中の出来事のように良くは覚えてはいないが、姉の那由子は、その日を境に綾子の前から失踪してしまった。


 すぐに、警察に相談したが、2、3日様子を見るようにと言われた。

 警察の言葉を信じて3日間、ただひたすら姉の帰りを待ったが、ついに連絡すら来ることはなかった。


 4日後、再び警察に出向いた。

 失踪届は受理してもらったが、何も変わらなかった。


 失踪から一ヶ月が過ぎた。

 身体の弱かった綾子は、経済的にも姉の世話になりながら、2人暮らしをしていた。

 蓄えは多少あったが、彼女はこれからの生活を考えなくてはならなくなっていた。

 姉の事が心配で、気が狂いそうだったが、そんな状態だったからこそ、『気を紛らす』意味合いも込めて仕事をしようと思った。

 姉が帰ってきたら、すぐ再開出来るようにと、インターネットパティシエ『なゆの甘味屋さん』とホームページ『なゆの。』を『代理人aya』の名で引き継いだ。


 警察が、那由子を探し出してくれていることを信じていた。

 

姉の無事だけを考え、一年間ガムシャラに働いた。

 引き継いだ当初は散々たるものだった。

『味』と『人柄』がモットーの人気店を、お菓子作りのイロハも知らない綾子が引き継いだのだ。待っていたのは当然と言えばあまりに当然の、散々たる結果だった……。

 それでも綾子は、姉の残してくれた膨大な量の製作レシピと、ホームページでの那由子の人柄に惚れ込んでいた、常連者たちの励ましに支えられて、何とかこれまでやってきていた。

 今では、引き継いだ当初に離れていったお客達も、ほとんどの人が戻って来てくれている。これは綾子自身の努力により、お菓子そのものの味のレベルが確実にアップしていったことを物語っていたと言えるだろう。


 そんなとき……。


 綾子は、世の中に興信所、俗に『探偵』と言われる職業があることを知った。

 綾子の身の上を知ったお店の常連さんが、ホームページの伝言板に書き込んでくれたのだった。



はじめまして

投稿者/ピーターホビットさん

投稿日/2000年8月17日(木)21:53 [返信]


こんにちは。ここの伝言板にカキコは初めてです。

お菓子好きの、三十路女ピーターホビットと申します(笑)

日記のコーナーを、いつも大変楽しく拝見させていただいております。

おとついの日記にお姉さまの事が書かれていて、ちょっと気になったので過去ログを拝見させていただきました。

ayaさんは興信所というモノをご存じでしょうか?

警察と違って公共機関では無いのでお金はかかりますが、人捜しなら彼らの方がプロです。

一度、ご相談なさっては如何でしょうか?

出過ぎたマネでしたらご免なさい。

一刻も早く、お姉さんが見つかる事を祈っております。



 『世の中には人捜しのプロがいる』

 藁にもすがる思いだった綾子にとって、この情報はまさに福音だった。

 すぐにレスを返し、お礼を述べると、新たにスレッドをたてた。



お願いです

投稿者/代理人@aya

投稿日/2000年8月18日(金)4:18 [返信]


こんにちは。

こんな事を伝言板に書いて、お願いするのはマナー違反なのかもしれませんが。

姉のことについて、ピーターホビットさんに助言していただいたように、探偵さんにお願いしてみようかと真剣に考えております。

ついては、良い探偵さんを知ってるとか、こんな事に気をつけた方がいいなど、どんなことでも構いません。

情報をいただけると嬉しいのですが。

楽しい雰囲気の伝言板を、重くしてしまって申し訳ありません。

なにとぞよろしくお願い致します。

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