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 あの忌まわしい不在票が郵便受けに落ちたとき、私は何をしていたか。

 寝起きのまだすっきりしない頭で、徒然つれづれなるまま思考を揺蕩たゆたわせ。

 まあ寝ていた。

 寝覚めは大層悪かった。夢のせいだ。

 それは大層悪い夢だったはずで、記憶の残滓ざんしが不快極まりないもやもやになって胸の奥にわだかまり続けていることが何よりの証左しょうさだ。嗅ぎ慣れた蒲団の人肌めいた匂いを鼻腔の奥に染み込ませ、動けるか否かでなく動き出す必要があるかどうかを考える。考えるのに最も適した場所がここなのだし、理由もないのに起き上がるほど活発な質でもない。

 用件はある。

 斜めに見上げる恰好の薄手のカーテンから洩れる陽光は、さぞや散歩するに心地好いことだろう。最早悪夢のおりもすっかりされた。

 眼を擦り、眼脂めやにの付いた手で蒲団を脇へのける。

 いや待て。

 まだ早くないか?

 今何時だ。枕許の置き時計を見ようとして結局やめる。

 寝返りを打つ面倒臭さと時間確認の無意味さを同時に悟ったために。押しのけた蒲団をまたも手に取りその下にくるまる。

 仕事は休みだが、用件はある。買い物だ。

 しかし思い出せない。買い物というからには何かを買う必要がある。私は何を買うんだったか? それが思い出せない。目的が宙ぶらりんなまま、手段だけが眼前にある。

 チャイムが鳴った。

 来客の予定はない。無視する。

 二度目のチャイムののち、ドアの向こうで何やらがさごそと物音がして、それから郵便受けに何かが落ちる音。

 人の気配が絶えたのち、郵便受けのそれを拾い上げるまで実に三十分を要した。実家からの届け物でもなかろうし、新聞の勧誘か宗教の勧誘か、どのみち勧誘されたくない類いのものだろう。そう決めつけてしばし寝床を温めていたのだった。


 その不在票には、簡易裁判所からの特別送達である旨が記載されていた。


 私の心に薄膜がかかる。

 遂に来たか。

 いずれ届くのは判っていた。

 妹や叔父の許には訴状がとうに届いていたのだ。時間の問題であることは自明だった。

 だったのだが。

 現実感が稀薄になる。

 頭ははっきりしているけれど物事の輪郭がうまく把握できない。私の中で私が少しだけ離れていく感覚。いや遠くなったのは世界のほうか。

 買い物のことなどすっかり念頭から消え失せ、私は数日後、改めて特別送達の封書を受け取った。

 いやに厚い大判の茶封筒。左上に貼られた切手は、五百円切手が三枚に百円切手一枚。見たこともない高額の切手だ。そして中身は。


 思った通り訴状一式だった。


 生前の伯父が交わしていた詐欺紛いのサイディング契約に関して、相続人の一人である自分はその未払い金に対し信販会社から訴えられたのだ。請求額は七十一万七千円。総額二百八十六万八千円に及ぶ残債ざんさいの相続分たる四分の一。昨夏出し抜けに届いた信販会社からの督促状の記載額と全く同額である。貯金すらままならない、しがない派遣社員の身に到底捻出ねんしゅつできる金額ではない。


 私は敢えなく被告人となった。

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