第50話 盗まれたオートマタ

 ブランデンブルグは、唇と舌を噛みちぎられるという重傷を負い、彼は言葉を失った。

「あの時は、ああするしか仕方がなかった。しかし、さっぱりわからん」

 ブランデンブルクを病院に運び、ジールマンも念のため入院をさせた。本来窃盗の罪で拘留したいところであったが、まだ、事態を隠密にしておく必要がある。ブレーメン署で待機していたアーノルト刑事に応援を要請し、ジールマンとブランデンブルクの監視を依頼し、ブランデンブルクの別荘に戻ったのは夜10時を回っていた。

「また、ひとりでに動いて、どこかに行ってしまったってことは……ないですよね」

 カペルマン刑事はランプで周囲を照らしながら、その灯りの中にふっと、あのアメリア夫人のオートマタが現れるのではないかという恐怖に耐えていた。

「それはあり得ません。こういうことを申し上げるは、心苦しいのですが、さきほどまでのことは想定内です」

 刑事二人が怪訝な顔でダミアンを見つめる。

「つまり、夫人のオートマタの暴走は、一度起きているわけで、そうなってしまうような条件がそろえば、また発生するということです」

「わかっていて、それを止められないのは、どういうことなのか。俺たちはそのためにわざわざここに足を運んだんだぜ」

 ベーレンドルフは、別荘に残された血の跡をたどり、外の様子を眺めながら言った。

「1度目の暴走は、僕が指示したものと違う部位の土を、ベルンシュタイン卿に雇われた人たちが、ある意味故意に、そしてそれによってどうなるかを知らずにやったことです。僕はそれを予想しても防げないのは、差し出された墓の土が、どの部位の物かなど、知る術がないのですから、信じるしかないわけです。そして今回の場合、オートマタ……というより、アメリア夫人の魂が、どのようなものをきっかけに、どう動くのか。最悪の状況を考慮して、注意喚起をしました。だれもオートマタが警察署から持ち出されることは予測できなかったわけですし、その意味では想定外であったのですが、それが夫人と関係を持っていた男――フリッツ・ブランデンブルクの仕業だとわかれば、たとえば彼は、夫人の魂のどんな影響を与えるのか。彼は夫人のオートマタに何をするのか。想像したくないことを、やはり想像しなくてはならなかったわけで……」

 最初のオートマタの暴走は夫人が眠る墓の土を採取する際に性器近くの土が混じってしまったことで発生したのであり、犠牲者は夫であるベルンシュタイン卿であった。


 ベーレンドルフが顔をしかめる。

「あまり遠回しに言われると、からかわれているような気分になる」

「では、はっきり申し上げましょう。彼は僕らと接触するまでの間、夫人のオートマタと関係を持っていた可能性が高いです。もっと直接的なことを言えば、彼は夫人のオートマタに自分の精液を何らかの形で混入したと思われます。そうでもしないと、あれは動かないのです。いや、動けないのです」


 カペルマンはあまりの飛躍した話にまるでついていけないという表情でダミアンに見てからベーレンドルフにすがるような目で訴えた。

「じゃあ、何か。警察で人形が動いたのも、誰かがそんなことをしたというのか?」

 ベーレンドルフは煙草に火をつけた。

「ブランデンブルクが怒っていましたからね。何かしらの形跡を見つけたのではないでしょうか」

 ダミアンはカペルマンを意味ありげな目で見ながら言った。カペルマンは慌てて言い返す。

「僕は何も……、ただ、夫人が美人であったこと、人形がそっくりだったことは、署内で話題になったこともありますし、証拠品を誰かが触った形跡もまったくなかったわけではありません。ただ、手足は紐で拘束され、顔も包帯で巻いていましたし、シーツもかけていました。仮にそういうことを夜勤にいたずら心でやった奴がいたとしても、それを見つけることは困難だったと思います」

 ベーレンドルフが被りを振る。

「……じゃあ、俺たちがここに来るまでの間に、誰かがここに忍び込んでそう言うことをした可能性もあるわけか」

 すぐにダミアンが否定する。

「いえ、頭と胸を破壊されていますから。それはあり得ない。不可能です」


 3人が見つめる床の上にはあるべきものがなかった。


 またしても、アメリア夫人のオートマタが姿を消したのである。


「我々がここを出た後、誰かが忍び込み、夫人のオートマタを盗み出した。そう考えるのが妥当だとは思う。しかし、誰が! どうして! 何のために! そんなことをする必要がある」

 ダミアンは申し訳なさそうに答えた。

「実は今日の昼、ブランデンブルク氏の店に向かう途中、誰かに尾行されている気配はあったんです。すいません。あまり憶測で物を言うのもアレかと思って、言いそびれました」

 珍しいこともあるものである。ダミアンが1日で2回もベーレンドルフに頭を下げたのである。

「これはますます、署長にばれないようにする必要があるな」

 ため息交じりにベーレンドルフは吸った煙草を投げ捨て、足で踏み消した。

「それは僕の方で協力させてもらいます。要は人形が一体、保管室にあればいいのですよね。幸い、証拠品が着ていたアメリア夫人の服は、こうしてここに残っているわけですし、今すぐと言うわけにはいきませんが、夫人の顔に似せたパーツは後日、頭ごとすり替えればいいでしょう。3日もあれば、似たようなものは作れますよ。安心して下さい、刑事さん」


 こうして盗まれたオートマタの行方は、闇に葬られることとなった。


「実に面白い。こういうものが世の中にはまだあるのですね。早く持ち帰っていろいろと調べましょう」

 ブレーメンの街を走る一台の車。

「へぇ、旦那」

 運転手が旦那と呼んだその男の背は高く、夜でもサングラスを外さない。後部座席には2つの影があった。一つは男のもので、もう一つは美しい女のものであったが、それは人ではなかった。

「まず、実に美しい。きちんと動くところを観たいものだ。さぞかしエレガントな佇まいなのでしょう。それにこの残忍さ。これほど暗殺に適した道具を、私は今まで見たことがないですよ」

「へぇ、旦那様」

 えんじ色のメルセデスはブレーメンの市街を抜け、北へ――港町ブレーマーハーフェンに急いでいた。



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