第4章 盗まれたオートマタ

第26話 証拠品

「……するとブレーメン署では、前から連続殺人の犯人が殺された妻の夫、エルマー・ベルンシュタイン卿である可能性があると疑っていたわけですか」

 新聞記者とのやりとりはいつも辟易とさせられる。担当刑事として受け答えをしなければならない立場でありながらベーレンドルフ刑事はその役をブランケンハイム刑事部長に任せはしたものの、文句のひとつも言ってやりたい気分だった。最初に殺された女性が資産家の妻で、しかも親子ほど年が離れていることで話題となっていたのだが、これが連続殺人に発展すると人々の関心は連続殺人犯を捕まえられないブレーメン警察の能力に集まった。

"税金の無駄遣いだ"や"所詮お役所仕事だ"といった誹謗から"犯人もろくに捜さずに優雅にランチを食べている"や"道路が渋滞するのは警察が無能だからだ"といった中傷まで、新聞は好き勝手なことを書き立ててきたのである。

 そして実は最初の被害者の夫が犯人で、その後の殺人は最初の殺人をカモフラージュさせるためだったというセンセーショナルな事実と2件目以降の殺人の実行犯がまだ逮捕に至っていないことが発表されると、報道は更に加熱した。

「実行犯の逮捕については、署を上げて捜査中ですが、管轄外に逃亡していること、ベルンシュタイン卿は直接犯人たちと接触をしておらず、犯人の手掛かりになる物証が極めて少ないことから、難航することが予測されております。そのためブレーメン近郊の警察署にも協力を要請し、一日も早い犯人の逮捕を目指しております」

 ベルンシュタイン卿は捜査に協力的ではあったが、実行犯と直接やりとしをしたわけではない。そうした犯罪を家業としている者は当たり前に用心深く、身元が割れるような痕跡は一切残していない。連絡役はまったく事情の知らない人間を使っており、まるで実態がつかめなかった。そもそもどうやってそのような裏稼業の人間と手を組むことができるのか。一般市民には理解に苦しむところではあるだろうがベーレンドルフにとっては日常的な出来事の一つでしかなかった。

「人には欲がある。だからこそ人間社会にはルールが必要だ。しかし、全ての欲がルールのもとに満たされるほど、世の中っていうのは公平にも平等にもできちゃいないのさ。お前さんだってズルをしてでも友達にゲームで勝ちたいと思ったことがあるだろう。それと同じさ」

 それはベーレンドルフの父、ロルフの言葉であった。まだベーレンドルフが幼い頃、警察官だった父親に「どうして人は悪いことをするのか」と聴いたことがあった。その時はあまり理解できなかったが、今では父が言いたかったことがよくわかる。犯罪がなくならないのはまさにそれが理由であり、欲のあるところには、必ずそれを生業とする者が現れる。それが人間社会であり、表向きでも公平に、そして平等にしようというのが社会のルールである。極端な話、その商売で1番になるためには1番の相手を排除してしまえばいい。しかしそんなことを認めたら世も末である。

 ベルンシュタイン卿もまた、実業家である以上、そういう者とは無縁ではいられなかったというだけのことである。できることであるならば、ベーレンドルフはそういった闇の組織を片っ端から検挙したいと考えてはいるものの、それは決して世の中から亡くなることはないということも知っていた。

「所詮、俺たちの仕事は社会のゴミ掃除なのさ。まぁ、それもいいさ。ゴミを漁るあいつらに比べたら、よっぽどましな仕事だとは思わんか」

 ベーレンドルフの言葉が刑事部長の耳に入るのではないかとカペルマン刑事は冷や汗をかいたが、部長は新聞記者たちの対応でそれどころではなかった。

「まぁ、仮にそうであったとしても、できる限りスマートに仕事はこなしたいものですね」とアーノルド刑事が横やりを入れる。以前、アーノルド刑事がいつも身だしなみを気にしていることについて"犯人を逮捕したとき、自分の写真がいつ新聞に載っても大丈夫なように身だしなみを整えているさ"と誰かが言っていたことを思い出していた。

 新聞記者の質問はベルンシュタイン卿が入院している事情についての説明を求めるものに変わっていた。

「命に別状はないものの、かなりの重症と聞いておりますが、これはどういうことでしょうか。逃走をはかる際に怪我をしたとか?」

「この件につきましては、不幸な事故であるとしか申し上げられません。氏はその事故をきっかけに自供をすることとなったわけですが、捜査上、その事故につきましては、御説明を控えさせて頂きます」

 ブランケンハイム刑事部長は時々ベーレンドルフ刑事を横目で見ながら答えるとそれで会見を打ち切ると言い出した。記者からは不満の声が上がったが、実際これ以上答えられることは何もなかったのである。


「まぁ、あの人形のことを説明したところで、誰も信じやしないだろうし、部長自身、半信半疑なんだからなぁ」

 ベーレンドルフ刑事は事件当日のことを思い出していた。そして黒い瞳の人形師、ダミアン・ネポムク・メルツェルという青年の顔と彼が作ったオートマタのことを思い浮かべ、憂鬱な気分になった。

「そういえばあの証拠品の人形はどうした?」

 カペルマン刑事は浮かない顔で答えた。

「もちろんちゃんと保管してありますよ。どうにも薄気味悪いんでシーツを被せていますけどね。それと念のため両手、両足をロープで縛りつけてあります。いつ動き出すかもしれませんので」

 カペルマン刑事は職務に忠実な男である。それがゆえに、度が過ぎたり、滑稽に見えたりすることもあるのだが、ベーレンドルフ刑事は彼のその部分をもっとも評価していた。実際、カペルマン刑事以外であれば、命令とはいえ、人形の手足をロープで縛ったり、猿轡(さるぐつわ)したりはしないだろう。

「ダミアンを信用していないわけではないんだがな。返してくれといて証拠品を渡すわけにもいかんし、動くことはないと言われても、あれを見せられちゃあなぁ」


 その証拠品とは、人形師ダミアンとベーレンドルフ刑事が関わった二番目の事件“アメリア・ベルンシュタイン殺人事件及び偽装連続殺人事件”を解決に導いたアメリア夫人のオートマタのことである。


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