第25話 ベーレンドルフの憂鬱

「もう少し僕の両親についての話もしましょう。僕は"きっとそうではなかったか"と確信していることがあるんです。彼らもまた、好奇心によって道をはずし、外道として生きてきたのではないかと。そしてついには闇に堕ちたのではないかと考えているのです」

 ベーレンドルフはどうしようもなく陰鬱な気分になっていた。ダミアンが何をしようとしているのか、そして今、何をしているのかがわかったところで、それを止めることも手伝うこともできない。今までベーレンドルフが向かい合ってきたものとはまるで勝手が違う。何もできない自分が許せない。それは無力感であり、魔術や呪術に対する嫌悪感であり、刑事としてのプライドを酷く傷つけるものであった。そしてだからこそ"思考の出口"が意味を持つ。目の前の黒い瞳の青年の手のひらの上で踊らされている気分にすっかり耐え切れなくなっていた。


「わかった。わかった。俺はお前さんのやることに口出しはしないし、余計な詮索もしない。それでいいわけだな。このペテン師が」

 ダミアンはニコリと笑い、話を続けた。

「まぁまぁ、そう邪険に扱わなくてもいいじゃないですか。刑事さん。僕にだって不得手なことはたくさんあります。知らない街――かつて住んでいたことがあるからと言って、幼少の頃ですからね。人探しをしようにも要領を得ない。そういうことはやはり刑事さんに仕事をしていただかないとなりません。もちろん無償でとは申しません。僕でお力になることは、たとえば今回のような事件については積極的に協力させて頂きます。生死は問いませんから、僕は両親がどこに居るのかを知りたいのです」


 煙草の煙がまっすぐと上に伸びている。話に夢中になり、ほとんど吸わないまま灰皿の上で形を残したまま灰になっている。ベーレンドルフはそれをもみ消し、3本目の煙草に火をつける。

「それなんだが、実際俺たちも手詰まりでな。ダミアン、何か俺たちの知らないような情報を持っていないのか? たとえば日本で何をしていたのかとか、誰と交流があったとか、出国直前に変わったことがなかったとか、そういうことだ。話を聞いているとどうやら、いろいろとわけありのようだが、どうなんだ、そのあたりは」

「おや、本格的な取り調べですか。さすが刑事さん、するどい」

 ダミアンが陽気にふるまえばふるまうほど、ベーレンドルフは気が滅入った。

「そうですねぇ。日本では極秘の研究機関に出入りしていました。何やら”いかがわしいこと”をしていたようです。兵器開発とかそういうもので、なおかつ罰当たりな研究です」

 ダミアンは一枚の紙を取り出し、鉛筆で何かを書き始めた。

「たとえばこんな感じのものです」


 ベーレンドルフはダミアンの書いたスケッチを眺める。それが犬であることはすぐに分かった。

「犬だな。この背中に付けているのはなんだ」

「爆弾ですよ」

「なんだと!」

 ベーレンドルフは目の前の青年の悪魔性に震えるしかなかった。ベーレンドルフは確信する。


"ダミアンは俺が犬を飼っていることを知っている"


「実用には至っていないようですが、動物兵器や人体の強化といったことをやっていたようです。それは日本だけなのか、このドイツとも関係があるのかまではわかりません。ドイツ人の医者である父と日本人で医学を知る神職の母、最初は西洋医学と東洋の神秘の平和利用を考えていたのでしょうが、父は個人でできる研究の限界をよく口にしていたようです。そんな人間がおぞましい研究に手を染めていく。なんとなくですが、どんなことが起きたのかは想像ができます。そしてそういう自分たちの姿を子供に見せまいとしていたこともわかります。或いは姿を消したのは僕を巻き込まないためだったのかもしれません。しかし個人の力である程度名のある二人の研究者が煙のように姿を消すことは容易くはないでしょう。軍か国家的な組織か、或いは軍事産業なのか、そういう力のある組織でなければ、船の中から人間を消すようなことはできないでしょう」


 ダミアンはすでに答えを知っているのかもしれない。しかしそれを確かめる術がないのか。いずれにしても、とんでもないことに自分をまきこもうとしているのは間違いない。ベーレンドルフは頭をかきむしりながら言った。

「脅迫だな。これは。立派な犯罪だぞ」

「そんなつもりはなかったのですが、そう聞こえてしまったのなら、僕の言い方が悪かったということで、どうか逮捕はしないでもらいたいものです。そんなことをしたら――」

「どうだっていうんだ」

「面白くないじゃないですか。いろいろと」


 もちろんベーレンドルフにはそんな気はなかったが、一層一日くらいは牢屋にぶち込んでやろうかと本気で考えた。

「というところで今日はお開きにしましょうか。僕もまだ、いろいろとやらなければならないことがありますし、刑事さんもお忙しいでしょうから」

「おいおい、勝手に話をやめるな。まだ聴きたいことは山ほどあるんだ」

 ダミアンはベーレンドルフをまるで無視するかのように、コーヒーと灰皿を片付け、玄関へと押しやった。

「ええ。でも楽しみはあとに取っておくということもあります。おっと、これは失言。僕は一日も早く両親の無事を確認したかったんだっけ」

 ベーレンドルフは振り返りダミアンを睨みつけた。

「おい、それはどういう意味だ。まさか両親の話、嘘じゃないだろうな」

「嘘のような本当の話です。残念ながらね」

「お前まさか――」

 扉を開けると日は傾き、薄暗くなっている。分厚い雲の隙間から弱弱しい陽の光が漏れている。


「確信はないんですけどね。生きていると期待するほうが難しい状況です。生きていたとした場合は焦ったとことで、こちらの軽率な行動がむしろ状況を悪くするということもあります。昨日や一昨日いなくなったというなら別ですが……」

  ダミアンは目を伏せながら答えた。どんなに憎たらしくても、行方不明の肉親を捜す人間の胸中と言うのはベーレンドルフにとって日常的であり、そして多くの場合、良い結果で報われることがない。その痛みは理解できる。


「刑事さんとは長いお付き合いになりそうですね。でも、ちゃんと仕事してくださいよ。刑事さん」

 生意気な口のきき方も、どこか憎めない黒い瞳の青年に見送られ、ベーレンドルフは愛車のエンジンをかける。

「何かあったら遠慮せずに電話してこい。まぁ、お前さんが遠慮するなんてことはないんだろうけどな」

 ダミアンは走り去る白いフェートンを眺めながら呟いた。

「ヴィルフリート・ベーレンドルフ刑事、よろしく頼みますよ」

 ダミアンは作業場に戻り、爆弾犬のスケッチを手に取った。

「こんなものが実際に役に立つとは思えないのだけれど、一度タガが外れると人はどこまでも残酷になれる。僕がそれを一番、よく知っている」


 第二次大戦のドイツ軍の戦車に対してソ連軍は実際に犬に信管を取りつけた”地雷犬”を対戦車兵器として使った。それがダミアンの両親の研究によるものであったのかは定かではないが、ドイツ軍はこれを防ぐために火炎放射器で地雷犬を焼き払った。


 のちにその惨状を知ったベーレンドルフが、この日ダミアンに見せられたスケッチのことを思い出し、憂鬱な気分にさせられるのは、30年後のことであった。


おわり


第4章につづく

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