第24話 思考の出口

「刑事さんは魔術や神の奇跡を信じますか?」

 黒い瞳の青年は美しく、そして静かな声で語りかけてきた。

「魔術を使う者の存在――たとえば魔女や魔法使いということになるでしょうか。そして神の奇跡を起こす者――神に仕える者、神に祝福された者」

 一つ一つ言葉を選びながら心地のよいリズムでダミアンの言葉がベーレンドルフの中に入っていく。

「魔法を使ったように見せかける職業、これを手品師といいます。奇跡や呪いがあるように見せかける職業、うん、これは異端者なのか、たちの悪い占い師ということになるでしょうか」

 ダミアンは金髪のさらさらとした髪の毛を右手の人差し指に絡ませながら微笑む。

「しかし、よくできた手品や巧妙に仕掛けられた偽装というのは、本物の魔術や奇跡と見分けがつかない。そうでしょう。刑事さん」

 ベーレンドルフは左目を少し細め、じっとダミアンを見つめている。

「もしも100年前に生きていた人が、今の時代、たとえばブレーメンの街の大通りに立ったとします。鉄の馬車が馬なしに走りすぎる姿は、それはもう魔法でしかないでしょう」

 ベーレンドルフは右手を前に差し出し、大きな手のひらでダミアンの話をさえぎる。

「ちょっと待て、そのたとえ話は確かにそうだろう。では何か。墓の土には死者の魂を現世に蘇らせるような物質が含まれているとでも言うのか。まさかそんな話で俺をたぶらかそうとしているわけじゃないだろうな?」


 ダミアンはうれしそうに笑いながらコーヒーを口に運ぶ。

「慌てないでくださいよ。刑事さん、僕はね、順を追って話をしているんですよ。これは大事なことです。思考の出口をちゃんと作っておかないと結構危ないんですよ。まぁ、刑事さんなら強引にでもこじ開けてしまうのかもしれませんが」

「思考の出口?」

 ダミアンがコーヒーを一口飲む間に、ベーレンドルフはカップの半分のコーヒーを一気に飲み干していた。

「そう、思考の出口です。複雑だったり、難解だったり、或いはまったく思いも着かないような発想や観点だったり、そういうものに何の準備もなしに出会ってしまうと多くの人はばかげた話だと思考を止めてしまいます。またある人は『新しい発見』に目がくらみ、盲信してしまいます。僕は刑事さんにはしっかりと向き合ってもらいたいと考えています。ですがそれゆえ、たとえば今までの考え――価値観といったほうがいいでしょう。そういうものがひっくり返されてしまうような”パラダイムシフト”が起きたとき、魂が大きく傷ついてしまうことがあります。それはとても不幸なことです。ですから、そうならないように思考の出口――この場合、手品も魔術も見える現象としては同じことが起きている。たとえ魔術が本当にあったのだとしても、それを知らなかったこれまでと、知ってからのこれからは、実はなんら代わりはないのだということを知っておいて欲しいのです」


「それが”思考の出口”ってことなのか。俺にはよくわからん。わからんが一応、理解はした」

 ベーレンドルフはダミアンが言わんとしている事を理解しているつもりだった。しかしダミアンがなぜそうまでして、ベーレンドルフに対して気を使うのかがまるでわからなかった。打算なのか、遊びなのか、戯れなのか、それとも本当に心配をしているのか。ただもうひとつわかっていることがあった。それはそういうダミアンの態度が気に入らなかった。打算であろうと、遊びであろうと、戯れだろうと、心配されるなど、持っての他である。

「墓の土は必要です。そして部位によって効果が代わります。もちろん死者を蘇らせるなどというこの世の理(ことわり)を覆すようなことはできません。しかし、捻じ曲げたり、入れ替えてみたり、変化をさせたりすることは可能なのですよ。刑事さん」

 ダミアンは真剣というよりは残忍、或いは冷酷な表情で語り始めた。それは別人と言っても過言ではない。冷ややかで理に徹し、妥協を許さないような強い目をした青年が座っている。彼こそ人形師ダミアンなのだとベーレンドルフは思った。


「方法はいろいろありますが、日本という国は、死者の魂と対話をするのに反魂香(はんごうこう)というものがあり、その香を焚くと死者と会うことができるとか。もともとは大陸から伝わったものらしいのですが、もちろんそれは物語の中の出来事、聖書に書かれている神の奇跡と代わりはしません。しかしこれを学術的に分析していくと面白いことがわかってきます。香とは羅、沈香、白檀などの天然香木をいぶすことで独特の香りが立ちます。匂いというのは科学的には臭いのする物質が空気に浮遊し、それを吸い込むことで臭いをかぎ分けられる。つまりこれは、物質を体内にいれるということなんです」

 いつものダミアンであれば、ここで語尾に”刑事さん”とつけるところだが、人形師ダミアンはそういうことをしないようであった。

「であれば、記憶を刺激し、幻覚を呼び起こすような成分が、この反魂香なるものに含まれていたのではないのだろうか。僕はその仮説の元に様々な実験を試みました。この様々な実験というのはここでお話をすることはやめましょう。きっと今夜食事を取ることができなくなりますから」

 しかしベーレンドルフはすでに想像をしてしまっている。いったいダミアンがどういうものを実験につかったのか。墓の土というのは、まさに表層に過ぎないのだということは用意に想像できる。


「結果、僕は世の中の理を一時的に寝捻じ曲げるような方法――これをかの国では”外法”といい、それを行うことを”外道”というのですが、僕はときと場合によってこれを使います」

「つまりその方法を用いれば、お前さんの言う”究極の人形”が作れるってわけか」

「さぁ、それはどうでしょう。僕はまだ、そこにはたどりつけていませんし、今のご時勢、このような外道はそうそう許されるものでもありません」

「だからなのか、貴様俺を利用して、危なっかしい事件に首を突っ込み、”時と場合”って状況を作り上げたってことか。自分の――」

 ベーレンドルフは言葉に詰まった。次に続く言葉は、まさに思考の出口となったからである。


「そうです。好奇心のためにね。刑事さん」

 黒い瞳のダミアンは怪しく微笑みながら言った。


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