第23話 手品と魔術

「そのためには、他人の墓を荒らすことも辞さないというわけか」

 ベーレンドルフ刑事は二本目の煙草に火をつけながら吐き捨てるように言った。止まっていた時が動き出す。

「さて、それはどうでしょうかね。あれは別に僕のためにやったことではないですし、僕がやったわけではない……、とこういう言い方をしてしまうといかにも言い逃れのようで恐縮なのですが、"辞さない"というよりは"やむを得ない状況の時は、相応の手段をとる"ということでは、だめでしょうかね。刑事さん」

 止まっていた時間を取り戻すかのように、時計の針は速度を速める。

「世間ではそういうのを詭弁というんだ。死者への冒涜は万人が忌み嫌うところだ。それを自らではなく、他人にやらせるというのは――」

「何かの罪に問われますか?」

「人のやることじゃないと言っている」

 そう言い放って、ベーレンドルフはぞっとした。もしかしたら目の前にいる青年は文字通りひとではないのかもしれない。あれこれ理屈を並べ、見事名推理でベーレンドルフがここに来るまでの行動を言い当てたふりをして、実は千里眼を使って、ずっと自分のことを監視していたのかもしれない。ここに来るまでの"いやな感じ"の正体は、目の前にいる青年の黒い瞳そのものではないのかと――

「犯罪の手助けをしたとなれば、それは立派な犯罪だ。少なくとも俺はそう思っている」


 ベーレンドルフは異常な喉の渇きを感じ、まだ湯気が立っているコーヒーを一気に飲み干した。

「お替り、どうですか、刑事さん」

「頼む」

 ダミアンの所作はベーレンドルフが通うどの店のウェーターよりも手際よく、美しく感じる。コーヒーの味もいい。よくよく不思議な青年であると感心するベーレンドルフであったが、それでもダミアンを好きにはなれなかった。

「日本と言う国には"茶道"というものがあります。わかりやすく言うとお茶の愉しみ方を極め、探究するというものなのですが、他に花道という花の活け方を極めたり、伝統的な踊りの流儀もいろいろあったりするのですよ。僕はそういうものを自分の生活中に多く取り入れています。たとえば僕の入れたコーヒー、どうです? わりといい線いっているでしょう?」

 ダミアンを好きになれないところは、人の心の中を覗きこみながら話をするところだと抗議の表情を浮かべながらベーレンドルフは頷く。

「人が食べ物や飲み物をおいしいとかまずいとか感じるのは、実は味覚よりも嗅覚、嗅覚よりも聴覚、聴覚よりも視覚なのだと僕は思うのですよ。どんなに甘いものでも、目と鼻と耳を塞いで口に入れてごらんなさい。甘いと感じることは、なかなかできないんですよ。刑事さん」


 もしも他の人間のことばであれば、ベーレンドルフはごく普通にその状態を想像し、なるほどなと思うことができたに違いない。しかしダミアンの言葉から想像するそれは、全裸で椅子に縛り付けられ、目隠しをされ、耳に栓をされ、鼻をつままれながら、口の中に不気味な色の物体を口の中に入れているダミアンの姿が思い浮かんでしまった。

「つまりね、刑事さん、人は見せかけにとても弱く、どんな真実も容易に隠し得るということなんですよ」

 ダミアンはそういいながら二杯目のコーヒーをベーレンドルフに差し出した。ベーレンドルフには"それがコーヒーなのか、それに似せた何かよくない物なのか判断できるのか"というお題を突き付けられた気分になり、まるで手を付ける気になれなかった。

「ご心配なく。このコーヒーは刑事さんが飲みなれているものと、なんら変わりはありませんよ」

 人を安心させるようなことを言いながら、その言葉の端々にベーレンドルフが無視できないような"含み"を持たせた言い方をすることを楽しんでいる。ダミアンがどうやってベーレンドルフがいつも通っているレストランのコーヒー豆について知ることができたのか。それを詮索することをとうとうベーレンドルフは諦めてしまった。


「つまり、あのブルース・エルスハイマーの首は、見せかけであって、実際にしゃべったりはしないということなのか」

 ダミアンの黒い瞳がベーレンドルフを見つめる。

「手品と魔術、どちらも種も仕掛けもあります。手品の種と言うのは、それがわかるとなるほどなと思うような現実的、科学的だったり、或いは人の真理の盲点を突いたものだったりするわけです。たとえばこんなふうに――」

 ダミアンは作業机のペンたてから筆を取り出し、右手の親指と人差し指でつまんで上下に振って見せた。

「ほら、くねくねと曲がっているように見えるでしょう。これが人間の目の限界でもあり、すばらしいところでもあるんですよ、刑事さん」

 ベーレンドルフも子供のころにそんな遊びをやった記憶がある。だが、これほどまでに曲がるように見えたのかと感心する。

「人の視線というのは、そう広範囲を見ることはできないのですよ。たとえばこんなふうに――」

 ベーレンドルフは、はっとして座ったまま椅子を後方に引き、ダミアンとの距離をとった。ダミアンの左手にはナイフが握られていた。


「刑事に刃物をむけるというのはあまり感心できるジョークじゃないぞ。ダミアン」

 ベーレンドルフの右手は左脇の下にある銃を握っていた。

「すばらしい反応です、刑事さん。あなたになら命を預けることができますね」

 ダミアンはナイフをゆっくりと机の上に置き、筆をペンたてに戻した。

「つまり、お前さんはあのとき、まわりの目を盗んであの人形の首を操作していたってわけか」

「そういうこともできたという話です。墓の土などというオカルトなもので種も仕掛けも隠すというのは、まぁ、たやすいことだと申しあげましょう。一方、魔術と言うのは――」

 ダミアンはナイフと手元から離れた場所、そしてベーレンドルフの視界にしっかりと入るところに置き直しながら言った。ベーレンドルフは右手を銃から放し、椅子をもとの位置に近づけたが、それでもやや、距離を取った。

「種も仕掛けもばらしたとしても、まるで理解できないし、誰にも簡単には再現できない。いわば化け学と似たようなものです。私はこれらを組み合わせて、人形を作ります。ですから、墓の土ならなんでもいい、ということではなかったことだけはお伝えしておきましょう」


 ベーレンドルフは考えた。種も仕掛けもある。しかし、それだけではないとダミアンは言っている。中身を聞いたところで、信じられなかったり、理解できなかったりするのであれば、聴かないほうがいいということもある。一度知ってしまえば、今まで通りの"常識"や"経験"に照らし合わせたものの考え方ができなくなる。それは望ましくない。

「俺から言わせれば、犯罪の匂いしかしない話だ。しかし、匂いだけで逮捕するわけにもいかない。だからと言って、このまま見過ごすこともできない。まったく困ったものだ」

「ええ、お困りのようでしたので、今回は事件解決のお手伝いができたので、大変うれしく思っています。それは僕にとってとてもだいじなことなのですよ。僕がこの町で、人形師として活躍する。それによってこの状況を打破できるかもしれないのですから」


 言いたいことはいろいろあったが、ベーレンドルフはそこをぐっとこらえて、ダミアンの提示したお題について話を進めることにした。

「つまり、ご両親の消息について、そしてその研究について知りたがっている、または知っている何者かをおびき出すために、餌をまいたということか」

 ダミアンの黒い瞳の中の闇がかすかに揺らいだ。

「もしも刑事さんに出会っていなかったら、こうはうまくはいかなかったでしょう。その意味では、やりたいと思ってはいたものの、実際やれるとは思っていなかったのが正直なところですし、僕だけの問題では、もはやないということです」

「体のいい、言い訳だな。だいたい俺がどうしてお前さんの両親探しを手伝わなければならない……、行方不明者の捜索というのは、捜索願がなければいけないし、ブレーメンの住民でなければならない」


 二本目の煙草は鉄製の灰皿の上ですっかり灰になっていた。ベーレンドルフは三本目の煙草に手を掛ける。

「父、ダニエル・メルツェルについて、もう少しよく調べてみてください。これは僕からのお願いです。さすがにそういうことは憶測や推測でなんとかなるものでもありません。きっとこの町、ブレーメンとの深いつながりがあるはずなんです。確証はありませんが、両親が日本を離れてブレーメンに行こうとしていたのは、単に昔住んでいた場所だからということではないと、僕は考えています。すぐにとは言いません。僕も何かお役にたてることがあれば、肉体労働は苦手ですが、この黒い瞳は、刑事さんに見えないモノが見るということもありますから」


「じゃあ、一つだけ教えてくれ。墓の土を使った本当の理由ってやつを」

 ダミアンは背もたれに身を預け、瞳を閉じながら言った。

「かまいませんが、企業秘密ですからね。それと――」

 ダミアンは珍しく頭の中で言葉を選んでいる様子でやや間をおいて話し始めた。しっかりとベーレンドルフの目を見て、姿勢をやや前に乗り出しながら。

「僕の言うことを信じなくてもかまいませんが、絶対に疑わないでください。疑うということはそれだけ真理に近づくということです、信じないのであれば拒否ですから、抗えないような真実から距離を置くことができます。僕の立ち位置は、現世とそうでない世界の境界線にあります。これを一歩でも超えると、おそらく暗闇に落ちるでしょう。そうしたらこうして刑事さんと落ち着いて話すこともできないでしょう。ですから、これから僕が言うことについて、確かめようなどとは思わないでください。好奇心は人を成長させますが同時に破滅もさせます。そうなってしまった時、僕は刑事さんの助けにはならないと思います。それができるのは――」


 ベーレンドルフは、背筋に寒いものが走るのを感じながら、この不思議な青年がいつになく真剣な表情で自分に語りかけている様子を俯瞰で眺めていた。もしかしたら自分は、とんでもないことに巻き込まれようとしているのかもしれない。


"引き下がるのなら今しかない"


 しかし、ダミアンの黒い瞳が、それを許そうとはしなかった。


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