第22話 究極のオートマタ
「匂い……、香水か」
ベーレンドルフの目は仕事のときのそれになり、目の前にいる自分と同等か、それ以上の観察眼を持つ青年を見据えながら言った。
「さすがは刑事さん、僕には千里眼のような便利なものはありません。しかし、私がここで、こうして刑事さんとお話をするべく”この場所”に至るには、それ相応の物語がございまして、なぜかと問われれば、つまりはそれが答えになるわけです」
ダミアンはコーヒーの香りを愉しみながら、相変わらず人をからかうような言い回しをしながら、来客との会話を進めた。
「ダミアン、君の生い立ち、そして今日ここに至るまでの経緯については調べさせてもらった。つまりは、生き残るために必要な能力ということでいいのかな」
ベーレンドルフは、話を合わせるふりをして、どんな女性と会っていたかについての話題をそらせた。
「ええ、ですから、たとえばあなたがお会いしていた女性は”医療に携わる人だったのではないか”というあたりまでは、察しがつきます。そこから類推して、最初から予定されていたことであれば、きっと時間に遅れることもなく、何か突発的なことであっただろうと。合わせて刑事さんが自動車にお詳しいのであれば、おそらくその女性の車が故障をして、車の面倒を見たのでしょうね。座席に座った時に、匂いが着いたのでしょう。私の人形は人とそっくりなものを作りますから、香水なんかもいろいろと詳しいんですよ。おそらくその女性は医療的な……、たとえばアルコール類のケミカルな香りを消すために、移動中は少し強めの香水を使っているのでしょうね。そういうことを気にするとなれば、おそらく若い女性でしょう」
ベーレンドルフはため息をつき、両手を上げて降参のポーズをとった。
「煙草を吸ってもいいかい? もう腹の探り合いはやめよう。無意味だ。ここからはやりやいようにやらせてもらう。駄目だと言っても俺は煙草を吸うし、答えたくないことも俺は聞くことになるが、そういうことでいいかな?」
今度はダミアンが降参のポーズをとり、戸棚から金属性の灰皿を取り出し、客人に差し出した。
「灰はこぼさないでくださいよ。刑事さん」
ベーレンドルフはすっかり態度を変え、いつもの調子でふるまう。まるでダミアンが目の前にいることを無視するかのように部屋の中を注意深く観察する。
「なるほど、確かにここは工房で、人形を作っているというのはわかる。あえて聞こう。君は何をしにこの町にやってきった。そしてここで何をしようとしている」
ダミアンは意表を突かれたという表情で大きく見開いた目でベテラン刑事を見つめた。
「いや、これは参りました。いきなり確信を突いてくる。さすがは刑事さん、僕なんかとは役者が違う」
ダミアンの工房はベテラン刑事によって一瞬で警察署の取調室に様変わりをした。
「もちろん僕は人形を作るためにここにやってきました。ただそれは、ただの人形ではありません。僕にしか作れない究極のオートマタを作る。それはこの場所でなければならなかったのです。理由は僕の生まれ、素性にあります。僕は僕の父と母の行方を探しています。その手掛かりはここ、ブレーメンにあると僕は確信しています。幼いころの記憶の中、そして彼らがいなくなった理由。すべてはこの町とオートマタにあります」
ベテラン刑事は差し出された灰皿に一本目の煙草を押し付けて消しながら、ダミアンの表情の一つ一つを注意深く観察しながら言った。
「わかる話だが、やはりよくわからん。ダミアン、君のご両親が行方不明になったいきさつと、この町でその”究極のオートマタ”を作ることと、どういう因果関係があるのか。それによって君はご両親の行方がわかると、或いは手がかりが見つかると考えているのか?」
ダミアンは少しさみしそうな表情を見せながら語り始めた。
「これはなんというか、柄にもないんですが”勘”というやつです。僕は両親がいなくなったのは、彼らの研究にあったと思っています。何も確証はないのですが、今にして思えば、両親は何かに怯えていたように思うのです。僕は楽観主義者ではありません。場合によっては、両親はもう、この世にいないということも覚悟しています。あの二人がやっていた研究のことを考えれば、仕方がないことです」
ダミアンの表情はさみしさからさらに陰鬱なものに変化していった。
「その研究というのはね。刑事さん、今僕がやろうとしていることと、同じなんですよ」
ベーレンドルフは闇を見た。目の前に座っている青年はただの人形師ではない。彼が言う”究極のオートマタ”とは、この世に存在を許されないような禁忌であることは否定できない。それでもやはり、聴かなければならなかった。
「”究極のオートマタ”とはなんだ?」
闇は語る。
「心を持つ人形、命を持つ人形、人と変わらぬ人形、そして人以上の能力を持つ人形、人を超えた人形、”パーフェクト・ヒューマン”とでも言いましょうか」
「そんなことが!」
ベーレンドルフは恐怖しながら、それに抗うように大声を上げた。
「できませんよ」
ダミアンは微笑む。
「僕以外にはね」
沈黙が支配した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます