第13話 依頼主
「いらっしゃいませ。ようこそ人形師ダミアンの工房へ」
ダミアンが客を招き入れる。
「先日はすまないことをした。部下の手違いを攻めないでやって欲しい。なにぶん、依頼内容が普通ではなかったものでな」
依頼主は帽子を取り、頭を下げた。男の後ろには黒い大きな車が止めてある。運転席にはダミアンの見覚えのある顔があった。
「いえ、あちらの方はよく仕事ができるかただと思いますよ。よほど信用の置ける方なんでしょうね」
「そういってもらえるとありがたい」
初老の男は、少ししわがれた声で愛想よく挨拶をした。
「どうぞこちらへ」
初老の男は帽子を被りなおし、工房に入った。ステッキを脇に抱え、皮製の手袋を玄関口ではずした。
「これがご依頼のお品です」
ダミアンは招き入れた客と人形の首との直線状から右に身体をずらし、依頼主にブルース・エルスハイマーを模した人形の首を見せた。
「おお、これは!」
このとき依頼主とダミアンの位置の直線状に別室で控えているベーレンドルフの視線が重なり、依頼主の顔はベーレンドルフから見えないし、依頼主からも別室の扉の隙間が開いていることは見えていない。しかし、ベーレンドルフには依頼主が誰なのか、はっきりとわかった。
「依頼主がヴィルマー・リッツだったとはなぁ。ダミアンのやつ。いったい何をたくらんでやがる」
小さくつぶやいて、改めて装備を確認した。
「第一容疑者が依頼主なら、こういう状況も想定されるというのはわかる。しかし、リッツがいったいどういうつもりで、こんな依頼を……」
ヴィルマー・リッツはゆっくりとブルース・エルスハイマーの首に近づいた。
「依頼しておいてなんですが、これは見事。そしてなんとも不気味ですなぁ。まるで生きているようだ」
「生きた生首など、存在しませんよ。ヴィルマーさん」
ダミアンは先ほどまでベーレンドルフ刑事が座っていたイスを差し出し、リッツはベーレンドルフに背中を見せる形で腰掛けた。
「なるほど。君の言うとおりだ。ダミアン君の噂を聞いたときは信じられなかったが、ここまでのものを作れるのであれば、やはりあの話は本当だったということなのか」
リッツは興味津々に人形の首を眺めている。もしリッツが犯人であるのなら、この反応はいささか不気味である。ベーレンドルフは、リッツが実行犯である可能性はないと考えていた。おそらく誰かに依頼して殺させたのだろうと思い込んでいた。しかし、たとえ直接自分で手を下さなかったとしても、自分が殺そうと思った人間の生首を作らせたり、それをまじまじと眺めたりというのは、いったいどんな趣向なのか。
「あの事件の現場は、やはりこんな感じだったのだろうか」
「いえ、もっと凄惨だったと聞いています。人形は血も体液も流しませんからね。それに死顔というのは、その死の瞬間の苦悶の表情が残るんだそうです」
「ああ、確かにそうだ。あまり大きな声では言えないが、私もそういったものを見たことがある」
黒い瞳の人形師は、いたずらっぽく初老の依頼主の顔を覗き込みながら言った。
「もちろん。そういうご依頼なら、そういうものをお造りすることは可能ですが、あまりお勧めはできません。なんせ僕は究極の人形師です。本物を越える人形を作ってしまったら、さすがに気味が悪いですし、変なものに祟られるのもいやですからね」
リッツは黒い目の青年が決して冗談を言っているのではないということを感じ取り、この人形師なら、自分の滑稽な依頼も、本当に実現するのではないかと思い、恐怖した。
「なるほど。君にこの仕事を依頼してよかった。どうやら噂は本当のようだ。早速はじめてもらおうか」
「用心深いお方ですね。そして恐ろしく頭が切れる。最初に持ち込まれた墓場の土、あれはあなたの指示で、わざと違うものを掘り起こさせたのでしょう? リッツさん」
どうやら墓荒らしを依頼したのはダミアンでそれを実行したのがリッツの部下ということになるようだ。しかしベーレンドルフには、なぜそんなものが必要だったかまるで検討が着かなかった。
「おっしゃるとおりです。君もなかなか頭が切れるし、用心深い。私はそういう人間が好きだ。その意味ではブルース・エルスハイマーも好きな部類の人間だったのだがな。しかし私は見誤ったようだ。彼は私を裏切り、そしてその報いをあんな形で受けることになった。皮肉なものよ」
「リッツさんの目的はあの日何があったのかを、ブルース・エルスハイマーから聞き出したいということでしたね。そのためには彼の声が必要です。でも、最初に持ち込まれたのは彼の声ではなかった。どこの部位ですか?」
ダミアンはテーブルの引き出しから布製の袋を取り出した。中には土が入っている。
「さて、どこの部位なのか。おそらく足とか手とか、その辺りでしょうな。私は首から上以外の土としか、指示しませんでしたからな」
「おかげで大変な騒ぎになったのですよ。警察まで来ちゃいましたからね」
ベーレンドルフは頭に血が上るのを懸命に抑えた。
「あの野郎、楽しんでやがる」
ことがすんだらダミアンも牢屋に入ってもらおう。容疑は取り調べれば、墓荒らし以外にやばいことがでてくるに違いない。そう考えながらも、なんで墓の土が必要なのかまるでわからなかった。
「あなたは考えた。もし僕が死者の声が聞けるなんていう、でまかせをいっているなら、違う部位の土でも、依頼の品を納めたに違いない。そして仮に本当に声が聴けるのなら、事前に死者の声を誰にも聴かせたくない。ダミーを一回入れることで、その両方の条件を満たすことができる。流石ブレーメンで長く商売をやってらっしゃる方だ。抜け目がない」
リッツは「かっ、かっ、かっ」と乾いた高笑いをし、上機嫌そうに言った。
「これは失礼した。君とはいい仕事ができそうだ。ますます気に入ったよ。ダミアン君」
リッツは胸のポケットからダミアンが出したのと同じ布製の袋を取り出した。
「これが正真正銘、ブルース・エルスハイマーの首辺りの土だ。これはおそらく私の命に関わることだ。君をだましたことは素直に謝るが、そういう事情があったことをわかってくれるとうれしい」
ブルース・エルスハイマーの首辺りの土
死者の声を聴く
リッツの命に関わる
ベーレンドルフ刑事は、混乱する自分の頭を思いっきり振って、すべての情報を一旦リセットした。
「これから何が起きるのかは知らないが、何があってもダミアンを守る。話はその後だ」
ベーレンドルフは意識を集中し、いつでも発砲できるよう銃を構えた。
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