第11話 行方不明の両親

「刑事さんは日本という国をどの程度ご存じですか?」

「さあ。まるでわかりませんが、アジアの中ではとても小さな国だとか、せいぜいそのくらいです」

 ダミアンは右手の白く細い指を少しおさまりの悪い亜麻色の前髪をいじりながら話し始めた。

「日本はとても美しい国です。ドイツには広大な森がありますが、日本の森は色とりどりで、様々な表情をしています。南北に長いその島国は、春、夏、秋、冬、四季の変化に富んでいて、彼らは自然との調和をとても大切にしています。西洋にはない独特の文化を持っていて、それはたとえば人形にも表れています」


 ベーレンドルフは、ダミアンの不思議な魅力に警戒心を高めていた。ダミアンの言葉には独特のテンポがあり、旋律があった。日本という国で暮らしたことが、その要因になっているのかどうかはわからないが、うっかりすると、その言葉をすべて鵜呑みにしてしまいそうになる。

「私にはこの国で作られている人形のこともまるでわかりません」

 ベーレンドルフはわざと話の腰を折るようなことを口にし、相手のペースを乱そうと試みたが、それは大した効果を上げることはできなかった。

「それはおいおい、私から説明をさせて頂きますよ。僕と刑事さんはどうやら長い付き合いになりそうなので」

 ダミアンはいたずらっぽい笑みを浮かべてベテランの刑事の反応を楽しんでいる様子だったが、ベーレンドルフはあえてそれを放置することにした。


「技術というのは、その必要性と現実に手に入れられる素材をもとに発展していきます。同じように森があるからと言って、そこに自生している木々の種類は、気候や地形によって変わりますし、かのダーウィンの進化論はご存知ですか? あれはなかなかに興味深いですよ。生物がその置かれた環境の中で生存競争によって独自の進化を遂げる。人間社会も同じようなものです。鉄が取れない地域で鍛冶屋の技術が発達することはないわけで、農耕民族は狩の仕方を知らないし、狩猟民族は田畑の耕し方を知らない。やや、極端な話ですが、まぁ、そういうことです」


 医術に従事していた両親、しかも母親は異国の人で、ドイツと日本を行き来していた青年。なるほど、視野は広く知識も豊富。いったどのような要素でこの青年は構成されているのか。ベーレンドルフは分析せずにはいられなかった。嫌味なところはあるが、実に魅力的な青年である。


「僕は日本という国で生まれ、そしてドイツで幼少のころを過ごし、また日本へ。その後いろいろあって、いろんな国を渡り歩いてきました。刑事さんの知りたいのはそのいろいろあっての部分なのでしょうが、まぁ、それもおいおいお話しますよ。僕がお話したいことは、信仰のない国はないということと、偶像や人形がない国もないということです」

「宗教と人形……、なるほど。人は目に見えない神の偶像を拝むというわけですか」

 ベーレンドルフは、慎重に青年の話しに合わせた。聴きたいことは山ほどあるが、直接聞こうとすれば、のらりくらり、はぐらかされるに違いないと、このときすでに分析をしていた。


「いいですね。刑事さん。そういうわけで、その国の人形を見ていると、いろんなことがわかるんですよ。中でもオートマタというのはかなり特殊な人形で、こればかりはあちこちにある物ではないんです。フランスやドイツの物が有名ですが、実は日本という国にも『からくり人形』というオートマタがあります。僕の父はその魅力に取りつかれた人だったんです」

 ダミアンは目を細め、ここではないどこか遠くを見つめているような表情を浮かべていた。


「お父さん、ダニエル・メルツェル氏が人形に興味があったとは初耳です」

「別に隠していたわけではないんですよ。隠されてはいましたけどね」

「隠されていた? どういうことです」

「そのあたりが、まぁ、父の行方が分からなくなった要因の一つなのでしょうけれど、さて、15歳の僕を残して、ある日突然父と母が蒸発したという話を先にしたほうがいいですかね」

「蒸発? どこで?」

「どこでと聞かれれば、アフリカあたりでとお答えするしかないのですが、日本からドイツに向かう途中、船の中からきえてしまったんですよ」

「つまり、港ではなく航行中にということ?」

「僕が眠っている……というか眠らされているうちにね」

 ベーレンドルフは椅子から身を乗り出し、ダミアンの言っていることの意味を考えていた。


「その時何が起きたのかということは、この際、置いておきましょう。これは僕の問題で、刑事さんの仕事とは関係がありません。今のところはね」

 ダミアンはまたいたずらっぽい表情を浮かべながら、ベーレンドルフを見つめていた。その黒い瞳にベテランの刑事はひどく危険なものを感じ取っていた。

「母は父から西洋の医術を学びました。そして日本という国にも、その国の医術があり、それらを掛け合わせた新しい治療方法を研究していました。それと同時に父は、日本の呪術。たとえば占いや錬金術の類のことを母から学んだのです。そして二人が行き着いたものを僕は引き継いでいます。それが僕にしか作ることができない究極のオートマタというわけですよ。刑事さん」


 ダミアンの視線はテーブルに置かれた人形の首に向けられていた。まるで生きている――生きた生首など存在しない。この場合は『死んでいるような、さっきまで生きていたような生首』と言えるブルース・エルスハイマーそっくりの人形の首が、何かを言いたげな表情であらぬ方向を見つめていた。


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