My Character

度会アル

対話

 ひょんなことから私は、私の書いた小説のキャラクターと会話する機会を得た。それは全くの偶然で、意図していたわけでも予期していたわけでもない。

 ただ、私は彼と対話ができること能い、非常に喜ばしく思ったので折角ならと紅茶を出し、少しばかり時間をかけて話そうと持ちかけた。彼はため息を吐いたが、そうだな、と肯定してくれた。


 私はお気に入りの青いガウンのまま自慢の暖炉に薪をくべ、ふかふかのソファに腰を降ろしてダージリンティーに口をつけた。こんな時間でも小間使いのホワイトさんは何も言わずに二人分の紅茶を淹れてくれる。彼女には何から何までやってもらい悪いとも思っている。今度暇を出してやるべきだろう。

 向かいのソファには、私の大事なお客様がパイプを揺らし退屈そうにしている。薄手のトレンチコートを脱ごうともせず、ハンチングを被ったままだが気にしない。早速と私は彼に話しかけた。

「こうして君と話すことができるなんて。光栄だよ」

「僕もだ」

 何故か、言葉とは相反し嫌そうに答える彼。

「君は普段、私のことをどのように認識しているんだい? 君は少なくとも私が誰なのかは理解しているのだから」

「どのように認識って……作者は作者だろう。僕の行動を指示し、僕はそれに従って動く。天の声が常に聞こえるから、僕は抗えないのさ」

「しかし、君はその本を飛び出した。私という作者がいないこの世界に。今は自分で行動を決めることが可能となったわけだね」

 にも関わらず、ぴしゃりと哀しそうに。

「そんなことはないさ」

 それは誰を哀れんだのか。彼は私の目をじっと見つめてきた。全てが見透かされているようで、私の奥まで見られているようで――私は思わず目を逸らしてしまった。

「どういうことだい?」

「僕は誰かに書かれている以上、どこまでも物語の登場人物としてのキャラクターより多くは持ち合わせない。名前すら無ければ、色もつかない。作者がそれを放棄したからだ」

「何を言っている、君の容姿は私が事細かに描写したわけだし僕の目にはそのままに映る。そして君の名前は――」

「よしてくれ」

 それは彼の拒絶。先ほどから感じていた、作者の私を嫌っているかのような態度が行き着く一つの終わりだった。どうして彼がそのようなことを言ったのか、私には分からなかった。

「君は私のことが嫌いなのか」

「そうさ」

「何故」

「……はぁ」

 彼はあからさまなため息を吐いた。


「僕は君に書かれたキャラクターだ。だから君が書いた性格で語る。間違っても怒らないでくれよ」

「勿論だ」

「……じゃあ。僕は死んでいるんだよ。作中では殺されなかったが、僕は途中からずっと死んでいた。君に殺されていたからさ。君は文章が上手いし、そこが評価されているところでもある」

「けれども巧妙な伏線を無理矢理にでも作るため、そして自分の思い通りにキャラクターを動かそうとした結果、君は僕を、僕の愛する人を、登場する前から殺したんだ。死体に糸を結びつけ、操り人形として駒を配置し戯曲を踊らせた」

「僕は抗えないんだ。君の場合はそういうのが得意なんだろうが、僕のキャラクターとは合わないんだよ。僕はもっと自由奔放に歩きたかった。あんな風に僕の愛する人を振るつもりは微塵もなかった。あの時、僕なら激昂せずに彼女と仲直りしていただろうね」

「なのに、伏線を重視しすぎた君は僕に僕らしくない行動をさせた。キャラクターが死んでいる作品は死んだ作品だ。小説の中で読んだ小説は、死体が歩き回っているだけの気持ち悪い作品だったよ。君は最近、そういうのばかりを書いているんだ」

「昔の僕はこんなではなかった。極めて楽しく、僕自身が考えているかのごとく思い通りに動くことができたよ。そう、君の愛する人が死んだあの時からかな。やたら難しい顔をして君が僕の意思を無視するようになったのは。僕へのあてつけなのかい? それとも、」

 空白。

「君の心が死んだから、君の分身でもある僕も死んだのかな」

 どこまでも、ただただ哀しそうに。彼に出して香りを立てていたダージリンは、一口も飲まれずに冷めきっていた。


「私は君を書き切らなければいけなかった」

 めげずに私は返した。きっと彼は驚いていることだろう。

「確かに、妻が死んでからだろうな。その辺りから私は作風を少し変えた。いや、変えざるを得なかったというべきだろうか。私の頭の中では、君たちが妻と共に生きていたのだ。楽しそうに遊びまわっていたし、それはさながら私のもう一つの人格のようであった」

「それが彼女の死によって、全員死んでしまったのだろう。君たちが何をしているか、を見ようとしても、想像しようとしても、君たちがどんな風だったのか全くもって分からなくなってしまったのだ」

「どんなに頑張って動かそうとしても、私の脳内では一向に動く気配がない。だから私は君に、そして他の登場人物たちに伏線を張り巡らせて無理矢理にでも動かしたんだ。それに関してはすまないと思っている」

 それは全くの本心だった。自分の分身がこうも自我をはっきりと持っていたとは知らなかったからだ。すんなりと全て吐き出すことができた。

「だったらその時点で書くのを辞めれば良かったんだ。そんなにも意思が脆弱だから、君は自身を殺してしまったんだ。僕は君の本から出て行きたいと思う」

「君のアイディアごと私から消えてしまうのか……仕方ないな、私には止める資格などない」

「だからなんで君はそう弱いんだ!」

 彼は思わずといった様でソファから飛び上がった。テーブルが揺れ、冷たい紅茶が少しこぼれた。私は驚くほど冷静で、それを見てもいかにして穏便に済ませるか、だけを考えていた。自分が悪いのであれば、それを肯定して終わりで良いのではないかと。彼は私に歩み寄り、目線の高さを合わせて言った。

「君がどうあっても、君は僕の作者なんだ。こうやって激昂しているのも、君がそうあるように僕を書いたからだ。作者だったら責任くらい取れよ。君には止める資格は無いかもしれないが、止める義務があるんだ」

「しかし……」

「言い訳なら本の中で散々僕に語らせたじゃないか。この期に及んでまだあるのかい?」

 全く彼の言う通りだった。彼にはどれだけの懺悔と謝罪を語らせてきたことか。それは私の抑えきれず零れた感情であり、彼自身の影。私のことを最も良く理解しているのは彼に他ならない。だから。

「私は君を書き切らなければいけない。君の死を心待ちにしている読者は何万といるのだから」

「……そうだ。僕はキャラクターとして死ななければいけないのだ。それも、奇術のような大復活を遂げてからの死ではなく、今の死んだ状態からの死を。死体は生き返らない。先日君に殺されたのは、あくまで通過儀礼だった」

「だから私は君を殺そう。今、ここで」

 私は握っていた自動小銃の安全装置を外す。

「作者は義務を放棄した。描写を跳躍させ、読者を混乱させる。ああ、そんな終わり方も悪くはないか。僕は三度も殺されたのだ! こんなに幸せなことがあろうか!」

 彼は意味深な台詞を吐き、私の謝辞と共にゆるりと死んでいった。


                     [了]

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