木剣な御話
セントオール家の敷地の半分はあるのではないかと思われる地下闘技場。
全体を覆うように4種類の魔素で構築された防御魔導が展開されている。
…ニエルさんがロウルさんたちをボコッたと聞いていたから、戦えそうな所があるんだと思っていたけど、ここまでのものとは…
下手すれば王宮のものより良いのではないだろうか。
セントオール家の隠れた権力に驚いていると、戦いの準備をして貰ったレイスがやってきた。ってなんで執事服?
「レイス、その格好でやるの?」
「はい。私は幼少からこの格好で訓練してきましたので、一番慣れているのです」
「そうなんだ…」
「ショウ様もその格好で構わないのですか?」
「うん、問題ないよ」
ちなみに僕は着替えていないから普段着のままだ。
僕とレイスは向かい合う形で対峙する。
レイスが手にしているのは2本の木剣だ。柄まで入れて70cmぐらいで若干短い。だが刀身は肉厚・幅広の両刃で、威力はそれなりにありそうだ。
対する僕は1本細く薄い両刃で90cmにも及ぶ長剣だ。こちらの方が武器は大きいが体格差があるため、全体のリーチはほぼ五分五分だろう。もちろん、木剣だ。
「ニエルの合図とともに開始でよろしいですね」
「レイス、魔導も使っていいから全力できてね」
「大丈夫です。なるべく怪我をされないようにいたしますから、ショウ様も全力できてください」
「ではお二方とも、準備はよろしいですね?・・・始めっ!!」
ニエルさんが合図をしてそのまま姿を消す。この人は本当に何者なんだろう?
「それじゃあ、いくよ!」
僕は思いっきり地面を蹴る。これまで稽古をするときは力を抑えていたため、久しぶりの全力疾走に気分が上がる。
すぐにレイスとの距離が無くなる。僕は単純に木剣を上から下への振り下ろした。
カンッ!
何時もより大きい音が闘技場内に響きわたる。
レイスは片方の木剣で僕の攻撃を受け止める。その顔には驚きが見てとれた。
僕は木剣を手前に引きながら振りもどして、レイスの空いた横腹を薙ぐ。
カンッ!
また受け止められる。
カンッ! カンッ! カンッ!!
僕は一旦、後ろに下がる
結局、8回、剣を振ったが全部受け止められた。といってもレイスは受け止めるので精一杯のようで、たった10回の攻撃を打ち合っただけで息が乱れ始めている。
「ショウ様、これは一体…」
レイスは真剣な目でこちらを睨むように見る。だが感情としては驚きが大きいようだ。
「ははは、僕もレイスがここまで強いとは思わなかったよ」
レイスはこちらの動きが自身より速いを最初の一合で悟って、完全に身を守ることに徹して最低限の動きをすることによって、僕の速度についてきた。
これが剣と魔導のある世界で名門の名を背に鍛えてきた者の強さ。
身体能力では圧倒的に優っていても、単純な剣の技術では遠い。
「レイス、剣も魔導も、今持てるものを全て使っていいよ」
「しかし…」
「このまま行ったら、おそらく僕が勝つ」
「ですが…」
「レイスが本気を出すに値する力は見せられたと思うけど、やっぱり信じられないかな?」
かなりエグイことを言っている自覚はある。でもレイスに本気を出させる理由があった。それも今、もう1つその理由が出来た。
「…わかりました」
レイスが構えていた剣を下ろし、深呼吸をする。そしてこちらに向かってきた!!
先程の僕ほどではないが十分速い速度、両手に持たれたその双剣は鋭く下から切りかかってくる
「はぁっ!!」
「っ!?」
その剣は炎を纏い、速度とおそらく威力も上がった。
魔導のエンチャント!?しかも『木』剣に『炎』っ!?
僕は受けるのをやめて躱す。
レイスは片方を最後まで切り上げそこから返し、もう片方は胸の位置までで止めて突きにくる。両者ともに最高速度で来ているが、動きの違いから突きが先にくるだろう。
時間差か……っ!!?
更にレイスは自身の体から炎を僕に放つ。手だけでも僕は大変なのに、手以外の部位から他の動作もしつつ魔導を発動させるなんて、思ってもみなかった。
多方向から僕へとかかってくる攻撃。
これがレイスの本気なのだろう。
完全に予想の越えていた。
僕もレイスやこの世界の皆のことをちゃんと見ていなかったのかな。
基礎能力が違うからと、どこかでこの世界を甘く見ていたかもしれない。
皆、努力して少しずつ強くなっているんだ。
本当にすごいや。
でも
今回だけは負けてあげない。いつか追いつけるとも思わせてあげない。
発動 付与魔法『
レイスの攻撃が全て外れる。
それもそうだ、僕は一瞬の間に闘技場の端まで後退したのだから。
付与魔法『建御雷神』。これは名折れするほどの能力しかない。剣を装備した者にしか効果が無いが、付与した者の全ステータスを上げる。ただそれだけの魔法。だが僕が一番愛用した魔法だ。
体中を迸る電気の感覚があの頃を思い出させる。
僕が最期にしたゲームEverlasting On-line 通称、《EO》。
僕はこの力を卑怯だとは思わない。この力も本当に死ぬ思いをして手に入れたのだから。
レイスは再び驚いた顔を見せる。今日だけで何回も驚かせちゃったね。
でもこれで終わりだから、もう少しだけ付き合ってよ。
僕はレイスの懐に向かって地面を思いっきり蹴る。蹴ったと思った瞬間にはレイスの懐にいた。
――――――――こんなに速かったっけ?久しぶりだから?
疑問が浮かんだが、それは後回しだ。
一息置いて、レイスもこちらに気付いたが遅い。
発動 スキル『紫電一閃』
剣が閃く。その一瞬の間にレイスの持つ双剣を切り落とす唯一の直線をなぞる。
からん、からん。
軽い落下音が聞こえて、木剣で勝負していたことを思い出す。
僕はゆっくりと木剣でレイスの首元に構える。
「僕の勝ちだね、レイス」
「………ええ、私の負けでございます」
「強かったでしょ?これが僕だよ」
「なるほど…」
「正直に答えて貰っていい、どう思った?」
「なんと言いますか、凄まじい…いや、怖ろしく感じました」
「ありがとう。ねぇ、レイス?」
「はい」
僕は構えを解いて微笑む。
「これも僕だよ」
僕の髪の毛は『建御雷神』の電気によって硬くなっていた。まるで兄上たちや…父上のようだ。
「…なるほど」
レイスは後ろに下がって片膝をつき頭を垂れた。
「私、レイステッド・K・セントオールはショウ・F・ヴィグリーズ様に忠誠を誓い、これからも仕えたく存じます。どうかその寛大な心と絶対的な力を以って、これを御許し下さい」
うん、もちろんだよ。
僕は『建御雷神』を解き、自分の手に持っていた木剣をレイスに授ける。
「許す。私を正しき方向へ導く立派な従者であれ」
「この木剣に代えましても」
こうして、レイスが僕達の仲間になった。
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