種明かしなお話

 ドアをノックされる。


 「お入りください」

 「お茶をご用意しました」

 「ありがとうございます、ニエルさん」


 部屋の中に入ってきたのは、レイスの実家セントオール家の執事であるニエルさんだ。


 「なにか御不満な点などございませんか」

 「いえ、場所を提供して頂いただけでも感慨無量でございます」


 現在、僕達が居るこの部屋は王都にあるセントオール家の屋敷内の空き部屋だったところだ。


 「しかし、今回の一件は良かったのですか。そちらのセントオール家としましても大きな過失となりかねませんが」

 「はい、問題ございません。確かに王子の命を守り切れなかったという失態を犯したことになりますが、貴方方が捕縛した刺客たちから十分な物的証拠を得ることが出来ましたので、アグラド家を代表とした一派へ十二分な牽制をすることが出来ます」

 「牽制、ですか」

 「ええ、流石に半数もの貴族を全て取り潰すことは出来ないでしょうし、ここは各当主の失脚、最低でも代表のアグラド家の当主の失脚でしょう」

 「表向きにはどうなりますか」

 「ほう。いえ、失礼いたしました。お察しの通り、今回の一件を公表すると国内だけでなく国外にも影響が及びます。なので王子の死は火事による事故死。貴族たちの失脚は自主的な隠居という形になるでしょう」


 ニエルさんは僕の質問に少し驚いたようだ。確かに四歳の子供が表向きや裏向きなど考えていたら怖い。


 しかし、これからは年相応(?)の態度では生きていけない。『第三王子』という保護は無いのだ。


 あと、協力してくれたセントオール家にも腑に落ちない点がある。


 「それにしましても、失礼ながらよくこちらの作戦に同意しましたね。こちらにに加担せず、私が襲われる前に刺客を捕縛することも出来たのでは?」


 そう。そうなればセントオール家は汚名を被ることなく、利益を得ることが出来たのだ。


 だから精霊のミアラと今だ見ない詩人のロウルにセントオール家に潜入し、アグラド家の悪事をリークするように頼んだのだ。


 しかしニエルさんに気付かれ、どういうわけかニエルさんはこちらに協力してくれた。


 「私になにか御用事がおありなのですか」


 考えられるのは僕を利用することぐらいだ。


 「はい、1つお願いがありまして」

 「…お伺いしましょう」

 「私が良いと思った人に貴方の存在を明かす権利を頂けますか」

 「…どういうことでしょうか」


 存在を明かす権利だと?それは僕のこれからの平穏を揺るがしかねない権利だ。

「秘密をばらしても、怒るな」といわれて、納得できるはずがない。


 「私はセントオール家の執事です。その執事が主に損害を被る行為をしたのですから、説明は絶対的な義務です。私には護るべき一族がありますので、これに従わない訳には参りません」

 「……仕方ありません。わかりました」

 「ありがとうございます」


 納得してしまった。いや、きっとこの人は僕の許可が得られなくても話しただろう。それを考えればニエルさんは良い人だ。


 「大変、御迷惑をおかけいたしました。特にレイスには耐え難い苦痛を与えてしまいました」


 今まで仕えていた主が死んだのだ。その痛みは想像もできない。


 「いえ、これもレイス様の糧となりましょう。それにあのままでは、レイス様と貴方の母君であるスズカ様が本当に望む結果にはなりえなかったでしょう」

 「母上をご存じなのですか」

 「ええ、私も影でスズカ様をお守りする仕事をすることもありました。ショウ様がお生まれになるときにも立ち会わせました」

 「それは…何やら恥ずかしいですね」

 「ははは、ですからレイス様のことはお任せ下さい」

 「申し訳ありません」

 「いいんですよ、それにこちらも謝らなければならない」

 「えっ」

 「私はレイス様を教育してきましたが、やはりレイス様もこの世界の人間であるため、ショウ様にご負担をお掛け致しましたこと、誠に申し訳ありません」

 「…いえ、彼は立派に私をここまで育ててくださいました。彼を悪く思うことなどありません」


 少し空気が重くなってしまった。僕は冷めてしまったお茶を飲み干す。すると、すぐにニエルさんが新しいお茶を注いでくれた。


 「ミナさんの御容体はどうですか?」

 「問題ありません。ロウルさんの話だと一週間程度、感覚に違和感が生じるだけだそうです」


 それは…やりすぎじゃないだろうか。


 「そういえばロウルさん達は今、どうしているのかご存知ですか?」

 「彼らは、こちらで手配した宿でお休みになっているかと」

 「どこか負傷したのですか」

 「いえ、少々私もお勉強させていただいただけです。ロウル様の能力はとても強力でしたし、精霊のミアラ様との連携は素晴らしいものでした。流石、娘が手も足も出なかっただけのことはありました」

 「………」


 ニエルさん、それは報復というやつじゃないですか?



――――――――――――――――――――――――――――――――――


 刺客が攻めてきた。


 僕はあらかじめ来ることは分かっていたので普段は隠していた簡易マップやステータスバーを出している。相手は1、2…7人か。あと精霊が1人(?)


 この部屋に入ってきたことに驚いて、セレナはカップを落として僕に抱き付いてきた。彼女は今回の作戦について知っているはずだが、やはり怖いものは怖いのだろう。


 レイスと、刺客たちが戦っている。早くしなければレイスが怪我してしまうかもしれないし、相手に死人が出るかもしれない。たとえ殺しにきた敵でも出来るだけ死なせたくない。


 セレナにいきなり抱き付かれたのに驚いて、頭の中で構築していた『睡眠招来』の魔法が崩れてしまった。もう一度構築。


 それほど上位でもない魔法なだけあってすぐに出来上がった。次はすぐに発動させる。


 この部屋で立っているのは僕とミアラさんだけになった。この世界で未知である魔法に抵抗するとは正直、驚きだ。


 セレナやレイスを屋敷の外の安全な場所に横たわらせ、ミアラさんには眠っている刺客たちと共にセントオール家へ向かってもらう。


 僕は最後の仕事として、自分がこれまで育ってきた屋敷に火を付け、焼け落ちるまで見続けていた。

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