崩れ始める
私は部屋を一度出て、人目につかない場所でミナに命令する。
「では、頼んだぞ」
「了承」
頼んだのはアグラド家への潜入だ。明日、アグラド家では舞踏会がある。ミナには今日から明後日の明け方まで、彼らに怪しい動きが無いか見張ってもらう。
彼女は姿を見せずに無機質な声を発した。おそらく既に彼らの屋敷に向かっているのだろう。
彼女は私と同じ年だが、実践的な仕事では圧倒的に群を抜いている。心配する必要もないだろう。
私は、ショウ様のところへ戻ることにした。
部屋に入ると、ショウ様とセレナが椅子に座ってお茶を楽しんでいた。
「あ、れいす。おかえり~」
「ただいま戻りました」
「いまね、せれなと、ゆうしょくをどうするか、かんがえていたの。れいすは、たべたいものある?」
ショウ様は私に夕餉のリクエストを尋ねられる。しかし、今日の夕餉は既に決まっているのだ。
「えっと…、今日はこちらでお食事をご用意する手筈になっています」
「えっ、そうなの?」
「はい。事前にセレナには伝えておいたはずなのですが…」
セレナの方を向くと、彼女は少し慌てたような顔をして
「そ、そうございました。申し訳ありません」
「そうなんだ。まぁ、うっかりなんてよくあることだよ」
「以後、気を付けます」
セレナはそこでほっと安心した顔を見せる。行動の失敗はたまにあるが、彼女が忘れ事をするのは少々珍しい。
「れいすがよういするってことは、それもれんしゅうのひとつなの?」
「はい、そのとおりであります」
「そっか。なんだかきょうは、たいへんだなー」
「ショウ様も王族の御方なれば避けては通れぬ道です」
「うーん」
ショウ様は少し乗り気ではない御様子。ショウ様が仰った練習とはミナが居ない間、私がショウ様にお付きするために、今日と明日は社交場の練習をすることにしてあるのだ。どちらにせよ、ショウ様も来年にはそのような場に出席しなければならないので、必要だったのだ。
――――――――――――――――――――――――――――
「では、頼んだぞ」
「了承」
主の命に従い、アグラド家の屋敷へ向かう。アグラド家の屋敷はこの王宮から少し離れた位置にある。まだ夕暮れ時であるが、王都の人目に映らないための経路は全て頭の中に入っている。なん問題もない。
屋敷の片隅には、積み荷を大量に積んでいたであろう馬車がいくつも並んでいる。どうやら大量の物資を購入したようだ。量から鑑みるに、どうやら主の考えていた通りかもしれない。
一通り、外部から屋敷内の様子を調べてみると、2ヶ所中の様子が見られない場所があった。
まずはそこをから当たってみることにする。
裏口から屋敷内部に侵入すると、王宮よりも装飾に凝った造りをしていた。
流石は自らの血筋を過大評価する者達と言える造りに嘲笑を通り越して呆れ果てるが、そのようなことをするために来たのではない。
外から分からないようになっていた部屋の1つは1階にあり、私の目の前にある。
その入り口で2人の武装した兵士が見張っている。
さて、どうやって中へ入ろうか。
しかし、扉が開いているのであれば関係ない。
どうやらこの部屋は書斎のようだ。だが奇妙だ。何もないのであれば部屋の主もいない部屋に見張りを立てる必要もない。そしてそれを否定するように扉は開いたままである。
どうにもおかしいと考えていると音が聞こえることに気が付いた。物音ではなく、何か楽器を弾いている音だ。それは床から聞こえる。
どうやら地下室があるらしい。探ってみるとその入り口は机の下にあった。
地下に入ると、中は思っていた以上に明るかった。積まれた大きな箱がいくつもあって、これは当たりだと直感した。
が
「おっ、どうやらお客さんが来たようだ」
と、男の声がした。
私は自らにかけた魔導を解けたのかと思ったが、魔導は発動したままだ。
「でてきなよ。別にいきなり襲おうなんて考えていないからさ」
男は軽い調子で話しかけてくる。
仕方がない、出来るだけ後は残したくなかったが殺してしまうか。
私は男の背後から行動に移れる範囲にまで近づく。
「いや、居ることに気付いてるんだから背後から来ても不意打ちは出来ないだろ」
男は笑う。まるで危機感を感じていない。しかもどうやら彼は竪琴を演奏しているようだ。
私は彼の首にナイフを当てる。
「その楽器を下ろせ」
「そんなことしたら、音が止まったのを外の連中が不審に思うかもしれないよ?」
そう言いながら笑い、ナイフを首に当てられている状況でも男は飄々としている。
「…なら、そのまま私の問いに答えろ」
「いいよ」
男は軽く了承する。一体こいつはなんなのだ。
「…言っておくが、少しでも不審な動きをみせたら」
「それってあんたの主観だろう?結局、そんな言葉に意味はないと常々思っているのだが、あんたはどう思うよ?」
「…お前はここで何をしている」
「ご覧のとおり箱に座って曲を奏でている」
「ふざけるな」
「ふざけてなんかいないんだけどなぁ~」
「では、ここにある箱の中身はなんだ」
「それは俺もわからないな。なんなら中を確認してみたらどう?」
「っ。壊されて困るのはお前らだろう」
「あ~、どうだろ?いや、大丈夫か」
「お前はここの者ではないのか」
「残念ながら、俺は高名な貴族様でもそこに忠誠を誓った従者でもない」
「なら雇われた冒険者か」
「ギルドで登録した覚えも残念ながら」
真偽はともかくこちらの問いに答えてはいるが、回りくどい。少し質問の仕方を変えるか。
「アグラド家に不穏な影があるというのは本当か」
「あるね」
「それは王家と貴族と民、どれに最も害する」
「最もと問われれば王族と答えるべきか」
「では、アグラド家はクーデターを起こすつもりか」
「あの人たちにそのつもりはなさそうだぞ」
「ならば、第三王子か」
「そうなるね。今頃、その王子様はもうこの世にいないんじゃないかな」
「…何?」
「俺がここで最も厄介な君を惹きつけている間に、あの人たちは王子様の暗殺を試みることにしたようだよ」
「…そうか」
どうやらこれは罠だったらしい。
「あれ?ここは急いで帰る場面じゃないの?」
「あちらには我が主がついている。何の問題もない」
「へぇ、ずいぶん信頼されているんだね。セントオール家の坊ちゃんは。けど、あっちには俺の相棒が向かったんだよ?」
「お前の相棒がどのような者かは知らんが、簡単にやられることはない」
「そうかい?あっ、そうか。言い忘れてたけど彼女って精霊なんだ」
「!?」
精霊だと!?精霊は文字通り魔素の塊で、物理攻撃は効かない上に扱う魔導も並なものではないと聞く。
「あっ、ようやく焦りが出てきた」
「悪いがお前にはここで死んでもらう」
「おおう、怖っ。でもまだまだ食べてない料理が沢山あるからね。死ぬわけにはいかないのだよ」
「!?」
男の首に当てていたナイフを振り切る。が、手ごたえが無い。距離を取ろうと咄嗟に後ろに跳ぶと、背後にあった木箱にぶつかった。
どういうことだ。こんなところに箱なんて無かったはずだ。
「これ、発動させるのに疲れるんだよね」
男は溜息を吐く。
「この曲はさ、相手の感覚を少しずつ狂わせていくんだけど、相手にかかるまでに時間かかるし、バレたら何かされるだろうから、めんどくさくってさ。少年が君を傷つけないように頼んだとか彼女が言うから使ったんだけど、っていや、普通に子守唄でも良かったのか。うわ~、なんだか損した」
男は先程までと打って変わって長々と話す。感覚を狂わせる曲だと?そんなもの聞いたこともない。私はいつから彼の術中に嵌っていたんだ?
「そうだ、折角来てもらったお客様だから、挨拶しないとね」
男は大仰しく頭を下げる。
「この度は私の曲を御聞きいただきありがとうございます。私はロウルと申します。世界各地を食べ歩く美食家でありながら詩人でもあります。それでは私のオリジナルの曲である『狂宴』の続きをお楽しみください」
―――――――――――――――――――――――――――――
パリン
セレナが手に持っていたカップを床に落とす。カップは床とぶつけて割れてしまった。
セレナは小さい悲鳴を上げてショウ様に抱き付く。
部屋の扉をあけて賊が侵入してきた。
外の騎士たちは何をやっている。
ショウ様をお守りするため私はショウ様の前に立つ。
全部で8人。数が多いがやるしかないだろう。
賊の1人が剣を振りかざす。その手首を掴んで捻り上げる。そしてその腹に蹴りを入れる。賊の手から離れた剣を床に落ちる前に掴み、横から来た剣を受け止める。空いている方の手で火球を創り出し、対峙している賊の顔に放つ。
しかし、体に力が入らなくなって転倒してしまい、火球は賊のすぐ隣を通過する。そこにも賊がいたのだが、その賊は火球をくらっても何の変化も見せなかった。
転倒してしまった私は、すぐに起き上がろうとするが、段々気が遠くなってきて益々力が入らない。
目の前には割れたカップが落ちていた。毒でも盛られてしまったのだろうか。
視界が暗くなっていく中で私はショウ様のことを私に頼まれたスズカ様のことを考えていた。
目が覚めると私は外で横になっていた。夜だというのに周りが明るい。
起き上がると、目の前に燃え盛る建物があった。火事だ。早く誰かを呼ばなければ。
そう思っていると、後ろから何人もの宮廷魔導師がやってくる。あぁ、気づいたんだな。良かった。
魔導師は私に事情を訊いてくる。私は今目覚めたのだ。何があったかわからない。
ショウ様 アグラド家 ミナ 不穏な影 調査 賊―――――――――――――
!!!?
記憶がフラッシュバックしてきた。
そうだ、ショウ様はどうされたのか!?周りを見渡すとセレナも近くに倒れていたようだ。だがショウ様の姿が見当たらない。
っと、嫌な予感がした。
今、燃えている建物は何だ。
魔導師たちが必死で消火活動をしている建物には見覚えがあった。それどころか、さっきまでそこに居たのだ。
私はショウ様を助けるために急いで建物の中へ入ろうとする。しかし、それを見た周りの者が私の邪魔をする。
支柱が駄目になったのか、建物が崩れ始めた。やめろ、やめてくれ。
私は体を押さえられて、崩れていくのを見ていることしか出来なかった。
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